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終末世界の管理業務。人材より人命が足りていません――欠勤事由:死亡のため  作者: ぶらっくそーど


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10/27

抽出業務は命懸け。なお、危険手当の申請書は148ページです④


 13時00分。昼休憩。30分。



 配給品の昼食パックを開ける。中身は栄養ブロック三本と水500ml。味はない。栄養はある。人間を最低限生かすための食事だ。



 栄養ブロックを齧りながら、端末で午前の業務を記録する。ノクスの抽出(ドレイン)、安定。セラの抽出(ドレイン)、途中で空間歪曲あり、装置の椅子・背もたれ破損。修繕依頼の起票が必要。



 事務室のドアがノックされた。



「どうぞ」



 ドアの下から、ノートが滑り込んできた。



『おひるです。一緒に食べてもいいですか。』


 メルトだった。



「いいですよ」



 ドアが開き、メルトが入ってくる。手にはノートと、配給品の昼食パック。同じ栄養ブロック。こちらの世界の食事は、人間も変位個体(ディスプレイスド)も平等に味気ない。



 メルトは向かいの椅子に座り、栄養ブロックを齧り始めた。無表情のまま、もぐもぐと咀嚼している。

 静かだった。メルトの周囲は物理的に静かだ。遠くから聞こえていたラグナの走る振動すら、ここでは少し遠い。音が、彼女の近くでは減衰するのかもしれない。



 メルトがノートに書いた。



『ノクスの抽出(ドレイン)、うまくいった?』


「はい。チョコ一個で」


『そう。前のひとは、チョコの交渉に三十分かかってた。』


「俺は即決でした」


『交渉力があるのか、ノクスが甘くなったのか。たぶん後者。』


 辛辣だった。


『午後、わたしの抽出(ドレイン)があるよね。』


「13時30分からです」


『わたしの場合は、静かにしてくれればいい。大きな音を立てなければ、問題は起きない。』


「了解です」


『あと、抽出(ドレイン)中にわたしが何か書いて見せたら、すぐ読んで。声が使えないから、緊急時の伝達手段はノートだけ。前のひとは、ノートを読むのが遅くて困った。』


「気をつけます」



 メルトはこくりと頷き、栄養ブロックの残りを口に入れた。

 それから、少し迷うようにペンを止めてから、もう一行書いた。



『つかさは、ここに来て何日目?』


「三日目です」


『三日目のひとにしては、落ち着いてる。前のひとは、三日目で泣いてた。』



 泣いてはいない。泣くほどの余裕がないだけだ。



『もし怖くなったら、ここに来ていい。わたしの近くは静かだから。』


 メルトはそれだけ書くと、ノートを閉じて立ち上がった。ドアの前で一度振り返り、小さく会釈して出ていった。


 声の代わりに、文字で差し伸べられた親切。


 この区画に来て初めて、少しだけ息がつけた気がした。



――――――――――――――――



 13時30分。メルトの抽出(ドレイン)


 手順書には「メルトの抽出(ドレイン)は最も安定している」と記載されていた。変位個体(ディスプレイスド)の中で唯一、事故記録が一桁だ。ノクスの事故記録が三桁、セラが三桁、ラグナが四桁であることを考えると、驚異的な安全性と言える。



 メルトは抽出(ドレイン)室の椅子に静かに座り、目を閉じた。



 装置を起動する。低い唸り。光の膜がメルトを包む。



 数値が動く。3%……7%……12%……。



 静かだった。本当に静かだ。装置の駆動音すら、メルトの周囲では遠く感じる。



 15%……18%……。



 このまま何事もなく終わってくれ。今日のノルマは残り三人。メルトさえ無事に終われば、午後の半分はクリアだ。



 20%。完了ブザーが鳴る――はずだった。



 ブザーの音が、鳴った瞬間に凍った。



 音が結晶化し、空中にぱらぱらと散る。ブザーの音の結晶は、薄い黄色をしていた。音に色があるのだと、この時初めて知った。



 メルトが目を開け、ノートに素早く書いた。



『完了ブザーは消音してください。毎回凍ります。前のひとにも言いました。引き継ぎされてないみたいですね。』


「……すみません」


『引き継ぎ資料がないのは、あなたのせいではないです。組織のせいです。』



 この子は本当にまともだ。12歳の外見で、組織批判を的確に行っている。


 完了ブザーの設定を消音に変更し、端末の画面表示のみに切り替えた。次回からは凍らない。


 メルトが椅子から降り、ドアに向かった。


 途中で振り返り、ノートを見せた。



『次はラグナ。気をつけて。』



 壁に貼られた事故記録、四桁の重みが蘇ってきた。



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