抽出業務は命懸け。なお、危険手当の申請書は148ページです④
13時00分。昼休憩。30分。
配給品の昼食パックを開ける。中身は栄養ブロック三本と水500ml。味はない。栄養はある。人間を最低限生かすための食事だ。
栄養ブロックを齧りながら、端末で午前の業務を記録する。ノクスの抽出、安定。セラの抽出、途中で空間歪曲あり、装置の椅子・背もたれ破損。修繕依頼の起票が必要。
事務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
ドアの下から、ノートが滑り込んできた。
『おひるです。一緒に食べてもいいですか。』
メルトだった。
「いいですよ」
ドアが開き、メルトが入ってくる。手にはノートと、配給品の昼食パック。同じ栄養ブロック。こちらの世界の食事は、人間も変位個体も平等に味気ない。
メルトは向かいの椅子に座り、栄養ブロックを齧り始めた。無表情のまま、もぐもぐと咀嚼している。
静かだった。メルトの周囲は物理的に静かだ。遠くから聞こえていたラグナの走る振動すら、ここでは少し遠い。音が、彼女の近くでは減衰するのかもしれない。
メルトがノートに書いた。
『ノクスの抽出、うまくいった?』
「はい。チョコ一個で」
『そう。前のひとは、チョコの交渉に三十分かかってた。』
「俺は即決でした」
『交渉力があるのか、ノクスが甘くなったのか。たぶん後者。』
辛辣だった。
『午後、わたしの抽出があるよね。』
「13時30分からです」
『わたしの場合は、静かにしてくれればいい。大きな音を立てなければ、問題は起きない。』
「了解です」
『あと、抽出中にわたしが何か書いて見せたら、すぐ読んで。声が使えないから、緊急時の伝達手段はノートだけ。前のひとは、ノートを読むのが遅くて困った。』
「気をつけます」
メルトはこくりと頷き、栄養ブロックの残りを口に入れた。
それから、少し迷うようにペンを止めてから、もう一行書いた。
『つかさは、ここに来て何日目?』
「三日目です」
『三日目のひとにしては、落ち着いてる。前のひとは、三日目で泣いてた。』
泣いてはいない。泣くほどの余裕がないだけだ。
『もし怖くなったら、ここに来ていい。わたしの近くは静かだから。』
メルトはそれだけ書くと、ノートを閉じて立ち上がった。ドアの前で一度振り返り、小さく会釈して出ていった。
声の代わりに、文字で差し伸べられた親切。
この区画に来て初めて、少しだけ息がつけた気がした。
――――――――――――――――
13時30分。メルトの抽出。
手順書には「メルトの抽出は最も安定している」と記載されていた。変位個体の中で唯一、事故記録が一桁だ。ノクスの事故記録が三桁、セラが三桁、ラグナが四桁であることを考えると、驚異的な安全性と言える。
メルトは抽出室の椅子に静かに座り、目を閉じた。
装置を起動する。低い唸り。光の膜がメルトを包む。
数値が動く。3%……7%……12%……。
静かだった。本当に静かだ。装置の駆動音すら、メルトの周囲では遠く感じる。
15%……18%……。
このまま何事もなく終わってくれ。今日のノルマは残り三人。メルトさえ無事に終われば、午後の半分はクリアだ。
20%。完了ブザーが鳴る――はずだった。
ブザーの音が、鳴った瞬間に凍った。
音が結晶化し、空中にぱらぱらと散る。ブザーの音の結晶は、薄い黄色をしていた。音に色があるのだと、この時初めて知った。
メルトが目を開け、ノートに素早く書いた。
『完了ブザーは消音してください。毎回凍ります。前のひとにも言いました。引き継ぎされてないみたいですね。』
「……すみません」
『引き継ぎ資料がないのは、あなたのせいではないです。組織のせいです。』
この子は本当にまともだ。12歳の外見で、組織批判を的確に行っている。
完了ブザーの設定を消音に変更し、端末の画面表示のみに切り替えた。次回からは凍らない。
メルトが椅子から降り、ドアに向かった。
途中で振り返り、ノートを見せた。
『次はラグナ。気をつけて。』
壁に貼られた事故記録、四桁の重みが蘇ってきた。




