プロローグ ――欠勤届が届きました。理由:死亡――
社内通達 第4,812,006,277号
件名:第四地下区画・管理者の交代について
関係各位
第四地下区画の管理者であった佐久間職員が、本日付で業務を離脱いたしました。
欠勤事由は「死亡」です。
なお、同職員の業務は本日中に後任へ引き継がれます。引き継ぎ資料は総務課の共有フォルダに格納済みです(パスワード:nebulas2025)。
ご不明点がございましたら、佐久間職員の直属の上司までお問い合わせください。
ただし、直属の上司も本日付で入院しております(欠勤事由:精神的理由)。
その場合は人事課までご連絡ください。
人事課は現在、慢性的な人員不足のため対応に7~10営業日を要します。ご了承ください。
以上
ネビュラス・ドットインク 人事管理部
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この通達を端末で読んだのは、地下生活3日目の朝だった。
灰嶋司、20歳。ネビュラス・ドットインク所属、管理者。第七地下区画担当。それが俺の、世界でたったひとつの肩書きだ。
配属初日に支給されたのは、背中のファスナーが壊れた防護スーツ(型番三世代前)と、バッテリー残量が42%から増えない携帯端末。そして「第七地下区画管理者マニュアル」と題された、表紙しかないPDFファイル。中身は「現在作成中です。完成までしばらくお待ちください」の一行だけだった。作成開始日は83年前と記録されていた。
83年あって表紙しかできていないドキュメントを、俺は初めて見た。
端末を閉じて、天井を見上げる。
地下117階。蛍光灯の三本に一本が切れた廊下に、湿った空気が漂っている。コンクリートの壁には管理番号のプレートが並び、時折、遠くから低い振動が伝わってくる。あれが空調設備の音なのか、収容中の変位個体の寝返りなのかは、まだ判別がつかない。どちらであっても嫌だが、後者だったら特に嫌だ。
ネビュラス・ドットインク。
世界を存続させている唯一の組織であり、俺にとっては唯一の就職先。50億2025年の地球に「選べる職場」などという贅沢品は存在しない。地上は太陽の残滓で汚染され、人類はすべて地下施設で暮らしている。生まれてから死ぬまで、太陽の光を浴びることはない。太陽の光どころか、まともな照明すら足りていない。
求人要項にはこう書かれていた。
──募集職種:変位個体管理者
──応募条件:生存していること
──待遇:配給ポイント制(詳細は入社後に通知)
──備考:やる気のある方歓迎
やる気の有無は問われなかった。面接もなかった。
エントリーシートを送った翌日に「採用」の一語だけが届き、三日後には地下117階の自室に放り込まれていた。
「入社式は?」と訊いたら、「人が足りなくて開催できません」と返された。
「研修は?」と訊いたら、「前任者に訊いてください」と返された。
「前任者はどこに?」と訊いたら、「死にました」と返された。
三段論法としてはあまりにも致命的だった。
「灰嶋くーん。おはようございまーす」
廊下の奥から、間延びした声が響いた。
戸波鋼一。第七区画統括責任者であり、俺の直属の上司。ネクタイの結び目が毎日ずれているダメな中年で、笑顔は温厚だが、目の奥に光がない。ネビュラス20年勤務の成果がそこに凝縮されている。
「おはようございます」
「元気そうですね」
「元気ではないです」
「生きてますよね?」
「はい」
「じゃあ元気ですよ」
この組織における「元気」の定義は、呼吸をしていることらしい。
「今日から本格的に担当区画の管理業務に入ってもらいます」
戸波さんは端末を操作しながら歩き、俺の隣に並んだ。画面にはスケジュールらしきものが表示されている。
「まずは変位個体との顔合わせですね。第七区画には現在五体が収容されています」
「……五体」
「はい。忘却の魔王、現実裂きの勇者、沈黙の魔女、破壊の結晶獣、境界の魔法少女。以上五名」
名前だけで胃が痛くなるラインナップだった。
「あの、念のため確認なんですけど」
「はい」
「この五体の中で、管理者を殺した前歴があるのは何体ですか?」
戸波さんは微笑んだ。
「前任者の死因は調査中なので、正確なことは言えませんね」
「言えないんですか」
「言いたくないとも言います」
俺は無言で端末を開き、転職サイトを検索した。
検索結果:0件。
「ネビュラス以外に雇用主が存在しないのは、ご存知の通りです」
その笑顔が、この世界で最も残酷なものに見えた。




