魔法少女──残響
「なぜ、私が現代最強の魔法少女と呼ばれているのか……知っているか?」
私は半壊した校舎の屋根から怪人を見下ろした。太く短い黄褐色の四肢を持つ醜い知的生命体。目と思われる場所には赤い点が灯され、口から覗く歯は噛み合わせが悪そうだ。心が弱い者であれば立ちすくむこと間違いないであろう。しかし私は、歯列矯正の文化が定着していないのかと云う疑問が先行した。
働き者である私の精霊——グリーンが目前の敵の能力を推察している間、私は乱れた息を整えながら心の中で舌打ちをする。
私が駆けつける前に戦闘を行っていたであろう新人魔法少女達は全員地に伏せている。彼女達の周囲には割れた窓ガラスの破片やコンクリートの塊が散らばっていたが、幸いにも血痕やベタ付いた肉塊は見当たらない。どうやら彼女たちは最低限度の仕事だけは果たした様だ。が、戦闘の余波や流れ弾でトドメを刺しかねない。
正直、他の魔法少女の命など知ったことではないが、彼女たちが居なくなるとただでさえオーバーワーク気味の魔法少女稼業に支障をきたすだろう。現に今、私の心の声を読んだ精霊グリーンが耳元で道徳的な小言を唱えている。
「単純に私よりも強かった初代魔法少女が失踪したからだ」
違う。
初代にして最強の魔法少女さくら。一度だけ会ったことがある。確かに彼女は別格だ。能力が、では無い。あの純粋さ。無垢の残酷さ。この世の全ての善性を凝縮したかのような天女の如き微笑み。今でも覚えている。彼女だけが真の魔法少女だ。彼女の人生に大人の十三階段など存在しないのだから。
刹那、土煙が立った。怪人は短い腕を振るいながら超高速で飛び込んでくる。この程度の原始的な物理攻撃で次々と命を落とす量産型魔法少女たち。はぁ……。今も私の耳元で叫ぶ精霊達の言いなりに成りやがって。愛だとか正義だとかそんな曖昧な概念に依存した魔法少女の力など不安定な火力に決まっている。
何より魔法少女がなんたるかを全く理解していない。
「いいか、怪人。冥土の土産に私の剥き出しの精神を見るがいい」
私はリボンをほどく。
さらけ出された肉体。三十六グラムのニップルピアス。臍の下から子宮の奥深くへと刻み込まれた蛇の刺青が蠢いている。
働き者の精霊グリーンは慌てて光の粉を撒き散らし、有耶無耶に変身させようとしているが、そうはいかない。
目の前で愚かにも立ちふさがる黄褐色の怪人は物理攻撃に対して多少の耐性を持っているみたいだ。短く醜い四肢のいずれかが大地に触れている限りは消滅しないと云う厄介な能力も持っているようであった。
が、所詮は、その程度だ。
「これがホンモノの魔法少女って云うモンだよ」
案外、アンタら怪人と変わらねぇんわ。
私は呟いた。
真っ赤な血飛沫を撒き散らしながら崩れ去っていく黄褐色の肉塊を眺めながら。
ふと精霊グリーンが首から架けている懐中時計に目をやる。
やはり、いつ見ても円盤は十時八分四十二秒を指し示しているのであった。
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