封鎖された資料室と雪の記憶
久しぶりに解放された資料室。それは単なる倉庫にすぎないはずが
黒く積もる埃や散らばる写真の中から、“喪失”と“記憶”が仄かに息づいているかのようだ。
教師に頼まれた雑用をこなすだけのはずが、いつの間にか光月の残した痕跡へ、深く足を踏み入れてしまう。
雪の降る季節の情景を切り取ったアルバム、そこに写る彼女の笑顔や言葉は過去の残響なのか
あるいは、今もここに在り続ける魂の叫びなのか――。
整然と並ぶはずの記録は、まるで主人公を招き入れるかのように乱れ、その奥に隠された秘密をほのめかす。
週明けの昼休み、教師から渡された用件を片づけるため、学校の資料室へ向かうことになった。そこは普段使われない古い書類や、写真、廃部になった部活の記録などがしまわれている場所だと聞く。
「大事な文書が散らばっているかもしれないから、手荒に扱わないようにね」
担任はそう言い残し、僕に鍵を預けた。少し戸惑いを感じるものの、光月にまつわる新たな情報が手に入るかもしれない――そんな期待が胸をよぎる。
資料室は新校舎の三階の端にある。重たい扉に「立入禁止」と書かれた札がかけられているが、その下には錆びついた鍵穴が見える。預かった鍵を差し込み、ゆっくり回すと、かちりと音を立てて解錠された。
扉を開けた瞬間、鼻をつく埃っぽい空気。薄暗い部屋の中には、天井まで積まれた段ボールと書棚がぎっしり並んでいる。なんとも散らかった空間だ。
「ここが封鎖されていたっていうのも、納得かも……」
声に出してみるが、返事はない。頼まれた作業は「必要な資料だけ救出して、不要物は処分の準備を」という雑用らしい。
机の上に段ボールを運び、手当たり次第にファイルを開いていく。生徒会の古い議事録や、何十年も前の文化祭の写真、部活の名簿……どれも時代を感じさせる。
時折、大量の紙が雪崩を起こしそうになるのを必死で支えながら整理を進めると、埃が舞って喉が苦しくなる。それでも作業を続けていると、やがて目を引くファイルに出会った。
「雪の記憶――冬季行事アルバム」
そんなタイトルが記された厚めのアルバムだ。表紙は色あせているが、どこか丁寧に扱われていた痕跡がある。
めくってみると、数年前から十数年前に至るまで、冬の体育祭やスキー合宿、雪景色の校舎などを撮影した写真がびっしり貼られている。
(もしかして、光月が写っているかもしれない……)
そう期待しながらページをめくると、思わず息を呑んだ。そこには昨年の冬、まだ光月がこの学校にいた頃の写真が何枚か貼られていたのだ。
雪が積もった校庭で撮られた集合写真。その端っこに、光月が微笑んで立っている。どこか遠慮がちだけど、ちゃんと笑顔を浮かべているのがわかる。その姿を目にしただけで、胸が締め付けられた。
さらに別のページには、校舎の屋上から雪景色を眺める生徒たちの写真があり、そこにも光月の姿があった。少し切なげな横顔、まるで何かを探しているような瞳……。
(光月……やっぱり、ここにいたんだよな)
写真の下には小さなメモ用紙が貼られていた。そこに手書きでコメントが書かれている。
> 「雪が降ると、世界が音をなくしたみたいに静かになる。そこに月が昇って蝶が舞うと、まるで夢の中みたい……」
まるで光月の独白を聞いているかのようだ。見覚えのある、細い文字。きっとこれも彼女の筆跡だろう。まるで日記の一節を切り取ったみたいに貼られている。
胸が熱くなる。周囲の埃っぽい空気が気にならないほど、写真に釘付けになる。――どうして、こんなささやかなメモが残されているのか。誰が貼ったのか。彼女自身なのか、それとも誰か別の人が、彼女の言葉を記録したのか。
そのとき、不意に資料室の奥のほうで何かが動いた気がした。段ボールが揺れたのか、それとも人影が通り過ぎたのか……。
「誰かいるの……?」
問いかけても返事はない。奥の書棚の隙間を覗いてみるが、暗がりが広がるだけだ。ひどく胸騒ぎを覚えつつ、再びアルバムに目を戻す。
ページをめくると、真っ白な余白が多い不自然なページに行き着いた。写真がはがされたのか、いくつも空欄が残っている。その端に、小さく切り取られた文字がある。
> 「……あなたは本当に、私を見つけられる……?」
文字の一部が欠けているが、まるで訴えかけるような文言だ。光月の呼び声を彷彿とさせる。背筋が寒くなると同時に、どこか胸が疼く。
(見つけたいよ……本当は、あなたのことをずっと)
思わず胸中でそう呟く。すると、背後でひそかな足音がしたような気がした。振り向いても誰の姿もない。――ここは封鎖された資料室のはず。誰かがいるとしたら、僕と同じように勝手に入り込んでいるのか、それとも……?
結局、整理はひととおり終えたが、頭の中はあの写真とメモのことでいっぱいだった。教師に提出すべき資料はそろえたが、こっそりあのアルバムだけは持ち出してしまう。光月の痕跡をもう少し確かめたいから。
扉を閉める前、ちらりと奥の暗がりを振り返る。まるでそこに何者かが潜んでいるように感じるが、僕の呼びかけに答える気配はない。
封鎖された資料室。舞い落ちる埃と、淡い雪の気配。ここにはまだ、光月との思い出が眠っている――そう確信しながら扉をロックした。
資料室の暗がりに身を潜めるかのような足音。それが誰のものかを確かめる間もなく
主人公は光月が残した冬の記憶――雪や月と蝶に彩られたアルバム――を手にして外へ出た。
そこには懐かしさと痛みの混じる記録があり、同時に写真がはがされた不自然な空白が
「まだ見つけ切れていないものがある」と囁いているようでもある。
雪の結晶が薄く舞う学校で、彼女と主人公の想いはどこへ繋がるのか。
かすかな足音の正体もわからぬまま、閉ざされた資料室の扉は再び鍵をかけられる。
しかし、その奥に眠る光月との思い出は、なおも人知れず息を潜め、
主人公をさらなる探索へ誘う呼び声を発し続けるかのようだ。