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月影光水を名乗る転入申請書と二重写しの月

 暑さの残る夏休み最終盤、職員室に漂うカーボン紙の焦げた匂いは、何か新しい物語の序章を告げる前触れだった。転入希望者の書類が無造作に積まれるその中、いきなり視界を引かれたのは「月影 光水」という見慣れぬ名前。光火でも光月でもない、もう一つの「月影」の存在は、まるで二重写しの月が雲間に浮かぶかのように、夏の終わりを静かに揺らす。

 本編は、主人公と月影光火が偶然紛れ込んだ一通の私信から再び動き出すエピソード。冬の鍵穴を閉じ、夏の扉を開く──「M」という謎の人物からのメッセージは、すでに終わったはずの〈雪月蝶〉を、まったく別の幕へと誘う。

 八月二十七日。

 夏休み明け直前の職員室は、印刷機の熱気とカーボン紙の匂いで重かった。教卓の上には転入希望者の書類が十数枚。教務主任が無造作に重ねた封筒の最上部、見覚えのある名字が目に入り“僕”の視界が揺れた。


  > 氏名 月影(つきかげ) 光水(みつみ)

  > 転入学年 二年

  > 前籍校 私立潤根(うるね)女学院


 月影——けれど光火でも光月でもない「光水」。

 許可印はまだ空欄のままなのに、署名だけが鮮烈に紙の繊維へ沈んでいる。

 背後で書類を読み取った担任が「関係者?」と眉を上げるが、返事をする前に窓を震わせる突風が吹き込んだ。空は晩夏特有の浅い蒼で、白い雲が輪郭を溶かしている。まるで二重写しの月のように、光と影が雲間で重なっていた。


 放課後。旧校舎二階の踊り場。

 光火は制服の袖を折り返し、封筒を指さす。「ねえ、これ……私宛?」

 下駄箱で見つけたらしい白封筒には、墨でただ一言〈ここが本当の月影〉。

 開くと、一年前の日付で書かれた私信が現れる。


 > 光火へ

 > あなたが“冬の鍵穴”を閉じたら、夏の扉は光水が開く。

 > 二重写しの月が重なった夜、雪月蝶は完結する。    ——M


 震える指を支えながら読み終えた光火は、唇をかみ「なんで私の名前を……」と呟く。視線の先、廊下のガラスに夕陽が映り込み、僕と光火、そしてその背後にもう一つ霞んだ影が並んだ。それは確かに「月影」の輪郭を持っていた。


 夜。屋上。

 風で揺れる緊急階段の手すりがキーと鳴き、校舎の西面に月が二重像のように滲む。地上の熱波が揺らす蜃気楼だと頭では理解しても、胸は静かでいられない。

 「転入手続きの面談、光水さんは明後日だって」

 光火が月の幻を見つめたまま言う。「二重の月——私と、これから来る“私”?」

 彼女は七夕の夜に消えた銀の翅を思い出すように肩を抱き、続けた。

 「もし光水さんも“鍵穴”だったら、雪月蝶はまだ閉じていない。私たちが終幕だと思ったのは、途中幕だったのかも」

 僕は頷き、ポケットから夜鳴蛾の録音データを入れたUSBを取り出す。「明日、図書室でスペクトル解析をかけてみよう」

 闇は黙したまま風を渡し、二重の月だけがかすかに重心をずらし続けていた。

 旧校舎の屋上に浮かぶ二重の月は、幻か蜃気楼か。それでも「光火」と「光水」という二つの「月影」が並ぶ姿は、雪月蝶の終幕がまだ真の終わりではなかったことを示しています。冬の夜に閉じた鍵穴を再び押し開くかのように、七夕の夜から続く謎が夏の終わりに新たな章を刻み始めました。

 そして、闇を渡る風の中で手にした夜鳴蛾の録音データは、スペクトル解析でさらに深い秘密を映し出すでしょう。

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