光月の痕跡、少女の想い
冬の終わりと春の訪れが交錯するなか、喪ったはずの「光月」の痕跡が
どうしても胸の奥から離れない主人公。
そんな彼のまわりをなぞるように、転入生の月影 光火がふとした拍子で光月の影を浮かび上がらせていく。
桜の下に散らばる雪や、旧校舎の奥深くで見つかる謎めいた言葉たち――どれもが「蝶・月・雪」のモチーフを強く呼び覚ましてしまう。
しかし、光火は光月ではない。それを理解していても、彼女が見る“切ない夢”や、彼女の纏う不可思議な気配は、二人を深い共鳴に導くようだ。
果たして、この重なり合う現実と幻想は偶然か、それとも“光月の遺した何か”が呼び寄せた必然なのか。
春休みの終わりが近づくたびに、主人公と光火の不思議な距離感と共有感は増していく――
もうすぐ始まる新学期とともに、新たな一歩を踏み出すための鍵が見えてきそうな、そんな予感が桜の花びらに乗って舞っている。
それから数日、春休み最後の一週間ということもあり、僕と光火が顔を合わせる機会がさらに増えた。
転入に必要な手続きや教室の準備など、彼女が学校に来るたびに、偶然か必然か、僕が暇な時間帯が重なるのだ。
“光月にそっくり”と感じながらも、光火自身の素顔が少しずつわかってきた。
「わたし、すごく緊張しぃで……春からちゃんと馴染めるか不安なんだ」
長い髪を撫でながら光火が告白するように言う。
「前の学校でも、あんまり友達を作れなくて。急に転校が決まったから余計に落ち着かなくて……」
確かに、その寂しげな表情にも光月を感じる部分がある。
同時に、光火は光月とは違う人間なんだ、と強く思い知らされる。
彼女には彼女の悩みや背景があって、それは僕の知らない物語だ。
一方、旧校舎を共に回るうち、光月に関連するものが少しずつ浮かび上がっているような気もする。
倉庫に押し込まれた古い段ボールの中から、半端なノートやメモ、写真の切れ端――。
そのいずれにも、断片的だが「蝶」「月」「雪」といった単語が絡んでくる。
まるで光月が遺したメッセージのようで、胸がかき乱される。
「先輩、こんなの見つけたよ」
あるとき、光火が小さな紙片を手にして駆け寄ってきた。そこには、
「雪色の蝶は、月へと還る――」
とだけ書かれている。意味不明なフレーズなのに、僕は息を呑む。
(まるで光月が愛した概念そのものだ……)
「変な言葉だね。こういうの、いろんな場所に残ってるんだね」
光火は首をかしげるが、その様子もなんだか愛おしく映ってしまう。光月を思い出すから、というだけではなく、光火自身の不思議な雰囲気に惹かれているのかもしれない。
そんな日々を送るうち、光火はふとした瞬間に遠い目をするようになった。
「……ねえ、先輩。わたし、最近、変な夢を見るんだ」
ある放課後、静かな中庭で彼女と立ち話をしているとき、そんな言葉が出てくる。
「どんな夢?」
「雪が降る夜の学校で、誰かを探してるの。蝶の光を追いかけて、月を仰いでる……。でも、誰も見つからないまま、目が覚めちゃう」
震えるような声に、僕は動揺を抑えられない。
それはまるで、あの夜の“幻想”そのものだ。光月が追いかけていた光景と重なる。
「……もしかして、それってここの旧校舎とか?」
声を絞り出すと、光火は「わからないけど」と唇をかむ。
「ただ、月と雪と蝶が出てくる夢。すごく切なくて、でもなぜか懐かしい気がする」
胸の奥に痛みが走る。光火は光月じゃない。だけど、光月の痕跡と同調するかのような夢を見ているなんて――
「もしかしたら、わたし、自分でも知らない理由でここに来たのかもって……変だよね、こんなこと」
彼女が自嘲気味に笑うのを見て、僕はかすかに震える声で「そんなことない」と返すしかなかった。
桜が散り始め、春の陽が少しずつ強くなる中、僕らは不思議な共有感を抱え続けている。
光月を失った僕、そして光月によく似た光火。
この関係は、単なる偶然なのか、それとも“光月の痕跡”が呼び寄せた運命なのか。
いずれにせよ、もうあと数日で春休みが終わり、新学期が始まる。
光火は正式にこの学校へ転入し、僕は三年生になる。
光月のいた日々は遠く過ぎ去り、それでも残された記憶が今の僕を突き動かしている気がする。
「……もっと、知りたいな。光火のことも、光月のことも」
心の中でそう呟いて、僕は夕暮れの校庭を眺めた。桜色の花びらが舞い降りて、砂埃を巻き上げる。
雪と桜が交錯するような幻想を、一瞬だけ思い出してしまうのは、もう仕方のないことかもしれない。
雪が溶けて桜が舞う夢見高校で、光火との縁が深まりゆく日々は、まるで光月の喪失を別の角度から映し出しているかのよう。
「雪色の蝶は、月へと還る――」といった印象的な言葉の断片や、彼女自身が見る「月と雪と蝶」の夢が、光月との繋がりを暗示してやまない。
それでも、光火は光火であり、かつての光月ではない。その単純な事実が、主人公の胸をかえって強く締め付ける。
一方、光火もまた自分の知らない理由で“ここ”に来たのではと感じ始め、二人は互いの思いを探り合うように過ごす。
過去か未来か、偶然か運命か――春の陽射しと桜の花びらが優しく包む景色のなかで、かつて雪が覆った夜を想起しながら、二人の時間は少しずつ紡がれていく。
春休みが終わるまで、あとわずか。果たして彼らの行き着く先には、光月の残り香を断ち切る答えがあるのか、あるいは別の物語の始まりが待っているのか。
夕暮れの校庭に散る桜と砂埃が、まるで二人の行く末を見届けるように揺れている。