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花弁舞う放課後の旧校舎

 雪が消え、桜の花びらが舞い始める春休みの学園。

 かつて、夜の旧校舎で崩壊しかけた幻を見た主人公は、もう二度と足を踏み入れまいと心に決めていたはず。

 しかし、まるで呼び寄せられるように扉を開けると、そこには転入生・月影 光火の姿が。

 古い廊下に差し込む桜色の光と、舞い込んだ花弁が幻想的な空間を生み出すなかで

 雪とも春ともつかない不思議な雰囲気が、主人公の胸を騒がせる。

 光火の好奇心に導かれるまま、かつて夜に彷徨った生物室へと足を踏み入れれば、思い出されるのは「蝶」と「月」、そして「雪」のモチーフ――かつての光月が愛した象徴。

 花弁や埃が浮遊する空気に呼応するように、過去の記憶と新しい感情が混じり合う。

 この“雪”とも“春”とも言えない狭間の光景は、果たして新たな始まりを告げるのか、それとも再び胸を締めつける痛みを増幅させるのか――。

 春休みも残り数日となったころ、夢見高校の桜は一気に開花し、校庭には淡いピンクの花弁が舞い散り始めた。

 そんな放課後、僕はちょっとした雑用で職員室に寄った後、無意識に旧校舎へ足を向けていた。

 (ここにはもう何もないはず……)

 それでも、なぜか心が落ち着かないまま、廊下を通り抜け、古びた扉を開ける。


 すると、思いがけず、そこに光火の姿があった。

 「……どうして?」

 思わず声をかけると、光火はびくっと身体を震わせ、振り向く。


 「きゃ……あ、先輩。びっくりした……」

 胸を抑えながら苦笑する彼女を見て、僕も一瞬困惑した表情を浮かべる。

 「ごめん、驚かせた。まさか光火がここにいるなんて思わなくて……」


 光火は古い掲示板を眺めていたようだ。そこには黄ばんだ紙が何枚か貼られていて、ほとんど文字が消えかけている。

 「何となく、気になったの。『旧校舎は使われてない』って先輩から聞いたけど、一度見てみたいなって思って……」

 桜色の光が窓から差し込み、廊下に花びらがひらりと舞い込むのが見える。


 「あんまり良い場所じゃないかもよ。古くて埃だらけだし……」

 そう言いながらも、僕の胸は動揺していた。先日見つけた“隠されたヒミツ”のような断片に、彼女が触れてしまうんじゃないかという不安があるのかもしれない。

 しかし、光火はその様子にも気づかないまま、にこりと笑う。


 「花弁が舞ってて、なんだか綺麗だね。雪とは違うけど、こういうのも悪くないかも」

 彼女が言う“雪”というワードに、僕はドキリとする。

 そして無意識に、「光月も、雪が好きだったんだ」と心の中で呟きそうになる自分を必死で抑え込んだ。


 すると、不意に風が強まり、ドアが少しきしむ音を立てた。

 「……入ってみる?」

 光火が扉の向こうへ視線を送る。そこは前に僕が何度も通った廊下。夜の歪んだ光景と重なって、胸が騒ぐ。

 (もう大丈夫。あの崩壊世界は消えたんだから)


 「うん……行こうか。埃っぽいと思うけど」

 僕が扉を押すと、少し軋んだ音を立てながら、旧校舎の廊下が姿を現す。

 人気のない薄暗い空間に、舞い込んだ桜の花弁がゆっくりと床に落ちていた。


 「わあ……」

 光火は感嘆の声を漏らす。

 確かに、普段は陰鬱な雰囲気の旧校舎だが、今日は花びらが風とともに入り込み、どこか幻想的な光景を生み出している。

 ――まるで“雪”と“春”が混じり合うような、不思議な放課後の風景。


 廊下を進むうち、光火がある扉を覗き込む。そこはかつて生物室だった場所で、僕も夜の探索中に何度か入った記憶がある。

 ガラス窓から中を覗く彼女の横顔に、桜色の光が淡く映える。

 「……ここ、入れそう?」

 「たぶん鍵が開いてるかも。でも大したものはないと思うよ」


 恐る恐るノブを回すと、やはり施錠されていない。中へ一歩踏み入れれば、埃の匂いと古びた薬品棚、使われなくなった実験器具が見える。

 「うわ……すごい。まるで廃墟みたい」

 光火はくしゃみをしそうな顔を押さえつつ、棚を眺める。


 ここでかすかな既視感が甦る。僕は夜の探索でこの部屋を訪れ、蝶の標本を見つけていたはずだ。思わず視線を移すと、棚の上に置かれた箱がまだある。

 (あの箱には「月夜蛾」とか「冬期越冬態」なんて文字が書かれていたっけ)


「……先輩? どうしたの?」

 ぼんやりしていた僕を心配そうに呼ぶ光火。

 「あ、いや……昔ここで変な標本を見たことがあって」

 曖昧に言葉を濁す。彼女は「変な標本?」と興味を示すが、たまたま別の棚を開けてしまい、そこから埃が舞い上がって「わっ」と声を上げる。


 笑い合うまでの余裕はないが、不思議な一体感を感じる。

 花びらと埃が入り混じった空気の中で、僕の胸は光月への記憶と光火への新鮮な感情が交錯していた。

 旧校舎の薄暗い廊下に、桜の花弁が舞い込み、まるで雪のように視界を染める――。

 そんな不思議な“春”の情景の中で、主人公は改めて光月の記憶と向き合わざるを得なくなる。

 転入生・光火の存在が、ただの偶然なのか、何か必然に導かれているのかはまだわからない。

 けれど、彼女の前向きな笑顔が、ほのかに新しい世界を照らしている気もするし、同時に光月の残影を強く浮かび上がらせるきっかけになっているようでもある。

 “変な標本”や埃に埋もれた記憶、そして花と雪が交じり合うような世界は、喪失を抱えたままの主人公を次の一歩へ誘うのだろうか。

 月の夜を思い起こさせるモチーフが、ふたたび光月に繋がる証なのか、あるいは光火と主人公の新しい物語の鍵なのか――。

 この小さな生物室での出来事が、静かに、しかし確かに、二人の運命を結び合わせていくのかもしれない。

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