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戸惑いと再会の錯覚

 光月という喪失を抱えながらも、長い夜と崩壊しそうな学園の幻を乗り越え、新しい季節を迎えようとしている主人公。

 春休みの校舎にはわずかな人影が行き交い、静かに新学期への準備が進むなか、思いがけず「月影 光火」という転入生と出会ってしまう。

 その容姿や微笑みがあまりにも光月と重なるのは、運命のめぐり合わせか、ただの偶然か。

 彼女が見せる好奇心や、言葉の端々に宿る無邪気さが、かえって主人公の心をかき乱し、光月の記憶を呼び起こす。

 “先輩”と呼ばれ、学校を案内するうちに募る胸の痛みは、果たして埋められるのだろうか。

 “再会の錯覚”とも言える状況のなか、光火が光月ではないという当たり前の事実が、いっそう主人公を追いつめる。

 春の陽射しが差し込む明るい学園風景と、心の奥底に淀む喪失感――そのコントラストが次第に主人公を新たな道へと導いていく。

 翌日、僕は春休みとはいえ生徒会の用事などで朝から夢見高校に来ていた。

 昇降口で靴を履き替えていると、ふと視線の端に人影が見える。

 振り向くと、月影 光火がちょうど校門から入ってくるところだった。


 「あ……、また会ったね」

 彼女が微笑み、僕も不意に胸が高鳴る。

 「もしかして、また書類か何か?」

 尋ねると、光火はこくりとうなずく。


 「そう。転入の手続きで先生から連絡が来たから、もう一度来ることになって……」

 そう言いかけて、彼女はじっと僕を見つめた。

 「そういえば、あなたって何年生になるんだっけ? 前に言ってたっけ……」


 そこで初めて気づく。そういえば名乗りはしたが、学年をきちんと言わなかったような――

 「あ、俺は……この春から三年になるんだよ」

 「じゃあ先輩なんだね。そっか、急に呼んだら失礼かもだけど……先輩、よろしくお願いします」


 光火が軽く頭を下げ、「先輩」と口にする。

 僕はそれに戸惑いながらも、「なんか慣れないけど……よろしく」と小さく微笑んだ。

 胸の奥がざわつくのは、光月を思い出すからか、それとも彼女自身に対する感情なのか、まだわからない。


「ねえ、教室とかも見て回りたいんだけど、時間ある?」

 光火が遠慮がちに訊ねるので、僕は「大丈夫、もう用事は済んだから」とすんなり答えてしまう。

 自分でも驚くほど、彼女を拒む気持ちがない。むしろ、また会えてほっとしている部分がある。


 二人で空き教室や理科室、図書室の前などを歩く。ほとんどの扉は施錠されているが、窓越しに中を覗くだけでも光火は楽しそうだ。

 しかし、僕の胸の痛みは消えない。

 光月の記憶がフラッシュバックするように、彼女の仕草と重なり、まるで“再会の錯覚”をしているような感覚に陥る。


「……どうしたの? さっきから表情が固いよ、先輩」

 不意に光火が心配そうな視線を向けてきて、焦る。

 「え? あ、いや……いろいろ思い出して……」

 言葉を濁すしかない。光月の名を出すわけにもいかず、かといって嘘をつくのも難しい。


 ぎこちない沈黙がしばらく続いたあと、光火は「ごめんね、変なこと聞いちゃって」と申し訳なさそうに微笑む。

 その表情までもが光月そっくりで、息苦しさを覚える。

 同時に、“でも彼女は光月ではない”という当たり前の事実が胸を締め付ける。


 ようやく教室巡りが終わると、光火はほっと息をつき、「これで何となくイメージがつかめた。ありがとう……先輩」と笑う。

 「……先輩って呼ばれるの、まだ慣れないな」

 「ふふ、じゃあ慣れるまでに時間がかかるかもね」


 そんな何気ない会話が、さっきまでのぎこちなさを少しだけ緩和してくれる。

 ただ、僕の中で光月の存在がチラつくことには変わりなく、どう対処すればいいのかわからないまま。


「じゃあ、わたし、書類を出してから帰るね。もう少し先生と話さなきゃいけないみたいで……」

 そう言って光火は書類を手に、廊下の向こうへと歩き出す。

 その背中を見送る僕の視線は、光月への想いと、目の前の光火への気持ちの間で揺れ動いていた。


 ――再会の錯覚。そう呼ぶにはあまりにもリアルな、彼女の笑顔。

 光月のようでいて、光月じゃない。

 僕は立ち尽くし、廊下の先がぼんやりと滲む感覚に呑まれる。

 春の陽射しが差し込むだけの平和な光景なのに、胸は重苦しく締め付けられるのだった。

 「光月」に似た少女――「月影 光火」と出会った主人公は、胸に押し寄せる動揺を抑えきれない。

 もういないとわかっている光月の姿を、彼女に重ねてしまうのは避けられないのだろうか。

 同じ仕草、同じ笑顔……けれども、決定的に違う“何か”が胸を締めつけるたび、過去の記憶が鮮明に蘇る。

 彼女が光月そのものではないと頭では理解しても、心はどうしても揺れ動く。

 春の優しい陽射しのもと、ひとときの案内が終わったあとも、残るのは重苦しい余韻。

 それは再び光月を求めている自分への戸惑いと、彼女とは別人である光火への新鮮な期待が混ざり合った、複雑な感情なのかもしれない。

 重ねたくないのに、重なってしまう――そんな苦しみと、微かな希望が、主人公の胸に密やかな波紋を広げていく。

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