出会いは突然に――光月の面影をもつ少女
冬から春への移ろいが進む夢見高校で、主人公は「光月」という喪失を抱えたまま日常を生きている。
学校には人影がまばらで、新しい季節の準備が淡々と進行するだけ。
そんな静かな空気を切り裂くように、昼下がりの校庭で出会った一人の少女が、再び主人公の心に波紋を広げる。
「光月」と驚くほど似た顔立ちや雰囲気をまとい、柔らかく微笑む彼女。
それは懐かしさと痛みを同時に呼び覚まし、まるで失われた記憶が形を変えて戻ってきたかのようにも感じさせる。
けれど、彼女は「光月」ではない――転入生の「月影 光火」。
いったい、このあまりにも酷似する少女との出会いは、主人公をどこへ導くのか。
喪ったはずの光が再び目の前に現れたとき、胸に巣くう喪失感と期待が入り混じる一瞬から、新たな物語が動き出す。
それは、本当に突然だった。
春休みも後半、昼下がりの校庭を歩いていた僕は、校門のあたりで右往左往している女の子を見かけた。
一目見たときは「新入生かな」程度に思っていたのに、彼女が振り向いた瞬間、息が止まる。
「……え?」
彼女の雰囲気や顔立ちが、光月に驚くほど似ていたのだ。
もちろん本人ではない。光月はもういない。でも、そのあまりの酷似ぶりに、動揺を隠せないまま歩み寄る。
「えっと……どうかしたの?」
声をかけると、彼女はスマホを見ながら校門のプレートを見上げていたらしく、ほっとしたように振り向く。
その微笑みさえ、光月を髣髴とさせる。
「ここって夢見高校……ですよね? 春から転校する予定で、場所を確認しに来たんだけど……誰もいなくて困ってたの」
柔らかな口調と控えめな態度が、またしても胸に鋭く刺さる。
彼女は月影 光火と名乗った。
「まだ正式には手続き中なんだけど、四月から二年生になるの。ちょっと早めに下見に来たものの……」
笑う顔を見れば見るほど、光月のイメージが重なり、心臓が落ち着かない。
「そっか。じゃあ案内しようか?」
自分でもどうしてそんな提案をしたのかわからない。ほかに生徒もいないし、困っている様子を見過ごせなかったというのが理由か。
「いいの? 助かる……」
こうして、僕は光火の姿を凝視しないよう注意を払いながら、夢見高校の校内を案内することになった。
昇降口へ向かう途中、光火はあちこちを眺めて「広いね」と感嘆の声をもらす。
僕は少しぎこちなく「春休みだから人が少ないけど……」などと説明する。
彼女は「そっか」と柔らかく微笑むが、その雰囲気が光月と重なってしまって胸が痛い。
玄関に着き、彼女はゲスト用スリッパを探しながら「早く自分の下駄箱が欲しいな。ここがわたしの居場所って思えるから」と呟く。
光月が“居場所”という言葉をよく使っていた記憶が甦り、ドキリとする。
思わず「光月……」と呟きかけ、慌てて口を噤むと、光火は不思議そうな顔をする。
「大丈夫?」
「あ、えっと……何でもないよ」
胸の動悸を隠しつつ、彼女を校舎内へ導く。職員室や廊下の案内をして、「先生がいれば手続きが進むかも」と伝えると、光火は「ありがとう、すごく助かった」と笑う。
職員室の前に着くと、「あとは一人で大丈夫だと思う」と彼女は言う。
「いろいろ案内してくれてありがとう。助かっちゃった」
その笑顔がまた、光月の面影を強烈に呼び覚ましてくる。
自分はもう光月を見送ったはずなのに、どうしてこんなに動揺しているんだろう……。
「じゃあ、また機会があればよろしくね」
すっと手を振る彼女の仕草まで、光月によく似ている。
僕は返事もままならないまま、「うん……またね」とだけ呟き、目をそらした。
こうして彼女は書類を胸に、職員室の扉を開けて中へ消えていった。
僕は廊下に立ち尽くし、いまだに早鐘を打つ心臓を抑え込みながら、どうすることもできず昇降口へ向かう。
――光月じゃないのに、光月と同じ微笑みをする少女。“月影 光火”という転入生。
まるで運命のような出会いに、不安と期待が渦を巻いていた。
わずかな会話のなかに、光月の面影がはっきりと重なる「月影 光火」との出会いは、静かだったはずの春休みの学園を一変させる要素となる。
この少女の存在が、すでに終わったはずの想いを今さら再燃させるのか、それとも本当の意味での再生へと導くのか――主人公の胸はただ騒ぎ立てるばかり。
「またね」という言葉で去っていく彼女を見送りながら、かつての記憶に翻弄される自分を抑えきれない。
もういないとわかっていながら、光月に重なって見える「光火」の笑顔は、現実なのか幻なのか。
出会ったばかりの少女が、あまりにも自分の大切な人に似ているという事実は、必然か偶然か――。
運命を予感させる静かな幕開けが、さらなる波乱と発見を主人公にもたらそうとしている。