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冬の名残と静寂の春休み

 長く厳しい冬の夜を越え、いつもの校舎が静かに春を受け入れ始める。

 卒業式が終わり、校内から生徒たちが消えた春休みは、どこか空虚で、時間さえも止まっているような錯覚をもたらす。

 その一方で、雪の記憶を抱いたまま、主人公の心にはあの“崩壊しかけた学園”の後味が残り続けている。

 もう終わったはずの幻想。けれど、教室の片隅や旧校舎の窓際を歩くたびに、胸をえぐるような痛みが蘇るのはなぜなのか。

 「光月は、もういない」――そう自分に言い聞かせながらも、まだどこかに彼女の声が残っている気がする。

 春へ移ろうとする季節の狭間で、新たな景色が見えはじめた校内。それでも、ときおり心を締めつける空虚と、部室棟の埃に混じる淡い思い出。

 雪が溶け、桜のつぼみが揺れる光景は、主人公にとってどう受け止めるべき時間なのか――静かな予感とともに、物語はさらなる変化を迎えようとしている。

 冬の寒さが解けきらない三月末、学校は春休みに入り、校舎から生徒たちの声が消えた。

 卒業式が終わって数日。新入生を迎える準備こそあれど、キャンパスにはどこか静かな空気が流れている。


 僕は、相変わらず何かに導かれるように旧校舎の前に立っていた。夜の探索を終えてからすでに数週間、あの崩れかけた世界と歪んだ校舎の幻影は消え、現実的な学校の姿が戻っている。

 けれど、それまでの出来事がすべて夢だったとは思えない。なぜなら、教室の片隅や渡り廊下の窓際、あるいは資料室の暗がりに足を踏み入れるたびに、胸の奥を締め付けるような痛みがまだ残っているからだ。


 「光月は、もういないんだよな」

 小さく呟いたとき、自分の中に広がる空虚がはっきりと形をもって迫ってくる。あの夜、崩壊しかけた学園を彷徨い、幻想のような空間を通り抜けて、最終的に彼女を見送った。

 もう、終わったはず。喪失を受けとめた――はずなのに、どこか釈然としない。


 今日は春休みの手伝いで、部室棟の掃除をすることになっている。表向きは、先生に呼ばれて「部活関連の書類を整理してほしい」という話だ。

 何人かの生徒も手伝いに来るらしいが、集まったのはわずか二、三人程度。しかも皆、すぐ帰ってしまった。結局、僕は一人で広い倉庫の埃を払い、用具庫を片づける羽目になった。


 窓を開け、掃除機のコードを引っ張りつつ、春の陽射しが差し込む部室棟の廊下を見渡す。そこから見える中庭には、先日まで雪が薄く残っていたが、もうすっかり消えて土色になっている。

 「冬が終わるの、こんなに早かったっけ」

 独り言が自然と漏れる。雪に閉ざされていた数か月の記憶が、今は遠い日の夢のように感じられる。


 ふと、床に落ちている何かを踏んづけそうになる。拾い上げると、小さな白い花がしおれかけていた。誰かがどこかで摘み取り、ここに落としていったのだろうか――それとも風に運ばれてきたのか。

 白い花弁をじっと見つめていると、どうしてか胸が苦しくなる。光月が「雪に溶ける花を見てみたい」と言っていたことを思い出すからだ。


 作業を終えたあと、先生に報告をするため職員室へ向かう。褒められるどころか「まあ助かったよ」と言われて書類を渡され、淡々とした雰囲気で会話は終了。

 やっぱり春休みは人が少ない。校内が広く感じる。少し空いた時間で、ふと旧校舎を覗いてみようという考えが頭をかすめたけれど、このまま家に帰るのも悪くない気がした。

 (もう、行かなくてもいいんじゃないか……)


 そう思った瞬間、窓の外に見える桜の枝が微かに揺れて、まだ硬いつぼみを覗かせているのがわかった。

 春はすぐそこまで来ている。わざわざ過去に縛られなくても、新しい季節はやって来る。

 胸の痛みとともに、「光月を失った」という現実が薄皮を剥ぐように滲む。いつまでも過去を引きずるわけにはいかない。


 僕は無言で鞄を肩にかけ、昇降口へと向かった。もしかすると、このまま本当に何事もなく春休みが過ぎ去っていくのかもしれない――そんな予感が、少しだけ寂しくもあった。

 冬の寒さが名残をとどめる三月末。

 卒業式が終わり、広く感じられる校舎を歩きながら、主人公は「喪失を受けとめたはずなのに、釈然としない」思いに揺れている。

 夜の探索と崩壊する幻想が、本当に夢だったと言えるのか。教室の片隅で芽生える痛みは、完全には消えていない。

 それでも、廊下を吹き抜ける風がやわらかくなり、すっかり雪の消えた中庭には春の息吹が見えはじめる。

 「もう行かなくてもいいんじゃないか……」そう囁く心と、薄皮一枚の痛みがせめぎ合うなか、新しい季節が静かにキャンパスを包む。

 遠ざかる冬と、微かに膨らむ桜のつぼみ――主人公はまた一歩、光月のいない世界へと進んでいこうとしている。

 その“少しだけ寂しい予感”が、春の光に照らされて、やがて物語の次なる幕を開かせてくれるのかもしれない。

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