1.停職処分と、出会い。
「困るんだよねぇ、小野町くん」
「え、何の話ですか?」
「とぼけるつもりかい? ネットの動画だよ、動画」
「…………動画?」
――所長が休みのある日のこと。
俺は課長に肩を叩かれ、そんな言葉をかけられた。
動画といわれても、俺としてはまるで身に覚えがないので首を傾げるしかない。とりあえず資料整理している手を止めて、彼の示すスマホに流れる映像を見た。
すると、そこには先日のドラゴン討伐の様子がしっかり映っている。
「なんですか、これ?」
「おっと、シラを切るとはなかなかだねぇ! 本当に度胸がある!」
「いやいや、度胸とかではなくて。どうして、こんな映像があるのか分からないんですよ」
「んん~? なるほど、つまりチミはこれに関与していない、と?」
眉をひそめる俺に、課長は嫌味たらしく続けた。
しかし、こちらとしても意味が分からない。たしかに映し出されているのは俺であるが、撮影している人物についてはまったく知らない。
課長は俺の関与を確信している様子だが、どうしたものか。
そう考えていると、彼は黒縁メガネの位置を直しながら言った。
「これは立派な情報漏洩だよ、小野町くん? 研修で言ったけどなぁ?」
「いや、だから知りませんって……」
たしかに研修では、業務内容について守秘義務があると説明されている。
その点について俺が故意にやったと考えれば、抵触どころの話ではないのは明らかだった。だけど何度も言うが、俺は誓ってこの件に関与などしていない。
むしろ盗撮の被害者であって、訴えたいくらいだった。
「言い訳が見苦しいんだよ!! いい加減、素直に認めたらどうなんだ!?」
「わ、いきなり大声出さないでくださいよ」
そう思って辟易としていると、課長が金切り声でそう叫ぶ。
驚き目を丸くしていると、彼は鼻息荒く言うのだ。
「とにかく、チミは疑いが晴れるまで停職処分! いいね!?」
「え、でも所長はなんて――」
「あの人には、私から言っておくから!!」
「……は、はぁ」
ここまできたら、問答無用ということらしい。
おそらくは彼の独断だろうし、少しすれば疑いも晴れるに違いない。俺はそう考えて、必要な私物をバッグに片付けてオフィスを後にするのだった。
◆
「えぇ!? 小野町くんが、停職処分!? どうして!!」
「なんでだろうね、俺も良く分からない」
そうして、会社を出ようとしたところで。
ふと同期入社の女性事務社員――赤坂朱音とすれ違った。こんな早い時間にどうしたのか、と問われたので事の次第を伝えると、これまた大きな声。俺は思わず耳を塞ぎながら、肩を竦める。
すると彼女は、その小柄で幼い顔立ちという子供のような姿で目一杯の怒りを表現していた。肩ほどで切り揃えた金髪が揺れて、青の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「まぁ、どうにかなるよ」
「どうにかなる、じゃないんです! アタシ、納得できない!!」
「朱音が納得できなくても、どうしようもないだろ?」
「む、むぅ……!」
他人のために怒れる、というのは彼女の人徳だろう。
それについては有難く思いつつも、どうしたものかと考えていると――。
「だったら、アタシの方でも色々調べてみます!!」
「調べるって……何を?」
「い、色々です!!」
朱音はほとんどムキになってそう言った。
これはきっと、止めても意味はないだろう。なので、
「分かったよ。それだったら、少しだけ期待しとく」
「大いに期待してください!!」
そう伝えて、俺は会社を後にしたのだった。
◆
――とはいえ、しばし収入がない、というのも問題で。
「ウチの会社、一応は副業可だけど……」
俺は通勤途中にある公園でベンチに腰掛け、ボンヤリと空を見上げた。
そして、どうにかしないと、と考えていると……。
「あぁ、見つけた!!」
「…………ん?」
何やら、息巻いた青年の声が耳に入る。
そちらに目をやると、立っていたのは極めて綺麗な顔立ちの男性。長い黒髪の中で前髪のひと房だけ赤に染め、切れ長の眼差しはカラコンだろうか、赤い色を放っていた。体格良く、背も高い。身にまとうのはビジュアル系を想像させるが、動きやすさを重視した黒の衣服。
どこかで見たような気もする彼は、俺の方へと駆け寄ってくるとこう言った。
「……あの、ダンジョン配信者に興味ないですか!?」――と。
俺は答えた。
「……はい?」
社会の理不尽は、こうやって襲い掛かる。
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