Day 3 かぼちゃ
見知らぬ部屋で目が覚めて、扉をくぐるとどこかの屋上へとつながっていて、続いてかぼちゃに飲み込まれる。
そんな子供の夢のような体験をした僕はいま、真っ白な空間に投げ出されている。
息はできるけれど水中にいるような不思議な感じで、ゆらゆらふわふわと底に向かってゆっくりとしずんでいっているように感じる。
冷静に状況を観察できればとも思うが、それどころではない。
いきなりの衝撃に頭が追い付けていないのだ。
せめて地に足をつけたい。そう願い身じろぎをすると、ふと足のつま先が何かに触れたような気がした。土の感触のようである。
背中から落ちていっているように思っていたのに、気が付くと僕は見知らぬ場所に立っていた。
濃い霧のせいで何も見えないが、遠くに並んで赤く光るなにかが見える。
僕は冴えない視覚で転ばぬように慎重に光のもとへと歩いていく。
やっと触れられるほどの距離まで来て、光の正体が踏切であることに気付く。
するとだんだん霧が晴れていく。完全に霧が晴れるとそこには不思議な景色が広がっていたのだ。
踏切のバーには「ハッピーハロウィン」と書かれたポップな広告が張り付けられており、
踏切を越えるとすぐそこから墓地をイメージしたテーマパークが広がっていた。
ウエディングケーキのようは城の周りにはジェットコースターに観覧車、メリーゴーランドがキラキラと輝いており、その中を賑やかな人の声が飛び交っている。
やっと自分以外の誰かと言葉を交わすことができそうだと安堵のため息とともに、目の端から少しばかり涙がこぼれそうになる。弾むようにテーマパークへと足を踏み入れてから、その期待が空振りに終わることを知る。
テーマパークの中を賑わせていたのは、人ではなくぬいぐるみの群れだった。
熊やウサギ、ジャックオランタンなどの色とりどりのぬいぐるみが意思をもって動いているようであった。
期待が外れたことによる脱力から尻もちをついてその場にへたり込むと、一体の人形がこちらに気付いて駆けてくるのが見えた。僕は一瞬逃げ出そうかと考えたが、こんな不思議な見知らぬ世界でどこに逃げようというのかと思い至り、そのまま人形がそばに来るのを待った。
「お兄さん、大丈夫ですか?」と美しい少年のような声で人形が尋ねる。
「はい、大丈夫です」と僕が答えると、オーバーにほっと胸をなでおろすアクションを人形は取った。
「ようこそ、ハロウィンの国へ。チケットはお持ちでしょうか?」
「いや、チケットは持っていないんだ。大きなかぼちゃに飲み込まれて気が付くとここにいたんだ」
ほう?と首をかしげると人形は僕の顔を下からのぞき込むと、何か納得がいったのかふみふむと首を振り、にっこりとほほ笑む。
「それは大変でしたでしょう。でも同時に貴重な体験をしたことでしょう。ここはハロウィンの国です。今この国では、来る冬の到来と先祖の帰りを前に、お祭りの準備をしているのです」
コンセプトなのだろうか、ずいぶんと凝ったコンセプトのテーマパークのようだ。
テーマパークについての説明を終えると、人形は僕に手を差し出して「一緒に遊ぼう」と誘う。
僕は人形に応えて手をつかむと、二人でテーマパークを駆け巡った。
人形たちは笑いあい、僕と同じようにあっちへ行ったりこっちへ行ったりと遊びまわっている。
テディベアの一行はジェットコースターで大はしゃぎ。うさぎの一家はおかしを片手にパレードに夢中。
屋上で見た大きな青空は気が付けばすっかり茜色に染まり、日は傾き、テーマパークの光がうす暗闇に飲まれる景色を照らし出すように光輝く。すっかり童心に帰って駆け回っていると遠くで大きな鐘の音が鳴り響いた。鐘の音に気を取られて上を見上げていると、ついっと人形が手を引く。
「おっといけない。お別れの時間だ。そろそろ次の場所へ行こう」
「どこへ行こうって言うんだい?」
「この国の一番高いところへいこう」
人形に導かれて、僕はテーマパークの奥にそびえる巨大な山の山頂へと向かうことになる。
その山は舗装された道が山を巻くように引かれていて、等間隔にアンティーク調の街頭が道を照らしている。
何か意味のある山なのだろうか。ぬいぐるみだけでなく、仮面をかぶった人のような存在がランタンをもってゆっくりと山頂から歩いてくるのが見受けられる。
その様子に疑問を抱きつつ、人形のあとを追って山頂まで歩いていく。
まもなく山頂につくだろうというところですれ違ったある者の姿にふと違和感を覚えて振り返る。
その者の姿にどこか懐かしさを覚えたのだ。しかしどうしてもその正体を思い出せない。
立ち止まり記憶を巡っていると、後ろから人形から声がかかる。
「こっちだよ。早くおいで」
後ろ髪を引かれつつ、僕はとうとう人形と山頂まで来ることができた。
山頂につくとそこには、大きな紙飛行機があった。
紙飛行機の周りには幾人かのぬいぐるみたちが僕を待っているようである。
人形が僕の手を引いて「さぁ、乗って」と少しばかりせかして僕を紙飛行機に乗せようとするので、僕は紙飛行機に乗り込む。
僕が紙飛行機に乗り込むとぬいぐるみが掛け声をかけながら紙飛行機を崖の方に押しやる。
そういえば、と僕はここまで案内をしてくれた人形の方へ振り返り、声をかける。
「君の名前を聞いていなかった。君の名前を教えてくれ」
僕の問いに人形は目をまるくしたような気がした。少し寂しそうで、けれど安心させるような笑みを浮かべて僕に答える。
「きっとまた会える。きっと思い出せるよ。また会おう」
最後まで名乗らない人形に手を伸ばそうとしたところで、僕と僕を乗せた紙飛行機は、ぬいぐるみたちのひときわ大きな掛け声とともに、茜色の空へと勢いよく投げ出される。
紙飛行機は僕を乗せて、大きな雲へと突入し、再び僕の視界は意識とともに虚空に飲まれていった。