18.取り残された者達は
「カズハ殿!!…くそっ!」
「ジネット」
「レイナルド団長!…っ申し訳ありません、私がついていながら…」
「あなたの反応に落ち度は無いですよ。ただ…」
ただ、気付いた時にはもう捕らわれていた。
一軒目の店から不自然にしかし自然と近付いては離れる二人組の人物は、人を替え、組み合わせを替え、入れ替わり立ち替わりを繰り返す。確認しただけで十人弱でそれを繰り返していた。それはジネットも早い段階から気付き警戒していたようだった。
昼食に入った店でも敢えてテラスに一般客を入れないよう事前に根回しはしておいた。これまで目撃情報が一切無いことから、恐らく人目の多いところでの犯行は避けていると踏んでのことだ。
勿論、店側の人間の素性も全て調べた上で事件とは無関係であることは確認出来ていた。
店の入口は人通りの多い大通りに面しているが、テラスはその裏側で、庭の綺麗に管理された植物を観賞しながら食事が出来るようになっている。そこでカズハを狙った輩に襲われたところで武力行使しても被害を最小限に抑える算段だった。
もっとも、初日から姿を現すとは思わず数日かかると見込んでいた。現にテラスでは十分すぎる時間を過ごしていたのだが、変化は何も起きず、これ以上の滞在は却って不自然になると店を出たのだ。
「レイ!すまん!俺の落ち度だ。例の二人組を見張ってはいたんだが…カズハ達の前を通り過ぎたことで油断が出たっ…」
「ジル…。それを言ったら私もですよ。通り過ぎて向こうの角を曲がったところを確認したことで油断してしまいました…」
そう、油断してしまったのだ。
ヴェネクト領の騎士団は王都専属の騎士団にを引けを取らない。
各団長・副団長クラスは皆読唇術を会得している。例に漏れず自分もだ。遠くからの尾行とはいえ、口の動きで会話の内容は把握出来る。
しかし、この時読唇術で見えてきた会話の内容はごくごく普通の世間話。子供が熱を出したとか、職場の上司が気に食わないだとか、何処の店の店員が可愛いだとか…犯行の動機になるものや犯行を示唆するようなものは聴こえてこない。
故に、容疑者の線は薄いと油断を生んでしまった。
そして想定外だったことが一つ。
「あれは…魔術か。厄介だな」
「ええ、そのようですね」
「宮廷魔導師団にいた顔か?」
「見たことありませんね。新たに入団した者がいるなら話は別ですが…」
「新人なんてそう度々入るものでもないだろう。魔術を使える人間は今では絶滅危惧種のようなものだ」
配置についていたトリスタンも戻ってきた。彼の言うように、誤算は魔術が使える人間がいたということ。しかも瞬時に現れては消える…つまりは転移魔術を展開出来る人間が、だ。
物体を空間移動するにはそれなりの魔力と技術がいる。優秀な魔術士を囲い込んでいる宮廷魔導師団でも使える者はせいぜい二~三人程度。
「よぉ。手掛かりは見つかりそうか」
「ルドルフ…そっちの首尾はどうだった」
「おぉ、トリスタンも戻ってたのか。嬢ちゃんたちが立ち寄った二件目の店から尾行していた二人組の女は其々の家に入っていって、それからは外に出ていない。読唇術でも特に決め手になるような会話はしていなかった」
「そうですか…。あとはもう一組尾行に当たっているオーブリーですね…」
呼んだ?と上からオーブリーが降ってきた。屋根を伝ってここまで来たようだが、彼はいつもこっちの方が近道だと言って最早常套手段になっている。
「こっちも概ねルドルフと相違ないよ。仕事に向かった者と、もう一人は今も街をブラブラ歩いてる。部下を置いてきたから、何か動きがあれば鳥を飛ばす手筈になってるよ」
「…俺達は揃って見誤ったのか」
トリスタンの呟きに皆眉間に皺を寄せる。そんな事があるだろうか、と。それは自惚れではなく、経験からくる自信と確信。
人の本質を見抜く力はこれまでも発揮されていた。今回も満場一致といった形で行動に移した筈なのだが…揃いも揃って…?
いや、まだ白とするには早計。黒とするにも根拠が足りない。同様の事を思っているのか、表情から皆一様に疑惑は拭い去られてはいないようだ。
木漏れ日
「やぁやぁやぁ!騎士の名に懸けて連れ去られるような事にはならないと豪語しておきながら、なんとも無様に戻ってきたものだね」
木漏れ日の扉を開くや否や、ヨアンの痛烈な嫌みがカウンターに入る。相変わらず情報が早い…。そしてぐうの音も出ない。ブリザードの笑顔で両手を広げながらカツカツと近づいてくる様は魔王さながらだ。
いつからか周りが私の事を氷の貴公子等と恥ずかしい渾名を付けていたが、その称号はヨアンにくれてやりたいくらいだ。
「はぁ…だから僕は駄目だと言ったんだよ囮なんて。こうなる可能性は限りなく高いのは想像に難くないだろうに。
そもそも何故カズハの守りをもっと厚くしなかったんだい?報告によるとカズハの楯はジネット嬢の他にレイナルドとマティアスだけだったそうじゃないか。
団長が揃いも揃って情けないと思わないかい?え?魔術師?そんなの可能性の一つとして構えておくべ」
「はいはいはいはい!ストップストップ!ヨアンいつもの三倍の口数よ。はい、お茶飲んで喉潤してきて」
「ルーシー…僕はっガフッ…んぐっ?!」
「ほらほら、遠慮しないで!」
「「「………」」」
なおも言葉を続けようとするヨアンの口に淹れたてのお茶を強引に流し込んでいる。ティーポットの口から直接いくあたり、相変わらず容赦の無い女だと思う。
躊躇というものが無い…。せめてカップに注いでからにしてやってほしい、カップ五杯分の茶が注がれ続けているが…
「ルーシー、ヨアンが溺れかけてます…」
茶で溺死なんて死んでも死にきれない…。皆憐憫の眼差しを向けているとズズイッとルーシーが人差し指を差し出し、私、ジル、ルドルフ、トリスタン、オーブリーの順にブツブツ呟きながらローテーションで指していくのだが、目も口も弧を描がきながら謎の呪文らしきものを口にするので魔女が生け贄になる人間を選んでいる絵面にしかみえない。
しかもそれは遠からずだったようで…
「お、おい、ルーシー!何だその怪しげな呪文は?!」
「ジル煩いわ。これはカズハに教えて貰った儀式よ!選択に悩んだ時にカズハがよくやっていたの…フフフ…」
「あまり聞きたくないが…今は何の選択に悩んでこの儀式とやらをやっているのだ?」
トリスタンの質問にニヤァっと嗤った顔はもうどこからみても立派な魔女だ…。
「次に熱々の紅茶を飲める幸運の人間をえらんでるのよ。…だ・れ・に・し・よ・う・か・な・カ・ミ・サ・マ・の・い・う・と・お…」
瞬時に口元を抑え後退りしたが、最後の言葉「り」のタイミングでカミサマに指名されてしまったルドルフは「オ…オレのコレがコレでさ…」と、身ぶり手振りで必死の形相でルーシーに訴えている。
コレコレばかりで要点がつかめないが、とりあえず未婚の男がそのセリフを言うと良くない誤解を招くので止めた方がいいと思いつつ、そういう意味ではないということもわかっている。
どうやら「オレの舌が猫舌でさ」と言いたかったらしい…。
その言い訳もどうなんだ…。
「あら、次の幸運の男はルドルフ様ね?そういえば、今回の件の責任者でしたわねぇ」
「おっ…おい!待て待て!わかった、俺が悪かったから!まずそのポットを置いてくれ!」
チッ!と渋々テーブルの上に置いてあった人数分のティーカップに紅茶を注いでいくルーシーは、仕草は無駄が無くとても優雅であるのに舌打ちで残念なくらい打ち消していた。
「マティアスとイヴァンの姿が無いようだね?」
ぐるりと見回してヨアンが気付くと、ルーシーもそれに倣ってようやく気付いた。
「おぉ、あいつらには別件の仕事をしてもらってる」
「別件…ですって…?カズハが連れ去られたのに?」
「それはそれ、これはこれだ。管轄内で起きている事件は大なり小なり他にもある。こればかりに人員は割けないだろ」
「それはわかるけど!でもこっちは大も大の特大の事件じゃない!何人も拐われているのよ?しかも内通者が身内にいるかもしれないとか何とか言って、必要最低限の人数しかいないじゃない!」
「言いたいことはわかりますが、騎士団管轄の判断は覆せませんよ」
「…どうせ部外者よ、わたしは」
「ルーシー…」
「あなた達!もしカズハに何かあった時は熱湯をお見舞いするだけじゃ済まないわよ?…男の尊厳ちょん切ってやるわ!」
サラッと物凄い捨て台詞を吐き、ドスドスと闊歩しながら自分の居住区である二階に上がっていったルーシーを、縮み上がった股間を抑える男達が見送る…何ともシュールな光景だった。




