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青崎真司郎と女王様

ゆらゆらと陽炎(カゲロウ)のように世界は歪む。ジリジリと肌に感じる熱さは陽の光のそれではない。

目の前に広がるのは火の海と化した町の光景。

知らないはずの町のなれの果てに何故か俺は悔しさを噛み締めながらすごく必死になって拳を握る。


それから俺はこう口にする。

守るんだ。俺が守るんだ。たとえこの身が滅びても、命の灯火が燃え尽きても俺が、俺がーーーっ!!!


「ラストぉぉおおおお!」




「……またか。」


次の瞬間俺の目の前にはよく見覚えのある殺風景な部屋が広がっている。

昨夜はベッドではなく机で寝落ちしてしまったらしい。握り拳にはシャーペンが握られている。


一人暮らしなので寝落ちしても誰も気づいて起こしてくれないというのはなんとなく孤独を感じる瞬間だと俺は思う。


硬い机に顔を押し付け窮屈なポージングを7時間ほど続けた結果痛めた首や腰等々にチョップを与えているとあくびが出た。


それにしてもあの夢、最近同じあの夢をよく見る。そして毎回同じところで目が覚める。

あのあと、突き出した右手は届いたのだろうか? 溢れ出した想いは届いたのだろうか?

そもそもあそこはどこでなんで燃えていて俺は何故……。


何度も見るこの夢の続きを俺は知らない。でも何故かあの夢を見るとなんとも言えないモヤモヤっとした気持ちになる。そして少し期待して見たりする。


あの夢の続きで自分が知らない誰かを救えていることを。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


青崎真司郎(あおさきしんじろう)は毎朝6時頃に隣の部屋の住人の犬の鳴き声に起こされて1日が始まる。


あのワンコの正確さはすごい。最近の犬にはアラーム機能でもあるのかと錯覚してしまう。

だってあれだよ? 最新のスマホのアラームですら本当に鳴ったのかどうか怪しい日あるんだからね?


7時半頃には学校に向かうために家を出るのだが、一風変わったこの街には血の気の多い奴が多いためか、朝っぱらから随分と騒がしい。


例えば味噌汁の味噌についての夫婦喧嘩が聞こえてきたり、逆立ちでバス停に並ぶサラリーマンがいたり、ガラの悪そうな男たちがバイクをブンブン言わせたり。


例えば、ただ登校しているだけの高校生がガラの悪そうな男たちに囲まれたり。


「昨日はうちの者を可愛がってくれたらしいじゃねえか、ああ?」


例えば、平穏な日常を望むだけなのにガラの悪そうな男たちに囲まれたり……!?


「……いや、その、生憎男を愛でる性癖は持ち合わせないですね。人違いじゃないですか?」


青崎は身に覚えのない恨みに当てられて焦ってしまい、頭に浮かんだ言葉を全部口に出してしまう。

結果は火を見るよりも明らかで男たちの怒りメーターが上がっていくのがはっきり見えたような気がした。


「舐めてんじゃねえぞクソ芋野郎がぁああ!」

「いやいやいや! マジで人違いだっての!!」


殴りかかってくる男に必死に訴えるが応答はなく……。


「べぼがっ!?」

「ーーーあ、ごめん。つい強く殴り過ぎた、かも。」


例えば、反射的に反撃してしまっただけなのにガラの悪そうな男たちの1人をのしてしまったり。

そしたら寄ってたかって残りの男たちが襲いかかってきたり。って何朝からこの状況最悪じゃん。


やっちまったと後悔先に立たずを全身全霊で感じていると急に頭上に影ができる。


「そこまで!!」


凛とした女の子の声が暴走寸前の男たちの動きを止め、視線を奪う。

家の塀に立つ女は逆光で表情は読み取れず、スカートは風でゆらゆら揺れるが惜しいところでパンツは見えない。って別に見ようとしてねえからね?


「東高校生徒会です。暴行事件主犯格として罰則を与えます。」


バッチリセリフを決めて女は塀から飛び降りる。

その立ち振る舞いから運動神経の良さが伝わってくるような綺麗な着地だった。

さすがこの街で生徒会になるだけはある、と青崎はその様子を眺めてから女に話かける。


「おー! 俺の高校の生徒会? いやーご苦労様です助かったー。こいつらにはきつ〜い処分を頼むな? なんせ罪のない無垢な高校生を囲い込みだからね。トラウマだよトラウマ。」


言いながら手を振って歩き出す青崎の肩に手を置いて女が一声。


「待ちなさい。どこに行く気ですか?」


青崎は止まって振り返ると質問に即答する。


「どこって、学校だけど?」

「聞いてなかったのですか? 主犯格には罰則を与えるといったはずです。」


ん? と女の言っていることの意味がわからずにぽかんとした顔をする青崎。


「えーっと、つまりどういう?」


頬をぽりぽりとかきながら尋ねる。黒髪ロングが風になびく女ははっきりと目を合わせ青崎を指差して言う。


「生徒会よりあなたに反省文及び3日間の奉仕活動を命じます。精々反省してくださいね、主犯格さん」


例えば、被害者であるはずの俺が主犯格として処罰を与えられたりする。……あれ今なんでこうなった?


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「それで? 真司郎は転校から1カ月にして早くも反省文を食らったというわけだ」

「ほんとおまえの人生って良くも悪くも退屈しなさそうだな。今回も運がいいやら悪いやら」


反省文を書く俺の席を取り囲むようにして立つ2人の生徒がいう。

人がこの冤罪をどうすれざいいのかと真剣に相談しているのにもかかわらず楽しそうに聞きやがって。


「どこに運がいい要素があったってんだよ」


青崎が嘆くようにいうと猿っぽい顔立ちをしている堀川拓海(ほりかわたくみ)が机を叩く。

その表情は少し怒りが混じっているようにも見える。


「馬鹿野郎! おまえが罰則をもらった星宮柳(ほしみややなぎ)は生徒会の女王とも呼ばれ、可愛い顔にエロティックボディとSっ気まで兼ね備えた完璧少女なんだっ!!」


ただの変態バカだった。

よく教室中に響き渡るような大声でそんなことを口にできるよなこいつは。素直にちょっと尊敬する。

しかも毎度のことだから誰もこっちを見ないという。


「分かったから興奮すんな。あと机を揺らすな。」


鼻の穴をご自由に指突っ込んでくださいとでもいいたいのかってほど開いて凄みながら熱弁する男子高校生の化身みたいな堀川。


その表情は男でもまあまあ引くレベル。お化け屋敷とかでその顔の奴が出てきたら本気で逃げる自信がある。


「そんな女王様相手でもおまえはときめかないわけ?」


さらりとそんなことを聞いてくるのは甘いマスクで女の子を弄ぶ人類の敵(堀川情報)こと末高涼夜(すえたかりょうや)

いつか堀川が駆逐するらしい。

堀川にとって末高は巨人か何かなのだろうか。


「ときめくも何も、知らないことわからないことだらけの今はそんな余裕ねーよ。」


青崎はシャーペンを回しながらたんたんと答える。なぜ高校生は男も女も恋愛話ばかりするのか。

恋愛なんて超どうでもいい。

というかしたことないし関わりがなさすぎてどういうものなのかなかなか理解ができないのである。


「まあここって外からしたら特殊な街らしいから慣れるまでには大変かもな。この街の住人からすればむしろ特殊なのはおまえなわけだが。」


引っかかる言い方をする末高に堀川が便乗。


「ほんとそれな! 転校生なんて言葉マンガやアニメの世界でしか聞いたことなかったからな。」


マンガやアニメの世界ねぇ。その言葉はそっくりそのままお返ししたいものだ。

教室の窓の外を眺めながらそんなことを考えた。真っ先に目に飛び込んでくる、街の丁度中心にそびえる超高層ビルを眺めながら。


「でも俺はここにくる前の記憶がないから、みんなが期待するようなおもしろ話は持ち合わせがないけどな。」


思い出といえば理由も知らない大怪我で病院に入院させられていた1年間の出来事ぐらいだ。

病院の3階の自販機に売ってたコーヒー牛乳が甘すぎな感じで大好きだったのに、いつの間にかコーヒー牛乳のポジションが野菜ジュースにとられていたとかな。


「安心しろ、記憶喪失だってマンガやアニメの世界ぐらいでしか見かけないレアものだ。」

「1ミリも嬉しくねえよ。」


末高の変なフォローに間髪入れずにツッコミをかます。


「つーか冗談じゃなく結構怖いんだからな? 自分がどんな人間なのかが自分でもわからないってのは。」


その言葉に「ふむふむ」と考え込む堀川。


「たしかに記憶なくす前にストーカーとか盗撮とかしてたらわけもわからず捕まっちゃうね。」

「いやおまえじゃないから絶対にそんなことはしてない。」

「酷い! 俺にだって我慢はできるんだからな!」

「その欲がある時点で人としてアウトだろ。」


呆れたように言う青崎に畳み掛けるようにキメ顔をした末高が迷言。


「青崎、隠すことはない。人はみな性欲と戦いながら生きているのさ。」

「なんで俺がストーカーとか盗撮とかをやったみたいな言い方!?」


また一つ新たな冤罪をかけられそうになって必死に自分の誠実性を述べていると不意に堀川が「あ、」と声を漏らした。


「先生来るよ。今階段上がったとこ。」


堀川は鼻の前で右手の親指と人差し指を繰り返し擦り付ける癖が出ながら言う。


「ああ、ほんとだ。……てか先生また香水きついのに変えてんな。」


堀川の言葉に俺が続くとガラガラと教室のドアが開いた。


「レーディースアンドジェントルマン!! 席につきなはれ!!」


現れたのは超ハイテンションな三十路直前の女。我らが担任の桜浜千晃(さくらはまちあき)である。

てかあの人ラッパーか何かなの? 挨拶ごちゃごちゃすぎてどこの人なのか区別がつかない。


「あの感じだと今夜は合コンかな。」


自分の席へと向かう末高がそう分析した。

……なんと言うか頑張れ、桜浜先生!


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


放課後になり、羨ましいだのなんだとの喚く堀川と、初手から手を出す男は嫌われるぞとかいらないアドバイスをしてくる末高と別れ俺はなんとか書き終えた反省文を手に生徒会室へと向かった。


いや、ほんと頑張ったよ俺。だって何にも悪くないもの。


生徒会室に着くと青崎は憂鬱な気分に襲われてため息をついた。このあと奉仕活動しなきゃなんだよな……。


「失礼しまーーー。」


躊躇なく扉を開けて、すぐさま硬直した。目の前の光景に言葉も失ってしまう。

なんとドアの先で待っていたのは下着がチラリと見える状態で目を見開いている女王様。

否、制服からジャージに着替えようとしている星宮 柳だった。


「いや、その、反省文を……ね?」


必死に言い訳をしようとするもののうまく言葉が出てこないで詰まってしまう。

するとすぐさま顔を赤くした星宮が右手を振り下ろす動作をした。


「いいから早く出ていけー!!!!」


すると天井から鋭く尖った氷の結晶がこちらにめがけて飛んでくる。


「ごめんなさいでしたー!!!」


急いで生徒会室から出ることでなんとか回避することができた。

危ない、もう少しでラッキースケベで人生終わるとこだった。


呼吸を整えていると生徒会室のドアからまだ赤い星宮の顔がちょこんと飛び出す。


「も、もう入ってもいいわ。」

「あ、ありがとうございます。」


何故かお礼を口にしてしまい、青崎は再び生徒会室のドアを開けた。


「全く、高校生にもなってノックもできないなんて。これだから不良は。」


まだ会ったばかりの人に不良呼びとはこの女のガードの固さが伺える。


「そ、それであなた……み、みみみ、見た、の?」


恥ずかしそうに問う星宮に青崎は笑顔で答える。


「心配しないでも純白の下着なんて見てないぜ!」

「ワスレナサイ?」


星宮は再び氷の結晶を構える。やべえ目がマジだ。殺るやつの目だこれ。


「ど、努力します。」


記憶全部忘れてしまうくらいだ、このくらいの出来事その気になればすぐに忘れられるはず! 頑張れ俺。命がかかってる!


「で、反省文はできたのかしら?」

「まあ、一応な。」


そう言って手渡すと星宮は数秒反省文に目を通すとうなづいた。


「いいわ、これを先生たちにも回しておく。」


読むの早すぎませんかね。それを書くのに2時間くらいかけたんですけど……。

なんとなく作家の心中を察した気分になった。


「では行きましょうか。」

「行くって?」

「奉仕活動です!!」


星宮はマンガだったらドドンッ!と効果音が描かれそうなくらい見事に胸を張って答える。


「やっぱおまえも行くのか……。」


ジャージに着替えていた辺りからなんとなく察しはついていたが。


「なにその露骨に嫌そうな反応。自分で言うのもなんだけど私ちょっぴり男の子たちの人気者なんだからね?」


知ってるし、だから面倒ごとになりそうで嫌だなっていう心中は理解されなさそうだな。


「で、奉仕活動ってのは何するんだ?」

「清掃活動しながら街のパトロールよ!」


うわあ、ザ・奉仕活動って感じのやつきた……。

そんなことを口にしながら笑える彼女を生徒会の中の生徒会だなあと少しだけ感心してしまう。


「ただしパトロールは一筋縄ではいかないわよ?」


星宮の表情は今朝見た凛としたものに変わる。それに青崎は頷く。


「だろうな。なんてったってここは能力至上主義都市ヘブンイレブンだ。」

「へー、ちゃんとわかってるんだ。それじゃあ改めて、生徒会役員の星宮柳です。これから青崎真司郎への罰則である奉仕活動を行います。では、早速行きましょう。」


……い、行きたくねえええ。マジで変わってくれ堀川。

ずんずん前を行く星宮に青崎は重い足取りでついていくのだった。

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