【 日常になりつつある日常 】
「ごっさまー!ぐるるもフキフキするおー!」
「あらグルちゃんお片付け手伝ってくれるの?助かるわぁ、ありがとっ」
グルルが俺の弟になってから3日が過ぎた。
知識はないが物覚えがとても良く、どんどん言葉や物の名称や一般常識を吸収していっているグルルは今、夕食の後片付けをする母さんの手伝いをしている。
普段は遅くまで帰って来られない母さんもこの3日間はグルルの事もあり夕方には帰って一緒に食事をしたり遊んだりしていたが、明日からはまた帰りが遅くなりそうだと言っていた。
「たっくとー、ハミガキすよー!はよーはよー」
「はいはい、今日はチューブを食べたらダメだぞ」
洗い物の手伝いか終わったグルルが俺を歯磨きに誘ってきた。
5歳くらいの子供の中には歯磨きを嫌う子供も結構居るようなのだが、グルルは歯磨き粉の味が気に入ったようで自分から歯磨きをしたがる。
それは良い事なのだが・・・グルルは2日連続で歯磨き粉のチューブを全部食べてしまっていた。
身体に害がある物ではないが、オヤツ代わりに食べる物でもないし一般常識を覚えて貰う為にもダメな事はダメだとちゃんと教えてあげなくてはならない。
・・・なんといっても、俺はお兄ちゃんになったのだからっ!
「ハミガキごしごしー、いたまーす!」
「だから食べたらダメだって言ったばっかりだろっ」
小さい子に色々教えるのは、大変だ。
ーーーーー
歯磨きを終えて部屋に戻り、携帯をチェックするとセルとイリアから返信が来ていた。
「おっ、2人とも明日は大丈夫みたいだな」
俺は夕食前にイリアとセルに明日会えないかとメールを送っておいたのだが、その返信だ。
本当ならこの雨が上がってからにしようと思っていたのだが、明日から母さんがまた仕事で家を空ける事が多くなると言っていたので予定を早めて2人には明日会いたいと伝えたのだ。
2人に会おうと言った理由はもちろんグルルの事。
今は母さんと俺がいるからいいが、万が一何かあった時にグルルの事を知っている人が身近にいないと困る事があるかも知れないので、俺が1番信用しており頼りにもしている2人にはなるべく早くグルルを紹介しておこうと思ったからだ。
「ーーーー」
まぁそれだけではなく、早くあの2人に俺の弟を見せたかった気持ちがあったのも否定は出来ないけど。
ちなみに2人にはグルルの事はまだ伝えていない。
セルにはメールでカモメ団のメシクレと会った事は伝えたが、グルルの事は秘密にしている。
「いきなり俺に弟が出来たなんて聞いたら、セルもイリアも驚くだろうな・・・ちょっと楽しみだな」
明日の友人達の反応を想像して内心ワクワクしていると、隣の部屋からグルルがやって来た。
「たっくとー、エホンよもー!エホンー!」
「絵本はいいけど…どうしてまたそのバスタオルを羽織ってるんだ?ちゃんとパジャマは用意してあっただろ?」
隣の部屋に置いてあった少し大きめの絵本を胸に抱えて俺の部屋に入って来たグルルは、橋の上で初めて会った時に俺が羽織らせてあげた歌姫シオンのプリントがされているバスタオルを体に巻き付けていた。
「バスタオルすーき!たっくとのくんくんする!まきまきすーき」
「そ、そうか。まぁ気に入ってるならいいけど」
体に巻き付けたバスタオルの匂いを嗅ぎながら楽しそうに話すグルル。
バスタオルはもちろん洗濯してあるので俺の匂いが残っているなんて事はないと思うが、ここまで真っ直ぐな瞳で嬉しそうにされると少し照れ臭くなるな…
とりあえずバスタオルの下は出会った時のような全裸ではなく、ちゃんとパジャマも着ていたのでグルルの好きにさせてあげればいいか。
「で、今日は何の絵本を持ってきたんだ?」
グルルが家に来た次の日に、コミュニケーションをとりながら言葉を教える為 絵本を読んであげたのだが、それがとても気に入ったようで すでに何冊も読まされている。
しかしその成果は顕著に現れており、グルルはどんどん言葉を覚えていき
「えとねー、わんぱくしーぷのたからもの!こーよむおー!」
たった3日で字を読む事も出来るようになったうえ、ある程度意味も理解している。
「わんぱくシープの宝物か、懐かしいな。よしっ、じゃあ読んであげるからこっちおいで」
「おおー!」
グルルは異常なくらい重いので、膝の上ではなく俺の足の間に座ってもらい 一緒に絵本のページを捲り、俺が文字を音読していく。
「ーー緑が溢れる広い高原にはたくさんの羊達が仲良く静かに暮らしていました。
その場所は走っても走っても、綺麗な花畑や草原が途切れる事がありません。
食べても食べても、おいしいご飯が無くなる事はなく、ご飯を取り合って喧嘩をする必要もない まさに羊達にとって楽園のような場所でした」
「おおー!ずっといたまーす!いなー、ずっといたまーすいなー!」
食いしん坊のグルルは無限に食べられるご飯と聞いて羨ましそうにしていた。
「今日も仔羊達が楽しそうに笑いながら追いかけっこをしています。
『あははっ、追いかけっこ楽しいね!』
『楽しい楽しいっ、お天気も良いし気持ち良いっ』
楽園には羊達を襲う怖い動物もいないので、仔羊達は周りなど気にせずに走り回っていました。
しかし突然」
「ドスンッーーー遊ぶのに夢中になっていた仔羊の1匹が大きな何かにぶつかってしまったのです。
『いたたっ、どうしてこんな所に壁があるんだよー』
いきなり何かに頭をぶつけてしまった仔羊は、そこにはあるはずのない壁に頭をぶつけた事に首を傾げて不思議そうにしていました。
しかし、一緒に遊んでいた他の仔羊達の顔はとても怖がっているみたいに真っ青になっていました。
目の前には大きな壁、後ろには怖がる友達。
不思議に思った頭をぶつけた仔羊は、一歩だけ後ろに下がり 大きな壁を見上げてみました。
するとそこにはーーー
『わ、わ、わ、わんぱくシープだぁぁ!みんな逃げろぉ!』
わんぱくシープと呼ばれる とても大きな羊が昼寝をしていたのです。
仔羊達は慌てて大人羊達のいる集落に走って戻りました」
「わんぱくシープと呼ばれていた大きな羊は、大人の羊と比べても10倍以上も大きく、仔羊達には山の様に大きく 鬼の様に恐い存在だと思われていました。
『ふぁ〜あ、今日も良い天気だなぁ。思いっきり走り回りたいなぁ。でも、ボクが走るとみんなに迷惑が掛かっちゃうからなぁ・・・もう一回昼寝して、夜は明日に備えてしっかり眠って、明日も昼寝しよう』
しかし、怖いと思われているだけで、わんぱくシープは本当はとても穏やかで優しい仔羊なのです。
さっきぶつかった仔羊と歳も同じくらいなのに、身体がとても大きく育ってしまい、産まれて少し経った時に歩いただけで小さな大人羊達を踏み付けて怪我をさせてしまった事があった為、自分から群れから離れ、少しだけ離れた場所でたった1匹で生活するようにしたのです」
ーーーーー
このわんぱくシープの宝物という絵本は、怪物と呼ばれているわんぱくシープが 大好きな仲間達を自分のせいで傷付けてしまわないようにする為にひとりぼっちで集落から少し離れた所で暮らしていたところから始まる。
その後、わんぱくシープのお母さんは出産の時に死んだ事やお父さんに嫌われている事が書かれていき、他の羊達から迫害をされていく流れになる。
その中でも優しい女の仔羊と仲良くなったりとホッコリするシーンもあるのだが、終盤になると羊狩りをする人間が楽園に現れ 集落の羊達を捕まえて行こうとしてしまう展開になり、それに気付いたわんぱくシープが狩人を撃退して他の羊達を救う。という話しだ。
しかし、ただのハッピーエンドという訳ではなく、仕返しに来た人間達によってわんぱくシープは殺されてしまう。
殺される時にわんぱくシープが狩人に「ボクの体は大きいからボクだけで何十匹分にもなる。だから他の羊達は見逃して欲しい。ボクの宝物だけは傷付けないで欲しい」と頼み、その頼みを聞いた狩人達は他の羊達には手を出さずに帰って行き 楽園と羊達は守られて終わり。という内容なのだ。
最後のページには楽しそうに走り回る仔羊達が描かれ、その上空では大きな羊と小さな羊の形をした雲の絵が描かれており、様々な想像を読み手に与えてくる。
ーー内容はもちろん変わっていないのだが、今読むと捉え方がかなり違うな。
宝物…わんぱくシープが大好きだった楽園に暮らす羊達が守られたというお話。
俺が子供の頃に読んでもらった時は単純に わんぱくシープが死んで悲しくなったり、他の羊達が最後にはまた楽しそうに走り回っててよかったとか思っていたのだが…この歳になって改めて読むと、また違った見方になるもんだな・・・
絵本を読み終わり、俺が年齢による変化に複雑な気分を味わっていると、俺の股に挟まっているグルルが絵本の表紙に描かれている大きな羊わんぱくシープを指でなぞっていた。
俺の子供の時と同じ様にグルルも悲しくなっているのかな?
それとも、救われた羊達に喜んでいるのかな?
幼いグルルが何を想っているのか気になり、グルルの顔を覗き込んでみるとーーー
「かりうどはシープをいたまーす?おっきいと、いっぱいいたまーすできるおー!」
無垢な笑顔でそう言った。
・・・子供って、たまに残酷な発想するよね。
ーーーーー
今夜はその一冊で読むのを終わり、少しだけ筋トレと魔法の練度上げをしてから眠ることにした。
筋トレも魔法の練習もグルルは俺と一緒にやりたがるので、昨日も今日も一緒にやった。
明日は午前中にセルとイリアが俺の家に来る予定なので今日は早めに寝ようと言うと、グルルは隣の部屋には戻らずに「おはしでねるおー」と言い、俺のベッドに入り込み 隣でスヤスヤ寝息を立ててしまった。
箸って…と心でツッコミを入れつつ、俺もグルルの隣で横になり、長さの違う箸のように並んで眠った。
俺は小さい頃から1人で眠る事に慣れていたので誰かと寝るのは落ち着かないのではないかと思っていたのだが、1人よりむしろグッスリ眠れるという事をー昨日の夜 初めて知った。
ゴロンと寝返りを打ち、俺のシャツをギュッと握ってきたグルルの頭を優しく撫でてから目を閉じると、時間をかける事なく俺は夢の中へと入っていった。




