【魔獣討伐後のアックスとヌエン村】
ガイが兵を連れて城へ戻った後、アックスと負傷を負わなかった兵達は村人達と合流し、村人を救う為に命を散らしてしまった村人達の亡骸を集めて火葬する準備をしていた。
ザァーーーー・・・
魔獣の襲撃という非日常の恐怖から解放された村人達を次に襲ったのは、救いようのない喪失感と悲しみだった。
下半身の無い男性に抱きつきながら涙を流す女性。
お腹に大きな穴の空いた太った男を必死に起こそうとする子供。
魔獣に襲われて命を落とすのは天災で命を落とすのと同じで、運が悪かったとしか言いようがないのは皆わかってはいるのだ。
理解はしている、だが納得など出来るはずがなかった。
親しい人物の死を受け入れる事など、すぐに出来るはずがなかった。
ーーなぜ私の旦那が。なぜ僕のお父さんでなければならなかったのか。なぜ他の村ではなくこの村が襲われなくてはならないのか。
そんな悲痛な嘆きが村を支配し、魔獣がいなくなった事を喜ぶ者は1人もいなかった。
「アックスさん、あり、がとう…ございました。村は・・うぅ、救われました。死んでしまった村人達も…喜んでいると、思います…」
「・・・・あぁ。だが、あんたらがそんな顔してたら死んでいった者達が浮かばれねぇだろ。俺達も協力するから村の復興、頑張ろうぜ」
悲しみを隠し切る事が出来ない村人からの力無いお礼にアックスは励ましの言葉をかけたが、アックス自身 怪我ではない胸の痛みを抑え込む事が出来ないでいた。
「ーーだが、まぁなんだ。今は泣いとけ。泣いて泣いて、泣きまくってからは前を向いて生きろ。それが生かされた者のやらなきゃいかん事だろ」
「ゔゔぅぅぅっ・・・はい…」
いつものアックスであるならば、ゴブリンを1人で2匹も叩き斬った事をバカ笑いしながら自慢するところであったが、村の惨状を見た後ではそんな気も起こらず、阿吽を漏らしながらお礼を告げる老人の背中を優しくさすり、村人と一緒に薄っすらと涙を浮かべていた。
アックスはディミド城で働く軍人で 城下町に住んではいるが、小さな国という事もあり同じ国内にあるヌエン村へはよく顔を出していた。
そして、死んだ村人の中には飲み仲間とも言える程に親しい人物が何人もいた。
飲み仲間だけではなく、力自慢のアックスにいつも腕相撲を挑み、1度も勝てないくせに楽しそうに笑いながら「次は負けないぜ」と言っていた奴もいた。
肉ばかり食わずに野菜も食えと、いつも口うるさく言いながら新鮮な野菜をくれる奴もいた。
独身のアックスを小馬鹿にしながらも、自分の娘を嫁にどうだと勧めてくる奴もいた。
「・・・クソッタレが」
アックス本人は照れて認めないが、アックスは情に厚く面倒見が良かったので村人達との関係はかなり良好であった。
なのでアックス自身、今回の被害は相当心を痛めている。
アックスにとって魔獣は命を懸けて戦いを楽しむ事が出来る相手だが、ただの村人にとっては為す術もなく命を刈り取っていく死神でしかない。
ーーその事を今回の被害で身をもって痛感させられたが…遅すぎた。
消えた命は戻る事はないのだから。
ザァーーーー・・・
いつまでも止む事のない雨の中、村人達のほとんどは動く事が出来ずに涙を流していた。
その後、雨で血を洗い流された事で多少は綺麗になった死体を集め、黙祷と祈りを捧げた後、死体の山に聖火を放った。
バチバチバチバチッーーー
雨でも消える事のない火葬用の特別な炎に焼かれる沢山の元生者達。
ヌエン村では、死者の魂が天国へ着くまで安らかな気持ちでいられるように、大量の香花も一緒に燃やす為 辺りにはとても優しい匂いが充満している。
雨雲のせいで昼間でも暗かったヌエン村が死者の炎で紅く染まっていくーー
聖火で焼かれた死者の炎から立ち込める黒煙と白煙は、人間であった時の善と悪、光と闇であると言われている。
黒煙が悪い部分を全て飲み込み、白煙がその者の魂と善を連れて天国へと昇って行く。
その言い伝えは、きっと死者ではなく遺された者達を慰める為のものなのだろう。
だが、それでも……
願わくば、その言い伝え通り この者達の魂が安らかに天界へ導かれますようにーー
バチバチバチバチッーーー
天に昇る死者達の魂を、雨が降っている事を気にもせずに見上げながら見送る村人達。
アックスや兵士達も同様に見上げたいた。
しかし、アックスの見上げた視界の中には、違和感のあるナニかが見えた。
ザァーーーー・・・
「ーーん?なんだあれは?」
アックスが疑問符を浮かべながら見つけたモノは、村の真上に突然現れた小さくて真っ黒な塊。
小さく黒い塊は徐々に大きくなっていき、それは真っ黒な雲のように見えた。
「あ、ありゃあ昨日も出た不吉な雲じゃ!あれが魔獣を引き寄せたんじゃ!まだ悪夢は終わっとらんと言うのかっ!」
「魔獣を引き寄せたって?そんな事あるわけねぇだろバァさん」
村人のお婆さんが怯えたようにそう言っているが、アックスは信じられないと言った様子だ。
しかし同じようにその雲を見ていた兵士がアックスに近付き、耳打ちをした。
「…アックス少佐、もしかしてあれ 今世界中で目撃されている黒い雨を降らせる雲ではないでしょうか。もし噂が本当なら、黒い雨が降った付近では魔獣が出現したり凶暴化したりしているらしいので…」
「なんだそりゃ、そんな噂が出てるのか!?俄かには信じられんが……あのバァさんの怯え方も尋常じゃないし念の為 村人は避難させるか。おいっ、みんな聞けぇぇっ!変な雲が出てるから一旦建物の中に入っとけ!大丈夫そうならまた呼ぶから、それまでは出て来るんじゃないぞっ!」
村人達を建物の中に避難させ 少しずつ大きくなっていく黒い雲を警戒しながら観察していると、それまでは膨張を続けていた黒い雲が膨らむのを止めて、真っ黒い雨を降らせ始めた。
「本当に黒い雨が降ってきやがったな…その噂ってのが本物なら魔獣が引き寄せられてくるかもしれないってわけか。今さっき倒したばっかだってのによ…」
雨に魔獣が寄って来るなど聞いたこともなかったアックスは半信半疑ではあったが、つい先ほど普段ではありえない魔獣の襲撃を受けたばかりな上、目の前では今まで見たことがない漆黒の雨が降り注いでいる為、息を飲みながら警戒を怠らなかった。
「お前らっ!村に魔獣が近寄ってこないか2人1組になって見張れっ!何か見つけたら深追いせずにすぐに俺に知らせろっ、いいな!」
「了解!」
部下達に指示を出し、アックスは3人の部下を連れて黒い雨が降り落ちる場所へと近付いて行った。
「・・なんだこの雨は?落ちた瞬間に、消えてるのか?」
アックスが発した言葉に他の兵士は返事をしない。
兵士達にもよくわかっていないからだ。
黒い雨は勢い良く降っているのに、地面には黒い跡がなにもないのだ。
散々降っている大雨のせいで地面には沢山の水溜りが作られているが、黒い雨がその水溜りに入っても透明なまま色を黒く染める事はなく、波紋すら起こさずに消滅しているのだ。
まるで地面に触れた瞬間に溶けてしまったか、幻でも見ているような気分だった。
「なんなんだこの黒い雨は……ちょっと触ってみるか」
「少佐!危険かもしれませんから無闇に触るのはやめて調査班に連絡を入れましょう!何かあってからではーーーあ、あ、」
アックスは得体の知れない黒い雨に触れようとしたが、後ろから部下に止められてしまい 振り返って部下の顔を見ると、部下は口を大きく開けて驚愕の表情を浮かべながらアックスの背後を見ていた。
「なんつう顔してんだお前は。軍人の端くれならもっとシャキッとした顔をせんかっ!その顔を見て誰が安心して暮らせるんだバカ野郎」
「ーー少佐!危ないっ!!」
ガシッーー
口を開けて驚愕の表情をしている兵士ではない他の2人の部下がアックスに飛び掛かってナニカからアックスを守った。
部下の表情と行動に異変を感じたアックスはすぐに武器を構え、部下達が見たナニカに目を向けた。
「ーーっ!?」
振り返ったアックスが目にしたモノは、家に腰を掛けて休む事が出来る程の大きさの化け物であった。
「んなっ!オーガ・・違う!こいつはオールドオーガだ!お前ら逃げーーーー」
突然現れた脅威の正体がオールドオーガと理解した瞬間に、戦う選択肢を消して部下に逃げるように言おうとしたが、逃がそうとした部下3人は既にオールドオーガの手に捕らえられていた。
「しょ、少佐ぁぁ!お逃げ、くださいっ!急いで、救援をっごふっ」
ただ掴まれているだけ、それも片手で3人まとめて。
にも関わらず、訓練を積んで体も魔力も鍛えている兵士達は何も出来ないまま命を握り潰されようとしていた。
「ーークソッタレがぁ!このアックス様が部下を見捨てて逃げるわきゃねぇだろうがぁぁぁ!」
兵士達の瀕死の願いを無視し、アックスは勝ち目のない戦いを開始した…
アックス自身、オールドオーガに勝てるとは思っていなかった。
アックスが過去に倒した多くの魔獣達の中でも1番の強敵であったのがオーガ種の中でも2番目に弱いライトオーガと呼ばれる小型のオーガだ。
だが、今目の前にいるオールドオーガは数多くいるオーガ種の中でも2番目に強いと言われている。
ライトオーガを倒した時でさえ瀕死にさせられたアックスが勝てる相手では到底ない。
ましてやセントクルスから離れ、ディミド小国という争いの無いぬるま湯に浸かりきった生活を送っていたアックスにとっては。
ーーーもって数分ってところか。
それでもその数分で部下を逃がす事が出来るのであれば…
「いくぞデカブツ!アックス様のアイデンを拝める事を感謝しやがれっ!《ギガントアックス》」
アックスがアイデンを発動すると、アックスの身体がみるみる巨大化していきオールドオーガの半分くらいのサイズになった。
アックスの身体だけではなく 着ている鎧や斧も巨大化し、小さなヌエン村の中心で巨大なオーガと巨大なドワーフのような人間が睨み合う形になっている。
「クソッタレ!全力でやってもこいつの半分くらいにしかなれねぇのか……でもよぉ、これでちっとは抵抗できるだろぉぉぉっ!」
ドゴォォォンーードゴォォォンーー
アックスは片手で持った巨大な斧でオールドオーガの脚を交互に弾き、村の外に後退させた。
〝グボォォォンッッ〟
攻撃を加えて来たアックスを敵と判断したようで、オールドオーガは手に持っていた3人の兵士を放り投げた後 アックスに狙いを定めて走り出した。
「お前が単細胞で助かったぜ。おらよっ、鬼さんこっちら、屁のなる放屁っ!ブゥゥッ」
〝ゴボァァァァァッッッッッ〟
余程アックスの屁が臭かったのか、アックスの狙い通り挑発に乗ったオールドオーガは村から離れていくアックスを激怒しながら追いかけて行った。
放り出された3人の部下を見ると、1人は無事なようだが残りの2人は完全に身体が潰れておりピクリとも動いていなかった。
ーーすまねぇな、バカ共。
後は逃げ出せた部下や村人達がディミドまで逃げてくれれば、それでいい。
オールドオーガが出たとなればセントクルス王国から最強の討伐隊が派遣されるだろう。
そうなれば、ディミドもヌエンも安心だな…
「おらおらおらぁ!かかって来いやぁぁぁ」
〝ゴボァァッァッァッグボァッァッ〟
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