【 暗雲 】
ザァーーーーーー・・・・
カカカ祭りから半月程が過ぎ八月に入ると、カラッとした暑さからジメッとした暑さに変わった。
毎年の事ではあるが、この時期になると雨が降る日が多くなり 湿気が多くなるから仕方ないとはいえ、どうにも気分が上がらない。
「今日も雨か。晴れたからって別にやる事がある訳じゃないけど、早く晴れないかな」
♪〜〜
二階の自室の窓から 空を覆う雨雲を見ていると、不意に俺の携帯が鳴った。
着信を告げる画面が映し出され、そこにはマキナの名前が表示されていた。
イリアからの電話やメールはよくあるが、マキナから直接連絡があるのは珍しい。
マキナから連絡が来るのは年に数回くらいで、イリアの誕生日に何をプレゼントするかの相談とかそれくらいだ。
とはいえ 電話が来るのが珍しいからといって緊張したりするはずもなく電話に出た。
「もしもし、マキナからの電話なんて珍しいな。どうしたんだ?」
「・・・が、・・れたの」
いつもは人の声に被せて話してくる元気で自由なはずのマキナの声が、なぜか今日は掠れていてよく聞き取れなかった。
「ん?ごめん、ちょっと聞き取れなかった。どうした?何かあったのか?」
電話越しに鼻をすする音が聞こえる。
もしかしてマキナは泣いているのか?
「お姉ちゃんが・・・倒れたの。タクトお兄ちゃんどうしよぅ。ねぇどうしよう。うぅ・・・」
「イリアが!?どういう事だ、何があった・・・いや、イリアはどこだ!?」
ーーーーー
ーーー
ー
泣きじゃくるマキナから詳しく聞くのは難しいと思い、なんとかイリアの運ばれた病院を聞きだし 俺は急いで病院へ向かった。
マキナから聞いた病院に着き 受付でイリアの場所を聞くと、イリアは違う病院に移送されたと言われてしまった。
焦る気持ちを抑え 受付のお姉さんに移送先を聞き、お礼を告げたあと転タクですぐに移送先に向かった。
転タクの移動は一瞬のはずなのにやっとの思いで辿り着いた病院は MSS感染者専用の大病院で、俺もよくお世話になっている場所だった。
病院に着き、受付に向かって早歩きしていると 白衣を着た若い医師に声を掛けられた。
「お、タクト君じゃないか。イリアちゃんのお見舞いだね?僕も今から戻るところだから付いてきなよ。彼女はレベル3だから僕が担当する事になったんだ」
「そうですか、ありがとうございます。それよりイリアは無事なんですか?何があったんですか?」
白衣の男性 ロキソ先生は学園島で1番腕が良いと評判の先生だ。
まだ30歳くらいなのに この大病院の医院長でもあり、レベル3の患者はほとんどロキソ先生が受け持っているらしく、俺もロキソ先生にはよくお世話になっている。
「命に別状はないんだけど、原因はまだわかってないんだよ」
ロキソ先生は難しい顔はしていたが深刻そうな顔はしておらず、病気でも怪我でもないと言っていた。
受付から少し歩いた先のエレベーターに乗り 先生がボタンに手をかざすと、一瞬で目的地へ到着しドアが開いた。
目的地についたエレベーターのドアが開くとすぐに、イリアが眠る病室に出た。
病室に窓などはなく、隔離された部屋の中でイリアは1人 眠っていた。
「イリア・・・」
全体的に白い部屋で静かに眠るイリアは、時折苦しそうに顔を歪めているが、ロキソ先生が言うには身体に異常はないらしい。
「タクト君が来てくれてよかったよ。この病院は非感染者は立ち入り禁止になっているから、親族の方でもお見舞いに来られないからね」
初めに運ばれた病院は学園島で1番大きな総合病院だったのだが、イリアはレベル3なのでロキソ先生の病院に移されたのだ。
「イリアは普段 たまにですけど目眩がすると言ってフラついたりしてたんです。でも倒れたり意識をなくしたりする事はなかった。ただ体力がないだけだと思ってた…」
イリアは一緒に出かけたりしている時に、たまに目眩や立ち眩みを起こしていた。
学園島に来たばかりの頃は日常的に起きていたが
、最近ではほとんど起きていなかったので気にもしていなかった。
「原因となる物があるのなら治療も出来るけど それが見当たらないから、身体ではなく心の問題だと僕は見ているけどね。眠りながら苦しそうな顔をしているのも 怖い夢を見ているような状態と同じだからね」
「そう・・・ですか。」
ベッドで眠るイリアを見ると、額に少しだけ汗をかいていた。
夢が原因だとしても、イリアの辛い顔を見ると胸が苦しくなってくる。
「直に目を覚ますとは思うけど、それが今日かどうかはわからない。症状に変化が起きたらすぐにご家族の方とタクト君には連絡するからね。それと タクト君に時間がある時はまたお見舞いに来てあげてくれるかな?眠っていても、自分を想ってくれている人が近くにいるのといないのでは回復に大きく違いが出るからね」
「もちろんです。ロキソ先生、イリアをよろしくお願いします」
俺と挨拶を交わした先生は病室を出て行き、室内は俺とイリアだけになった。
「静かだな・・・」
窓の無い病室では外の雨音も聞こえず、隔離されたこの部屋ではイリアの小さな寝息だけが聞こえる。
「心の問題・・か」
身体ではなく心の問題だとロキソ先生は言っていた。
選別の大雨が降って、人々が心に多くの傷を負ったのは記憶に新しい。
俺が子供の頃には、心の傷が原因で眠りから覚めない人も存在していた。
実際 俺の知り合いでもそうなってしまった人がいた。
その時は俺のアイデン《共存》でその人に入り、心の中でその人とゆっくり話しをして目覚めさせた事がある。
まぁその人ってのは俺の母さんの事なんだけどね。
そのすぐ後から 今のぶっ壊れた性格の母さんが爆誕してしまったので、俺が心の中の話し合いで何かを間違えてしまったのかもしれないが・・。
なんにせよ今回のイリアも心の問題ならば、俺が共存で悩みを聞いてあげたりすれば 目を覚ましてくれるかもしれないのだが・・・
「なんでイリアはあんな事言ったんだよ…」
小さい頃 イリアは俺に『もう私にアイデンを使わないで、何があっても絶対にだよ。お願いね、タクト』と言った事がある。
その時のイリアの表情は 子供とは思えないほど真剣で 今までに見た事がないほど深刻な雰囲気だった。
それを言われてから俺はイリアに共存を使っていない。
その約束を破ってしまったら、イリアが俺の前から消えてしまう気がして・・・。
今はロキソ先生が担当してくれているし、命に別状はないと言ってくれているから 俺が約束を破ってまで共存を使う事はしないほうがいいのかもしれない。
「・・・・」
それからしばらくイリアの寝顔を見て時間を過ごした。
病室に来た時はたまにうなされていたイリアだったが、今は穏やかな寝顔で眠っている。
穏やかな寝顔に多少の安心感を感じた俺は、ベッドから落ちそうになっているイリアの左手を布団の中に戻し、額の汗を拭いてあげてから病室を出た。
病院を出ると雨は上がっており、真っ赤に染まった空が すでに夕方になった事を教えてくれた。
携帯の見るとマキナから大量にメールが送られてきていたので『とりあえずイリアは大丈夫。今からそっちに行っていいか?』と送ると、すぐに承諾の返信が来たので転タク乗り場まで向かうことにした。
帰り際には穏やかな寝顔を見せてくれたイリアだが、いつ目覚めるかもわからない。
共存を使えば何かわかるかもしれないし 何かできるかもしれないが、当のイリアからやめてくれと言われているのに、俺のエゴで共存を使ってしまったらもっと悪化するかもしれない。
ロキソ先生も心の問題と言っていたのに、さらに心に負担を掛けるのは良くないだろう。
「俺は無力だな・・・」
嘆いても仕方ないのはわかっているが、大切な人が困っているのに何も出来ない自分が嫌になる。
今の俺に出来ることは、イリアの心配をしているマキナとコニアおばさんにイリアの身体の心配はないって報告をして安心させてあげる事と、目が覚めた時にイリアが寂しい思いをしてしまわないようにお見舞いに行く事くらいだ。
幸いなことに今は夏休みなので、毎日でもお見舞いに行ける。
夏休みなのに何も予定がない俺もどうかと思うけど、今は予定がない事に感謝しないとな。
そんな事を考えながら歩いていると転タク乗り場に着いた。
転タク乗り場では数人が列になり転タクを待っていたのだが、
1番後ろに見覚えのある人物が並んでいる。
「セル!なんで学園島に居るんだ?夏休み中は実家で手伝いがあるって言ってなかったか?」
そこには実家に帰っているはずのセルが、日焼けのせいで少し肌を黒くして並んでいた。
「おぉタクト!予定より早く俺に会えて感動・・・って雰囲気じゃないみたいだな。なんかあったの?」
質問に質問で返すセルは、俺の顔を見るとすぐに異変を感じ取ったようだ。
「あぁ、イリアがーーーーー」
俺はイリアが倒れて入院した事を伝え、今からマキナ達に報告しに行くと言うと セルは難しい顔をしながら何かを考え出した。
「セルこそどうしたんだよ。そんな難しい顔して。そもそもなんでこんなに早く帰ってきたんだ?」
俺がそう言うと、セルは少し悩んだ後「タクトならいっか。誰にも言うなよ」と言って小さな声で説明し始めた。
「実はサラ先生から兄貴に連絡があったんだよ。学園長が倒れたって。それで急遽 兄貴がこっちに戻る事になったから俺も一緒に戻って来たんだけど、まさか同じタイミングでイリアちゃんも倒れるなんて・・偶然にしては身近すぎると思わない?」
学園長が倒れた?
あの学園長が?
俄かには信じられない話しだったが、セルは冗談を言っているようには見えない。
偶然・・と言うしかないだろう。
イリアは心の問題だと言われてるし、あの学園長が心の問題で倒れるなんて想像も出来ないので共通点がない。
「俺もイリアちゃんのお見舞い行きたいけど、もうこの時間だからさすがに入れてもらえないよなぁ。タクトは明日暇か?もし時間あるなら一緒にイリアちゃんのお見舞い行かない?」
「あぁ、俺は明日も行くつもりだったから別にいいよ。セルも聞けたらでいいからフレド兄さんに学園長の事 聞いといてくれよ」
「りょーかい。んじゃ俺はちょっと用事あるから先行くわ!マキナちゃんにも、あんまり落ち込みすぎないように伝えといてな。明日の時間は後でまた連絡するわ」
話しの区切りがついたところでちょうど転タクが到着したので、セルとはここで別れ 俺はマキナの元へ向かった。
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ーーー
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「タクトお兄ちゃんっ、お姉ちゃんは!?大丈夫ってどう大丈夫なの!?ねぇ!いつ退院できるのっ?ねぇ!」
マキナの家に着くと、家の外でずっと待っていたようで 会って早々に質問責めしてきた。
余程 心配していたのだろう。
とりあえずマキナを落ち着かせてから家に上げてもらい、体が弱く一日中ほとんどを自室のベッドで過ごすコニアおばさんの部屋で話をする事にした。
「コホッコホッ、ごめんねタクト君。いつもいつも娘達の事で迷惑かけちゃって」
「無理しないで寝てて下さい。それに迷惑なんて思ってもないですよ。俺の方こそいつもイリア達には迷惑掛けっぱなしですし」
ベッドで横になっていたコニアが体を起こそうとしたが、体が弱いのに無理をされるとこっちが心配になってしまうのでそのまま横になっててもらい ロキソ先生から聞いたことや俺が見てきたイリアの様子の話をした。
「そうですか。コホッコホッ、ロキソ先生に診てもらえてるなら安心ね。でもお見舞いにも行けないなんて・・・またあの子に寂しい思いをさせてしまうのね」
一通りの話しが終わるとコニアおばさんは悲しそうな顔でそう言った。
「よかったぁ。お姉ちゃん急にパタッて倒れちゃって、何回呼んでも揺すっても全く起きなかったから死んじゃうのかと思ったよぉ。お見舞いはあたしも行けないの?MSS持ちのフリしたら入れないかな?」
「いや、どう頑張っても無理だろ。お見舞いは俺やセルが行くから大丈夫だ」
「タクト君が側に居てくるれなら、イリアも寂しくないわね。コホッコホッ、せっかくの夏休みで忙しいとは思いますけど、イリアの事 よろしくお願いしますね」
予定などなにもないとは言えず、任せて下さいと返事をした俺は少し話をした後 帰ることにした。
帰り道を歩いているとセルからメールが入り、明日は午前からお見舞いに行く事になった。
空を見上げると 暗い雲が空を支配しており、月も星も見えなかった。
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その日の夜中、イリアの眠るベッドの横に1人の人物が何も言わずに立っていた。
話しかけることもせず、何かをしようともせず、ただイリアを観察しているようであった。




