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光のタクト  作者: セカンド
世界を変える大雨
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【 《英雄》 】

「私達8人は全員、MSS LV3感染者です」


英雄の告白に広場はどよめいた。


しかし、誰も広場を立ち去ろうとはしなかった。


「私は人が大好きです。ですが私達はもう、皆様と同じ〝人〟として生きていく事は許してもらえないのでしょうか」


英雄の悲痛に満ちた問い掛けに、広場にいる人達は誰も声を出す事は出来なかった。


だが、肩を震わせ涙を滲ませながらも背筋を伸ばし真っ直ぐ民衆を見ながら真摯に訴えかける青年の心情は、MSSを持たない民衆にも手に取るように伝わっていた。


それは怯えであり、苦しみであり、悲しみであり、大好きな人達に対する期待であった。


〝………………〟

少しの沈黙の後、今まで一言も口を開いていなかったリーダー格の女性の方が青年と入れ替わりマイクの前に立った。


「我々は化け物に見えますか?恐怖の象徴であったフレイク魔教団も化け物で、その脅威を排除し、皆さまの誰にも危害を加えていない、加えるつもりもない我々も皆さまから見れば同じ化け物でしょうか。」


〝………………〟

女性の問い掛けにも答えを返す事が出来ない民衆を見下ろしながら、女性はふいに演説台の後ろに並んで立っていた仮面を着けた英雄の1人を自分の隣に呼んだ。


「こちらにいる仮面の少年は現在8歳です。生まれ持った魔法の才能と誰に対しても優しく誠実であった彼は、ずっと皆から愛されて過ごしていましたが、あの大雨の日に感染した事が原因で大好きだった友達や親しかった村人からひどい迫害を受けていました」


女性は感情の見えない淡々とした口調のまま続けた。


「私が少年の噂を聞いて保護に向かった時この少年は、全裸にされ魔獣の多く生息する森の奥で切り傷や打撲痕を全身に刻まれたまま封魔錠で魔法を使えなくさせられた状態で木に縛り付けられていました。私はその時心底恐怖を感じました。化け物はどっちだ、と。本当に恐ろしかったのは迫害していた村人達は、誰一人として少年を嫌ってすらいなかった事です。何もしていない少年を『レベル3は化け物だってみんなが言っているから』という他人任せな考えや『自分がやっている悪事がバレたら困る』などという自分勝手な考えで迫害し魔獣の森に捨てたのです」


先程の熱を感じさせる青年の演説とは真逆の冷たさすら感じる淡々とした口調で、残酷すぎた現実を語る女性の言葉に民衆は俯き自責の念にかられていた。


自分達も似たような事をしているからだ。


MSS感染者に誰かが何かをされたというわけではない。

それなのに、不可思議な力を望んでもいないのに与えられてしまった子供達に対し、口でも心の声でも罵声を浴びせ、無抵抗で泣いている子に石を投げつけたりした者もいる。


度合いは違えど、自分達もその村人達と同じだ。


女性の言う通り、本当の化け物は自分達の弱い心なのかもしれないと民衆は思い始めていた。



しかし女性の話を聞いて疑問に思った事があるのか、一人の民が手を上げて質問をした。


「それならなぜ、あなた達はおれ達の為に魔教団と戦ってくれたのですか!?おれ達の事を恨むのならわかるけど、自分の命を危険に晒してまで守ってくれたり、おれ達の為に涙を流してくれたのはなぜなんですか!?」


当然の疑問だ。

誰が好き好んで自分を迫害してきた人達の為に命をかけてまで戦う?

そんな事をするのは馬鹿か大馬鹿くらいだ。


その質問に女性は溜め息を吐いた後に答えた。


「はい、私も馬鹿な事だと思いました。」


女性の返答に民衆は唖然とした。

疑問を口にしてはみたが、きっとあの女性も『それでもあなた達が大切だから』などと言ってくれると思っていたからだ。


そんな思惑が空振りし、民衆の戸惑いがさらに強まるなか、女性はまた感情の見えない表情と口調で話しを続けた。


「元々、私個人はMSSで生きにくい生活を強いられている子を保護し、隔離された施設で生活を支援する為に動いていました。その活動の中でこの少年を見つけた時は言葉を失いました。何日も食べていなかった為ガリガリに痩せこけ、無数の傷を治療すら出来ない状態で放置されていて生きているのが奇跡の状態だったのですから。」


その時の状況を思い出したのか感情が見えにくい女性から一瞬殺気のような物が溢れ出し、何人かが同時に身震いしていた。


「私は残酷な迫害をした村人を皆殺しにしようとしました。しかし、この少年は枯れ木のような細い手で私を止めてこう言ったのです『みんなは知らない力が怖いだけ。この力がみんなを傷付けるものじゃなくて、守る事が出来る力だってわかってくれれば、また前みたいに優しいみんなに戻ってくれるから』と。私は動く事が出来なくなりました」


ふぅと息を一つ吐き出し、女性は当時の状況の説明を続ける。


「その後、少年の回復を待ち、どうすれば少年の望み通り皆にわかってもらえるかを考えている時に今回の作戦のリーダーである青年に出会いました。彼は元々魔教団を追っていてMSSの能力を手に入れた事により、やっと魔教団の足取りを掴む事が出来たところでしたが戦力が足りず行き詰まっていました。そこで私は青年に事情を説明し、お互いの利害が一致したので協力して討伐にあたりました」


英雄達は元からチームで行動していた訳ではなく、それぞれの事情が絡み合い行動を共にしたらしく8人の中に子供がいるのもそういった事情からのようだ。


「私個人の考えは少年や青年のように全ての人々の為などとは言えません。私はMSSの能力を《人類の進化》だと考えています。この力を正しく使えば悪が行動を起こす前に止める事も可能だと、今回の一件で証明できたと思っています。もちろん悪用すれば非感染者の手に負えるような生易しい力ではありません」


ナイフは生活を便利にするが、使う人によっては凶器にもなってしまうと言うことだろう。

そしてMSSの能力はナイフよりも便利であり、強力な武器にもなってしまう。


確かに悪に対してはこれ以上ない抑止力になるのは間違いない。だがその力を持った人が悪に染まってしまったら、女性の言う通り非感染者からしたら脅威でしかない。


「しかし、幸いな事に感染者は全員が未成年です。正しく導いてあげる事ができれば、今後フレイク魔教団のような悪に怯えることはなくなるでしょう」


女性はそこで話を区切り民衆の反応を見た。


一番多い反応は戸惑いだ。



人々を悪の脅威から救った《英雄》。


最初に演説をした青年はLV3になってしまった事で、大好きな守るべき人達から化け物扱いをされながらも、自分以外の全ての人の為に悪に立ち向かう《正義》そのものだった。


仮面の少年は悲惨な目に遭わされながらも前を向き、小さな希望を捨てずに立ち上がり誰もなし得なかった事をやってのけた《勇者》だった。


しかし今、話をしていた女性は人間そのものだ。


MSS LV3という時代のうねりの中心にいながらも現状をしっかりと把握し、最悪に近い状況の中を自らが動き出す事で最善を模索する《強い人間》そのものだった。



広場は静まり返っていた…

きっと誰もが変化を求めていたのだろう。


子供達に辛い思いをさせている事を仕方のないことだと自分に言い聞かせ、周りもやっているからと人のせいにし、いつかは誰かがなんとかしてくれるはずだと思い込み、今を諦める。

そんな日常を幸せだと思える人がいるはずもない。



弱い民衆は正義の青年を太陽のように眩しく大きな存在だと思っていた。


弱い民衆は勇者の少年を月のように儚くも美しい尊い存在だと思っていた。


英雄達の辛い経験を聞いた。願いを聴いた。苦悩を知った。そして民衆の為に脅威と戦い、人々に安息の日を与えてくれた事をこの場にいる全員が理解している。


だが、心のどこかで別次元のようにも感じていた。


〝英雄はすごいなぁ〟

〝勇者も辛かったんだなぁ〟

〝あんた達のように凄い人のおかげで助かったぜ〟


そんな気持ちが少なくない割合で誰もが持っていた。



しかし強い女性の言葉はどこか人間臭くて『残酷な迫害をした村人を殺そうとした』などと、英雄が口にしていい言葉ではない事も『そう思うのも当然でしょ』とでも言うようにさらっと言ってのけた。


自分達と同じような感情を持つ英雄と呼ばれる女性を見て、民衆はようやく当たり前の事に気付かされた。



英雄とは、《英雄》という特別な存在の事ではなく、英雄と呼ばれるにふさわしい事をした自分達と《同じ人間》だという事に。




「今一度問います。我々は化け物に見えますか?」




この問い掛けが、その後の世界の形を決定的なものにした。


演説は全世界に中継されていて、この日を境に迫害は激減し、少しずつではあったが感染者と非感染者がお互い歩み寄るようになっていった。


もちろん今まで敵として見ていたMSS感染者をすぐに受け入れられる人ばかりではなく、反発する人達も多くいたが1ヶ月もしないうちに大半の人が受け入れていた。


大きな理由は3つ。


1、後の会見で女性が「今回は大きな分岐点でした。もし我々の訴えが皆さんに届かなければ遠くない将来、感染者と非感染者で大きな争いが起きたでしょう。そして今後またあの雨が降った場合、数で圧倒している今と違い、非感染者が生き残る事は極めて難しくなったと思います」と言ったこと。


2、北と東と南の国の代表達が、揃って八人を英雄と認めた事。


3、また大粒の雨が降った事。


規模はかなり小さかったが、また新たに感染者が出た事で共存に反対する事が無駄な事だと気付いたのがトドメになった。


それからは驚くほど順調に世界が回っていった。


英雄の青年は警察や軍と協力して犯罪者を減らしていき、完全ではないにしろ安全な生活が広がっていき


強い女性は当初の予定通りMSS感染者を施設のある場所へ同行させ、保護と育成と教育を施す事に尽力し未来の安全を作っていった。


そして今ではMSSLV3は、世界の平和を守る為に必要不可欠な存在と言われるまでになっている。


それでも全ての問題がなくなったわけではないし、LV3にしかわからない苦悩も続いている。


世間ではすでに受け入れられているMSSだが、最初に起きた感染からまだ12年しか経っておらず歴史が浅く謎も多い。

大粒の雨は不定期ではあるが感染者を増やし続けているし、迫害も畏怖と妬みなどの理由で形を変えていまだに完全にはなくなってはいない。


___________


俺が知っているMSSの歴史はこんなところだ。

正直わからない事だらけだが、様々な専門家が調べてもわならない事を俺がわかるわけがない。


感染、被害者、罪のない加害者、敵意、迫害、共存、必要不可欠。と、たった12年の歴史にこれだけの変化を遂げたMSS。


世界の変革としては12年と短い期間かもしれないが、16歳の俺にとっては今までの人生の4分の3にもなる激動の12年だった。

そしてそれはここにいる全員にとっても同じ事だ。


現在体育館に集まっている生徒は全員が、MSSの中でもほんのひと握りしかいないと言われているLV3感染者なのだから。

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