【 バルプラに乗りたい 】
シオンのライブを見終わった俺達は櫓会場を抜け、色々な物を食べ歩いたり 展示品や出し物を見たり 屋台でゲームなどをして祭りを楽しんだ。
気がつけば 頭上にあった太陽も建物の隙間から見える程の位置まで下がってきていた。
昼間は逃げ場などない程に力強く俺達を照らしていた太陽だが、今は最後の力を振り絞って空を綺麗な朱色に染めている。
ーーカツンッ
「おっ、もう5時間経ったのか。よかったなタクト。まぁ俺的にはタクトのお茶目な仮面姿も新鮮でありだったけどねぇ」
「感触ないから付けてた事すら忘れてたよ。でもよかった、ずっと外れずに忘れたまま帰って 歯磨く時に鏡見たら多分夜中でも叫んでたと思うし」
時刻は19時30分を回ったところで、学園長の言った通り ほぼきっかり5時間で仮面は外れてくれた。
唐突に外れた仮面は地面へ落ち、少し転がった後 砂のようにサラサラと崩れて風に連れていかれてしまった。
付けている感触すらない仮面は当然 重さなどはなかったのだが、外れたと思うとなんだかスッキリした気分になり 首を回して軽くストレッチをした。
首を回しながら暗くなってきた空を見上げると、空には沢山の大きなシャボン玉が割れる事なくフワフワと浮いていた。
その大きなシャボン玉の中では楽しそうに笑う人が見える。
「そろそろナイトパレードの時間か。どうする みんな?俺達もバルプラで空から見るか?それともこのまま歩きながら近くまで行くか?」
空に浮かぶ人を乗せたシャボン玉 通称バルプラはプライベートバルーンルームと言って、バルドリと同じように祭りなどのイベントでは定番の配布物だ。
バルプラは大きなシャボン玉に入って、花火を目線の高さで楽しみながら地上のナイトパレードを見下ろすことが出来る物で、既に多くの人がバルプラに乗って続々と空へと送り出されている。
デメリットとしては屋台を回れなくなる事と最大で5名までしか一緒のバルプラに乗れない事なのだが、俺達は既にお腹いっぱい食べ歩いてきたし 人数もこれだけ居るので2組に分かれれば問題ない。
どれだけ食べてもすぐに空腹になってしまうマキナも沢山食べ物を買い溜めしているようなので途中で腹が減ったと騒ぎ出す心配もなさそうだ。
と、言う事で俺達は全員でバルプラに乗る事にした。
バルプラ乗り場は各所にあるのでそれほど並ばずに俺達の順番が回って来た、、、のだが。
「ギャハハッ、あたいが1番乗りぃーーぷぎゃ」
「お・お客様っ、大丈夫ですか…って あれ?誰もいない?」
サディスが張り切ってバルプラに乗り込んだ瞬間にバルプラが割れてしまい サディスが地面に尻餅をついてしまった。
その声と音を聞いたバルプラガールのお姉さんが慌てて走ってきたのだが、小さくなっているサディスを見つけられていないようだ。
「おい風船女っ!あたいはここだ!ヤワなシャボン玉作ってんじゃねーよ。早くもっかい作りやがれ!」
「小っさ!あっ、失礼しました!すぐに作り直しますね」
そんなやり取りをするサディスとバルプラガールのお姉さんを、俺達は冷や汗を垂らしながら見守ることしか出来なかった。
「よっしゃ、今度こそ1番乗りぃーーぷぎゃ」
「お・お客様っ!大丈夫ですかっ!?」
どうやら溢れ出すほどの強力な魔力のせいでサディスはバルプラに乗る事が出来ないようだ。
何度か試してみたのだが、サディスとデュランだけは乗ろうとした瞬間にバルプラが割れてしまう。
バルプラは本来 バルーンを作る人と魔力でコーティングする人の2人掛かりで作るのだが、サディスの要望によりそこからさらに強化魔法でバルプラを補強して貰ったのだが無理だった。
サディスはなんとか乗れるようにと まだ挑戦しているが望みは薄そうだ。
もちろんサディスとデュランが乗れないからといって2人を置いて俺達だけでバルプラに乗るつもりはないので、サディスがバルプラを諦めたら歩いてナイトパレードを見に行こうと意見がまとまったところなのだが、なかなかサディスが諦めない。
見た目は小さくなっているし 駄々をこねるサディスは子供のように無邪気で可愛らしく見えなくもないのだが、そこにいるのは国家戦力に匹敵するサディスだ。
俺にはバルプラを諦めろと強く言う勇気など皆無だし、それはセルも同じらしい。
他のメンツは普段あまり見る事の出来ない光景にのほほんと笑顔まで浮かべているが、俺はつい先日 魔獣を壊滅させたサディスを見ているので 万が一駄々が怒りに変わってしまったらと思うと冷や汗が止まらない。
どうしたものかと頭を悩ませながらサディスを見ていると、俺の背後からふいに声がした。
「あらあらあら、だめだよサディちゃん。皆さんに迷惑をかけては」
振り返るとそこには真っ白のワンピースを着た虚弱っぽい美人マゾエルがいた。
太陽の猛威は無くなったとはいえ まだ暑さの厳しい夕方だというのにマゾエルは汗一つ滲ませる事なく現れた。
幽霊か雪女を連想させるほどに全身真っ白なマゾエルだが、顔色がいつもよりさらに悪く 白というより青白く見える。
「マゾエルゥゥゥ、せっかく小さくなったってのにシャボン玉に乗れねぇよぉ。このままじゃマリアに置いてきぼりにされちまうよぉ。なんとかしろよぉ」
「あらあら、だからいつも魔力のコントロールくらいは出来るようにした方がいいって言っているのに。でも、ふふ、、このままサディちゃんを放置しておけばストレスが溜まってサディちゃんが私をぼろぼろにしてくれるかしら?それならそれで私は嬉し…あぁだめだめ、今はマリアちゃん達もいるんですから我慢しなくては。我慢、我慢、ふふふ、、、あぁごめんなさい。少し待っててねサディちゃん。申し訳ありませんが皆さんも少しだけ待ってて下さいね」
穏やかな顔になったり不気味な顔になったり、ゆっくりした口調で話していたかと思えば 急に小声で早口にぶつぶつ言いだしたりと 相変わらずなマゾエルは一度マリアの頭を撫でてからバルプラガールの所へと歩いて行った。
マゾエルとバルプラガールと魔力コーティング職人のおじさんでなにやら話し合っていたが、すぐにマゾエルが俺達を呼んだ。
「皆さんお待たせしました。ではこちらのバルプラに乗って下さいね。通常のサイズだと全員乗れないので少し大きく作りました。サディちゃんも乗って大丈夫だからどうぞ」
そう告げるマゾエルの背後には 先程割れまくっていたバルプラの倍くらいのサイズのバルプラが用意されていた。
「さんきゅーマゾエル!よっしゃ、今度こそ本当に1番乗りぃ!ギャハハ、乗れた乗れたー」
勢いよくバルプラに飛び乗ったサディスからは、ぷぎゃの声は聞こえず喜びの声が聞こえてきた。
そのあとデュランも乗り込んだが バルプラは割れる事なく俺達全員を受け入れてくれた。
何をしたのかはわからないが、これで当初の予定通り空から花火とナイトパレードを見る事ができる。
しかも2組に分かれるつもりだったのが全員一緒に乗れた。これは素直に嬉しい。
「…えむねぇも、おいで」
「ありがとマリアちゃん、でも私までご一緒してしまったら可愛い後輩さん達が楽しめませんから。私は遠慮しておきますね」
全員がバルプラに乗り込んだのを見届けたマゾエルが外で1人立っているのを見たマリアは マゾエルを誘ったが、周りから自分がどう思われているかを理解しているマゾエルは寂しそうな顔一つせず笑顔で断った。
「本日はなんと素晴らしい日なのでしょう!マリアお嬢たまにサディお姉様、さらにはエムお姉様とまでご一緒出来るだなんてっ!あぁ、わたくし今日ほどお祭りが楽しいと思った事はありませんわっ」
…そして俺達一行はマゾエルという新しい仲間と一緒に大きなシャボン玉で空へと浮かんで行った。
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周りのバルプラとは異質な大きさのバルプラで飛んで行ったタクト達を地上で見送った魔力コーティング職人は驚愕の表情のまま固まっていた。
「ありえねぇ。通常サイズのバルプラをコーティングするだけでも2年以上の訓練がいるっつーのに。全部一人でやっちまいやがった。しかもワシらがバルプラを作るのを一回見せただけで…」
「コーティングの事は私はよくわからないですけど、バルーンを作るのも結構繊細で難しいんですよ!いるんですねぇ、天才って。それよりも私はバルプラを割っちゃってた小っちゃい子と大っきい子が気になりましたね。普通乗っただけで割るなんてないですよ!低級の攻撃魔法ですら割れないのに…」
学園内や各国の一部の人間にとっては有名人だが、バルプラガールやコーティング職人のような一般人と呼ばれる人達はサディスとマゾエルの事を知らない。
マゾエルの事を多少知っている人はいるが、その人達ですら双子であるサディスの事は都市伝説と変わらないデマだと思っている者がほとんどである。