【 サラ・ストイクトはたくましい 】
ソガラムへの報告を終えたサラは、リードイスト王の側近であるジャスティンに連絡をした後 リードイストを迎えに行くため、単身 セントクルスへと向かった。
王城の前へ着くと、先程連絡を入れておいたジャスティンが正門の前でサラを待っていた。
今年32歳になるジャスティンだが、見た目は年より若く見え スポーツなどをやっていそうな好青年が純粋さを損なわずにそのまま大人になったような雰囲気を全身から漂わせている。
そんなジャスティンがサラに気付くと、白い歯をキラリと光らせながら大きく手を振って 自分の存在をサラに告げた。
「おーい、サラー!こっちだ こっち!はっはっはっ、相変わらず無愛想だなサラは。よしっ 結婚しようっ」
「王を待たせるのは失礼になります。早く案内して下さい」
「はっはっはっ、今日もダメだったか。仕方ない、明日またプロポーズするとしよう。よしサラ こっちだ。付いて来い」
2人にとってはいつも通りのやり取りの後、ジャスティンの案内でリードイストの待つ 謁見の間へと向かった。
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謁見の間へ入ると 入り口から玉座の少し手前まで続く綺麗な紋様の入った赤いカーペットが仰々しくサラを出迎えた。
カーペットの両脇には一糸乱れず銅像の様に直立する近衛兵が並び、その最奥ではリードイストが玉座に座り 客人であるサラを待っていた。
「わざわざ英雄サラ・ストイクトが迎えに来てくれるとはね。気を遣わせてしまったかな?」
サラを迎え入れたリードイストは、先日 会議室で怪しげな密談をしていた時の、冷たい目で自国を見下ろしていた人物と同一人物とは思えないほど柔らかい物腰で客人を気遣った。
セントクルス王国民達の知るリードイストは今のリードイストである。
優しく、美しく、気高く、見る者に安心と期待をもたらし、その期待に応え続ける王。
「申し訳ありません。学園長も自らリードイスト王をお迎えに上がりたいと申しておりましたが、学園島で王を迎える準備も疎かにするわけにもまいりませんので、分不相応なのは承知の上で私がお迎えに上がらせていただきました」
迎えに来たサラに対してリードイストは感謝とも取れる言葉を掛けたが、サラはその言葉の真意を解き 頭を軽く下げて言葉を返した。
しかし、サラの殊勝な態度にリードイストは気分を害したのか 鼻で笑いサラを睨み付けた。
「貴女のような方でも冗談を口にする事があるのだな。ソガラムが私を迎えに来たいなどと言う訳がないだろう」
リードイストは自らソガラムの名前を口にした途端、隠そうとする事なく殺気をサラにぶつけた。
サラに向けられた殺気であったが、その殺気の余波を受けた近衛兵の数名がよろめきながら膝をついてしまった。
それ程の気圧を直接受けたサラ本人は微動だにせずリードイストの前で普通に立っており、その様子を見ていたジャスティンは声を出して笑っていた。
「さすがはサラ・ストイクト。私の殺気を受けて眉一つ動かさないとはな。ソガラムの部下にしておくのは実に惜しい存在だ」
「そうでしょう そうでしょう!サラほど美しくて強くて素晴らしい女性は他にはいませんよ!さすがは陛下、見る目がおありですね!よし サラ、陛下もサラを高く評価して下さっているし、俺と結婚しよう」
「お断りします。それとリードイスト王、お褒めの言葉は有難く受け取らせていただきますが、間違っても私を部下にしようなどと〝望む〟事はしませんようにお願い申し上げます」
周囲の人が聞けば不敬にも聞こえるサラの言葉に、リードイストは少し目を見開き驚いたような顔をした後、楽しそうに笑い出した。
「クククッ…全くもって貴女はたくましいな。安心してくれ、今の貴女を見て 部下にして私の側に置くよりも、ソガラムの奴が奇行に走らないように貴女が奴の側で手綱を握ってくれていた方が世界の為だと確信したからね」
「ありがとうございます。早速で申し訳ありませんがリードイスト王、これからすぐに学園島へ参られますか?挨拶まではまだ2時間程ありますが、セントクルスで用事がなければ向こうでおもてなしの準備は出来ておりますので、ご案内させていただきたいのですが」
王とサラの複雑な駆け引きが終わり 場の空気が穏やかになると、サラはすぐに本題へと入り 当初の目的であるリードイストを学園島へ連れて行く話を振ったが、会話を聞いていたジャスティンが身を乗り出してリードイストへ意見を出した。
「陛下、まだ時間があるなら サラに中心街を見せてやりたいのですが、よろしいですか?」
「サラ女史は頻繁に任務などで中心街には行っているはずだが、なぜ見慣れた街をわざわざ見せたいのだ?」
リードイストの言う通り、セントクルス中心街はサラにとっては見慣れた街である。
つい先日も任務で来たばかりであったうえ、サラが街を眺めて楽しむ趣味などは皆無なのはジャスティンも理解しているはずであった。
「任務でも業務でも政務でもなく、ただの人として見てほしいのですよ。活気と熱気と笑顔が溢れるこの素晴らしい国を。サラが命を懸けて守ってくれた人々の顔を。将来、俺の妻として暮らす事になるこの街をっ!!!」
暑苦しく熱弁するジャスティンに迫られながら説明されるリードイストの顔が少しだけ引き攣っていたが、近衛兵達がピクリとも反応しないところを見ると 日常的にこういったやり取りがあるのだとサラは理解した。
「どうかなサラ女史。ジャスティンはこう言っているが」
「妻になるつもりはありませんが、時間にさえ間に合うように配慮して頂けるのであれば私に異論はございません」
「そうかそうかっ!やっと結婚してくれる気になったか!はっはっはっ、それじゃあ早く行こうっ。陛下もご一緒に!早く早くっ」
こうして3人は、現在復旧祝賀祭が行われているセントクルス中心街へと向かう事になった。
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サラ達が謁見の間を出た後、残された近衛兵達に異変が起きていた。
「あれ?あいつどこ行った?」
「さぁ、誰も動いてないはずだけどな」
「あれ?あいつもいないぞ。どうなっている?」
王の殺気に当てられ、膝を落とした者達が全員 忽然と姿を消してしまった。
その3人はもう二度と息を吸う事も吐く事も出来なくなっているのだが、それを知る者はまだ誰もいなかった。