【 密談 】
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陽の光と人の目を遮断するかのように閉められた分厚いカーテンのせいで、夏の昼間なのにも関わらず薄暗い一室で数人の男女が会合をしていた。
「明日の準備は?」
広い部屋に置かれた長方形の大きなテーブルの上座に座っていた男がワイングラスを置き質問を口にした。
「はい…あとは学園島のお祭りに合わせて…人払いすれば…全て整います…」
上座の男の質問に答えたのは、男のすぐ隣に立っている女。
女の声は小さく、声を聞くだけで内気で気弱な性格なのだろうと容易に想像がつく話し方だ。
「しっかしこの前は笑えたなあ!あんだけ人数と手間を掛けて張ってた結界でも抑えきれなくて世界を揺らしちまったんだからなあ!」
部屋出入り口に1番近い椅子に片膝を立てながら行儀悪くイスに座る長身で筋肉質の男が、先程の気弱な女とは正反対の大きな声でそう発した。
長身の男は袴のようなダボっとしたズボンを履き、上半身は裸で腹だけサラシを巻いている格好であった。
身体には無数の傷があり一目見ただけで歴戦の強者なのがわかるほどの風格が漂っており、男の横には大きな剣が寄り添うように浮遊している。
「わっちの計算に狂いはなかった。ポンコツどもがガラクタだっただけじゃ。明日はそれも計算に入れて魔力増幅装置を作っておいたから同じことにはならんわぃ」
サラシの男の言葉に対し、近くに座る小さな男が反論の声をあげたがサラシの男は特に気にした様子も見せなかった。
「まぁ俺様はなんだって構やぁしねぇけどなあ!簡単にくたばっちまうようなザコに興味なんかねぇしなあ!どーせなら明日は結界なんか張らずにブチかましてやろうぜ。そしたら世界からつまんねぇザコが少しは減るだろ!名案じゃねぇかあ!」
「なんという事を言うのですか!口を慎みなさい。そのような事をしては本末転倒だという事は脳ミソまで筋肉のあなたでも理解できるでしょう?」
弱者は悪と言わんばかりに、馬鹿笑いしながら世界に混乱を撒き散らそうとするような提案をしたサラシの男に、修道服に身を包んだ綺麗な女性が叱責をしたがサラシの男は自分が怒られている事すら気づいていない様子だ。
「あん?まだ脳ミソまでは筋肉に出来てねぇよ。どーやって鍛えたらいいかもわかんねぇからなあ」
「あぁ。神はなぜこの男に力を与え、知力を与えて下さらなかったのでしょう」
修道服の女は胸の前で両手を組み目を閉じて神の不手際を嘆いた。
そんな茶番のようなやり取りを見ていた人物が何かを発言しだしたのだが
「≠†∩√○≧&●△・・・・」
「いっつもいっつもおめぇは何言ってんのかわかんねぇんだよお!」
サラシの男にそう言われたのは大人しくイスに座っている黒ずくめの2人組の細くて背の高い男の方。
男の片割れは小柄と言うよりは単純に幼い小学生くらいの子供の女の子だ。
黒服の男の口は縫い合わせられており、口を開ける事すらできていないので声が聞き取りにくいのは当然と言えば当然だろう。
しかし黒服の男の隣に座る幼い女の子には男が何を言っているのかわかるらしく通訳を始めた。
「ニィがな、前回の地震は結果的に都合の良い事が何個かあったって言ってるん。他大陸の被害も建物だけやけど潜入しやすなるし、人払いも口実が出来て楽んなったって」
黒服の男は口元以外は包帯で隠れているので顔はわからないが、幼い女は子供の割に目つきが悪い。
黒服の男の事をニィと呼んでいる事から二人は兄妹なのだろうとは思うが、ここにいる全員が他人の素性に興味がないため確認した事がない。
「予定外の事が起ころうと予想外の事態になろうと私の計画に問題が起こる事はない。だが最善を尽くさねば最短にはならない。貴様達は私が与えた役割を果たすことに尽力しろ」
上座の男の言葉を聞き各々が了解の意を示す中、サラシの男だけはつまらなさそうな顔をして立ち上がった。
「ふんっ、相変わらず鼻に付く言い方だなおい。まぁいいか、俺様は強ぇやつと戦えればそれでいいからよお。とりあえず俺様はもう行くぜ、ザコ共で手に負えねぇ邪魔者が出てきたら呼べよ。じゃーな」
サラシの男はそう告げるとドアを開けること無くその場から消えてしまった。
「お待ちなさいっ……もう行ってしまわれましたか。まったく」
修道服の女は素行の悪いサラシの男に文句を言おうとしたが間に合わなかったようだ。
「構わん。貴様達も解散して明日に備えておけ」
上座の男が解散を命じると残っていた面子も各々部屋を後にした。
残ったのは上座の男と側に立っていた内気な女のみになり部屋には静寂が訪れた。
「モネア、窓を開けろ」
「はい…」
内気な女…モネアがカーテンを開けると目が眩むほどの光が一気に室内を明るく照らした。
「うぅ、眩しい…です…」
しばらくして明るさに目が慣れ、窓から外を見ると大都市セントクルスが一望できた。
一昨日の地震の影響などまるでない、いつもと変わらない街。
ここからでは遠くて目を凝らしても人々を見る事は出来ないが、どことなく活気に溢れている気がするのはきっと気のせいではないだろう。
楽しいお祭りの前日、平和な日常、友達、家族、恋人、夢、希望、趣味、娯楽、その全てが今見ているこの街には詰まっている。
「・・・・」
町を見下ろすモネアの顔は赤い髪の毛で隠れており誰にも見る事ができない。
今モネアが何を思い何を感じているのかはモネアにしかわからないだろう。
「モネア、お前も今日は早めに休息をとれ。今回の計画では貴様の力が必要不可欠だからな」
「っ!?は…はい!モネア が…頑張ってや…やすみますっ!お…おやすみ、なさい。リードイスト様」
髪の毛で顔が隠れていてもわかるほど浮かれた様子でモネアが部屋を出て行った。
きっと必要とされた事が嬉しかったのだろう、同じ方の手と足を動かしながら歩いて行った。
セントクルス王城最上階の会議室に一人残ったリードイストはワイングラスを持ち、先程モネアが見ていた景色を見下ろした。
「・・・平和な世界、か」
見る者を魅了するような綺麗な紫色の髪を風になびかせながら、夏の陽射しとはそぐわない冷たい眼差しで世界を見下ろす世界の王。
カカカ祭りで浮かれきっている人々に世界の変革がもうすでに起き始めている事など気付く余地もない。
それは今現在イリアと前夜祭でお腹いっぱい食べて顔にペイントまでして楽しんでいるタクトも同じであった。