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光のタクト  作者: セカンド
世界を変える大雨
44/165

カカカ祭り前夜祭《セントクルス》


ーーーーセントクルス西部地下



「フンフフフ〜ン♩」


小さなステージの上で分かり易すぎるくらい上機嫌な鼻歌を奏でるシオンを横目に、オレは最近愛用しているギターの手入れをしている。


小さなステージと言ったが客がいるわけじゃなくシオンの練習部屋みたいな所だ。


ここはセントクルス中心街から少し西に進んだ先の地下で、シオンが1人で住んでいる家だ。


家と言うにはかなりでかい作りになってやがるし、部屋数も田舎町の総合病院くらいあるから知らない奴が来たらまず迷うだろうな。


この小さなステージがある部屋もその中の一つってわけだ。



でかい家だがシオンがボンボンの箱入り娘ってわけじゃねぇし、元々はこんな地下に住んでたわけでもねぇ。


話すと長くなるから端折るが、まぁ色々あってこの家に住むように宛てがわれた形だ。



この家には多くの部屋はあるが外に出る為のドアや風景を楽しむ為の窓はない。


出入りする為には転移するしかないんだが、普通の転移魔法では辿り着けないようになっていて専用の魔印が刻印された物を持っていないと入れない。


家に入るのにパスポートが必要なんてめんどうだが、そのおかげで変な虫がシオンを追いかけ回す事が出来ないから、まぁ仕方ねぇかとは思えるけどな。



「やけに上機嫌じゃねぇかシオン。この前の地震で元々小さすぎた脳みそがついにぶっ壊れたか?」


「もー!違うよケンちゃん、明日の学園島のお祭りが楽しみなんだよー。お祭りっていいよねっ!笑顔と花火とたこ焼きの夢のコラボレーションだよっ!」


「はっ、お前は変わらねぇな」


いや…正確には変わってから変わらないって言うべきか。


「そう言えばこの前ケンちゃんがお友達になった人も学園生だったよね?という事はお祭りにもきっと来るよねっ!会ってみたいなぁ」


「別に友達になったわけじゃねぇよ。それにあの祭りはゴミみてぇに人が多いからたまたま会うって事もねぇだろ」


「ゔぅ〜、あっ!でもその人ってわたしの歌を聞いても平気だったんだよね?それなら、もしわたし達がお祭りで歌ってる時に近くにいたらステージから見つけられるかもっ!」


この前のライブ直前にいきなりオレの前に降って来たタクト。


最初は怪しい変な奴だとも思ったが、話してみると中々おもしろい奴だったしまさかのクラスメート。


それにタクトが首に掛けてたヘッドホン…あれはオレが初めて買ったヘッドホンと全く同じ物だった。


男に運命なんて感じたりはしねぇが、奇妙な偶然が重なった出会いではあった。


「明日のライブではあの歌はやめてくれって言われただろ。それより本当にいいのか?オレもお前もまったく行ってねぇけど一応アルバティルの生徒なんだから、人が少ねぇ前夜祭の今日だって普通に行けるんだぜ?」


「うん、今日はきっと島の人達にとって特別な日だもん。部外者のわたしが行って混乱させたくないからね。これでもわたし一応有名人ですからっ」


「…ったく、お前は」


見慣れた綺麗な青髮を揺らし、昔と比べると少しは成長した胸を張りながら笑うシオンを見てオレは溜め息を吐き、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がった。


「あれ?来たばかりなのにどこか行くの?」


「弦の予備と昼飯買いに行くだけだ、すぐ戻る」




シオンにそう告げて、オレは首に下げているペンダントに手を当てて転移魔法で地上へと出た。


サングラスと帽子で軽い変装をしてから携帯電話で転移タクシーを呼び、中心街にあるショッピングモールへと向かった。


自分の転移魔法で行く事も出来るが、人が多い場所に行く時は転移魔法を使わないのが一般的だ。


この世界で転移魔法を使える人間はそんなに多くないから法律やルールで決められている訳じゃないが、いきなり人前に転移するとトラブルの元だし事故なんかの原因にもなったりする可能性があるからマナーとして人混みには転移しないってのが暗黙のルールになってる。


転移タクシーを降りて沢山の店が並ぶ道を特にあてもなく歩きながら、オレはまた溜め息を吐いた。


「さて、どうすっかな。」


弦と飯を買うと言って出て来たが、弦の予備は腐るほどあるし腹も別に減ってない。


自分以外の幸せを常に考えて、自分の事を後回しにし続けるシオンの笑顔を見るのが耐えられなかっただけだ。


本当は今日の前夜祭も行きたいって気持ちはシオンから伝わってきていた。


それでも周りの奴らに気を遣って我慢しやがる。


しかも我慢しているのをシオン自身は我慢とも思っていないのがオレには理解出来ない。


オレの考え過ぎかもしれない、シオンの笑顔は本物なのかもしれない、本当に今を楽しく生きているのかもしれない。


だが、オレにはわからない。


『みんなが笑顔になる為に、まずはわたしが笑うんだ』


シオンが良く考えている事だ。



オレにとって周りの奴らなんて正直どうでもいい。


所詮は他人だから。


きっとほとんどの奴がオレと同じ考えだろう。


関わり合いがほとんどない奴の幸せなんて知った事じゃない。

たとえ知らない誰かが死んだと聞いてもオレは涙どころか欠伸が出る。



シオンには口が裂けても言えないが、世界中の全ての人が幸せになれる事なんてあり得ない。



それでもオレにとって他人ではないシオンがそれを願い、走り続けるのならオレはそれに付き合うしかない。


シオンが納得するまで…あいつ自身もまだ見えてすらいないゴールにたどり着くまで。


その先にあいつの本当の笑顔があるのだろうか…




ったく、いくつになっても世話の焼ける幼馴染だ。


「あいつの好きなケーキでも買っていってやるか」


結局のところオレが考えても悩んでも意味がないのは長い付き合いで理解している。


バカで頑固で真っ直ぐで優しいシオンだから。



「それにしても復旧が早ぇな。一昨日の地震の影響なんて全く感じられねぇ」


多くの人で賑わうモール内を歩いていると学園島の祭りのポスターやシオンとオレのライブの映像が流れるモニターなどがいつも通り設置されており、街は通常営業中だ。


世界最大の大陸と言うだけあって様々なスペシャリストが多くいるセントクルス。


その中心街で王城もあるこの場所は優先して復興されるのは理解できるが回復が早すぎる。


と言うより被害が少なすぎる。


地震が起きる直前に大きな放送が入り巨大な結界魔法陣が展開されていたし、放送を聞いた街の人々も各々が結界や防御魔法などを使っていたからってのもあるだろうが…きな臭い感が拭えねぇ。



今回の地震騒動にオレは違和感を感じている。


まずはあの放送だ。


リードイスト王の側近である八英雄のリーダー、ジャスティン・ラブヒートが慌てた様子で地震の予告放送を流した。


あのジャスティンが慌てるのがまず珍しい事なのだがそれだけなら多分何も気にならなかったと思う。


しかしその後の大きな地震の直前に展開された結界魔法陣でオレは違和感を感じた。


明らかに即席では作れない大掛かりな魔法陣。

それに耐震と耐熱に特化した魔法陣だったのが気になった。


まぁあのでかい揺れの中でそんな事を気にしてる奴なんか他にはいないと思うが…


なんにしろ事前にあの地震が来る事を知っていなければあんな大掛かりなもの作れないし、何人もの結界魔法士が長時間魔力を練り続けていなければ出来ない魔法陣だった。


もし事前に知っていたのなら放送の時にジャスティンが慌ててた意味がわからない。


震源地と言われている祠も王管理で立ち入り禁止。


オレは個人的に王族が好きじゃねぇから違和感をこじ付けてるだけかもしれねぇが、ただの地震災害ってわけじゃなさそうな気がするのは確かだ。


まぁ誰も死んでねぇみたいだし、復旧作業もほぼ終わってるみたいだから別に気にする必要もないんだろうけどな。





「ケンちゃんお帰りぃ!あっ、わたしの好きなシフォンケーキだっ!えっ、くれるのっ?やったー、ありがいただきまぁ〜おいひぃ」


シオンのケーキと自分のパンを買ってシオンの家に戻ると、出迎えてくれたシオンにケーキを手渡した。


渡した瞬間にシオンはお礼といただきますと感想を同時に告げてきた…空腹の犬みたいだなおい。


少しは落ち着けよと思うが、何回言っても無駄だったのでとうの昔に諦めてる。


「ふぅ、おいしかったぁ。ご馳走さまっ!これで明日も全開で歌えるよっ!ダイエットは来年から頑張るからノーコメントでお願いしますっ」


ホールで買ってきたシフォンケーキが数秒で消えた…


まぁ満足したみたいだからいいか。


2人とも腹ごしらえを済ませたところで今日の用事を開始する事にした。


「んじゃ始めるか。明日の曲順はどうする?」


「お祭りだからねっ、まずはアゲアゲでその次がアップアップでその次は・・・」






夜遅くまで明日の打ち合わせをしてからオレはシオンの家を出た。


家を出る時にはシオンは寝落ちしていたが夢の中でも歌っているのか、時折楽しそうに笑っていた。



地上に出ると涼しい風が頬を撫で、夏の匂いが鼻をかすめ、綺麗な星空が世界を見下ろしていた。



「ふぁ〜ぁ。オレも寝るかな」



明日は1年ぶりの学園島。


特に思い入れのある島ではないが、多少の高揚感を感じながら眠りについた。









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