カカカ祭り前夜祭《学園島》
〝本日の授業は全て終了となります。部活動のある生徒、風紀委員以外の生徒は速やかに下校して下さい〟
一学期最後の授業が終わり、いつもの無機質な校内放送が流れると同時に学園の外から号砲花火の大きな音が聞こえてきた。
胸と腹にドンッドンッと響いてくる号砲花火の音が聞こえてくると、生徒達は水を得た魚のように生き生きとしだした。
足早に教室を出て行く者、クラスメートと夏休みの予定を話し合う者、まだ寝てる者…
様々ではあるが、みんなの顔からは喜びや期待の雰囲気が滲み出ていた。
「イリア、俺達も帰ろうぜ」
「うん」
明日の警備の打ち合わせがあると言うセルと別れ、イリアと2人で学園を出た。
「すごいね。朝まではいつもと変わらない風景だったのに」
「だな。毎年思うけど、この島の人達は手際が良過ぎるよな」
学園を出ると既に祭りの準備が完成しており、まるで違う場所に転移したのではないかと錯覚してしまうほど街並みが変化していた。
学生の俺達は明日も一応朝から学園に行かなくてはならないし祭りのメインは明日なのだが、学生ではない島民達はすでにお祭り騒ぎだ。
というのも祭り自体は今日から始まり、三日間ぶっ通しで行われる。
校内放送と同時に聞こえ始めた号砲花火がその合図ってわけだ。
「なぁイリア、今日はまだ人も少ないしちょっとだけ見て回って行かないか?」
祭り初日の今日は準備も兼ねているため入島に規制がされており、特別な許可を取っている人以外は他大陸から来ることが出来ない。
そのため明日の朝までは島民だけしかいないので、ゆっくり回れるし屋台などもほとんど並ばずに買う事ができるチャンスタイムでもある。
そして何より、号砲花火が鳴るたびに俺の胸がざわつき語りかけてくるのだ…遊べ、と!
「うん!私も見て回りたいって思ってたとこなの。行こっ」
いつもより元気なイリアに手を引かれ、俺達は陽気な騒がしさの渦の中へと飛び込んでいった。
学園長と同じ仮面を被って風船を配る変な奴から風船を受け取り、昼間でも綺麗に見える小さな打ち上げ花火を見上げながら屋台の並ぶ通りを歩いていると
「へいへいそこのカップルさん!魔的やってかないかぃ?彼女に良いとこ見せるチャンスだぜぇ…ってタクト君じゃないか。この前はカモメ団とかいう変なのを捕まえたんだって?お手柄だったな!ほらこれ持って行きな」
【くぅぅ!タクト君めっ、可愛い彼女連れて羨ましいぜチクショウてやんでぇ】
「あらイリアちゃんじゃない、見て見てこのお花!フラワールさんとこで買ったのよ!素敵なお花を選んでくれてありがとうってお母さんに伝えといてねっ。それとこれ、よかったら食べてちょうだい」
【この綺麗な飾り付けで明日はウハウハぼろ儲けよぉ】
「あぁ、イリアちゃん。この前は怪我した孫を治してくれてありがとうねぇ。これお食べぇ」
【いつかうちの孫もイリアちゃんみたいなええ子と結ばれるとえぇのぉ】
祭りを見て回っていると顔見知りの人が多く店をやっているため、買う前にお腹いっぱいになるほど色々貰ってしまった。
「街並みは変わってもここにいる人達は変わらないね。ふふっ、みんな楽しそう。やっぱりお祭りはいいね」
貰い物の小さなカステラのような物を食べているイリアが、おっとりした笑みを浮かべたままそう言った。
「みんな昼間っから酔っ払いまくってるのはどうかと思うけど、俺もこの雰囲気は嫌いじゃないな」
昼間から酔っ払っうおじさん、パンツ一丁になって水魔法の掛け合いをしている子供、屋台でも値切ろうとするおばちゃん。
この風景を一言で表すなら『平和』になるだろう。
小さなトラブルは日々起きているし危険な魔獣なども世界には沢山いるが、戦争が多発していたという数十年前や選別の大雨が降ってからの数年に比べれば今はまさに平和そのものだ。
焼きそばがおいしい、テストの点が悪かった、ゲームしてたら友達と喧嘩になった、好きな子にバレンタインのチョコを貰った…そんな小さな事で一喜一憂しながら暮らせる平和な今が俺は好きだ。
「ねぇタクト、あっちに魔劇団が来てるみたいっ!見に行こっ!」
その後もイリアと2人で星が見えるようになるまで前夜祭を楽しみまくってから帰宅した。
俺達が帰った後も祭りの熱は冷めることはなく祭囃子と笑い声がずっと島中に響き渡っており人里離れた俺の家まで聞こえてきていた。
俺はその音を子守唄に心地良い眠りについていった。