【 アルバティル学園の日常 】
「みなさんおはようございます。HRを始めますので自分の席に着いて下さい」
始業のベルが鳴ったのと同時に担任のサラ先生が教室に入ってきて生徒たちに着席を促す。
サラ先生は学年主任でもあり、美人なのだがかなり厳格な雰囲気を纏っている。
綺麗で長い金髪を後ろで1つにまとめて、夏でも変わらず黒いスーツに黒縁メガネを着用している。
スラっとした長身と鋭い目付きのせいで一部の踏まれたい属性の生徒達に凄まじい人気がある先生だ。
隣の席のセルもその属性なので先程から鼻の下が伸びている。
「ではHRを始めます。まだ高等部に上がって3ヶ月しか経っていないのに、このクラスは欠席者が多くて先生はとても悲しいです」
まったく表情を変えずに空席を見ながら悲しみを口にするサラ先生が、何かを感じ取ったのか一歩だけ後ろに下がった。
その直後、教室の入り口のドアが吹き飛びデカイなにかがサラ先生の目の前を通過し反対側の窓を突き破って外に飛んで行った。
「ギャハハハハ、見ろよマゾエル!あいつすっげー顔で飛んでったぜ!ってここサラのクラスかよ。ちっ、あいつもぶっ飛べばよかったのに」
「サササ、サディちゃんだめだよ。ドア壊したら。それにもうベル鳴ってるんだし教室に戻らないと」
吹き飛んだ教室のドアの外で、下品な高笑いをしている野性と言う言葉がそのまま制服を着ているような、赤茶色のボサボサな髪に少し色黒の肌色をした健康的な美女と、吹けば飛んで行ってしまいそうな、色白と言うより青白い肌色をした不健康そうな虚弱美人が、教室内からの冷ややかな視線を浴びながらもマイペースな会話を繰り広げていた。
「サディスさん、マゾエルさん、あなた達2年生は上の階ですよ。もうHRが始まっているのはわかりますね?早く自分の教室に戻って下さい。それと、後で職員室に来なさい」
「うっせぇ冷徹女、あたいはSっ気の強ぇ女は大っ嫌いなんだよ。誰が行くかボケ」
そう言った瞬間、サディスの全身から凄まじい魔力が溢れ出した。
一触即発
そんな空気が教室内に立ち込め、1ーAの生徒達は冷や汗を垂らしながら微動だに出来ずにいた。
そんな息苦しい静寂を破ったのは虚弱美人のマゾエルだった
「ご、ごめんなさい先生、お叱りは私が全て受けます。殴られても燃やされてもふふっ凍らされても文句は言いませんのでサディちゃんを許してあげて下さい。それと生徒のみなさんも、お、お騒がせしてすみませんでした。もし気に障ってしまわれたなら罵声でも暴言でも暴力でもふふふっなんでも無抵抗でお受けしますので遠慮なく私の所に来て下さいね。いつでもお待ちしております」
雪のように白いサラサラな髪の毛を垂らしながら俺達に向けて丁寧に頭を下げたが、誰も何も言えずに固まっていた。
礼儀正しく見えるが途中で謎の笑い声を漏らして話すマゾエルがまともであるはずがない。
「マゾエルさん、あなたを叱っても罰にならないでしょう。もういいから早く教室に戻りなさい」
サラ先生が退室を促すと、マゾエルの演説で毒気を抜かれたのかサディスは舌打ちしながらその場を去ろうとした。
が、何かを見つけたのか不意に振り返り、先程までの野獣のような雰囲気とは打って変わり子供のように無邪気な笑顔でこちらを見て飛び跳ねながら手を振ってきた。
「イリアとタクトじゃねぇか!このクラスだったのか、災難だったな。ギャハハ、またマリアと遊んでやってくれよな、じゃーなー」
言うだけ言って爽やかに去って行ってしまった。
その後ろをマゾエルもゆっくり付いて行った。
災難はあんたが原因だよ。とはその場にいる誰も声に出しては言えなかった。
一難去ってクラスが静寂から解放された時、破れた窓から真っ赤なツンツン頭の大男が血塗れでよじ登ってきた。
「くそっ、サディのやつ。毎度毎度手加減ってもんを知らねぇのかよ」
文句を言いながら窓を乗り越えようとしたデュラン・レウカーサの顔面に、どこかから飛んできた電撃を帯びたキッカーボールが直撃しデュランはまた窓の外に飛ばされて行った。
ぶつけられたボールが俺の足元に転がってきたので、放電が収まったのを確認してから拾い上げると殴り書きのような字で何か書いてあった
〝サディって呼ぶんじゃねぇよシスコン、それとイリアとタクトをイジメたら手加減なしでぶっ飛ばす。超絶美女サディス様より〟
俺はそっとそのボールをデュランの机に置いておいた。
嵐のような先輩達が去り、デュランも無事に戻ってきたところでHRが再開された。
余談だが、デュランが最初に外に飛ばされた時に、サラ先生が鞭でデュランの足を捕まえて落下を阻止していたようだ。
さすがサラ先生。
「はいみんな注目」
少し時間が経った事で落ち着きを取り戻しつつあったが、ドアと窓が壊れている状態が気になり集中して話が聞けない生徒達に向けて、サラ先生が少し大きな声で注目を促す。
全員の視線がサラ先生に集まった瞬間に、右手を上にあげて指をパチンと一回鳴らした。
その後何かするわけでもなく手をおろした先生を見て、みんなは疑問に包まれた顔をしている。
もちろん俺もその1人だ。なにがしたかったんだ?
答えが見つからないまま、ふと窓に目を向けると破壊されていたはずの窓が元通りになっていた。
入り口の扉も同様に、最初から壊れてなどいなかった様に元通りになっている。
割れたガラスの破片や木片なども落ちていない。
「さぁこれで集中できますね?では今度こそHRを再開します」
全然集中できないままHRが進み、今日も騒がしい魔法学園の1日が始まった。