リザルト 《後半》
一歩踏み出すたびにコンクリートの床に亀裂を入れながら魔獣が迫る。
「まずい、とにかく防がないとっ!」
防御魔法はあまり得意じゃないんだけど、なんて言ってる場合じゃない!
マリアを庇うように抱き、自分とマリアに防御魔法をかけて祈るような気持ちで目を閉じた。
「おさる、おすわり」
・・・・・
・・・・
・・・?
助けが来るまで魔獣の攻撃になんとか耐えて待つと決めて目を閉じていたが、訪れるはずの猛攻は来こない…
聞き間違えでなければ、マリアの無駄すぎる言葉だけが耳に届いた気がした。
何も変化のない事に疑問を感じつつ
現状を確認するため、恐る恐る目を開けてみると
「ーーーっ!?」
目の前で瀕死の魔獣がまるでしっかりと躾けられた犬のようにおすわりをしていた。
「うそ、だろ。魔獣が人の言う事を聞くなんて」
見た限りマリアが魔力で操っている気配はない。
アイデンやジースで魔獣を操る特別な力を持つ人もいるようだが、もしそのような事をすれば必ず魔力を使うので感知する事が出来るはずだ。
隠すのがめちゃくちゃ上手いとしても、今のマリアのように俺に密着されている状態では魔力の流れを隠すのはさすがに無理だ。
それなのに、一体どうなってる?
「どりゃーーー!!!」
俺の頭の中がハテナ80%恐怖20%に埋め尽くされていると、唐突に元気な掛け声と共に現れたサディスが魔獣に跳び蹴りを喰らわせた。
炎を纏った右脚の蹴りによって目の前で大人しく座っていた猿の魔獣は、血しぶきをあげる事もなく一瞬で消滅してしまった。
「ギャハハ、なんだ今のサルは?手ごたえもねぇし手足も半分しかなかったじゃねぇかよ!サルじゃなくてサだなっ、サ!おもしれぇけど物足りねぇ!」
魔獣を蹴った右脚だけは炎に包まれているが、それ以外はいつものサディスだ。
やはり炎人はサディスだったんだ…
「あ、ありがとうございました。俺では魔獣を倒せそうになかったので助かりました。あのままでは俺もマリアも危なかったです」
魔獣が突然大人しくなったのは謎だが、もしもあのまま戦闘になっていたら俺だけではなくマリアも危なかったかもしれない。
サディスの事が少し怖い気持ちもあったが、助けてくれたのは事実なのでお礼を言うと、
「あん?何言ってんだ?マリアがいるんだからサルが攻撃なんてしてくるわけねぇじゃねぇか」
と、心底不思議そうな顔をしてそう言ってきた。
何故そう言い切れるのか意味がわからない…
マリアに特別な力でもあると言うのだろうか。
マリアのアイデンはお気に入りの人形などを操る能力で、生き物や気に入らないオモチャは操れないと本人が言っていたし、ジースを持っているとは聞いていない。
それなのに何故魔獣が襲ってこないって言い切れるんだ?
「マリアにはなにか特別な力でもあるんですか?」
どうしても気になり、単刀直入にサディスに聞いてみた。
マリアに聞いても良かったのだが、マリアは口下手なうえに口数が少ないので聞いてもわからない事が多いからだ。
俺の質問にサディスはさっきよりも更に不思議そうな顔をして答えてくれた
「あぁん?タクトお前本当に何言ってんだ?こんなに可愛いマリアを攻撃する奴なんているわけねぇじゃねぇかよ!あたいが唯一殴れねぇのがマリアだぞ?魔獣なんかが攻撃すると思うか?ギャハハっありえねぇよっ!」
だめだ。
この姉妹を理解しようとするのがそもそも間違っていたのかもしれない。
「サディスさんお疲れ様でした。シャイナス君も無事ですね、先程は申し訳ありませんでした。広場の結界を解く前に生き残りがいないか調べたのですが、タイミング悪く先程の魔獣一匹がその時は仮死状態だったらしく感知する事が出来ずに結界を解いてしまいました。他にはもう一匹も残っていませんので、これで本当に任務終了です」
サラ先生とマゾエルが広場から上がってきて、今度こそ本当に任務は終わったと告げた。
「クローツ先輩と学園長はどうしたんですか?」
「クローツ君は疲労のため、王城の医務室で休んでいます。学園長は元々来る予定ではなかったので知りません」
よかった、クローツ先輩も無事だったんだ。
「タクト、ねむい」
全員の無事を聞き、安堵の溜息を吐いていると腕の中のマリアがウトウトしはじめてしまった。
「まだ昼前ですが、シャイナス君も学園に戻りますか?夕方まででしたら自由行動にしても構いませんが、どうしますか?」
「俺は中心街へ行きたいんで、後で巡回班と一緒に帰ります」
サラ先生の発言でまだ学園を出てから1時間も経っていない事に気付き若干の心労を感じたが、自由時間が多くもらえた事で元気が回復してきた。
「わかりました。くれぐれもアルバティル学園の生徒として恥ずべき事のないように行動して下さい」
はい、と返事をした後、腕の中で睡魔と戦うマリアをマゾエルに渡した。
サラ先生がティーレさんに連絡を取るとすぐに空間の歪みが発生し、そこからティーレさんが現れた。
そして何も言わずにサラ先生達を連れて学園へと帰って行ってしまった。
「・・・お疲れ様でした。」
俺は通路に1人取り残されてしまい、一瞬で去って行った先輩達に言えなかった言葉を、消えてしまった空間の歪みに向かって小さく呟いた。