【 エンジン全開 】
「よかった、マゾエルさん無事だったのか」
マゾエルが生きているという事は、任務が失敗に終わったというわけではないのだろう。
「マゾエルさんの隣にいる炎みたいな人の様なものはなんだ?マゾエルさんの能力か?」
なんにせよ、任務が終わっていないのであれば俺は当初の予定通りマリアと身を隠して…たい…き、っておい、
えっ?はっ!?嘘だろっ!?
すぱぱぱぱぱぱぱんっ
ぷしゃーっ
という聞き慣れない音が響いた
「えむねぇ、どーなつ」
いやいやいや!ドーナツとか言ってる場合じゃないだろ!
確かにお腹にでっかい風穴が空いてるけどっ!
人型の炎が突然、向かい合っていたマゾエルを攻撃し、目に見えないほどの速さで殴打を浴びせた。
そして最後に強烈な右ストレートでマゾエルの腹に風穴を空けたのだ。
膝から崩れ落ちるマゾエルの両手首を左手で掴み両足首を右手で掴むと、まるでベンチプレスのように持ち上げた。
遠目からでもわかるほどの致命傷をマゾエルに与え、それでも飽き足らず瀕死のマゾエルを持ち上げる炎人。
悪魔…俺達は悪魔と戦っているのか?
「やめろよ。あれ以上なにをするってんだよ。もうやめてくれ…」
小さな呟きのような俺の懇願が聞こえたわけではないのだろうが、炎人はマゾエルを持ち上げたままこちらを向いた。
炎で出来た顔をこちらに向けると、大きく口を歪めてニタァと笑っていた…
そして、そのままマゾエルを投げ飛ばしてきた。
ーーードカッグシャガンっ
もの凄い速度で飛んできたマゾエルは通路を破壊し、俺達の近くにある監視塔の鉄の扉にめり込んで止まった。
「まじかよ!くそっ…イリアのお守り会議室の鞄に入れっぱなしだ!とにかくマゾエルさんの治療をしないと!」
早くしないと手遅れになると思い、急いでマゾエルの元へ向かうと
ピチャ、ピチャ、
ぴくぴくっぴくぴくっ…
「…うそだろ。こんなの、酷過ぎる」
壁にめり込んだマゾエルは、あきらかに手遅れの状態だった。
両手足がなく、片目が飛び出しており、痙攣しているのか身体が小刻みに震えている。
ひどい、ひどすぎる。
人の原型がほとんどない。
「ぅうっ、おえっ…げぇぇっごほっごほっ…」
あまりにも無惨な状態に俺は吐き出してしまい
、これ以上直視する事ができず目を逸らしてしまった。
目を逸らした先の広場の上空では、先程と同じ場所にさっきよりも大きくなった炎人がおり、広場を見下ろしていた。
その炎人の両手には、千切られたマゾエルの両手と両足が握られている。
「あいつが魔獣の親玉なのか?」
魔獣というより魔人に近い。
もしもあれが魔人であるのなら、人間の俺達に勝ち目なんてあるわけがない。
神話やおとぎ話に出てくるような存在に、ちっぽけな人間が太刀打ちできるものか。
「えむねぇ、だっこ」
俺が炎人を見上げていると、俺の背後でマリアの声が聞こえてきた。
マゾエルに抱っこを要求する声が…。
誰が見てもわかる…もう手遅れなマゾエル。
マリアは大好きな姉の命が尽きるという現実を受け入れる事ができないのだろう。
そんなマリアを見るのが辛くて、俺は振り返る事が出来ないでいた。
小さい頃に母親を亡くしているマリア。
そして今度は目の前で無惨に殺される姉。
世界はマリアに冷た過ぎる。
……俺は馬鹿かっ!
悲しんでいるマリアを見るのが辛い?
ふざけるな!
辛いのはマリアだ!悲しいのはマリアだ!
大切な母親が死んだショックで成長が止まってしまうほど、人の事を愛する事ができる優しい子。
そんなマリアが今度は大好きな姉を目の前でグチャグチャにされているのに、悲しんでる顔を見るのがイヤだからって目を背けてる俺は大馬鹿野朗だっ!
俺が支えてあげないとっ!
「マリア、こっちにおいで。マリアには俺が…は?」
マリアを呼びながら振り返ると、そこにはマリアを抱っこする無傷のマゾエルが立っていた。
「あらあらあらあらタクトさん、そんな幽霊を見たような顔をしてどうされたのですか?驚かせてしまったのならごめんなさい。許して頂けないのであれば私をふふふ殴って下さい。あぁでも今はお腹に空いた穴の余韻にふふふ浸っていたい気分です。それでもタクトさんがどーしてもと言うのならブツブツブツ…」
目の前のマゾエルは五体満足でむしろ普段より元気に見えるくらいだ。
腹の穴もない、手足はある、目も元通りになっている。
塞がった腹の穴があった場所を優しく撫でながら小刻みに震えているマゾエル。
さっき鉄の扉にめり込みながら震えていたのも、痛みの痙攣ではなく快楽のせいだったのかもしれない。
ドMの桁が規格外すぎる。
しかしさっきの状態では、たとえイリアがこの場にいたとしても完治は無理なはずだ。
無くした臓器や血液を瞬時に戻すなど、出来るはずがない。
「なにが、どーなってーーーうわっ!なんだっ!?」
混乱した頭を必死に整理しようとしていると、今度はまた背後で大きな爆発音と閃光が迸った。
驚いて振り返ると、広場全体を覆い尽くす巨大な火柱が天高く突き上げていた。