【 悪戯好きの学園長 】
前日のうちに準備を済ませたサラはいつも通りに学園で業務をこなし、クローツとティーレはクラスメイト達に生徒会の仕事があると伝えて学園を出るとそのまま街へ向かい異変がないか巡回を始めた。
ウラルはAクラスで普段通り授業に参加しつつグルルの監視をしているが、グルルの監視については半身疑惑の件でクローツから要望があったのもそうだが、元々このクラスに入ったのもグルルの監視と警戒が目的だった為、ウラルのやる事は厄災が現れるまでは前日までと全く変わらない。
前日の準備で1番の大仕事をしたダイソンも、今は人知れず掃除に励んでいる。
そして、我等が学園長ソガラムはというと…
「あーあ、暇だなぁー。ぼくもサラくん達と作戦に参加したかったのになぁー」
お告げに出てきた半身の事をソガラムの事だと考えているサラに学園長室で大人しくしていろとキツく言われてしまった為、不貞腐れた顔…は仮面で見えないが不貞腐れた態度で学園長室の机に突っ伏していた。
「んー、ダメダメ。ここでわがまま言って遊びに行ったら今度から絶対ぼくだけ仲間外れにされちゃうからねっ。それに、サラくんはぼくにもちゃんと役割りをくれたんだからしっかり任務をこなして、終わったらいっぱい遊んで貰わないとっ。終わったら何して遊ぼーかなっ、驚かしごっこをしてもサラくんは全然驚いてくれないからつまんないしなぁ」
不貞腐れたり、終わった後の事を想像してウキウキしたりと無駄に忙しないソガラムだが、今回はサラの言いつけをちゃんと守るつもりはあるらしい。
そんなソガラムにサラが与えた役割、それは黒い雨雲の気配を感じたら念話でサラ達に伝えるというもの。
少数精鋭で挑む厄災対策の、実質的なGOサインを出す重要な役目である。
「んっ?サラくんの気配…。どうしよっかなぁ。天井はこの前やったし、背後から登場するのも空振りだったからなぁ…」
自室へ向かってくるサラの気配を感じ取ったソガラムは1人でいたずらのパターンを考えはじめたが、
コンコンコンッーーー
「はーい、どーぞー」
中々良い案が浮かばず、ソガラムは普通に椅子に座りながら返事をした。
「失礼致します・・・」
ソガラムの返事を聞いて入室したサラだが、部屋に入ってすぐに立ち止まった。
「んん?どうしたのサラくん?」
部屋の入り口から動こうとしないサラに疑問を持ったソガラムがそう声を掛けると、サラは視線を一瞬だけ上下左右に高速で動かした後、再びソガラムを注視した。
「・・・いえ、何事もなく入室した事がありませんでしたので、少し警戒をしてしまいました。申し訳ございません」
「っっ!?そ、そうそうっ、今回のぼくのいたずらは、あえて普通に招き入れるっていういたずらだったんだよねっ!やーいやーいサラくん引っ掛かったぁー」
何も浮かばずに悪戯を諦めていたソガラムだったが、ソガラムの諦めとは裏腹にサラは何も起きない事に違和感を感じてしまったようだ。
棚からぼた餅のような状況ではあったが、普段とは違うサラの反応を見れたソガラムはその幸運に乗っかりサラを揶揄った。が、そこからはいつも通り鞭で縛り上げられてしまい、本題に入る。
「先程、セントクルス軍の方がお見えになり、本日の正午より数日または数週間、リードイスト王が集魂の儀に入る為、その間の王権はジャスティンとタボウに委譲されるとの事です」
集魂の儀。
それはリードイストが王城を離れ、数名の護衛と結界師だけを連れて行う儀式。
集魂の儀は不定期で行われており、その際場所は護衛達以外には誰も告げず、国政なども全て誰かに任せるのが恒例になっている。
「集魂の儀ねぇ。なんだかまたまたタイミングが重なるよねぇ、王子君は。それより、数日だったら今までもあったけど、数週間掛かる可能性の理由は?」
「それについて質問をしたところ、世界人口が増加してきた為、再度魂力を練り直す必要があり時間が掛かる可能性がある。との返答を受けました」
不定期で行われる集魂の儀が学園島に厄災が来るとお告げをされた翌日に行われる事に疑心を深めるソガラム。
その中でも気になった日数の事についてサラに聞いてみると、サラも同じ疑問を抱いていたらしく既にセントクルス兵に解答を貰っていた。
「ふーん。そりゃ人口も増えるよねぇ。王子君やザッハルテくんの働きで戦争や天災で死ぬ人が減って、サラくん達の働きで犯罪者に殺される人も極端に減ってるわけだし」
サラがセントクルス兵に聞いた事を伝えると、ソガラムは思考を現在の世界情勢に切り替えてそう口にした。
「その分、最近では魔獣が人口を減らしていますが」
「魔獣くん達も必死なのかもしれないねぇ。世界はバランスで成り立っているのに、人間が増え過ぎるとバランスが崩れちゃうしね」
「・・・・・」
人にはそれぞれ考え方の基準というものが存在する。
学園島のトップとナンバー2の肩書を持つソガラムとサラだが、その考え方の基準というものは全く寄り添った物ではない。
ソガラム自身はその事に何も感じていないが、サラは色々と思う事があるようだが…それでも、サラがソガラムの側から離れるという選択肢はサラの中には微塵もなかった。
「まぁなんにしても、王子君が集魂の儀をするって事はまたどこかで悪い事が起きちゃうかもしれないって事だよね。ジャスティンくん達は大変だろーねぇ。タボウくんなんかはまた口癖が止まらなくなるんじゃない?はぁ忙し忙しってね」
「はい。ですがこちらも今は他大陸の手助けをしている余裕はありませんので、何かが起きても数日は協力出来ないと伝えてあります。集魂の儀はセントクルス大陸だけではなく全世界に影響が出る物ですので、ジャスティンもそれは了承してくれています」
「そっか、じゃあなるべく早くこっちの面倒事が来てくれた方がいいね。王子君が何にもしなくても世界は平和でしたよーって揶揄う為には他の大陸のトラブルにも手を貸してあげないといけないしねっ」
「学園長自らが他大陸のお手伝いを?」
「ううん、ぼくはやらないけどねっ」
「・・・・・」
報告を終え、多少の戯言に付き合わされたサラは学園長室を出て行った。
それから放課後になるまでは教員としての雑務と厄災への警戒をしていたサラであったが、特別講師として学園に来て貰っているガイとアックスをディミド国まで送迎し終わって学園に戻って来ると、午前にも訪問したセントクルス兵が再度サラを訪ねて来た。
多忙極まる状態のサラは対応を他の教育に任せようとしたが、用件は教員サラにではなく学園島ナンバー2であるサラへという事であった為、作業の手を止めて対応に当たった。
そこでセントクルス兵から伝えられた事、それはバフリーンの死であった。
世界屈指の治癒術師であるバフリーンの死。
死因は針のような物で急所を刺されて即死。
暗殺だったらしく残留魔力は残っておらず、犯人は未だ見つかっていないとの事。
リードイストが不在になった途端に起きた惨劇で王都は混乱の濁流に飲み込まれてはいるが、サラ達が犯人捜査や混乱を鎮める事などに手を貸す事が出来ない状況だというのは先程聞いていた為、セントクルス兵は報告と少しの情報交換を済ませるとすぐにセントクルスへと帰還して行った。
セントクルス兵が帰還するのを見送ったサラはすぐにソガラムやクローツに念話を送り、学園島の警察やメディアにも情報を伝える手配を頼んだ。
待ち構えていた厄災ではない悲報に余計な仕事が増えてしまったサラであったが、手を抜く事なく雑務をこなしながらも頭の中では厄災とお告げについて考え続けていた。
ザザッーー
そんな時、サラの脳内に念話を知らせる雑音が入った。
『サラ先生。警察とメディアへの通達、終わりました』
「ご苦労様です」
念話の相手はクローツ。
頼んだ仕事を早速済ませてくれたようだ。
しかし、報告を終えたクローツは念話を切ろうとはせず、まだ繋がったまま。
『バフリーンさんの訃報には驚きました。とても優秀な治癒術師で僕も何度かお世話になっていましたから。・・・残念です』
念話で届くクローツの声は普段より少しトーンが低く、顔が見えなくとも悔やんでいるのだと分かる。
その念話を受け取っているサラの表情は相変わらず変化がなく、慰めの言葉を掛けてあげるつもりもない。
しかし、サラもクローツとの念話を切ろうとはしなかった。
「そうですか。それでクローツ君、用件はなんでしょうか?」
念話を切らなかった理由、それはクローツが悲しみを伝える為だけに念話を送ってくるとは思っていないから。
『相変わらずですね、サラ先生は』
冷酷なように見えるほど冷静なサラだが、その事を昔から知っているクローツは少しだけ落胆するようにそう言ったが、すぐに意識を切り替えて本題に入った。
『1つ目のお告げに、優しき魂が散る、と出ていましたよね。あれはバフリーンさんの事ではないでしょうか?』
クローツが念話で伝えたかった事、それはお告げの考察についてであった。
クローツの言葉を聞いたサラは、お告げとバフリーンについて考え始めた。
「・・・クローツ君とも親交があり、優しきというのが治癒術師の事を指すのであれば、その可能性は高いかもしれませんね」
『サラ先生がそう言ってくれるなら、このお告げに関してはひとまずこれ以上深く考えなくてもよくなりますね。もちろん他の可能性も視野に入れて油断はしませんが、考えなくてはいけない事が多少は軽減出来ます』
「そうですね。バフリーンさんが殺害された事で色々とやらなければいけない事も増えましたが、最優先はお告げの対策です。では、引き続きよろしくお願いします」
『はい、サラ先生も』
クローツの考察に納得をしたサラではあったが、元々肩の力を抜く事を知らない性格の為、その後も雑務と対策に手を抜く事なくこなしていった。
ーーーーー
ザザッーー
クローツとの念話から少しの間は特に何事も無く時間が過ぎたが、部活動などがない学園生達が帰宅して少し経った頃、サラ達の脳内に念話を知らせる雑音が再び聞こえてきた。
『ブルッと来たよー。場所は都心部付近かな。予定通りダイソンくんとウラルくんにはもう動いて貰ってるからねっ』
「わかりました。私はすぐに都心部上空へ向かいますので、ここからは何かあれば念話ではなく無線機で連絡をお願いします」
「僕とティーレは都心部での警戒と人払いを行います。ダイゴロウにはいざという時の為に練魔しながら待機させておくので、手が必要な時は呼んでやって下さい」
ソガラムからの念話を受け取ったサラ達は各々が決められた役割を果たす為、別々の場所で同時に動き出した。
ーーーーー
ソガラムが異変を感じ取った直後、まず行動を起こしたのはウラルとダイソン。
2人はサラとクローツの考えた対策の1つ、地上と上空を違和感なく隔てる為の作業を開始していた。
「ヨゴスノハ、キライナノニ…」
「これもおち事でつから、文句を言ってはいけまてんよダイ君。雨雲を出ちてくれれば後はわたくちが補強ちまつので」
サラの指示でダイソンは前日の内に世界中を転移で飛び回り、自然に発生している雨雲を魔力球の中に取り込んで保管していた。
その保管しておいた雨雲をゆっくりと放出し、地上から空を隠すように学園島の低い空に広げていく。
「ゼンブ、ダシタゾ」
「かちこまりまちた。後はわたくちがてい御ちまつので、ダイ君はパパたまの所へ戻っていて下たい」
ダイソンは貯め込んでいた雨雲を出し終わるとそのまま魔力球の中へと入り、学園へと戻って行った。
その場に残ったウラルはダイソンの出した雨雲に様々な結界を練り込んだ後、遅延や成長の魔法を次々と掛けていく。
「ひとまずこれで皆たまに異変が気付かれる事はたけられるでちょう。ーーーとれでは、わたくちもパパたまの所へ」
島民達の目を欺く為に本物の雨雲を使い、違和感無く上空を隠す為に雨雲をゆっくり魔法で成長させる。
雨雲を集める準備期間が短かった為、学園島全域とまではいかなかったが、人が住む場所や集まりやすい場所は限られており、その場所の上空には隙間なく広げる事が出来た。
サラとクローツは、ネムレのお告げを聞いた時にはまだダイソンが黒い雲を吸い取る事が出来るとは知らなかった。
その時2人が最初に考えた案である雨雲による上空と地上の隔離だが、お告げで黒い雨が降ると言われた為、ダイソンには黒い雲の対策ではなく、最初に考えたこちらの作業を頼んでいた。
この1つ目の作戦は無事に遂行された。
ーーーーー
ポツリ・・ポツリ・・・・
学園島上空に薄っすらと雨雲が掛かり、自然雨がゆっくりと地面を濡らし始めた。
「ダイソン達は順調に任務をこなしたみたいだね。どうだいティーレ、雨雲と雨に違和感はないかな?」
お告げで上を見るなと言われているクローツは極力視線も上空には向けない様に意識している為、空にかかる雨雲の様子を直視出来ない自分の代わりに、一緒に見回りをしているティーレに様子を見てもらっていた。
「違和感も異常も無い」
「そうか、良かった。相変わらずあの2人は優秀だね」
クローツの代わりに空を見上げたティーレは、隈の濃い目で雨雲を観察しながら雨粒をひと舐めした後、短くそう答えた。
ティーレの短い返事を聞いたクローツは、作戦通りに任務を遂行してくれた仲間陣営の素晴らしい働きに少しだけ口角を上げながら称賛を送り、自分のやるべき事へと意識を切り替える。
「よし、それじゃあ僕達はこのまま見回りを続けようか。少し警戒をしておきたい場所があるから、ひとまずそこへ向かおう」
コクンと頷いたティーレと共に、クローツは都心部を見回りながら目的地へと向かって行った。
ーーーーー
地上に小雨が降り出した頃、サラはクローツ達が巡回をしている都心部の上空に、飛行魔法でやって来ていた。
都心部には商店街がズラっと並ぶだけではなく、巨大モールや警察署、大病院などの大きな建物が密集しており、普段は平日休日関係なく多くの人が集まっているが、今は徐々に濃さを増していく雨雲と微弱な人払いの魔機の影響でかなり人が少なくなっている。
しかし、それが視認出来ていたのも数分前まで。
今はダイソンとウラルが張り巡らせた雨雲で地上の様子はもう見えない。
サラから地上が見えないという事は、地上からも上空にいるサラが見えないという事。
1つ目の作戦が上手く作動したという証拠であった。
「・・・・・」
ソガラムからの念話で黒い雲の予兆があると伝えられた都心部上空。
しかし、まだ異変は何も起きておらず、黒い雲が現れる兆しもない。
「・・・・・」
サラ自身は魔獣を降らせる黒い雲を実際に見た事はないが、映像や情報で知ってはいる。
それとは別に、サラは1度だけ黒い雲の元凶かもしれないモノと遭遇した事がある。
それが元凶かどうかはまだ分かっていないので決め付ける事はしていないが、以前遭遇したモノが現れる可能性は高いと考えていた。
可能性として考えてはいるが、何が来ようともやる事は決まっている。
殺さず生け捕りにする。それだけ。
現れる厄災に警戒されないように魔力や気配を抑え込み、サラはジッとその時を待っていた。
「・・・・・」
5分、、、
「・・・妙ですね」
ソガラムは黒い雲の予兆を感知出来る。
サラはその事に疑いは持っていない。
だが、いくら待っても異変の異の字も現れない。
、、、10分。
「やはり、おかしいですね」
予兆を感じてからどれくらいの時間で黒い雲が現れるかはわからないとソガラムに教えられていたが、こんなにもタイムラグがあるものなのだろうか。
クローツ達からの連絡も何も無い。
一向に変化の無い状況が続き、確認を取る為に無線機でソガラムに連絡をしようとしたが、
「学園長、予兆は都心部上空で間違いありませんか?」
「ーーーーー」
ソガラムからの応答はなく、繋がっているかさえも怪しかった。
嫌な予感がする…。
この嫌な予感は厄災に対してなのか、それとも…。
サラは自分の中で芽生えた不穏な予感に疑問を投げ掛ける前に、即座に次の行動に移す。
黒い雨の元凶が何者かわからない為、魔力や気配を極力消していたがこの際仕方ないと判断し、魔力を飛ばす行為になってしまうが、サラはソガラムに念話を送る事にした。
「ーーーーー」
ウラルが雨雲に掛けた結界で念話が通じにくくはなっているが、念話に込める魔力を通常の数倍にすれば通るように結界を調整して貰っているので、念話が通らないという事はない。
しかし、これも繋がらない。
念話が繋がらないパターンは何個かあるが、今念話が繋がらなかった感覚は、いつもソガラムがふざけてサラから逃げている時と同じ感覚。
それを敏感に察したサラは繋がらない念話を切り、ほんの少しだけ目を細めた。
「・・・これは、悪戯でしたでは済みませんね」
教えられた場所に厄災が来ず、無線機も念話も通じない。
「クローツ君、私は1度学園長に会いに行って来ますが、そちらは引き続き警戒をお願いします」
『・・・わかりました。範囲を広めて警戒に当たるようにします』
サラはソガラムの度を超した悪ふざけだと判断し、クローツに無線機で連絡をした後、学園へ転移した。
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