【 雨上がりの訪問 】
「グルル、家に着いたぞ」
「ーーーーー」
ララとルークに短い挨拶を済ませたタクトは、イリアの反対を押し切りイリアの家までしっかりと送り届けてから自宅へと帰ってきた。
その間も頭上では不可解な閃光が繰り返されていたが、危惧していた黒い雲が姿を現わす事はなく、落雷が降り注ぐ事もなかった。
「・・・よかった、ルーク達も無事に家に着いたみたいだな」
家に着いてすぐに携帯を確認するとルークからメールが入っており、ララと2人で無事家に着いたと報告が送られてきていた事でホッと胸をなで下ろし、いまだに足にしがみついているグルルに視線を落とした。
「みんな無事に帰れたってさ。ほらグルルも、もう家の中なんだから安心しろよ。雷が怖かったのか?」
「・・・・・」
校門を出てからずっと様子のおかしいグルルは、今も変わらず両目をギュッと閉じながら足にしがみ付いてきており、家に入ってからも離れようとはしなかった。
先程のフラッシュのような物が雷であったのかは疑問が残るが、他にグルルが怯える理由の見当が付かないタクトは、優しい口調で声を掛けつつグルルの頭を撫でた。
「うーー、うぅーーー」
「まいったな…。これじゃあ飯の準備も出来ないぞ」
グルルの様子に変化が見られず、足にしがみついたまま離れてくれないので食事の準備も満足に出来そうにないと判断したタクトは、リビングのソファーに座り、グルルの頭を撫でながらテレビを点けた。
「仕方ない、とりあえずあの光が何なのかニュースでやってないか見てみるか」
雷のようだったが、雷とはなにか違うような気がした。
もしかして本当にララが言っていたように黒い雨の前兆なのだろうか。
ただ音の無い珍しい雷だったのならそれでいい。
でも、もしも黒い雨などに関係する物だとするのならば、少しでも詳しく知っておきたい。
タクトはガイ達の授業を通して、無知である事の恐ろしさを知り、覚悟の必要性をしっかりと学び、それを肝に免じていた。
少し前までのタクトならば「寝て起きたら雨も上がってるだろ」と言いながらベッドに入っていたであろう天候の異変に対しても、楽観過ぎる程の楽観はせずに多少でも情報を得ておきたいと考えていた。
〝ーーーでは次のニュースです。本日夕刻にバフリーン氏が殺害された事件は未だ進展がないとの報告が入っています。
生前、バフリーン氏の治癒を受けた人は数千万人ともいわれており、世界屈指の治癒術師が殺害された今回の事件はセントクルス王国だけではなく、多くの国で混乱と悲しみが溢れかえっています〟
「・・バフリーンって、ロキソ先生と並ぶ名医だったよな。殺されたって言ってるけど、確かセントクルス王城に居る人だったはず…、あの城で殺人って可能なのか?」
テレビを点けてすぐに流れたニュースはタクトが欲しい情報ではなかったが、世間に疎いタクトでも知っている名前の人物が殺されたと聞き、眉間に皺を寄せながらニュースに注目した。
修復のロキソ、癒しのバフリーン。
世界屈指の治癒術師として名前が知られている2人。
その内の1人であるロキソは学園島の医者であり、学園島に住むレベル3感染者全員の担当医でもある為、タクト自身何度もお世話になっている人物。
そのロキソと並び称されるバフリーンの事も名前くらいは知っていた。
「なんだか物騒だな…、いや、今はそれより天気の事が俺は知りたいんだ」
生まれ故郷で人が殺されたという悲しい事件ではあるが、今のタクトにとっては海を越えた他大陸の話。
会った事もない偉人の死よりも気になるのは、身近で起きている不可思議な天気の事であった為、テレビのチャンネルを学園島チャンネルに変えた。
〝ーーー先程までの雨も上がり、学園島全域では現在、綺麗な星空が良く見えています。音の無い光が何度か見えた現象について多くの問い合わせを受けた当局は、アルバティル学園に問い合わせたところ、サラ様から詳細を聞くことが出来ました〟
「おっ、ちょうどやってるみたいだな」
チャンネルを変えてすぐに欲しい情報が手に入りそうで、タクトは前のめりになってテレビに見入った。
〝サラ様は我々の質問に対し、落雷の恐れがあった為に学園が結界を張った結果、雷鳴が地上に届く事がなく光だけがフラッシュの様に見える雷になった。とお答え下さいました。
久し振りの悪天候と、我々の安全を考えて即座に対応して下さったサラ様の優しさが、珍しい光景を生み出したという訳ですね〟
「・・そっか、ただの雷だったのか。ってかサラ先生、仕事し過ぎだろ。本当に頼もしい人だな」
ホッと肩の力が抜けたタクトはテレビを消してソファーにもたれかかった。
「すぅ〜、すぅ〜、むにゃ・・・」
「いつの間にかグルル寝てるし…。まぁいっか、とりあえずグルルを部屋に運んで、俺は風呂入ってから飯でも作るとするか」
ニュースを見て安心したタクトの隣では、先程まで震えていたとは思えない程気持ち良さそうな寝顔で寝息をたてるグルル。
小柄で可愛らしいグルルの寝顔を見ると、タクトは気持ちが穏やかになっていく気がして、もう一度グルルの頭を撫でてから2階の部屋へ連れて行く為に優しく抱っこをした。
「あ、相変わらず重いなっ」
小さな身体にどれだけの内容物を詰め込めばこれほど重くなるんだ、と心の中で愚痴を吐きつつ、グルルをベッドまで連れて行ったタクトは、入浴を済ませた後、予定していた餃子を作ろうとしたが面倒臭くなってしまった為 あり合わせオールイン焼うどんを作る事にした。
「いただきます」
グルルがシャイナス家に来てからは1人で食事をする事がなくなり、久し振りの1人飯。
「・・・なんか、静かだな」
グルルが来るまでは当たり前だった1人飯だが、最近では誰かと一緒に食べるのが当たり前になっていたせいか、リビングがやけに静かに感じた。
「ご馳走さま…」
食事を終えたタクトはグルルとパールの分を冷蔵庫にしまい、洗い物を済ませてから自室へと戻った。
部屋に入って窓を開けて見ると、ニュースでも言っていた通り、空には綺麗な星空が見えていた。
「静かだな…」
シャイナス家はタクトがレベル3感染者である為、街や民家から少し離れた場所にあり、特に静かな場所である事に違いはないが、静かだと感じる原因は食事の時と同じ。
「・・・今日は、久し振りにグルルと一緒に寝るかな」
少し前までは、静かな自室で黙々と魔力トレーニングをしたりするのも結構好きだったタクトだが、久し振りに味わう静寂に多少の寂しさを感じているのかもしれない。
ちょっぴりセンチな気分を感じながら綺麗な星空を見上げて大きな欠伸をしたタクトは、ふと視線を空から正面に落とした。
「うおっーー!?」
星空から視線を下げると、顔を出していた窓の少し下にフワフワと浮遊するベッドが浮かんでいて、タクトは驚いて声を上げてしまった。
「タ〜クトく〜ん、現実ではおひさしぶりぃ〜」
浮遊するベッドは絵本の中でお姫様が使うような豪華で大きなベッド。
その大きなベッドの中央には可愛らしいパジャマに身を包んだ少女がチョコンと女の子座りしており、ゆっくりとした口調でゆっくりと手を振っていた。
「・・・ネムレ?」
浮遊するベッドの上でマイペースに声を掛けてくる少女を見たタクトは自分の曖昧な記憶を探り、何年か前に呼んだ事のある名前を口にした。
「そぉ〜だよ〜、入るねぇ〜」
「っっ!?いやちょっと待て!そんなデカいベッドが窓から入るわけないだーーー」
ガシャーン、、、
「あ〜、そっか〜。現実ってこと忘れてたよ〜」
タクトの忠告を聞かずに巨大なベッドごと窓から部屋に侵入しようとしたネムレであったが、案の定ベッドは窓を破壊してしまった。
「久し振りに会ったと思ったら…、勘弁してくれよ…」
「えへへ〜、おじゃましますぅ〜」
半壊した部屋の惨状にガクッと肩を落とすタクトだが、この惨劇を生み出したネムレはへら〜っと笑いながらタクトの部屋へと上がり込んだ。