【 再認識と決意 】
ーーー
戦闘訓練の授業が終わり、ガイとアックスとサラは地下にある客間へとやって来ていた。
ガクッーー
「おいおい、大丈夫かよ。結構無茶しやがったから無理もねぇが、お前がそんなになるなんて珍しいじゃねぇか」
「え、えぇ。すみません、もう大丈夫です」
客間に入った途端に膝から崩れ落ち 倒れ込みそうになるガイをアックスが支えると、ガイはゆっくりと立ち上がり 自力でなんとか椅子に座った。
「ご無理をさせてしまい申し訳ありませんでした。今、フレド先生に心力が回復する料理を取りに行っていただいていますので、もう暫くお待ち下さい」
「すまねぇなサラ様。ちなみに、その料理は俺の分もあるのか?」
「はい、もちろんです」
客人であるガイとアックスはMSS非感染者である為、学園内の客室ではなくMSSの効力が無効化される地下の客間でもてなしの料理を振る舞う予定であったが、戦闘訓練授業で想定以上の心力を消費してしまったガイを回復させるために、予定していたもてなし料理は中止し、急遽 回復料理を用意する事になった。
しかしサラは、ガイの疲労を訓練場に居る時に察していたので、客間へ向かう前に既にフレドへ念話で買い出しを頼んでおり、現在フレド待ちの状態である。
ーーー約10分後。
「おまたせしました!買ってきましたよー」
両手に大量の袋をぶら下げたフレドがようやく客間へとやって来た。
「ご苦労様ですフレド先生。だいぶ時間が掛かりましたね」
サラの予定では後5分は早く到着するであろうと思っていたが、予定より遅く到着したフレドに多少厳しい視線を向けた。
しかし、フレドは悪びれた様子を見せる事なく
「いやぁー、ネジリーさんの店に入ったら殺人的に良い匂いがして、ついつい自分の分も注文しちゃったんですよ。もちろん、皆さんの分もバッチリ買ってきましたよ!それにしても、ネジリーさんの奥さんはやっぱり美人でーーー」
「そうですか、フレド先生はもう上に戻って下さって結構です。お疲れ様でした」
ニコニコしながら饒舌に話すフレドからタコ焼きの入った袋を奪い取り、サラはフレドにさっさと出て行けという視線を向けた後、ガイ達の方へと戻って行った。
フレドは少しの間固まっていたが、もう自分がやることは無いと把握し 肩を落としながら客間を出て行った。
「お待たせして申し訳ありませんでした。まずはこちらをお食べください」
サラがフレドから受け取った袋からは、巨大なタコが湯気を立てながら顔を出していたが、サラがガイに差し出したのは飴玉サイズの綺麗なタコ焼きだった。
それを見たアックスは「え?そっちのデカイのじゃないの?」とでも言いたげな表情だったが、ガイはサラの指示に従い小さなタコ焼きに手を伸ばした。
「すみ、ません……いただきます」
ーーーパクッ
元々アックスのような健康的なタイプではないが、心力の使い過ぎで普段より青白い顔をしていたガイ。
しかし、小さなタコ焼きをパクッと口に入れた瞬間、スゥっと顔に生気が戻ってきた。
「これは…すごいですね。味もさる事ながら魔力と心力が同時に回復していくとは…」
「おっ?ガイがそんな顔で飯を食うなんて珍しいなっ!そんなに美味ぇのか?よっしゃ、俺もいただくとするか!俺はそっちのデカイのが食いてぇな!」
「私は結構ですので、どうぞ遠慮なさらずお食べください」
ーーー
ー
「ぷはぁー、こんな美味ぇタコは初めて食ったぜっ!」
「お待たせしてすみませんでした。素晴らしい食事でした」
ガイとアックスは食事を終えサラにお礼を告げると、サラは2人に食後の紅茶を淹れて渡した。
ネジリーのタコ焼きは2人の口にも合ったようで、食事前よりも表情が明るくなった気さえする。
「それにしてもよ、やっぱりここのガキ共はレベルが違ったよなぁ」
「そうですね。中でも目を引いたのはやはりAクラスの子達ですね。初撃の時点ですぐに私へ殺気を向けて来た生徒も居ましたからね。あれを止めてくれたのは、サラ様ですよね?」
「お気付きでしたか。はい、クラス委員長のチェルチさんと風紀委員のハイナさんはすぐに状況を理解したようで、魔獣を発生させているガイさんをターゲットにしていましたので、念話でこちらへの攻撃はしない事と他の生徒には何も言わないようにと伝えました。
その後も何名か途中でガイさんを狙おうとしていたので、同様に。」
「はぁー、すげぇな。うちの軍の奴等にも見習わせてぇくらいだぜ。でもアイデンに関しちゃまだまだ成長途中って感じだったよな。まぁ成長途中であんだけ強けりゃ十分 化け物みてぇなもんだけどな」
ピクッーー
3人は先程の戦闘訓練の話をしていたが、アックスがそう言った瞬間、サラが一瞬だけ目尻をヒクつかせた。
「アックスさん、悪気が無い事は理解しておりますが、アルバティル学園では生徒達の事を『化け物』と呼ぶのはやめていただけますか?」
「あ、あぁ。すまねぇ」
サラの言う通りアックスには悪気など全くなく、むしろ強さを褒める意味で言った言葉であったが、それはこのアルバティル学園では絶対に言ってはいけない禁止ワード。
MSSという望まぬ力を手に入れて迫害を受けた子供達の古傷を抉ってしまう可能性が非常に高い言葉である為、サラを含めた教員達、それに学園島に住む大人達は全員が絶対に言わないようにしているワードの1つである。
その事を失念していたアックスの失言。
サラは、やめていただけますか?と疑問符を付けて言っていたが、そこにはお願いではなく警告の意思が含まれているとアックスは瞬時に理解し、冷や汗を垂らしながら頷いた。
「いえ、ご理解頂き感謝します。それと今後なのですが、今朝伺った通り 今後も引き続き戦闘訓練にご助力頂けるという事でよろしいでしょうか?」
「はい。大恩あるサラ様に少しでも恩が返せるのであれば喜んで…と、言いたいところなのですが、本当に我々でよろしいのですか?
モーリス王に聞いた事なのですが、アルバティル学園はセントクルス王国と親交が深く、高等部の2年になると セントクルス正規兵から戦術指南を受けると伺っています。
認めるのは少し癪ですが、正直に申し上げて今のセントクルス軍は我々よりも格上です。
下手に我々が教えて、変な癖などがついてしまうと来年以降 生徒達の成長に支障が出るのでは?」
今回、アックスとガイが戦闘訓練の特別講師としてアルバティル学園にやってきたのは、他でもないサラからのご指名があったからであった。
以前、ヌエン村が魔獣に襲われた時アックスが大怪我を負い、消えかけたアックスの命を救ったのがサラとロキソ。
それから幾度もモーリス王やガイからサラ達に対して何かお礼をさせてくれと頼んでおり、それではという事で今回の特別講師を任せられた形であった。
小さなディミド小国にとってアックスの存在を失う事は致命的。その危機を救ったサラはディミド国にとっては大袈裟ではなく国の未来を救ってくれた大恩人であり、その恩が少しでも返せるのならばどんな願いでも受け入れる程の感謝の意があった。
しかし、恩を返したい相手の足枷になっては本末転倒。
そう思ったガイは謙遜ではなく、素直に思った事をサラに告げた。
「お気遣い感謝します。お二人も感じたとは思いますが、今の高等部1年A、Bクラスの生徒達は、潜在能力だけを見れば稀に見る才能を持った子達です」
「えぇ、確かにそれは感じましたが…」
サラの発言の意図がわからず、ガイは途中で口を閉ざし サラの次の言葉を待った。
「従来、セントクルス軍が戦闘訓練授業で行うのは主に能力の底上げと個々の役割に沿った軍事訓練、それとは別にもう1つ大きな意味があります」
「はい、それもわかりますがーー」
「訓練以外に?なんだそりゃ?」
サラはガイに対して説明をしようとしていたが、手持ち無沙汰になっていたアックスが口を挟んだ事で、ある程度話しの先を理解しているガイにだけではなく 物分かりの悪そうなアックスにも分かるような説明に切り替えた。
「それは、生徒達と接点を持つ事です。
ご存知かもしれませんが、アルバティル学園を高等部まで卒業した生徒は 様々な分野や国で重要な地位に就くことが多いですが、AクラスとBクラスに関しては8割の生徒がセントクルス王国に縁のある所で就職をしています。
その中でもA、Bクラスの生徒の進路で過半数を占めるのがセントクルス軍となっています。
ですので、戦闘訓練授業を通してセントクルス軍は将来的に有能な生徒を見定め、生徒達は将来の就職先であるセントクルス軍の軍人との繋がりを持つ。という役割も戦闘訓練授業には含まれます」
「はぁ〜、なるほどなぁ。さすがはエリート校ってとこか。でもよ、それがさっきガイの言ってたチキン発言となんか関係があんのか?」
アックスの悪気の無い暴言に、ガイは何も言わなかった。
長年の付き合いでアックスに悪気が無い事が分かっているというのもあるが、それ以上に ガイもアックスと同じ疑問があったからだ。
その疑問に対してサラは淡々と返答をした。
「はい、その場合には少なからず打算が入ってしまうからです。
もちろんそれが悪い事ではありません。
自分の力をアピールする事、周りとの差を見せつける事、自分の評価を上げる為に策略を練る事、大人になる過程では必要と言ってもいいでしょう。
しかし、今 生徒達にその感情は必要ありません。むしろ邪魔になります」
「ーーーーー」
サラがそう言うとガイはゴクリと息を呑んだ。
何故、自分達が指南役を頼まれたのかを理解し、淡々と話すサラの表面には表れない想いを感じたからだ。
アックスはともかく、ガイは己の力量を見誤ったりはしない。
それ故に、自分達が実力を評価されて指南役に呼ばれた訳ではない事はここへ来る前から理解していた。
だからこそガイは、恩返しをしたいと言ったディミド国の意を汲み取ってくれたサラがこちらの顔を潰さぬように配慮して今回の戦闘訓練授業の話を持ち掛けてくれたものだと思っていた。
そう解釈していたガイは、内情はどうあれサラの期待以上の働きをして恩返しするつもりでもいた。
しかし、ガイの考えは根本から間違っていた。
「そうでした……、サラ様、貴女は…」
サラの考えは始めから、いや、初めから一貫していた。
全ては生徒達を効率良く強くする為。
八英雄、鉄心サラ・ストイクトが行動を起こす時、
そこに大人の事情や温情などはない。
強くなる為、危機を知る為に不必要な打算が入ってしまう可能性が高いセントクルス軍は不要。
将来的に関わる可能性が低い小国の軍人であれば打算などの邪念が入らないうえ、恩があるガイ達の方が指示を出しやすくて適任。
分かりやすく、効率的で、人間味に欠けるサラらしい采配。
使えるものは使い、より効率が良い方を選択する。
恩を返したいディミド国側の都合も、恩情ではなく効率が良いから利用しただけ。
今でこそ、アルバティル学園のサラ先生などと言われているが、目の前にいるのは八英雄、鉄心サラ。
鉄よりも硬くて冷たい心を持つ、八英雄の女リーダー サラ・ストイクト。
ガイは、目の前にいるのが誰なのかを再認識していた。
しかし、そんなガイの内心をよそに、サラは真っ直ぐに2人を見据えながら
「それに、ガイさんは謙遜しておられましたが、個人の特別講師としてのレベルでは、お二人はセントクルス軍の方達よりも優れていると私は判断しました。
アックスさんの人を惹きつける真っ直ぐな声の力、ガイさんの《シミュレーション》の能力と慧眼、大変素晴らしかったです」と、
2人を称賛した。
その言葉は本心か、それとも最善の為に必要な方便か…。
サラの言葉の真意はともかく、英雄サラが称賛を送ったという事実は2人の心に熱を与え、表情は違えど アックスとガイの気持ちは1つになっていた。
「わかりました。サラ様の過大な評価と期待に少しでも応えられるよう、我々も尽力致します」
「だぁーはっはっはっ!命を救われたうえに、こんな美味ぇタコまでご馳走になっちまったんだ!それに、英雄サラ・ストイクト様にそこまで言われちゃ断る選択肢なんてねぇーってもんよ!俺もとことん付き合うぜっ」
やるからには徹底的に指導して、子供達を鍛え上げる。
それがサラへの恩返しであり、子供達の命を守る事だと、2人は改めて 今後の戦闘訓練授業への意義を胸に刻み込んだ。
ーーー
今後の話し合いも終わり、多少の雑談をした後 サラはアックスとガイをディミド城まで転移車で送り届けた。
ディミド城に着くと、ガイから帰国の報告を受けていたモーリス王が城の前でソワソワしながら待っており、転移車が視認出来ると一国の王とは思えない仕草で走り寄った。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。おぉ…、早朝に続き帰りまでわざわざサラ様が送迎をして下さるとは…。
サラ様、アックスは粗相をしたりしませんでしたでしょうか?ワシは心配で心配で朝からずっと胃が・・・」
まるでヤンチャな息子を上司のホームパーティーに1人で参加させた父親のような様子のモーリス王。
そのモーリス王にサラはお礼言った後、戦闘訓練でのアックスとガイは期待以上の働きをしてくれたと告げた。
サラからそう言われたモーリス王は安堵で腰が崩れ落ちそうになっていたが、アックスとガイが慣れた様子で肩を支えた。
待っていただけだが、モーリス王の心労が相当な物だったのは一目瞭然。
その様子を見たサラは、モーリス王への細かな報告はガイに任せ、早々に学園へと戻っていった。
学園に戻ったサラは担当している1-Aへと向かい、朝のHRの時とは表情の違う生徒達に帰りの挨拶を済ませると 学園長室へと足を運び、夜遅くまで雑務と話し合いを行った。