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光のタクト  作者: セカンド
魂の軌跡
154/165

【 スタートライン 】


魔獣が消え、再びガイが生徒達の前に立つと 先程までのどよめきが次第に収まっていった。



『はい、お疲れ様でした。いかがでしたか?突然魔獣に襲われた気分は』


ガイがそう言った事で、タクトは今までの魔獣騒ぎが授業であった事にようやく気が付いた。


周りを見てみると、タクトと同じ様に驚いている者も多くいたが、中には「やっぱりな」とでもいうような表情を見せる生徒も多数居た。



『クククッ。この短時間で思った以上に今のが授業だと気付いた方が多いようですね。ですが今回の授業内容は見抜く事が目的ではありません。では、結果発表をしていきましょうか』


ガイはそう言うと、両手に魔力を集めてそのまま訓練場の床に押し当てると眩しい光が訓練場全体に一瞬ピカッと放たれた。



一瞬の光が収まると、訓練場の床には大きな四つの四角形が描かれていた。



魔力で描かれた四角形が完成すると、ガイは指をパチンと鳴らす。



「っ!?なんだ?」 「うわぁぁっ!?」


「きゃっ、なになに!?」 「ウホッ!?」



ガイが指を鳴らしたのを切っ掛けにほとんどの生徒達が強制的に、描かれた四角形の中へと移動させられた。


移動が完了すると体に自由が戻ったが、先程ガイが結果発表と言っていた事で、これがその結果に関係する事だとなんとなく理解した生徒達はその場から動かずに待機していた。



『はい、移動は終わりましたね。もう分かっているとは思いますが、今君達が居るその四角形が今日の授業の本題です』


四角形の枠は四つ。


1番右の四角形には誰も入っておらず、その1つ隣の枠にはポンタルやルークを含めて20名程。


さらにその1つ左の枠にはヤンバルやBクラスの短気な男子生徒の取巻きを含めた80名程が入っており、タクトの居る1番左の枠には30名程の生徒が集められていた。


それとは別に、何名かの生徒だけはその枠のどれにも入っていない。



『枠に入っていない方は君達から見て1番右の枠の中へ移動して下さい』


ガイがそう指示を出すと、枠に入っていなかったイリアやチェルチなどが移動を始めた。


イリアと同じように1番右の枠に移動をしたのは、ハイナ、ミント、グルルといったAクラスの面々ばかりであったが、その中で唯一ララだけがBクラスの生徒でそこに移動していた。



『これで全員が分かれましたね。では今日の授業の解説と結果発表をしていきましょうか』


そう告げるガイの足元には、いつの間にかカマキリイタチやゴブリンが出現していた。



『先程君達が戦っていたこの魔獣達は、私のアイデン《シミュレーション》によって再現された偽物です。偽物ではありますが、性質 防御力 行動原理 弱点などは本物の魔獣と変わりありません。攻撃力に関しては気付いている方もいると思いますが完全に0です。しかし、想定ダメージは目に見える形で君達の身体に残っているでしょう』


ガイの言葉を聞いた生徒達は、今もなお自分の体に付着している黒い靄に視線を移して確認をした。


タクトも周りの生徒達と同じ様に、自分の腹部から背中にかけて付いている靄を見ていた。



『今回は能力を見る授業ではありませんので回復術ではその靄が消せない様に調整してあります。ですから、受けたダメージはそのまま残っているはずです。そして、ダメージの度合いは靄の濃さで分かるようにしてあります。

君達を4つに分けたのは、その為です』


そしてガイは視線をイリア達のいる1番右へと移した。


『まずは君達。君達は完全に無傷のまま今回の授業を終えました。誰かに守られた者、才能、経験、ただ運が良かっただけの人も居るかもしれませんが、君達は無事に魔獣災害から自分の身を守る事に成功しました』


自分の、という言葉を強調したガイは 続いて1つ左のポンタル達が居る枠に視線を向ける。


『君達は軽傷。治癒魔法や回復のアイデンを駆使すればまだまだ戦えるでしょう。軽傷である理由が、誰かを盾にして逃げ延びたのでなければですけどね』


嫌味を交えて話すガイが次に視線を向けたのはヤンバル達の居る枠。


『君達は重傷です。治癒魔法だけでは戦線に戻る事はおろか、日常生活に戻る事も難しくなる程の傷です。今回が授業ではなく本当に魔獣が攻めて来ていたのなら、君達は今後の人生を笑って暮らす事は不可能になっていたでしょうね』


そして、ガイはタクト達の居る枠へと視線を向けた。


『最後は君達。もう分かっているとは思いますが、君達の受けた傷のレベルは完全に致死量です。まぁ中には攻撃を受けた時にダメージがない事に気付いてノーガードで突っ込んでいた方も居ましたが、私が見ていた限りでは数名でした。それ以外の方は普通に死んでますね』



ガイの言葉を聞いて、生徒達は沈黙した。


訓練で良かった、などと浮かれる者は1人も居なかった。



『今回は回復を無効化しましたが、無効化していなくとも被害はさほど変わらなかったでしょう。いや、もっと増えていたかもしれませんねぇ。いずれにせよ、君達はたった1回の魔獣襲撃でほぼ壊滅です』


ガイはワザとらしくため息を吐きながらそう言ったが、ここでまたあの短気な男子生徒が声を上げた。


ちなみに枠はタクトと同じ致死量枠だ。



「でもよ…、俺達の中には回復や支援系ですげぇやつだって居るんだ!それで被害が今と変わらねぇってのは言い過ぎだろっ」


声を上げた男子生徒は全身に黒い靄が掛かっており、顔以外で無事なのは右脚だけであったが、言っている事はもっともだと思う者も多くいた。


回復でこの黒い靄が消えるなら、確かにもっと右の枠に偏るはずだと…



しかし、ガイはその男子生徒に鋭い視線を向けて首を横に振った。


『確かに回復が行き届けば状況は今とは違うでしょう。戦闘に関しても変化があったしれませんね。

ですが、最初の襲撃の時点で何名が攻撃を受けたか君は把握していますか?』


質問に対して返答をせずに黙ったままの男子生徒に向けて、ガイは話を続けた。


『半数です。傷の深さは大小ありますが、今、この場にいる半数が初撃で傷を負いました。その初撃で三枠目程度の傷を負った者が20名、致死量である四枠目程度の傷を負った者が8名です。もしもここで実際に流血があり、回復に回る者が増えれば戦闘は難航。さらに、重傷以上の傷を負った者は戦線を離脱。戦える者は減り、討伐はさらに困難になる。それでも今より被害は少なくなると言えますか?

私はアックス中佐と違って脳筋だけの愚者は嫌いです。君の愚かなその両目でよく周りを見てみて下さい。

今、君の周りに居る生徒達は、本来ならもう死んで そこには居ませんよ?』



「くっ・・・」



反論していた男子生徒も、今のガイの言葉には何も言い返す事が出来ず 悔しそうに歯を食いしばりながら沈黙した。



『では話を戻すとしましょう。今日の授業は初めに言った通り、今 世界で起きている現実を君達に知ってもらう事が目的でしたが……どうやらその目的は果たせたようですね』



冷たい汗を額に浮かべながら静かに話を聞く生徒達の表情を見たガイは、当初の目的がしっかりと果たせたと認識した。



『これでやっと、君達はスタートラインに立ったといえるでしょう』



その言葉を切っ掛けに、ガイの雰囲気が少しだけ変わった気がした。



『もう一度、周りの友人達を見てみて下さい』


ガイの言葉に導かれるように、生徒達はお互いに顔を合わせていった。



『今日の授業の事を忘れないで下さい。

そして、自覚して下さい。

大切な人が居るという事。その大切な人が生きているのが当たり前ではないという事』


ガイの表情は、最初の頃の様に捻くれた顔ではなくなっていた。



『君達はまだ若く、学生という立場ではありますが、守られるのが当たり前であるなどと考えてはいけない。

それは君達がアルバティル学園の生徒だからではありません。

誰もが、いつ何時、命を落とすかわからない最悪の状況になってきてしまっているからです。

自分の家族が、友人が、恋人が魔獣に殺された時、誰かを責めて救われますか?その人は帰って来ますか?』



決して声を荒げる事はないが、1つ1つの言葉には強い想いが込められていた。



『答えは否です。誰かを責めたところでそこに救いなどありません。当然死んだ人間が生き返る事もない。残るのは後悔と絶望だけです』



ガイの心声は聴こえて来ないが、MSSに頼る必要もないほどに想いは伝わっていた。



『思い知って下さい。今日の授業で起きた事をただの授業だと切り捨てるのではなく、現実に起こりうる事だと深く心に刻んで下さい』



言われるまでもなく、生徒達は今日の結果を真摯すぎる程に受け止めていた。


それはタクト達致死量枠の生徒も、イリア達無傷枠の生徒も同じであった。


これが授業ではなかったら、自分の身だけではなく大事な友達が命に関わる傷を負っていたという結果に歯を食いしばって悔しさを押し殺しながら実感していた。



『その悔しさや無力感を決して忘れないで下さい。私の授業はここまでです』


「ーーーーー」



生徒達は声を発する事が出来なかった。


想像でしかなかった魔獣災害を、擬似的とはいえ実際に体験し 実際に死んだわけではないが多くの者が致命傷に近い被害が出た事を、血ではなく黒い靄で再現された事で、言葉の通り身に染みて実感したからだ。



「くそっ……」



守れなかった、致命傷を受けた、回復魔法が効かない事でやれる事がなかった。


自分はなんて無力なのだと、痛感させられた。



項垂れる生徒達にそれ以上の言葉をかけることなく、ガイは後方へ下がっていった。


だが、ガイが下がったのと入れ替わる様に今度はアックスが一歩前に出て生徒達を見渡した。




『だぁーはっはっはっ!しみったれた顔してんじゃねぇよお前らっ!すげぇじゃねぇか!だっはっはっはっ!』


「ーーーーー」


アックスは我慢出来ないといった様子で大笑いしながら、悔しさに項垂れる生徒達に向けて称賛の言葉を叫ん…送った。



しかし、生徒達はそれに応える余裕どころか、アックスに視線を向ける気さえ起きなかった。



『わりぃわりぃ、いやぁーでも本当にお前らはすげぇぜ!そりゃあ致死量のダメージ受けたり、守られる事しか出来なかったり、守ってやれなかったりしてんだ、落ち込む奴がいるのはわかるがよ、お前らの実力は大したもんだよ!』


明るく話すアックスの後方では、ガイがやれやれといった顔で溜め息を吐いていたが、アックスはそんな事は気にせずに話を続けた。



『ほとんどが低級魔獣だったとはいえ、20才にもなってねぇお前らが魔獣をボコボコ倒してくのを見た時は正直震えたぜ!

大国の軍人は別にしても、田舎の軍人なんかと比べたらお前らの方がよっぽど強ぇよ!』



アックスは本心で言っていたが、生徒達の表情が明るくなる事はなかった。



その様子を見たアックスはニヤッと笑いながら


『なぁお前ら、もう一回 周りをよく見てみろよ』と言った。



生徒達は項垂れながらもアックスの言葉はしっかり耳に届いていたようで、ゆっくりと顔を上げて周りを見渡した。



しかし、何も変化はなかった。



先程と変わらず、周りには致命傷や重傷を示す黒い靄に覆われながら 自分と同じ様に苦い顔をしている生徒達がいるだけ。


ただただ自分達の無力の証を再確認させられただけの生徒達は、先程よりも苦い顔をして再び項垂れてしまいそうだったが、



『な?誰も死んじゃいねぇだろ?』



アックスがそう発言した事で、ハッと我に返った。


『落ち込むのも分かる、悔しいのも分かる。だけどよ、絶望ってわけじゃねぇだろ。まだ何も終わってねぇ。お前らはただ「絶望の疑似体験」をしただけなんだからよ』



「ーーーーーっ」



『本当にそうなっちまわねぇように訓練があるんだ!お前らが本当に絶望を味わうかどうかはこれからが大事だぞ!さっきガイも言ってたが、今日の感情は絶対に忘れちゃいけねぇ。

だが、それ以上に呑まれちゃいけねぇ。

今のお前らみたいに下ばっか見てたら、目の前にいる大切な奴が危険に晒されてる時に助けられなくなっちまうぞ?』



「ーーーーー」



『知ってる奴がいるかはわからねぇが、俺達の住む国にはなぁ ヌエンっていう小っせぇ村があんだよ。

ど田舎で何もねぇけど、いい村でな。

住んでる奴らも馬鹿みてぇに良い奴らばっかだったんだよ。

でもな、その村はたった10匹の魔獣の襲撃で人口が3分の1にさせられちまったんだ。

元々300人位しか居なかったのに、俺達が駆け付けた時にはもう200人くらいにされちまってた』


「ーーーーー」



『辛かった…なんて言葉じゃ言い表せらんねぇくらい辛かったぜ。顔見知りの奴が死んじまうのももちろんそうだが、死んじまった親に寄り添って泣いてるガキを見んのが耐えられんくらいキツかった。

俺は、あの日の事を絶対に忘れねぇ。

忘れねぇ…けど、あいつらはもう二度と帰ってこねぇ。

・・・お前らには、俺と同じ思いはして欲しくねぇ』



「ーーーーー」



『だから強くなれっ!魔法もアイデンも腕力も知力も、そして心もだ!強くなって損する事はなんもねぇ!自分だけじゃなく、ダチも家族も守れるくらい強くなれ!その手助けは俺達がしてやる!魔力や才能はお前らの方が上かもしんねぇが、俺達にはお前らの倍以上生きてきた経験がある。項垂れてる暇なんかねぇぞ!そんな暇があんなら、学んで、盗んで、吸収して強くなれ!わかったかぁ!』



「「「ーーーはいっ!!」」」



大きな返事をする生徒達の表情には、先程の様な下向きさは無く 覚悟と決意が宿っていた。







今、世界で実際に起きている魔獣災害を疑似体験したタクト達。


想像だけでは「魔獣は危険」「遭遇したらヤバイ」くらいにしかイメージ出来なかった授業前とは違い、普通に生活をしているだけでは決して知り得る事のない「魔獣に襲われた後の絶望」を知る事が出来た。


今ここにいるのが、一般の学校に通う子供達であったのならば、トラウマになったかもしれないし、逃げ出そうとしたかもしれない。


だが、ここにいるのはアルバティル学園AクラスとBクラスの生徒達。


今よりもっと幼い時期に絶望を味わい、乗り越えて来た絶望経験者達である。


ここには、逃げ出す者も、怯えて泣き出す者もいない。



最後に見せた表情の通り、生徒達は強くなる覚悟を 自分の胸に深く刻み込んだのであった。



こうして、本格的な戦闘訓練初日は終了した。







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