【 ガイの試練 】
アックスとサラの話しを聞いた生徒達は気を引き締め直し、授業内容の指示が出るのを待っていた。
短気なBクラスの生徒達も、陰険な雰囲気のガイとは違い 親方気質のアックスに対しては好感を持ったらしく今は大人しくしている。
この感じでいくと、アックスが授業を行う方が良いのは一目瞭然であったが、残念ながら次に口を開いたのはアックスではなくガイであった。
『ようやくまともに話しを聞く姿勢が整ったようですねぇ。では、今日はまず 自惚れ屋さんの君達に現実を教える授業を行いたいと思います』
ガイのトゲのある一言に額をピクつかせる生徒はちらほらいたが、先程の様に声を荒げる事はなく グッと拳を握りながら静かに座っていた。
その様子を見たガイは薄ら笑いを浮かべたまま生徒達を見回した。
『クククッ、アックス中佐でしたら何度でも同じ挑発に簡単に乗って来てくれるんですけどねぇ、君達はもう挑発には乗って来ないのですね、感心感心。
現実を教える と言いましたが、何を言っているかわからないでしょうから簡単に説明させて頂きますね』
ガイはオホンッと咳払いをした後、ニヤついた表情を消して真剣な表情に切り替えた。
『現実とは、今全世界で起こっている悲劇…魔獣被害の事です。多くの人が死に、多くの絶望を生み出している魔獣災害。君達はこれらが一体どういう状況なのか想像出来ますか?・・・と、聞いてみたものの、まぁ無理でしょうね。天災や戦争と同様に、実際に自分が被害に遭っていない事を想像するというのは非常に難しいですからね』
「・・・・・」
ガイが言っている事は、その通りであった。
嵐に見舞われて海難事故に合った人は悪天候の時に海に近付く事すら怖くなるというが、それを聞いただけの人は「怖いねぇ」と思うだけ。
戦争の悲惨さを経験した人は思い出すだけで身体が震えて古傷がズキズキと痛み出すというが、それを習った事があるだけの学生達は「自分達の時代に戦争がなくて良かったぁ」と思うだけ。
その事をここに居る生徒達は、心底知っている。
それは、ここがアルバティル学園であり、ここに居る生徒達全員が選別の大雨という 戦争に並ぶ程の悲劇を経験して来た当事者達だからであった。
実体験のない想像は、どれだけ深く考えてもリアルには程遠く あくまでも想像の域を出る事はない。
自分達が味わった選別の大雨による苦しみは自分達以外には決して理解出来ないと知っているからこそ、生徒達はガイの言葉に対して反論する事なく沈黙で肯定をする事が出来ていた。
『今起きている魔獣災害は非常にタチが悪い。天災のようにある程度の予想が出来る事はなく、戦争のように宣戦布告があるわけでもない』
ガイの話しに、生徒達は全員 真剣に耳を傾けていた。
「おろ?おろろ?」
「ん?どうしたんだグルル」
そんな中、グルルだけが何かに違和感を感じて辺りをキョロキョロ見回していた。
普段の授業では、授業の内容やわからない事に対しては積極的に行動したり質問したりするが、授業に関係の無い事で集中を切らす事はなかったグルル。
そんなグルルが珍しく集中を切らして、話をしているガイ以外の方へ視線を向けながら首を傾げている姿を見たタクトは 小さな声でグルルにどうしたのかと声を掛けたが、グルルは首を傾げるだけで返事はしなかった。
『食事中、授業中、就寝中、排泄中、デート中、時も場所も関係なく突然襲い掛かる魔獣の魔の手。農民も警官も妊婦もチンピラも、なす術もなく命を刈り取られている現状。ーーーこういった話しを聞かせると、たまに居るんですよねぇ。もしも自分がその場に居たら返り討ちにしてやったのに、とか言う輩が』
ピクッ、
話をしているガイの表情は変わっていないが、話の内容に合わせて雰囲気に圧が混ざり始めた。
それを敏感に感じ取った何名かの生徒達は自然と身体に緊張が走るのを感じていた。
『おそらく、君達の中にも何名かはそう思っている人が居るのではないですか?自分なら魔獣なんかに遅れを取らない、負けて死ぬような弱い奴が悪い…まぁそこまでとはいいませんが、もっと気を付けておけばよかったのではないか とか、メディアでもっと色々注意喚起をすれば助かったのではないか とか」
話を聞いている生徒達は、ガイから発せられる言葉にはイラつきに似た感情が含まれているように感じていた。
肌にピリピリとした緊張が伝わっているのも、ガイから溢れ出る怒りに近い感情を間近で受けているからだと。
しかし
それは大きな勘違いである事に、まだ誰も気付いていなかった。
『もしも、そんな風に思っているのなら・・・』
【あぁ…こりゃ良くても2割残るかどうかってとこかな、ガイの野郎は本当に性格最悪だぜまったく。わざと圧と挑発をしてガキ共の意識を自分に向けてやがる】
「ーーー!?」
ガイが話している途中で聴こえてきたアックスの心声に、タクト イリア ルークの3人がほぼ同時に顔を跳ね上げた。
『ここまで忠告と警戒を促した後であるならば、当然 問題ありませんよね?』
そして、タクト達3人は咄嗟に立ち上がってその場から飛び退き 他の生徒達に向けて大きな声をあげる。
「みんなっ!気を付けてっ!」
「何か来るぞっ!」
「ラ、ララを、守らないとーーー」
スパンッ、スパパパパンッーー
「キャァァッ!なにこれっ!?」
「下だっ!魔獣がいるっ、カマキリイタチが椅子の下にいるぞっ!」
MSSレベル3の3人が同時に大きな声で危険を告げると、生徒達は瞬時に結界を張ったり飛行魔法で空中に避難したりしていたが、事態を飲み込む速度には多少の差があった。
「うわっ!牙狼とゴブリンまでいるぞっ、どっから沸いてきやがったんだ!?」
「それよりライトオーガとヒトマネスープが厄介だ!ヒトマネスープには絶対触られるなよ!っつか何人やられた!?」
Aクラスの殆どはタクト達が声を上げた瞬間に行動をする事が出来ていたが、Bクラスの生徒達の中には何名か反応が遅れてしまい 魔獣の奇襲をもろに受けてしまっていた。
「あちらでは何名か負傷者が出てしまったようですわね…、こちら側はイリアさん達のおかげで誰も重傷を負った様子はございませんが・・・」
「あ、危なかったぁ…、マジ危機一髪だったよ、シャイタクマジありがとうね!」
反応の速度の差は個々の能力の差もあるが、それとは別に レベル3のタクト達との関わりの深さの違いもあった。
魔法やアイデンとは違い、MSSは他人の心をダイレクトに理解をする事が出来る為、対人の場合に限り 相手の先制攻撃や戦術を完全に先読みする事が可能。
その事は誰もが理解しているが、普段から同じクラスで接しているAクラスの生徒達に比べ Bクラスの生徒はMSSレベル3というよりもタクト達の事をよく知らない為 瞬時に指示を飲み込む事が出来なかったのがコンマ数秒の遅れを招いた原因であった。
「おおー、いぱーい出て来たおー!みんなわちゃわちゃしてるんやおー!もひひー」
「ヤハハッ!なんや急におもろなってきたやんけっ!よっしゃ、ほないっちょワイがしばき倒したるわぁぁっ」
突然の魔獣襲撃に困惑しながら結界で身を守る者、意気揚々と魔獣に向かって行く者、組み慣れた者同士で連携を取りながら討伐を始める者、他を守る為に支援魔法を行使する者。
そして、それを静かに見守るガイ達。
アルバティル学園の広大な訓練場の中で、生徒達と魔獣の乱戦がはじまった。