【 知らされる現実 】
突然聴こえるようになったアックスの心声にとまどい、タクトとイリアとルークはお互いの顔を見合わせた。
互いが互いに驚いた顔をしている事で、アックスの心声が3人共聴こえるようになった事は言葉を交わす事なく確認できたが、逆に言えばそれだけしかわからなかったとも言える。
見知らぬ軍人による罵倒から始まり、生徒達の反抗、アックスと名乗るドワーフのような男の咆哮、MSSの誤作動、と あまりにも色々なことが急に起きてしまった為、思考以外の行動を取る事が出来ないタクト達。
そんなタクト達に向かって、大声を張り上げた張本人であるアックスが片手で頭をボリボリ掻きながら口を開いた。
『あー、なんだ、いきなりデケェ声出しちまって悪かったな』
【ったく、何をイライラしてやがるんだ俺は。悪いのはこいつらじゃなくてガイのアホンダラだってのによぉ】
大きな怒号を響かせた直後の謝罪に、生徒達は困惑し 沈黙のままアックスを注視した。
いきり立っていたBクラスの男子達も、それ以上アックス達に詰め寄る事はせず その場で立ったままアックスを睨みつけている。
『おいおい、そんなに睨むんじゃねぇよ。悪かったっつってんだろ?まぁガイの口の悪さは折り紙付きだからなぁ、ムカつくのもわかるけどよ』
【俺も週7でガイにはネチネチ言われてっからな、こいつらのイラつきもわからんでもない】
アックスの言葉を聞き、生徒達は多少気持ちが落ち着いたような気がしていた。
それは、他の生徒達には聴こえていない心声を聴いたタクト達も同様であった。
『だけどなぁ、ムカつくけどガイの奴が言った事はなんも間違っちゃいねぇ。お前らは足りてなさ過ぎる』
「なんだとこのヤーーー」
『だぁぁ、待て待て!気の短ぇ野郎だなお前ぇは。まぁそういう奴は嫌いじゃねぇけどよ』
先程話していたガイとは見た目も話し方も雰囲気も真逆なアックスだが、ガイの言った『足りていない』という言葉を肯定し、その言葉を聞いたBクラスの男子生徒がまたしても食いつこうとしたが、アックスはそれを制止して話を続けた。
『ここにいるお前ら全員がそこら辺の学生なんかとは比べ物にならんくらいの魔力を秘めてるのは見てすぐわかった。それこそ魔力の強さだけなら俺やガイなんかよりもよっぽどデケェのを持ってる奴がゴロゴロいる・・・。だけどなぁ、デカい力を持っていたとしても、覚悟や経験が足りねぇと力なんてクソの役にも立ちゃしねぇ』
アックスの声は相変わらず大きいが、どこか包み込むようなおおらかさのある声で、生徒達は自然とアックスの言葉に耳を傾けていた。
『本来ならまだまだガキのお前らが色々足りてない事なんて当たり前だ。だからそれをこうやって指摘する必要もねぇし、それ自体が悪いなんて事は全くねぇんだ。俺だって本当はお前らみたいなガキ共にこんな事を言いたかねぇし、やらせるなんて反対だったんだけどな…。そうも言ってられんような世界になってきちまってる』
アックスはやるせなさと怒りと申し訳なさを噛み殺すような表情でそう言ったが、生徒達は不思議そうな表情をしながらザワつき始めた。
その理由は単純なもので、アックスが何を言っているのか分からなかったからだ。
それはタクトも同じであった。
学園島ではそもそも魔獣騒ぎが起きていないというのも大きな理由の1つだが、もっと明確な物で言うなら ニュースなどでも特に変わった報道がなかったからだ。
黒い雨に対しては、発見した場合には速やかに避難と通報をする事を呼び掛けているが、被害報告などはなく、犯罪などに関しても小悪党の逮捕報道があるくらいな物で、世界を震撼させる様な何かが起きたなどと報道されるような事はなく、アックスが今喋っている事と生徒達の認識には温度差があり過ぎるのが原因であった。
『まぁそーゆう反応になるわな。俺達みたいに軍にいる奴等は別だが、そうでない奴等には必要以上の混乱を避けるために伝えられていない事だし、報道でも警戒や注意喚起はしてるが最近の被害状況とかは民達に伝わらないように規制してるらしいからな』
生徒達の不思議そうな表情の理由をアックスは的確に理解しており、本来なら伝えなくてもいいはずの事を まだ学生の生徒達に伝えなくてはならない今回の授業に小さく溜め息を吐いた。
『こっからは他言無用な話だが、今俺が知ってるだけでも既に魔獣に襲われた国は12ヶ国。細かい数字は知らねぇが、襲われた街や村は50を超えてるし 死んじまった奴は万を軽く超えてる』
「なっ!?嘘だろ!」
「そんなのニュースでもやってなかったですよっ!」
「そこまで被害が出てるなら、いくら報道規制されてたって伝わらないはずないでしょ!わたし、セントクルス中心街から通ってるけど あっちでもそんな話し聞いてないわよ!」
黒い雨の事も魔獣騒動の事も知ってはいた生徒達だが、予想よりも遥かに大きな被害が出ていると聞かされて動揺よりも疑惑が膨れ上がり、それまで静かに話を聞いていた生徒達も騒ぎながらアックスに反論しだした。
コツッ、
騒ぎ出した生徒の数が多く、収集が付かなくなってしまうと思われたが、その様子を見ていたサラが一歩前に出てきた事で騒ぎが爆発する前になんとか鎮火。
そしてサラは、どよめきの残る生徒達に向けて
『事実です。報道規制の決定を行った4大陸会議には私も参加していましたので。それに伴い各国の軍は広域に派遣され、被害が起きた際には迅速に魔獣の殲滅と情報の閉鎖を行なっています。幸いと言っては語弊がありますが、ここ学園島ではまだ黒い雨が確認されていない事と、みなさんと関わりの深いセントクルス王都付近の街では英正ジャスティンが目を光らせていましたので魔獣被害は未然に防がれています。ですので、ニュースでしか情報を得る事のないみなさんが魔獣被害について知らないのも当然です』
と、アックスが言った事は事実であると伝えた。
「ーーーーー」
淡々と話すサラの言葉は、生徒達を黙らせるのに充分な効果を発揮した。
見ず知らずのアックスから聞くのと 普段から絶大な信頼を得ている身近な教師であり英雄であるサラの言葉では信憑性や重さが段違い。
結果、生徒達に疑問を抱かせる事なく事実を飲み込ませた。
しかし、事実を事実として理解は出来ても、実感するまでには時間が掛かるのも当然。
それでも、生徒達がゴクリと息を飲み込む程に戦慄出来たのは、やはり優秀な卵だからであるからに他ならないだろう。
『なんだよなんだよお前ら。俺が言った時には疑いまくってたクセに英雄様が言ったらすぐに信じて深刻な顔になりやがって。さっきまでの威勢はどこ行ったんだぁ?』
【まったく、なんてガキ共だよ。噂以上にとんでもねぇのが揃ってんな】
サラの言葉に呑まれてしまっている生徒達の意識を切り替えさせる為に、アックスは大袈裟に呆れた表情を見せてそう言いながら場の空気を多少和ませつつ、視線をサラから自分へと移させた。
『まぁなんだ、正直お前らの反応には驚いたし感心もした。俺はてっきり 鼻で笑いながら信じられない〜とか言って 現実を見ようとしないんじゃねぇかと思ってた…。でもお前らの表情は違う。今起きてる想像もつかないような魔獣災害を必死に想像して、冷や汗を垂らしてる。それは中々出来る事じゃねぇ。さすがは世界最高峰と名高いアルバティル学園の中でも精鋭って言われてるクラスなだけはあるじゃねぇか!』
【……だけどそれは、こいつらが真っ当な生き方をしてこなかったって証拠でもある…。つれぇなぁ】
アックスの言葉は、本心であった。
それはレベル3感染者のタクト達はもちろんだが、前列にいるレベル2感染者にもしっかり伝わっていた。
それだけではなく、MSSが届かない生徒達も皆 自然と気を引き締め直した表情に切り替わっていった。
『よぉーし、良いツラになったな!じゃあ改めて挨拶させてもらうぜ。俺はアックス、今日からしばらくの間 毎日お前らの戦闘訓練を見てやる!手加減は一切するなってサラ様から言われてっからな、俺も今からお前らの事は学生じゃなく軍人だと思って指導していく、泣いて逃げ出すんじゃねぇぞぉぉ!?』
「「はいっ!よろしくお願いしますっ!」」
こうして、ディミド国から来た軍人アックスと軍師ガイによる特別戦闘訓練授業は始まりを迎えた。