【 無知 】
「ほなまた明日なぁ!」
「おおー!やんけばばーい!」
セルが学園に来なかった事以外は特に変わった事がなく、1日の授業が終了。
セルが無断欠勤するなんて珍しかったのでメールを送ってみたのだが返信はなかった。
しかし、全く情報がないというわけではない。
というのも、昨日の夜遅くにイリアの家にセルが花を買いに来たらしいのだ。
その時の様子をイリアに聞いてみると、イリアは「セルス君が花を買いに来てくれたのは初めてだったから少し驚いちゃったけど、セルス君の雰囲気はいつもと変わらない感じだったと思うよ。あっ、でもなんか『遂に俺も大人の階段を登る時が来たのかもしれない…ふふふふふ』って言いながら笑ってたけど、うーん…やっぱりいつも通りだったと思う」と言っていた。
昨日のウラルさんへの態度の事があったのでセルの事が多少気にはなってはいたが、イリアから今の話を聞いた事で 俺は無駄に気を遣いながらセルを待っていた自分がアホらしくなってしまい、それからは意識的にセルの事を頭から除外して授業に集中した。
それにたった1日学園を休んだだけで気にしすぎるのもよくないしな。
「帰るか…」
「パーパ、帰ったらいっしょにお風呂でアワアワするんやおー!」
ーーー
家に着くと俺はいつも通りグルルと2人で夕飯を済ませてから一緒に風呂に入り、日課の筋トレと練度上げをして寝る準備を済ませた。
「明日も学園だからそろそろ寝るか。グルルも本ばっかり読んでないで早く寝ろよ」
「わかたおー!おやんみすると明日になるんやおー。明日もパーパとガクエンいくおー!」
最近では絵本だけではなく、文字しかないような本も楽しそうに読むようになったグルルを隣の部屋まで送り、おやすみの挨拶を済ませて自分の部屋に戻ろうとしたのだが、
「パーパ、おやんみすると明日になるんやおね?」
と、何に疑問を持ったのかわからない質問をされてしまい足を止めた。
「ん?そうだぞ。寝て起きたら明日、明日の次は明後日。そうやって1日ずつ進んでいくんだ」
「おー?おろろ?」
グルルの問い掛けに俺はそう答えたのだが、求めていた答えと違ったのか グルルは大きな目をパチクリさせながら首を傾げた。
「明日にはおやんみで行って、昨日にはどーやっていくお?ずっとおやんみしなかったら、ずっと今日なんやお?」
「・・・あぁ、そういう疑問か。ごめんなグルル、俺の教え方が悪かった。感覚的に分かり易いと思って曖昧に教えてたけど、寝たら明日になるなんて言ったら余計に分かりにくくなるよな」
計算や魔法などは学園の授業で習っているが、こういう一般常識などはいくら復習授業が多かったとはいえ高等部の授業では教わらないので、家では頻繁にこの様な質問をグルルから受ける事がある。
今日のグルルの疑問は『時間』についてのようだが、グルルの疑問を聞いて俺は自分の教え方が悪かった事に気付いたので、部屋に備え付けられている時計とカレンダーを使って少しだけ時間についてグルルに詳しく教えた。
俺が時間という一方通行の概念について説明をすると、グルルは時計の針を指で強制的に逆回転させたりして昨日に向かう方法を試行錯誤していたが、どうやっても時間を戻す事は出来ないと教えると いつもと同じ様に「ほほー」と言って納得し、そのままベッドに入って眠りについた。
パタンッ
小さな寝息をたてながら穏やかな表情で眠るグルルの顔を少しだけ眺めた後、俺も自分の部屋に戻ってベッドで横になった。
「(昨日への行き方か…)」
ベッドに入って目を閉じた俺は グルルの子供ならではの疑問を思い返していた。
昨日に行く…それはつまり過去に行くという事。
一度は誰でも考えるし、可能ならば戻りたいと思うだろう。
もちろん俺だって何度も思った事はあるし、やり直したい過去なんて数え切れないほどある。
最近でいうなら、そうだなぁ…、沢山の人が居る校庭でマキナが俺にバカアホロリコンと叫びやがった少し前に戻って阻止したい、とかかな。
まぁ1番戻りたいのは何時かと言われれば、迷う事なく俺は子供の頃に戻ってイリアをーーー
だが、過去に戻る方法などない。
そんな事は常識中の常識なので今更 時間遡行の魔法とかないかなぁ、なんて無駄な事を考えたり探したりする事もない。
世の中には数え切れないくらいの魔法やアイデンがあるが、どれだけ高スペックな能力でも1秒過去に行く事すら出来ないのが現状なので、それがこの世の理なのだろう。
教科書に載るようなジーニアススキル持ちの偉人達ですら、時間を戻す能力を持った人は今までに1人も居ないのがいい証拠だ。
だからという訳ではないが、今日が終われば明日になるのは当たり前の事。
・・・でも、それを当たり前だと思うようになったのは いつからだったのだろう。
疑問は人を成長させると 何かで聞いた事があるが、グルルの…というか子供の成長が早いのは見るもの全てが疑問だらけだからなのだろうか。
「(って、なに大人ぶった事考えてるんだ俺は。俺だってまだまだ知らない事だらけの子供だってのに……もう寝よ。)」
寝て起きれば明日になる。
そして明日になればきっとセルは何事もなかったように学園に来るだろう。
セルに会ったらとりあえず文句を言ってやろう。
人が気に掛けてるってのにメールの返信もしないで大人の階段がどうとか言ってる奴には小言の1つや2つぶつけてやらないとな…。
ーーーーー
ーーー
ー
しかし、翌日になってもセルは学園に姿を見せず、着信もメールの返信もないまま 昼休憩の時間になってしまった。
さすがに気になった俺は、弁当を早めに食べ終えて職員室に向かい サラ先生を訪ねる事にした。
ガラッーー
「失礼します、サラ先生居ますか?」
「シャイナス君、貴方が昼休憩に職員室へ来るなんて珍しいですね。どうかしましたか?」
「あの、サラ先生。セルと連絡が取れないんですけど、何か知りませんか?」
俺がそう質問をすると、サラ先生は黒縁眼鏡をクイっと押し上げ 少しだけ俺の顔をジッと見つめた後「セルス君には黒い雨について調査を依頼しています」と答えてくれた。
「黒い雨……。あぁ、そうか」
それを聞いた俺は、セルが大図書館で毎日何かを調べていると言っていた事を思い出した。
生徒会の仕事という事だったので今までセルに何を調べているのかとかは聞いた事がなかったし、セルから説明してくる事もなかったので知らなかったが・・・。
そうか、セルは黒い雨について調べてたのか…。
そういえば大図書館はたしか2階フロアまでは携帯電話などの持ち込みが可能だが、3階フロアからはそういった機器や魔機の持ち込みは禁止だったはず。
もし、調査の為に大図書館の3階以上のフロアで缶詰め状態になっているのなら、セルから何の連絡がないのも理解は出来る……でも、それならなんでイリアの家に花を買いに来たんだ?
まぁ何はともあれ、セルが学園を休んでる理由はわかったからいいか。
「昼休憩中にすみませんでした、サラ先生ありがとうございました」
俺はセルの現在状況を把握出来た事でひと安心し、サラ先生にお礼を言ってから教室に戻ろうとしたのだが、職員室から出ようとすると今度はサラ先生が俺を呼び止めた。
「シャイナス君、もしもセルス君から連絡があれば・・・いえ、なんでもありません。さぁ教室に戻って午後の授業の準備をして下さい」
「・・・?」
サラ先生が何を言いたかったのかは分からなかったが、俺が疑問を口にする前にサラ先生は机に置かれている大量のプリントを仕分けする作業を始めてしまったので、俺は仕事の邪魔をしてはいけないと思い それ以上は何も聞かずに教室に戻った。
何となくモヤモヤした気持ちは残ってしまったが、音信不通だったセルが何をしているのかは分かったので 疑問と安心の割合では安心が上回った事で俺の気分は今朝よりは晴れやかになっていた。
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それからは、いつもと変わらない日が続いた。
授業を受け、友人達と談笑し、家ではグルルと遊んだり一緒に本を読んであげたり。
週末にはイリアも誘って3人でグルルの服を買いに行って、帰りにネジリーさんの所で食事をした。
母さんは相変わらずほとんど家に居ないので家事や掃除などもグルルと2人(たまにイリアも手伝いに来てくれるが)でやっている為、繰り返しの毎日ではあるが なんだかんだでやる事が多く、1日1日が早く過ぎていった。
そんな毎日の中でも もちろん手が空く時間はあるので、手が空いている時には普段はあまり見ないテレビを見たりして黒い雨について調べたりしていたが、ニュースなどでは注意喚起をしているだけだった為 最近では特に大きな被害は出ていないだろうという事くらいしかわからなかった。