【 初めての戦闘訓練 】
4時限目の開始を告げるチャイムが鳴り、サラ先生が訓練場に入ってくると訓練場内からは雑談が止んでいき、AクラスもBクラスも授業モードへと切り替わった。
「では、これより戦闘訓練の授業を始めます。選択授業で戦闘訓練を受けた事のある生徒も居るとは思いますが、この授業はその更に先の授業になりますので、まずは簡単に説明と注意事項についてお話しします」
元々選択授業で戦闘訓練を好んで受けていたヤンバル達も、今のサラ先生の一言で少し気を引き締めたような顔をしている。
「まず、この授業では対人 対魔獣を想定した戦闘訓練も行いますので当然怪我をする場合もあります。Bクラスの生徒及び保護者の方には事前に説明と承諾を済ませてありますが、Aクラスの生徒も戦闘訓練不参加の報告がありませんでしたので今を以ってこの場にいる全員が承諾したものと致します」
戦闘訓練を受けると決めた時から、怪我などはあるだろうと思っていたし覚悟もしていたが、改めてそう言われると緊張が増してしまう…。
そう思ったのは俺だけではないようで、生徒の何人かは暑さとは違う汗を額に浮かべていた。
「次に授業内容ですが、初めは選択授業でも行なっている魔法の基礎を実演形式で行う授業がメインになります。それと並行してアイデンの系統に分かれて実戦での役割も学んでいただき、時期を見て戦闘も行なっていきます。それから、他国から戦術指南をしてくれる方が来て下さる予定もありますので その際は失礼の無いようにお願いします」
サラ先生が話す授業内容を聞いた生徒の反応は様々だった。
元々選択授業で戦闘訓練をやっている生徒達は『なぁんだ、そーゆー授業か』とでもいうように気が抜けた表情になり、そうでない生徒も内容が多少分かって緊張が解けたようだ。
それとは別で、ヤンバルやグルルは早く授業を受けたいのかソワソワしながらもワクワクした顔でサラ先生の話を聞いており、俺はというと…そのどれにも当てはまらず、まだよく理解していない顔をしていると思う…。
「説明は以上ですが、最後に1つみなさんにお伝えしておきます」
終始淡々とした語り口で説明をしていたサラ先生が、一拍置いて俺達全員を見回した。
「この授業を受ける事が出来るだけの能力を持っている事が、AクラスBクラスの基準として今回のクラス替えを行いました。分かりやすく言うのであれば、貴方達はアルバティル学園高等部1年の精鋭という事になります。その事を自覚し、誇りと責任感を持って授業を受けて下さい。みなさんの成長を期待しています。では、私からは以上になります」
サラ先生は首だけで小さくお辞儀をすると、そのまま訓練場を出て行き、サラ先生と入れ替わりに他の教師が2人入って来て、AクラスとBクラスに分かれるように指示を出した。
「それでは戦闘訓練の授業を開始する!近くに居る5名でグループを作れ!」
先生からの指示を受けた俺達は、言われた通りに近くにいる生徒と5名のグループを作り 次の指示を待った。
ちなみに俺のグループは俺、セル、イリア、ルーク、それからいつの間にか側に居たウラルでグループを組んだ。
「よーし、スムーズにグループを作れたな。さすがはAクラスとBクラスってところか。じゃあ早速始めるぞ」
こうして始まった初めての戦闘訓練授業。
初日に行ったのは属性防魔のスイッチ実技だった。
グループの内、1人を4人で四方から囲み 予め決めておいた属性低級魔法を3秒毎にランダムで真ん中の1人に向かって放っていき、真ん中の1人はその場から動かずに属性防魔を展開して防ぐ。
魔法を放ってくるのは3秒毎に1人だけなので簡単に思えるかもしれないが、慣れるまではこれがなかなか難しい。
とはいえ、放たれる魔法は誰がどの属性か予め決めてあるのでコツさえ掴めば読書をしながらでも防げるようにはなるし、俺は日頃から寝る前の練度上げの自主練をしている時についでにスイッチの練習もしているので難なくこなす事が出来たし、俺達のグループでこの実技に苦戦する人はいなかった。
授業の難易度が思ったよりも低かった為、多少の余裕が出来た俺は、グルルや他のみんなはどんな感じなのかと周囲の様子を見てみると、やはり目立っているのはヤンバルやグルルが居るグループだった。。。
「ヤハハハハハッ、もっとバシバシ撃ってきぃや!3秒なんいらへん、全員同時でもええんやでぇーーーってグルル、そらモエルやなしにドライやないかいっ!ワイの青春の汗が乾いてまうやんけ!ヤハハッ」
「ヤンクエ…もっと静かにやろうよ。マジみんな見てるって。マジ恥ずかしいから…」
・・・まぁふざけて授業を受けている訳ではないし、やっている事は今俺達がやっている3秒スイッチよりも遥かに高度な事なのだが…目立ちすぎだ。
でも、様子を見る感じだとグルルもしっかりこの授業についていけている様なので、それは良かったと思い 俺は悪目立ちするヤンバルから視線を外し 再びスイッチの実技に集中した。
「次はわたくちでございまつね。では皆たま、よろちくお願い致ちまつ」
順番に真ん中の1人が代わっていき、もう何周目になるかわからないが次はウラルが真ん中の番。
真ん中に立つウラルへ向けて、まずは俺が火の低級魔法モエルを放つーーーパキンッ。
俺がモエルを放ってから3秒後にイリアが水の低級魔法ヌレルを放つーーーパキンッ。
それの繰り返し。
俺達のグループは基本的にみんな授業も自主練も真面目にやっている面子なので、この程度のスイッチ実技なら誰がやっても大差ないはず…そう思っていたのだが、ウラルだけはスイッチのスムーズさが桁外れに綺麗だった。
低級の防魔を展開するだけなので無詠唱なのは当たり前なのだが、水の防魔から地の防魔に切り替える時の動作などに一切の無駄がなく、ウラルはまるで呼吸をしているだけの様な自然さで属性を切り替えていった。
ーーー
ー
「本日の授業はここまで!解散っ」
「「「ありがとうございましたっ」」」
初めての戦闘訓練はスイッチ実技だけで終了し、先生の解散の掛け声が訓練場に響き渡ると 生徒達は大きな声で挨拶をして訓練場からぞろぞろと出て行き、俺もその流れに乗って教室に戻る事にした。
「パーパご飯の時間だおー!ぐるるお腹すいたまじおー!」
別のグループで授業を受けていたグルルを迎えに行こうとしたら、グルルの方からこちらへ駆け寄って来て、それに付き添うようにヤンバルとポンタルも俺達と合流した。
「あ、あぁ…。なんかどんどん言葉遣いがおかしくなってくな…まぁいいか。じゃあ戻って飯に・・・ん?」
グイッーー。
グルル達と合流したので、そのまま訓練場を出ようと足を進めた直後、背後から誰かに呼び止められるように手を引っ張られた。
手を引かれた事で足を止めた俺は、呼び止めたのは誰なのか確認する為に振り返ると 半仮面の不思議少女ウラルがジィーっと俺を見ながら俺の手を掴んでいた。
「ウラル…さん?どうしたんだ?」
ウラルから誰かにコミュニケーションを取るところを見た事がなかった為、まさか俺の手を掴んでいるのがウラルだとは思ってもいなかったので、少し動揺してしまった。
「突然お手に触れてちまい申ち訳ございまてん。よろちければ、わたくちもタクトたま達とおちょく事をごいっちょたてて頂けないでちょうか?」
「・・・?昼飯を一緒に食べようって事か?」
「た様でございまつ」
舌ったらずで聞き取りにくい言葉を発するウラルは、顔の半分を仮面で隠している事も相俟って表情が読み取りにくく、何を言っているのか解読するのに数秒掛かってしまったが、、、どうやら俺達と一緒に昼飯を食べたいという事らしい。
俺は別に構わないのだが、昼飯を一緒に食べる面子はだいたい決まっているので他のみんながどうなのか確認する為にイリア達の表情を見てみると、イリアは一瞬驚いた顔をしたがそのすぐ後に柔らかな笑みを浮かべて歓迎の様子だった。
ポンタルとグルルは…多分話を聞いていなかったのかいつも通り笑っており、ヤンバルはこの中で1番驚いた顔をしている。
そんな中、セルだけは全く表情を変えずに無表情のままウラルを見ていた…
セルの表情は少し気になったが、まぁ誰も反対はしなかったのでいいかと思い ウラルに返事をしようとしたのだが、
「パパやんさすがやんけっ!歳下ホイホイのジースは年齢だけやなしに見た目が幼い子にも有効なんやなっ!ええやんええやんっ、一緒に飯食おうやっ。なっ、パパやんええやろ?ええやんな?ヤハハッ」
俺が返事をするよりも早く ヤンバルが食い付いてしまった。
「あ、あぁ。俺は構わないけど、その嬉しくないジースネタはもうやめてくれ…。えぇと、ウラルさん じゃあ教室に戻ったら一緒に食べようか」
「感ちゃ致ちまつ。とれからヤンバルたま、わたくちは12たいでつので とちちたで間違いございまてん」
多分だが、ヤンバルもウラルの事は気にかけていたのだと思う。
クラス1の賑やかし担当であるヤンバルは、ふざけているように見えるが中々情に熱い奴なので、クラスで少し浮いた存在になってしまっているウラルが気になっていたのだろう。
そんなウラルが自分から誰かに声を掛けたのが嬉しかったのかもしれない。
「ウラルさんは弁当を持ってきてるのか?それともラン・・・あれ?ウラルさん?」
「なっ!?消えよった…。どこ行きよったんや?」
ほんの一瞬、俺がウラルからヤンバルに視線を移して またウラルに戻すと、そこにはもうウラルの姿はなかった。
俺達は驚きながら周りを見渡したが、やはりウラルの姿は見当たらない。
「・・・そろそろ戻ろうぜ。多分転移でどっか行ったんだと思うし、あっちから一緒に飯食いたいって言ってきたんだから 教室に行けば向こうから顔を出すでしょ」
周りをキョロキョロ見渡している俺達にセルがそう声をかけてきたので、狐につままれた気分は一旦飲み込んで、俺達は教室に戻る事にした。