【 ようこそ、Aクラスへ 】
ハイナさん達の自己紹介が終わるとサラ先生は教室を出て行き、サラ先生が出て行ったのを切っ掛けに何人かの生徒達は席を立って3人を取り囲んでワイワイと騒ぎながら3人を歓迎した。
「ヤハハッ、なんやねんポンタッ!ワイのクラス来るんやったら教えときやっ!てか今の挨拶なんやねんっ!マジマジ言うたんびに腹揺れまくっとったやんけ!笑かすなやほんまっ」
「マジで!?マジ恥ずかしいなぁ。自分、緊張し過ぎてお腹に力入れるの忘れてたよ。あっ、ヤンクエの前の席空いてるなら、自分そこに行こうかな」
「おぉ、空いてんで!ポンタが前の席に座ってくれたら、居眠りバレへんようになるで大歓迎やわ!」
1番緊張していたポンタルは、顔馴染みのヤンバルに声を掛けられた事で大分落ち着く事が出来たようだ。
「ハイナっちが来てくれて私っちはすごく嬉しいって思ってる。このクラスは基本的に問題はあまり起きないと思うけど、起きた時は面倒な生徒が多いから手伝って欲しいって、私っちは思ってるの」
「もちろんお手伝いさせて頂きますわチェルチさん。面倒な生徒と申しますと…記憶する事しか能の無いセから始まるアレの事ですわよね?」
「うぉい!聞こえてるぞハイナッ!俺はむしろ模範生だっつの!」
ハイナさんは挨拶の時から緊張などしていなかったようだし、セルを筆頭に俺やイリアも含めて顔馴染みが多いから このクラスに馴染むのは3人の中で1番早そうだな。
まぁこれから頑張れよ、セル。
元Bクラスの2人はAクラスにすぐに馴染めそうなのでそれは良かったのだが、何もかも得体の知れないウラルはどうなのだろうと思い、俺は自分の席に座ったままウラルを囲む集団の方に視線を向けた。
「ウラルちゃん冬服暑くない?どうして学園長の仮面を半分だけ付けてるの?」
「お心遣い感ちゃいたちまつ。温度は適温でございまつ。半仮面はパパたまの命令でつので外つ事が出来まてん。お見苦ちくお思いでちたら申ちわけございまてん」
やはりみんなウラルの着ている冬服や半仮面の事が気になったようで、早速その事について質問をしていた。
質問をされているウラルは丁寧に一つ一つ質問に答えており、所作は品がある雰囲気なのだが 見た目と言葉が全てを台無しにしている。
「あたし結構学園をブラブラしてるんだけど、ウラルさんって凄く可愛いいし目立つ感じなのに今まで学園内で見た事ないんだよなぁ。どこのクラスから移ってきたの?」
「わたくちはどこのクラツでもありまてんでちた。裏方のようなものでございまつので」
「裏方?なんの?」
「学園島のでございまつ」
独特な雰囲気を持つウラルに質問責めをするクラスメイト達だったが、独特すぎる不思議少女ウラルの迷言を聞いて 雁首そろえて『んんん〜???』と言いながら首を傾げていた。
ーーーーー
ーーー
ー
「はいはい、みんな。そろそろ5時限目も終わる時間だから席に着いて欲しいって私っちは思ってるの。今日来た3人も空いてる席に好きに座って」
サラ先生は自習と言っていたが、それが建前なのはここにいる全員が理解しており、5時限目は自習という名の親睦会で終始した。
残り時間が僅かになった所でクラス委員長のチェルチが教壇に立って場をまとめ、全員が席に着いたのを確認すると 再び口を開いた。
「まずは改めて。ハイナっち、ポンタルっち、ウラルっち。ようこそAクラスへ。私っち達はあなた達を歓迎します」
パチパチぱちぱちーーー
チェルチの歓迎の言葉に賛同するように、クラスメイト達は3人を見ながら笑顔で歓迎の拍手を送った。
その様子を微笑ましく見守ったチェルチは、クラスメイトの拍手が止むのを待ち、今度は真剣な表情でクラスメイト達に視線を向けた。
「ウラルっちは私っちも初対面になるけど、ポンタルっちやハイナっちとは顔馴染みも居ると思うし、顔は知ってるけど初めて喋るっていう人も居ると思うの」
まぁそうだろうな。
俺もハイナさんとは仲が良い方だがポンタルとはまともに話した事がない。
度合いは違えど、みんな似たようなものだろう。
でも、なんでチェルチはあんなに真剣な表情をしてそんな事を言うんだ?
「今更みんなに言う必要はないって私っちは思うけど、一応みんなにお願いしとくね」
チェルチが真剣な表情で話し始めると、それまで笑顔を見せていたクラスメイト達も真剣にチェルチの言葉に耳を傾けた。
「私っちを含めてここにいる全員、MSSに感染してる。もちろんハイナっち達3人も同じくね。MSSを持っているというのは今でこそ誇らしい事だけど、、、それだけじゃなかったよね?」
チェルチは俺達に問い掛けるようにそう言ったが、返事を待っているわけではなく そのまま話を続けた。
「辛い事や悲しい事、苦しい事や思い出したくない事。それを経験したのは、きっと私っち達だけじゃなくて 今日来てくれた3人も同じだって、私っちは思うの」
・・・あぁ、そういう事か。
「仲良くなるのはもちろん良い事だって私っちは思うし、私っちも3人と仲良くなっていきたいって思ってる。でも、親しき仲にも礼儀あり。過去の詮索や古傷に触れるような事はしないであげて欲しいって私っちは思ってるの」
今チェルチが言ったことは、このアルバティル学園ではとても大事な事。
だが、忘れがちになってしまう事でもある。
今の初等部の子供達ならば チェルチが言った事を言う必要はないのだろうが、俺達の世代では過去の話はタブーとまでは言わないがかなりデリケートな部分なのは間違いない。
チェルチの言った通りMSSに感染しているのは今の世の中ではステータスになるが、俺達が子供の頃には化け物扱いされる原因だった…
石を投げられるだけなら笑い話にも出来るが、感染者の中には家族を殺された人も居るし、親に殺されそうになった人も居る。
迫害のされ方も暴言だけなら可愛いもんだが、クローツ先輩のように村人全員から酷い仕打ちを受けた人も居る。
今でこそ皆んな笑って学園に通う事が出来ているが、過去の事を思い出すだけで吐いてしまう人も この学園には少なくない割合でいるのだ。
その事をちゃんと分かっていても MSSに感染したのが初期ではなく4大陸同盟以降の比較的にトラウマがあまりない人達は、少し仲良くなったりして気が緩んでしまうと ついつい気軽に過去の話を聞こうとしたりして相手の心を抉ってしまう事もあるので、チェルチはそれを危惧して今みんなにお願いをしているのだろう。
「ーーーーー」
仲良くなる・・・それは相手との繋がりが深くなるという事。
仲良くなりたいと思うのは、その人の事をもっと知りたいって思うのと同義なのかもしれないし、それ自体はもちろん悪い事ではない……でも、俺達の世代ではその限りではない。
もちろん、みんながみんなトラウマを抱えてるって訳ではなく、過去の辛い経験を乗り越えた人も居る。
克服した人も居る。 完全に記憶から消した人も居る。 付けられた傷をバネに己を高めた人も居る。 運良く辛い経験をしてこなかった人も居る。
だけど、乗り越えれない人も居る。
乗り越えられたかどうかなど、本人にしか分からないし、もしかしたら本人にも分からないかもしれない。
そんな相手に過去の話を聞こうとして、万が一心の傷を抉ってしまったら ごめんでは済まない事になってしまう可能性だってある。
喧嘩になるならまだいいが、大袈裟ではなく自殺されてしまう事だってあるかもしれない。
仲良くなりたくて、相手をもっと知りたくて、という理由で過去の話を聞こうとしたのに そんな事になってしまったら、自殺した方だけではなく聞こうとした方にも一生消えない十字架を背負う事になってしまう。
「チェルチは心配性やなぁ。そんなもんワイらが1番よぅわかっとるで心配せんでも大丈夫やわ!ワイらはこれから仲良ぅなっていくんや。過去なんどーだってええ、楽しい事はいつだって後ろやなしに前にあるんやからな!ーーーあれ、ワイ今めっちゃええ事言わへんかった?ヤハハッ、アカン みんながワイに惚れてまうやんけっ!」
「ふんっ」
「あ゛っ!?レウカーサ、おまえ今ワイの事 鼻で笑いよったな!?ワイよりちぃとタッパあって ちぃと強いからって馬鹿にしよって!勝負せぃやデカ猿がぁ!」
ガシャンーードカンッーー
バキンッーーズドンっーーバリンっーー
別に馬鹿にした訳ではないであろうデュランのいつもの『ふんっ』に対し、ヤンバルは突っ掛かっていき 教室内でプチ戦闘が開始されてしまった。
しかし、これもこのクラスではちょくちょく見る光景なので Aクラスのみんなは自分の机や荷物が被害に遭わないように結界や防魔を展開して『またかよ。』といった様子で、完全に放置を決め込んでいた。
「オラオラどないしたんやレウカーサ!受けてばっかやないかっ!ワイの攻撃が速すぎて受けるだけで精一杯なんか?ヤハハッ、なんや今日は勝てそうな気がしてきたわっ」
ヤンバルは上機嫌に攻撃を仕掛け続け、デュランは両手を顔の前でクロスしてただ防いでいる。
一見ヤンバルが優勢に見える状況だが、デュランにダメージは皆無。これもいつもの事…そしてーーー
「・・・いい加減にして欲しいって、私っちは思ってるよ。ヤンバルっち…5秒で大人しくしないとーー」
「うっさいわ!今ええとこやねん!黙って眼鏡でも磨いとけや!」
ぶちっーー
ヤンバルの放った一言で、チェルチの堪忍袋の緒が切れる音がした。
「チェルチさん、わたくしがお止めいたしましょうか?」
「ありがとうハイナっち。でも大丈夫。私っちがやる」
デュランを倒す事に夢中になっているヤンバル以外の全員が、チェルチがキレた事に気が付いているが ヤンバルは気が付かない。
・・まぁこれも大体いつもの事。
ヤンバルがデュランに絡んで、チェルチがキレて、チェルチのお仕置きが始まる。
Aクラスのいつもの些事だ。
「チッ、チッ、チッ、チッ、」
ヤンバルに言われた通りに眼鏡を丁寧に磨き終えたチェルチは、規則正しく舌打ちを開始し、宣言通り5秒を数えた。
「ーーゼロ」
ゴーーーンッ
「がっ!くっ…なに、すんねん…」
チェルチがゼロと口にすると、大きな鐘の音が一度鳴り、ターゲットにされていたヤンバルはピタリと動きを止めて その場で動けなくなった。
完全に動きを止めたヤンバルに、チェルチはスッと近づいて行き、
ドカッ、バコッ、パチーンッ。
「痛っ、アホっ、やめえっ!」
バシッ、バシッ、パチーンッー。
「ちょ、ほんまっ、やめっ!わ、わかった。ワイが悪かったて!降参、降参やっ、もう堪忍してくれぇ」
これまたいつものお仕置きを開始し、ヤンバルはゲンコツをされてもビンタをされても防ぐ事も出来ずに無抵抗でやられ放題。
結果、ヤンバルが白旗を上げて謝罪するパターン。
ーーー
そんないつもの茶番を眺めていると、5時限目の終了を知らせるチャイムが鳴り、チェルチにボコボコにされてグッタリするヤンバルと、グッタリするヤンバルを心配しながら付き添うポンタル以外は普通に次の授業の準備をしてから休み時間を満喫していった。
今日来たハイナさん達には驚く光景だったかもしれないが、あれは戯れ合いの延長みたいなものなので慣れてもらうしかない。
それに、チェルチの話は大事な事ではあったが明るい話ではなかった為、暗い雰囲気で終わりそうだった5時限目がヤンバルのおかげで騒がしくAクラスらしい雰囲気で終わる事が出来たので、むしろ良かったのではないかと俺は思っている。
まぁヤンバルがそこまで考えて暴れ出したとは、微塵も思ってないけどな。
ーーーーー
ーーー
ー
短い休憩時間を終えて 本日最後の授業が始まった。
相変わらずの復習授業ではあったが、今まで居なかったハイナさん達が同じ教室で授業を受けているというだけで雰囲気がガラッと変わった気がした。
ポンタルは初めに言っていた通りヤンバルの前の席に座って授業を真面目に受けており、ハイナさんはイリアの隣…それはつまり俺の右後ろであり、セルの真後ろという事だ。
今後のセルの不憫さはさておき、不思議少女ウラルの座った席は教室の丁度真ん中の席。
姿勢を正してまるで人形のようにピクリとも動かずに授業を受けるウラルの姿は、遠目から見てもやはりかなり違和感があった。
「・・・・・」
欠伸が出そうな復習授業に集中する事が出来なかった俺は、置物のように座っているウラルを見ながら ウラルと初めて会った時のことを思い出していた。
俺が初めてウラルに会ったのは、グルルのMSSレベルを調べて貰う為に学園長に会いに行った時。
その時、学園長室に居たのがウラルだった。
初対面という事もあり簡単な挨拶をしたまではよかったのだが、
『彼女は学園長専属の執事ウラルさんです。』と、
あの時、サラ先生はウラルの事を学園長専属の執事だと言っていた。
それがなぜ急に俺達のクラスに来たのか…
見た目で判断するのはマリアの例があるので当てにならないかもしれないが、ウラルの見た目は中等部に上がりたてくらいに見えるのも気になった。
「・・・・・」
色々気にはなったのだが、さっきチェルチが言っていたように 過去の詮索はするつもりなど 俺にはないので、視線をウラルから窓の外に移して考えるのをやめた。。。