【 小さな島の小さな平和 】
「へいらっしゃっい。おっ、タクト君いらっしゃい!今日はまた大勢で来てくれなぁ、いつもありがとうね!さぁさぁ、好きな席にどうぞっ。すぐに冷たい水持ってくからね」
「こんにちわネジリーさん。あの、この大きなウサギは動物じゃなくてマリアのアイデンで動いてるヌイグルミなんですけど、一緒に店に入っても大丈夫ですか?」
「タクト君…、うちは食事をする店だよ?」
「あ…やっぱりダメですよね。すみません」
「何を言ってるんだいタクト君?うちは人間だろうが動物だろうがヌイグルミだろうが魔物だろうが、タコが好きなら大歓迎のネジリーのたこ焼きっさだ。店に入ってもいいか聞くなんて野暮な事はなしだよ。それに…娘似のめんこいお嬢ちゃんのなら怪獣だったとしても入店拒否なんかしないよ」
「…おぃちゃん、グッ」
学園を勢い良く飛び出した俺達は暫く走った後 どこかでゆっくり話せる場所に入ろうという事になり、今ではもう定番になったネジリーのたこ焼きっさに寄る事にした。
大きくなっているウサクラさんの入店許可も貰えたので、俺達は奥の広いテーブルに座って食事と話を始めるつもりだったのだが…
「めっちゃええ匂いやんけ!もう匂いだけで旨いってわかるわぁ!こない隠れ家があったとはなぁ…あかん、ヨダレ止まらへん。なぁパパやん、はよ頼もうやぁ」
「頼むのはいいけど、なんでヤンバル達まで付いてきたんだ?デュランはまぁ…わかるけど、ヤンバルは寮生だろ?」
学園を出た時には気付かなかったが、ここに来る途中でいつの間にかデュランとヤンバルが当たり前のような顔で俺達と一緒に歩いていた。
ここにはラピスが居るから デュランが付いて来るのは分かるが、ヤンバルまで一緒に居る理由が分からない。
「ワイは別に付いてくつもりなかったんやで?レウカーサに訓練場行って手合わせしよーやって誘ったら、このアホ『そんな事に付き合ってる暇はない、ふんっ』とかほざきおってな!ワイの向上心をポイするくらい大事な用事ってなんやねんって思て、レウカーサを尾行しとったら なんやいつの間にか混ざってもうただけやんけ」
「てめぇはストーカーか?もしもラピスにストーカーなんかしやがったら消し炭にすんぞ」
・・・きっとここに居る誰もが『ストーカーはお前だよ』と心の中で思っているだろうが、2人が付いてきた理由は把握した。
「もぉー!そんな事よりあたしはタクトお兄ちゃんとマリアの事が聞きたいのっ!早く説明してよねっ!」
「あ、あぁ…。とりあえず水でも飲んで落ち着けよ。ほら」
直情型のマキナは、今みたいに感情が高ぶってしまっていると人の話を素直に聞き入れてくれない事が多々あるので、落ち着いてもらう為に ネジリー店長が出してくれたキンキンに冷えた水をマキナに渡した。
「ゴクッゴクッゴクッーーーはい飲んだっ、冷たぁ頭キーンってするぅ!で、マリアが言ってた事は嘘なんだよねっ!?ちゃんと教えてっ!」
「全然落ち着けてないな…まぁいいか。まず聞きたいんだが、マリアは何を言ったんだ?どうせまた適当な事を言ってマキナを揶揄ったんだろ?」
マリアがマキナを揶揄うのはいつもの事なので今回もそうなのだろうと思い、マリアに視線を向けると マリアは首を横に振って
「…マリア、嘘言ってない」
と、言った。
そしてマリアのその発言をキッカケに、またマキナがプンスカしだしてしまい話が進まなくなってしまった…。
マキナから聴こえてくる心声では【マリアの嘘つき】とか【バカバカアホアホ】とかばかりで、肝心の怒っている理由は表立った怒りと疑心の感情のせいで聴こえてこない。
レベル3の俺がMSSに集中して探ろうとすれば、非感染者であるマキナの深層心理まで覗く事は可能なはずだが、俺は…というか殆どのレベル3の人はそれをしない。
知りたい事を知る事が出来る手段が手元にあるとはいえ、人の心に土足で踏み込むような事はしたくないし 会話という最善の意思疎通手段があるのにわざわざMSSに頼る必要もないからだ。
「ハァ〜、何がどうなってマキナが怒ってるのか俺は聞きたいんだけど…」
「あの、タクト先輩。わたしが代わりに説明してもいいでしょうか?マキちゃんとマリアちゃんが言い合っているのを近くで見ていたので、少しは説明出来ると思います」
会話にならないマキナと 話のペースが牛歩のマリアに話を聞こうとして早々に心が折れかけていた俺に、2人のクラスメートであり親友でもあるラピスがそう言ってくれたので、俺はラピスに成り行きを教えてもらう事にした。
ーーー
ー
ラピスは昨日 マキナの部活が終わるのを待っていて、部活が終わったマキナと校庭で2人でジュースを飲みながらお喋りをしていたらしい。
するとそこへマリアがふらっと現れ そこからマキナとマリアの舌戦が始まったらしく、ラピスの見聞きしたという内容が、、、
マリア(ドヤ顔)
「…タクトと、パパママになった」
マキナ(小馬鹿にした顔)
「なに言ってんのマリア!?そんな事あるわけないじゃんっ、だってタクトお兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんなんだから!」
マリア(さらにドヤ顔)
「…マリアがママ、タクトがパパ。…タクトが言った」
マキナ(ちょっと動揺顔)
「タクトお兄ちゃんから言い出したのっ!?なんで?嘘でしょ!?証拠は?指輪付けてないじゃん!嘘だねっ、はいウソー!マリアのウソツキー!」
マリア(渾身のドヤ顔)
「…おチビが、証拠。…イリアに、聞けば?」
マキナ(すぐに確かめたくて悶々した顔)
「〜〜〜〜っ!帰るっ!ラピ、また明日ねっ!マリアッ、嘘だったら明日泣くまでこちょこちょするからぁぁ」(走り去るマキナ)
そして家に帰ったマキナがイリアに話を聞くと、マリアの言っていた事が本当だと教えられたらしく 今日の朝またマリアと口論になってしまったのだとか……
「なるほどね…、状況はだいたい理解した。ありがとうな、ラピス」
「いえそんな、とんでもないです…。」
視線を外してモジモジとそう言うラピスだが、説明をしてくれている時はマリアの眠そうな目やマキナの騒がしい様子などを完コピしながら体現してくれていて、今とのギャップがなんだか微笑ましかった。
「ふんっ!」
まぁそれはともかく、マキナの怒っている理由はなんとなく理解出来た。
マキナはマリアにブーブー言ってはいるし心声でも【タクトお兄ちゃんはあげないぃ】と叫んではいるが、実際は逆にマリアを俺に取られてしまうと思ったのだろう。
マリアは元々マキナの友人。
もしも俺がマリアと夫婦?にでもなったりしたら、今までの関係が崩れてしまうかもしれないと不安に思ったのかもしれない。
そういえば、カカカ祭りの時にもマキナは似たような事を考えていたしな……くっ、余計な事まで思い出してしまった。。。
「それでタクトお兄ちゃんっ!実際どうなのっ!?パパとママって何!?マリアの言ってる事はどこまでが本当の事なの?グルは弟なんじゃなかったの!?」
「わ、わたしも気になりますっ!マリアちゃんが嘘を吐いているようには思えないので、あの、その…本当にご結婚なされたのでしょうか?もしそうなら、どのようにプロポーズされたのですかっ!?タクト先輩っ、わたし気になりますっ!」
俺がマキナの心情に解を見出していると、マキナが眉間に皺を寄せながら質問をしてきて、ラピスは目を輝かせながら迫ってきた。
「いや…まぁ今の話を聞く限りだとマリアの言ってる事に嘘はなかったけど、別に夫婦になったわけじゃないぞ。マキナはイリアから話を聞いてないのか?」
俺がそう言うとマキナは『聞いてない!と思う』と答え、ラピスは『そう、なんですか…』と心底残念そうな顔で椅子に座り直した。
「イリア、昨日の事説明しなかったのか?」
「したよ。昨夜も今朝もお昼休憩の時も…。でも、タクトとマリアちゃんがグルル君のパパとママになったんだよって言った途端に、マキナ聞く耳持たなくなっちゃって…。ーーーごめんねタクト、私がもっとしっかりしていればここまで拗れずに済んだはずなのに。私、お姉ちゃん失格だね…」
俺が視線を向けると、イリアは申し訳なさそうに謝罪した。
「いや、イリアが謝る事じゃない…というより誰が悪いとかって話しでもないだろ」
「ねぇタクトお兄ちゃん!マリアが嘘を吐いてないのに夫婦じゃないってどういう事?意味わかんないよっ」
「わかったわかった。1から説明するから、ちょっと落ち着いて頭をクリアにしろよ。ーーー昨日の帰り際に・・・」
ーーー
ー
マリアの足りなさすぎる言葉に翻弄されたマキナは解けないナゾナゾを目の前にしたように混乱していたので、少し落ち着くのを待ってから昨日のグルルとマリアのやり取りを丁寧に説明してあげた。
「なぁんだっ、そーだったんだっ!あははー、それじゃあ呼び方が変わっただけって事だよねっ?おねぇちゃんもタクトお兄ちゃんも最初からそーやって言ってくれれば良かったのにぃ。うーんやっぱりここのタコケーキおいひぃー」
「もぅ。私は何回もちゃんと言ってたよ」
説明を終えるとマキナはいつもの明るいマキナに戻って楽しそうにタコケーキを食べ始め、俺達も食事と会話を楽しんだ。
「ねぇねぇタクトお兄ちゃん、パパって呼ばれるのってどんな気分なの?」
「どんな気分って言われても…最初は少し恥ずかしい気もしたけど、もう慣れたからな」
今日一日で何回もグルルにパーパと呼ばれたせいで、もう違和感を感じる事さえなくなっていたので俺はマキナにそう答えた。
「ふぅーん、そういうもんなんだねー。じゃああたしも今日からタクトお兄ちゃんの事、お義兄ちゃんって呼ぶ!慣れてねっ!」
【タクトお兄ちゃんはおねぇちゃんといつか結婚するんだから、今からお義兄ちゃんって呼んで慣れとこっと】
「っっ!?ちょっ、おいマキナッ!」
何をいきなりぶっ飛んだ事を考え出してるんだマキナはっ!?
聴こえてきたのは心声だったのでレベル3にしか聴こえてはいないが、ここには俺を含めてレベル3が三人居る。
その内の1人であるデュランは聴こえても気にしないだろうが、内容的に1番聴かれたくないイリアもレベル3なので確実に聴こえているはず……そう思ってイリアの方に視線を向けると、イリアはいつも通りの柔らかい微笑みを崩さないまま 普通にグルルと会話をしながら食事をしていた。
「ーーーーー」
どうやらイリアはグルルの面倒を見るのに集中していたおかげで マキナの心声を聴いていなかったようだ。
よかった…
「あれ…なんかお義兄ちゃんホッとした顔してない?あっ、わかった!あたしがお義兄ちゃんって呼んであげたのが嬉しいんだっ!」
「いや、別にそういう…」
「ああー!マリアのそれ美味しそうっ、ひと口ちょうだい!」
「…マキ、お手」
相変わらずな雰囲気に戻ったマキナとマリアのやり取りに、俺は苦笑いをしながらも安心と安堵を感じていた。
どんな事でも、自分の周りに居てくれる人達には笑っていてほしい。
怒ったり泣いたりする事もあるだろうけど、最終的には今みたいに楽しく過ごしていたい。
「ヤハハッ、パパやんめっちゃ愛されとるやんけ。昼飯ん時にシエートがパパやんは歳下ホイホイのジースを持ってんねんでって言うとったん、なんや信じてまいそうやわ」
「ふんっ。シャイナスが悪い奴じゃねぇのは知ってるが、ラピスはやらん」
日を重ねる毎に、どんどん増えていく仲間達。
「ねぇマリア、なんで今日はウサクラさんずっと大きいの?って、ウサクラさんヌイグルミなのにたこ焼き食べれるんだ!変なのぉー!」
「…えすねぇ、入ってる」
下らない事で笑い合って、気付いたら距離が近くなって、いつの間にか一緒に居るのが当たり前になって。
「え?マリアちゃん、ウサクラさんの中にサディス先輩が入っているんですか?出て来てもらった方がいいんじゃないかな…」
「…うるさいから、いや」
大切な宝物になっていく。
「タコおしいーね!ぐるる、パーパもトモダチもタコもすーき!いぱーいすーきだおー!」
「ふふっ、これからもっと好きがいっぱい増えていくといいね」
「増えるさ。数え切れないくらいな」
ーーーーー
ーーー
ー
「今日はご一緒させて下さってありがとうございました。マキちゃん、また明日ね。ちゃんとテスト勉強しないとダメだよ」
「うげぇ〜、帰り際に嫌なこと思い出させないでよー」
「ほなワイらも行くわ。レウカーサ、今度は手合わせ付き合いや!グルル、また明日なぁー!」
「…マリア、ねみゅい」
「おおー!マーマもやんけもバイバーイ!」
「ふんっ」
食事と話を終えて店を出た後、まだまだ元気そうなヤンバルとウサクラさんの背に跨りながら既に八割くらい眠っているマリアは学園寮へ戻って行き、ラピスとデュランは家に帰って行った。
なんだかんだで結構な時間居座ってしまった為 外に出ると空が赤みを帯び始めており、俺達もゆっくりと歩きながら帰る事にした。
「タクト、今日は本当にごめんね…」
「だから謝る事じゃないって。それに結果的には楽しく飯が食べられたんだから、プラスマイナスで言ったら圧倒的にプラスだろ……いや待てよ、そういえばマキナは朝っぱらからとんでもない事を叫びやがったよな。やっぱりマキナは俺に謝りやがれ」
「えぇー!?そんな過去の話を持ち出すなんてお義兄ちゃんズルイッ!グルもそう思うよねー?」
「おおー?パーパ、ズルはダメなんやおー!」
なにが過去だよ…今朝の話しだっての。
まぁ学園ではテストやらクラス替えやらでみんな頭が一杯のはずだから、明日になったら誰も今日の朝の出来事なんか気にしてないだろうから別にいいけど。
「あー、でも良かったぁ!ほんのちょっとだけど、お義兄ちゃんが本当にマリアと結婚したんじゃないかって思っちゃったよー。あははっ、そんな事あるわけないのにねぇー」
【お義兄ちゃんはおねぇちゃんとくっついて、あたしのお義兄ちゃんになるんだからね】
帰り道、またマキナがそんな事を考え出してしまった。
マキナによる突然の爆弾発言投下に俺は先程と同じ様に動揺してしまい、バッとイリアの方へ視線を向けると イリアは穏やかな表情を崩す事なく
「・・・そうなって貰えるように、私も頑張るね」
と、静かに微笑みながらマキナに言っていた。
イリアの言ったその言葉にどんな意味があるのか俺にはわからなかったが…
ドクンッドクンッーー
この前とは真逆ともいえるイリアのその言葉は、俺の鼓動を容赦なく高めていった。
カカカ祭りの時に芽生えた…いや、自覚したと言った方が正しいのかもしれないが、あの日イリアに対して今までとは違う感情が俺の中にある事を、俺は初めて知った。
そしてそれは今でも変わっていない。
それどころか日に日に大きくなっていっている自覚すらあった。
だが、カカカ祭りの帰り道でイリアが言った言葉が俺の心にブレーキを掛け、俺はそれ以上 自分のこの気持ちについて考えるのを意識的にやめて過ごしてきていた。
「ーーーーー」
関係が壊れるのが怖くて、今までの関係が壊れてしまうくらいなら自分の中でくすぶる小さな熱など見て見ぬ振りをした方がマシ……そう思い込もうとしていたのだ。
ドクンッドクンッーー
それでも、今イリアが言った言葉の意味が 俺の中にある熱と関係のある意味だったらいいなと、俺は思ってしまった。
ーーーーー
ーーー
ー
「送ってくれてありがとう。2人共、気を付けて帰ってね」
「お義兄ちゃん、グル、また明日ねー!おやすみー」
「あぁ、また明日な」
「イーリャ、マキキ、おやんみー!」
イリアの言った言葉の意味を聞く事など俺に出来るはずもなく、結局何も答えなど見つからないまま、茜色に染まっていく歩き慣れた帰り道をただゆっくりと歩いて帰ってきただけだった。
ーーー
イリア達と別れて自分の家に着き、風呂や自主練など諸々を済ませてベットに潜り込んだ頃には高鳴る鼓動は落ち着きを取り戻してくれていたが、今までは見て見ぬ振りで誤魔化すことが出来ていた小さな熱は もう意識しないのは難しい程に大きくなっていると自覚してしまった。
「はぁ・・・、う〜ん・・・、はぁ〜・・・」
久し振りのフル授業で身体は疲れているはずなのに中々寝付く事が出来ず、暫く悶々とした気持ちのまま何度も寝返りを繰り返し 日付が変わる頃にようやく眠りにつく事が出来た。