【 帰宅時間 】
体育の授業が終わって教室に戻ると 女子は既に体育館から戻ってきており、窓際の1番後ろの席では 外から吹く風に当たりながらハンドタオルで額の汗を拭くイリアが俺達を出迎えてくれた。
「おかえりタクト。……あれ?グルル君、寝ちゃってるの?初めての事ばかりで疲れちゃったのかな」
「はぁ、はぁ、はぁ…。あぁ。そうみたいだな……お、重い…」
俺の背中でスースーと寝息を立てるグルル。
学業に慣れている俺ですら終わりの時間が近くなると疲れが溜まってくるのだから、何もかもが初体験のグルルが疲れて眠ってしまうのも仕方ない事だろう。
特に最後の授業は肉体的にも疲れる体育だったしな。
ーーー
〝本日の授業は全て終了となります。MSS集会並びに部活動は週明けから再開になりますので、生徒会役員以外の生徒は速やかに下校して下さい。尚、本日の生徒会ミーティングは生徒会室で行います〟
「むにゃむにゃ……んん…」
アルバティル学園の1日が終わったと実感させてくれる校内放送が流れると、体育の途中から眠りに落ちていたグルルが目を覚ました。
「起きたか。おはようグルル」
「パーパおはおー!キッカーボールおもろかたねー!いまから何するんやお?お勉強?」
「いや、もう今日は授業終わったから帰るよ」
「ほほー!わかたおー!」
目を覚ましたグルルにそう言い、帰り支度をしていると 同じ様に帰り支度を済ませたクラスメイト達が続々とグルルにバイバイを言うために近寄って来ていた。
「グルル大人気じゃん!女子達は昨日の時点でグルルをかなり気に入ってたみたいだけど、多少戸惑いがあった男子達もさっきの体育で完全に心を鷲掴みにされた感じだなっ!」
まるでアイドルの握手会のように、列になってグルルの頭を撫でてから帰宅するクラスメイト達を見て セルが笑いながらそう言った。
確かに昨日の時点では、ヤンバル達のようにすぐに受け入れてくれたりする生徒も多かったが、それと同時に接し方がわからないといった様子の生徒がいたのも事実だ。
というのも、同じクラスの俺が言うのもなんだがAクラスとBクラスはやはり特別な力を持った生徒が多く集まっていて、俺はMSSレベル3持ちという理由でAクラスに居るだけなので少し違うが、他のクラスの生徒と比べると俺達のクラスは明らかに魔力量が多い生徒やアイデンが特殊な生徒が多い。
その為、触れたら壊れてしまうのではないかと思えるような小柄で幼い子供が身近に来た事に戸惑っていた男子生徒もちらほら居たのだが、今日1日でそういった不安がみんなの中から完全に消えていったように見えた。
「ふふっ、よかったねタクト。本当はずっと不安だったんだよね?」
「不安…だったのかな。今日1日で色々あり過ぎて、正直今朝までの感情が思い出せないけど……とりあえずグルルが予想以上に真面目に授業を受けてくれて安心はしたかな」
今朝まで自分がどんな感情だったのか思い出せないって言ったのは、強がったわけでも嘘を吐いたわけでもない。
心配は今でもしてるし、昨日までは心配よりも不安の方が大きかったような気がするが、そんな事よりも嬉しさや感謝の方が大きかった。
今までクラス内ではルークやセルのように特定の人以外とは当たり障りのない程度の付き合いしかしていなかったが、今日1日でグルルを通して今までよりもみんなと沢山話すようになったし、クラスメイト達のグルルに対する優しさや気遣いが嬉しくて 不安だった気持ちが薄れたのかもしれない。
「そっか。でもタクトはすごいね。しっかりお兄ちゃん…じゃなくて、しっかりパパをやれてるもんね」
「っッ!グルルにそう呼ばれるのは慣れてきたけどイリアにそうやって呼ばれるのはなんか変な感じだから止めてくれっ」
「ふふっ、ごめんごめん。でも本当にすごいと思ってるんだよ。ーーー私も頑張らないとな…」
ーーー
ー
クラスメイト達の列が無くなり、俺とグルルとイリアも帰宅する事にした。
さっき少しだけ眠ったおかげで元気一杯になったグルルの右手を俺が繋ぎ、左手をイリアが繋いで綺麗な廊下を歩いて兄棟を出て、正門近くの噴水前を通っているとーーー
「マーマ!」
グルルがウサクラさんに跨るマリアを発見し、俺達の手を放してマリアに駆け寄って行った。
駆け寄っては行ったが、グルルはもう昨日のように飛びつこうとしたりはせず マリアの周りを楽しそうに駆け回って仔犬の様に喜びを表現していたのだが、、、俺はそれよりも マリアの隣にいるラピスに苦笑いでまぁまぁと宥められているマキナが気になって仕方がなかった。
「まだマキナの不機嫌は治ってないみたいだな…いつもなら怒った2秒後にはもう笑ってるのに、今回はなんか長引いてるな。本当にどうしたんだろうな?」
「ーーーーー」
今朝の様子から変化のないマキナを見ながらイリアに話し掛けたが、イリアは気まずそうに笑ったまま何も言わなかった。
マキナの様子は気になったが、イリアがなんとかすると言っていたし 詮索されるのを嫌がっているようにも思えたので俺はそれ以上追求しなかった。
それに、触らぬマキナにとばっちりなし。
今朝みたいなのはもう勘弁してほしいからな。
「ああっー!!タクトお兄ちゃん見つけたっ!ねぇほんとなのっ?マリアと結婚したって何っ!?タクトお兄ちゃんはおねぇちゃんの事・・・だぁぁぁっ、タクトお兄ちゃんのバカアホ!セル君よりもド変態ぃぃぃっ」
「あわわわわっ・・マ、マキちゃん、そんなに大きな声でそんな事を言ったらだめだよっ!まずはタクト先輩の話もちゃんと聞かないと、ね?ーーーそれに、もし本当にマリアちゃんとタクト先輩が結婚したのなら どんなプロポーズをしたのかも聞きたいし……キャープロポーズッ、素敵ですぅ」
そんな俺の心情は、マキナとラピスによって秒で粉々に砕かれてしまった。
「お、おいマキナッ!なんか色々誤解があるみたいだからとりあえず場所を変えて落ち着いて話そうっ!マリアとラピスもっ!」
「は、はいっ!是非詳しくお話を聞かせて欲しいですっ!」
「…タクト、じゃなかった。…パパに、付いてく」
「おおー!ぐるるも行くおー!」
「あっコラ逃げるなぁー!ってタクトお兄ちゃんやっぱり足遅っ!」
「ま、待ってよぉ。みんな走ったら危ないよっ」
マキナの大きな声のせいで 朝と同じく居心地の悪い視線が集まってしまったので、俺はひとまずみんなを連れて この場から離れる事を選択して学園から逃げるように駆け出した。
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