【 アルバティル学園の生徒達 】
昼休憩を終えて、授業は後半戦に突入した。
「おろ、おろろ?」
午後の授業の1発目、5時限目は選択授業。
アルバティル学園の選択授業は他の学校とは少し違う形式で行われているらしく、他の学校ではどうやっているのかは知らないがこの学園では、複数ある科目の中から その日受けたい科目を選んで授業を受ける。
中等部以降は選択授業がある日は必ず5時限目に行い、名前と受けたい科目を第3希望まで書いて昼休憩の時に教室の片隅に設置してある箱に入れる。
そうすると昼休憩の間に自分の机の中に、受ける科目と場所 それから選択授業が終わった後に授業内容を教え合う相手の名前が記載された用紙が届けられる。
それを確認したら、授業が始まるまでに決められた教室に移動するのが選択授業の流れだ。
選択授業は毎回違う科目を選ぶ事も出来るし毎回同じ科目を受ける事も出来るので、生徒達からは喜ばれる授業の1つになっているが それだけではなく、違う科目を受けたクラスメイトと授業内容を教え合うまでが授業内容なので授業を適当に聞き流したりしてしまうと自分だけではなく その後に授業内容を教える相手にも迷惑が掛かる為、みんな真面目に授業を聞くし それを人に教える事でコミニュケーションも取れる。
大陸も国も異なる場所から集まって来ている俺達だが、この授業をきっかけに話すようになったりもするし仲良くなったりもする、アルバティル学園らしいシステムだ。
「グルル、今日は選択授業初日だから俺と一緒の魔修授業にしといたから、そろそろ第2体育館に移動するぞ」
「おおー!」
机の中に届いた用紙を確認した俺はグルルにそう告げて席を立った。
5時限目の俺とグルルは魔修。
魔学よりさらに細かい事を習ったり、新しい魔法を覚えたり、自主練の時間を貰えたり、覚えた魔法の練度を上げたりする魔法の専門授業で俺はよくこの授業を選択する。
他にも魔工学や音楽などの授業もあり、セルは魔工を選択し イリアは生物学Bを選択していた。
「セル、イリア。終わったら習った事をちゃんと教えてくれよ。じゃあまた後でな」
「はいよー」
「うん。タクトもグルル君も頑張ってね。」
授業後に教え合う相手の欄に名前が書かれていたイリア達に簡単な挨拶を済ませて、俺とグルルは第2体育館へと向かう為に教室から出た。
ーーー
「おーい待ってぇなっ、シャイナスもグルルも薄情やんけっ!ワイも魔修やねんから一緒に行ったってもええやんけっ」
兄棟を出て第2体育館を目指して歩いていると、背後からヤンバルが駆け寄って来た。
「ん?ヤンバルはさっき戦闘訓練を受けるって言ってなかったか?」
昼飯を食べながら選択授業の話しになった時にヤンバルは戦闘訓練を選択すると言っていたので、俺がそう質問をすると、
「人数オーバーで第1希望が外されたんやっ。来週から戦闘訓練始まるってなって一気に人気授業になりよった。一学期ん時は人気あらへんかったのに…みんなミーハーっちゅうこっちゃな」
「おおー!やんけも一緒にお勉強?よろっくー!」
「ヤハハッ、外されたんは癪やけどグルルと一緒になれたんならええかっ!ワイ的にはむしろハッPー超えてハッQーな気分やわっ!そーゆー事やからよろしゅう頼むわっパパやん!」
「なんでもいいけど、パパやんって呼ぶなよ」
ヤハハッーっと笑うヤンバルを加えて3人で第2体育館へと向かい、授業開始まで雑談をして待機。
選択授業はBクラスの生徒と合同で行うが、今日はグルルが居るのでグルルとヤンバルと俺で固まって授業を受ける事にした。
ーーー
チャイムが鳴り、5時限目が始まって教師が講義を始めたのだが…
「〜〜〜であるからして、練度を上げていくと効果だけでなく範囲も広がり消費魔力も抑えられるようになっていき〜〜〜」
必須科目だけではなく選択授業までもが復習授業になっていた。
そこまではいいのだが…復習とはいえ今先生が話している内容は初等部で習うような内容であった為、多くの生徒は興味なさそうに近くの生徒と雑談をしており、近くに座っているヤンバルは既に夢の中に旅行中。
確かにこれは眠くもなるなと俺も思ったが、そんな中 グルルは楽しそうに先生の話を聞きながら途中途中で先生に話し掛けていた。
「ほほー!ぐるるは毎日パーパとおやすみの前にレンド上げやってるおー!キントレも楽しいおー!」
「ほぉ〜、偉いですね。そうです、練度上げは根を詰めてやるよりも毎日コツコツやる方が負担が少なく効率的です。魔法の練度を上げるだけではなく筋力トレーニングとしっかりした食事、それと十分な睡眠も練度を上げるのに重要な要素ですからね」
こんな感じのやり取りをするグルルを、同じAクラスの生徒は微笑ましい顔で見ていたが、Bクラスの生徒は不思議そうな顔で見ている者が多かった。
でもまぁ、それもそうだよな。
高等部の授業に小さな子供が居るわけだし。
とりあえず今日が完全な復習授業で良かった。
新しい事を覚えなくてはいけない授業だったら、グルルがこれだけ先生に話し掛けていたらみんなの迷惑になってしまうからな…。
「えー、では残りの時間はグループに分かれて魔力コントロールの修練を行って下さい」
「「「はーい」」」
先生の講義の時間が終わり、後半は実技。
一学期の最期の方で魔修を受けた時の実技では、一度放出した魔法の属性を別の属性に変化させるという属性コントロールの上級編みたいな事をやっていたので、もしかしたら難しい実技訓練をしろと言われるかとも思ったのだが、どうやら実技までもが復習授業に変更されているようで 俺は心の中で軽くガッツポーズをした。
「魔力コントロールって…なんや楽な授業やなぁ。ワイのこの溢れるやる気が空回りしてまうやんけ…まぁええか。ほなサクッと始めよか!ほれやるで、パパやん、グルル」
周りの生徒が既に魔力コントロールの訓練を始めている中、たった今までイビキをかいていた奴の発言とは思えないヤンバルの呼び掛けを合図に俺達も魔力コントロールの訓練を開始しする事にしたのだが、授業が魔力コントロールなら 俺はやりたい事があったのでヤンバルに声を掛けた。
「ヤンバル、ちょっといいか?実はグルル、かなり魔力が強いんだけど まだちゃんとコントロールが出来ないみたいなんだ。だから今日はグルルに魔力を制御する感覚を掴ませたいんだけど…」
と、俺がヤンバルに手伝ってくれないかと頼もうとすると、
「やっぱグルル魔力強いんかっ!まさか飛び級も魔力がデッカイからなん!?見せてぇなっ、魔力ドバッと出してワイにも見せてぇな!この学園に飛び級なんやからよっぽどなんやろっ!?ほれ早よ早よっ」
俺の話を最後まで聞かずに、興奮した様子でグルルに魔力を見せてくれと擦り寄って行った。
「いやだからまだグルルはちゃんと魔力をコントロール出来なーーー」
「おおー、やるおー!」
ヤンバルに魔力を見せてくれと言われたグルルが、両拳を握りしめて中腰の姿勢になり 力を込めると…
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッーーー
「なっ、なんやっ!?」
〝なにっ!?きゃっーー〟
〝これ、魔力か!?誰のだよっ!?〟
結界で覆われた第2体育館がまるで悲鳴を上げているかの様に小刻みに震えだし、広い体育館内一杯にグルルの魔力が充満した。
「グルルッやめろっ!ストップ、ストッープッ!」
「おおー、わかたおー!」
際限無く溢れ出した膨大な魔力に焦りを感じた俺がグルルに止めるように叫ぶと、グルルは笑いながら魔力の放出を止め、充満していた魔力はスゥーと消えていった。
〝・・・・・・〟
〝ーーーーーー〟
誰にも危害を加える事無く 充満する膨大な魔力は消滅したが、あまりにも異常な魔力量を目の当たりにしてしまったせいで 体育館内は静寂に包まれていた。
「ま…マジかいな。規格外すぎやんけ…」
「ーーーーー」
いつもは無駄に騒がしいヤンバルでさえ、小さく呟く事しか出来ていなかった。
・・・最悪だ。
グルルが放出した魔力はただの魔力で、そこには属性も意思も効力も敵意も悪意も害意もなかった。
だが…
強過ぎる力や未知の力は、それだけで人に恐怖を与えてしまうという事を…俺はMSSに感染した時に身を持って知っている。
これは俺が2番目に恐れていた事態…
人を傷つけてしまう可能性の次に不安だったのが、グルルの力を見た周りの連中がグルルの事を化け物扱いしてしまうかもしれないという事…
それが今、現実に起きてしまった。
・・・最悪だ。
グルルはこれから力の使い方を覚えていくところだった…これからだったんだ。
まだグルルは何が良い事で何が悪い事なのかちゃんとわかっていないだけ、力の使い方も知らないだけなんだ。
魔力が強い事が悪い事じゃない…魔力のコントロールが出来ないのだって、初めは誰だって同じだ。
だが、ここでみんなが恐怖を感じてしまえば…グルルは学園に居られなくなるかもしれない。
力の制御の仕方を覚える事も、グルルを受け入れてくれたクラスメイト達と遊ぶ事も出来なくなってしまうかもしれない…
そんなのは…絶対にだめだ。
「みんなっ!驚かせてすみませんでしたぁぁっ!グルルはまだ見ての通り子供で、魔力のコントロールが上手くできないだけで悪気はなかったんだっ!だからっ、グルルの事を怖がらなーーー」
このままではグルルが恐怖の対象になって学園に居られなくなってしまうと思った俺は、静まり返っている生徒達に向かって普段は出さない大きな声で謝罪をして頭を下げたが・・・俺の謝罪は、
「すっげぇぇぇぇっ!なんだよその魔力っ!」
「いやぁん、可愛いだけじゃなくて天才なのっ!?将来の為にツバつけとこうかしらっ」
「半端ないって!バスタオル少年マジ半端ないってっ!」
グルルを称賛する生徒達の声に掻き消された。
「えっ…?みんな…グルルを怖がってたんじゃ…」
「ヤハハッ!パパやんは何を間抜けな顔しとんねんっ、怖いってなんや?グルルの可愛さがかっ!?魔力がデカイだけでこんなに可愛えグルルを怖がる奴なん居るわけないやんけっ!ーーーにしても飛び級してきよったから何かしら凄いんやろなとは思てたけど、ここまでぶっ飛んだ魔力を持ってるんはさすがのワイもおったまげたでっ!もうこんなんスゴE超えまくってスゴTやんけっ、ヤハハハハハッ」
みんなから発せられる予想外の反応に動揺していると、近くにいたヤンバルが爆笑しながらそう言ってきたのだが……俺にはなぜヤンバルやみんなが笑いながらグルルを称賛しているのかわからなかった。
あれほどの力を見せられても怖くはないのだろうか?
今グルルが見せた魔力に少しだけ攻撃の意思を加えただけで、セントクルスで部屋を壊した時のような威力が出るというのに…
あのマゾエルさんに『受けたくない攻撃』とまで言わせた力だというのに…
みんなが何故 怖がるどころか褒め称えて気軽にグルルに近付く事が出来るのか、俺にはわからなかった。
「はいはい皆さん静かにっ!今グルル君が見せてくれた様に魔力に何も付加を加えずに放出した場合、グルル君が魔力の放出を止めた瞬間に 魔力は空中分解されて消滅してしまい、体内から魔力が抜けただけの状態になってしまいます。であるからして、どれだけ多くの魔力を持っていたとしてもそうなってしまっては意味がありませんので、魔力をちゃんと制御する事が出来るように皆さんも日々の訓練をしっかりと行って下さい」
「「はぁーい」」
先生の言葉に返事をした生徒達は、グルルの大きすぎる魔力と先生の説明でやる気がさらに上がったようで、各々魔力コントロールの訓練を再開していった。
〝私は魔力の総量は少ないけど、制御には自信あるもの!グルルくん、わたし負けないわよっ〟
〝あの少年は完全に天才の部類みたいだけど、俺だって割と魔力は多い方だしなっ!それにコントロールは訓練でいくらでも上達できるから、天才なんかに負けてたまるかよっ〟
みんな、グルルを怖がるどころか既に友人の様な態度で接しているし 中にはライバル視するような人までいる。
それに対してグルルも笑いながらみんなに『おおー!』と言っていて、普通に馴染んでいる。
「ーーーーー」
俺は、みんながグルルを怖がって MSS差別のように敵視してくるものだと思っていたのだが…
そうか・・・そうだよね。
グルルは誰かを傷つけたわけじゃない。
それに、セントクルスでの事も昨日のマゾエルさんとの事もみんなは知らないのだから、怖がる理由もない。
MSSの有無やレベル差で嫉妬や差別があるのを見てきた事で、俺は自分でも気付かないうちに、関わりの薄いの連中は特別な力を持つ者を差別するのが当たり前だと思い込んでいたのかもしれない。
「ははは…なんだよ。心配し過ぎ、だったのかな…」
自然と、渇いた笑いが口から漏れた。
Aクラスの生徒以外とは授業でしかあまり関わらなかったから…いや、それはただの言い訳だな。
ネガティブな事ばかり考えて、俺はちゃんと周りを見ていなかった。
過去に差別を受けた記憶に囚われて、周りは差別するのが当たり前だと思い込んでいた。
・・・そういう意味では、差別の目で見ていたのは俺の方だったのかもしれないな。
「なぁパパやん、ワイらも始めようや!グルルに魔力コントロール覚えさせたいんやろ?ほんならワイのアイデンが役に立つやんけ!」
「ーーーあぁ、そうだな。手伝ってくれるか?」
「当たり前やんけっ!同クラで遠慮なんすなやっ!」
当たり前か……ヤンバルにとっての当たり前は、俺とは違って明るい当たり前なんだな…。
「ふぅー。よしっやるか!ありがとうな、ヤンバル」
「ーー?なんやようわからんけど、お礼ならタコ焼きでええで」
俺はグルルが周りと馴染めた事に喜びを感じ、グルルを受け入れてくれたみんなには心の中で感謝と謝罪をした。
そして最後に、ヤンバルに言葉でお礼を告げたのをきっかけに気持ちを切り替えてからグルルを呼び、コントロールの訓練をする為に 再び魔力を出すように言った。
とりあえず今日は初日なので、付加を加えないただの魔力を弱、中、強の三段階の大きさに自在に変化させて、それを維持する訓練をする事にした。
グルルはまだ魔力コントロール…というか加減がうまく出来ないので、コピーした魔法以外を使おうとしたり ただ魔力を出してと言うとさっきみたいになってしまうし、逆に少しだけ出してと言うとほとんど体から出てこないくらいの魔力量になってしまう。
「パーパ、いぱーい出す?ちょびっと出す?」
「とりあえず少しでいいよ。その後ヤンバルが魔力を調整してくれるから、その感覚を忘れないようにしてくれ」
「おおー、わたかおー!」
そしてグルルは力を抜きながら魔力を練り始めた。
「ちょびっと出したおー!」
「よっしゃ、ほなワイの出番やな!今から三段階に調整するでっ」
ヤンバルはそう言うと、グルルに人差し指を向けた。
「おろ、おろろ?」
そしてその人差し指をヒュッと上に向けると、極小だったグルルの魔力が少しだけ膨れ上がっていった。
「グルル、今の状態が弱だからな。覚えたか?」
「覚えたおー!」
「ほなお次は中やなっ、行くでぇ」
ヤンバルが掛け声と共に再び指をグルルに向けてから上に弾くと、グルルの魔力が更に膨れ上がっていった。
「おおー、ほほー!覚えたおー!」
「早いなっ、物覚えも一級品やんけ!ほなラスト、強行くでぇ」
そしてまたヤンバルは同じ様に指をグルルから天井に動かし、グルルの魔力は更に増して行った。
「これが強だな。グルル覚えたか?」
「覚えたおー!」
「ほな今からワイのアイデンを解除するで、グルルはそのまま魔力の大きさを変えずに耐えるんやで!ええか?」
「おおー!ええおー!」
グルルの返事を聞いたヤンバルはアイデンを解除した。
アイデンが解除されたという事は、今は魔力の維持をグルルは自力でやっているという事になるのだがーーーーどうやら上手く維持出来ているようだ。
「おっ、ええ感じみたいやなっ!そのままっ、そのまま我慢やで!」
「おおー、ぐるるこのままやおー」
「なんか、所々でグルルの言葉遣いが変になってきた気がするな・・・それにしても、ヤンバルはアイデンの制御が上手いな」
ヤンバルの《スキップステージ》というアイデンは、指を差した対象の魔法の威力や性能を上げたり下げたりする能力で、今で言うなら グルルの魔力の大きさをヤンバルが操作していたという事だ。
このアイデンは魔力にならなんでも通用するらしく、自分の魔法はもちろんだが、誰かが放った後の魔法の威力も変えられるらしい。
例えば俺が火の低級魔法モエルを放った後にヤンバルがアイデンを発動すると、俺の放ったモエルが1つ上のモエルーサに変わる。という感じだ。
しかも威力を変えた時に起こる使用魔力の誤差は、ヤンバルが請け負うか対象者が請け負うか自分で決められるというのだから凄い。
って、まぁ今はそんな細かい事はいいか。
「よしグルル。じゃあそのまま弱になるように魔力を抑えて、また少しの間 維持してみてくれ」
「わかたおー」
グルルは俺の言葉に従い、魔力を弱にまで落として そのままちゃんと維持する事が出来た。
「グルルはほんま天才なんやなっ!あっちゅう間に教えた事覚えていきよるやんけ!ほな次は中やな、慣れてきたからて油断したらあかんでぇ」
「おおー、わかたおー」
ーーーーー
ーーー
ー
変化と維持、それを何回か繰り返していき、授業が終わる少し前には弱、中、強は完璧にマスターしていた。
訓練中は俺も集中していたので気にしていなかったが、グルルの覚えの早さはやはり常人ではあり得ない程に早かった。
俺もヤンバルもまさか一日でここまでグルルが完璧にこなすとは想像もしていなかったので、訓練を終えた時は2人で視線を合わて驚き合った。
とはいえ、魔力コントロールはこれで完結というわけではなく、むしろスタートラインに立ったところと言えるだろう。
いくら授業中に魔力コントロールが上手くやれたからといって、魔力は体調や感情に大きく左右される面も持ち合わせているので、セントクルスで癇癪を起こした時のような状況になっても冷静に魔力をコントロール出来るようになるまでは、これからも基礎の訓練は毎日一緒にやっていくつもりだ。