【 恵まれた環境 】
家に帰った俺はグルルと一緒にいつもの筋トレと魔法練習を早めに済ませて風呂に入り、学園初登校やらなんやらで疲れているであろうグルルを寝かせ付けてから 1人リビングで母さんが帰るのを待っていた。
「もうそろそろ帰ってくるかな…」
時刻は夜9時を回ったところ。
普段であれば母さんはこんなに早く帰って来ないのだが、来週から始まる戦闘訓練の相談をしようと思い 電話を掛けたら『今日は9時くらいに帰れる事になったから、帰ったら話しましょ』と言われたので、こうして待っているというわけだ。
ガチャーー
「たっだいまぁー!あっ、この芳ばしい良い匂いはタッ君の焼うどんの匂いねっ!」
ただ待っているのも暇だったので、多分晩飯を食べていないであろう母さんの為にあり合わせオールイン焼うどんを作りながら時間を潰していると、丁度出来上がったところで母さんが帰って来た。
「おかえり母さん。飯はまだなんだろ?焼うどん作ったから着替えたら冷める前に食べなよ」
「はぁい」
ーーーーー
ーーー
ー
「う〜ん、美味しかったぁ!タッ君は将来 専業主夫でもやっていけるわねっ・・・・だめよっ!お母さんは認めませんからねっ!」
「何の話だよっ!そんな事より、さっき電話でも少し話たけど来週から始まる戦闘訓練…母さんはグルルをどうした方がいいと思う?」
サラ先生の話では戦闘訓練は全クラスの必須科目になるらしいのでそれは構わないのだが、AクラスとBクラスは実戦を想定した訓練のような事をすると言っていた。
「タッ君はどうしたいと思ってるの?」
「俺はーーー」
戦闘訓練の話を聞いた時、俺はグルルには戦闘訓練なんか受けさせたくないと思った。
学園が指導してくれる訓練だから危険が少ないのはわかっているが、少しでも危ない目に遭わせたくなかったからだ。
それと、争いという物に…グルルを関わらせたくなかった。
グルルは出逢ってから今日まで殆どの日を笑って過ごしている。
それはもちろんグルルが明るい性格だからというのもあるけど、セルやイリアそれにルークやマキナ達の優しさに触れていたからだと、俺は思っている。
だが、訓練とはいえ戦闘となると 人の優しさだけではなく厳しさや怒りなどの負の感情をもろに受ける事になる。
グルルには、そういった物に触れさせたくないと思っていた。
でもーーー
「俺は、グルルにも訓練を受けさせたいと思ってる」
「へぇ〜、ちょっと意外ね。タッ君ならグルちゃんに危険な事はさせられないぃー!って言うと思ってたわ」
「俺も初めはそう思ってたけど…今日の帰りにグルルがマゾエルさんと喧嘩寸前になったのを見て、グルルにも訓練を受けさせた方がいいって思ったんだ」
「えぇっ!?マゾエルって2年生のあの!?サラちゃんそんな事一言も・・・それより、グルちゃんよく無事だったわねぇ」
「マリアが止めてくれたからな。見てるこっちが死ぬかと思ったよ」
まぁ誰も怪我してないから良いけど。
「じゃあタッ君はそういう危険な状況になった時に、グルちゃんが自分の身は自分で守れるようになって欲しいって思ったって事ね?」
「それもあるけど…俺が危険だと思ったのは、グルルの力なんだ」
「グルちゃんの、力…?」
あの時、グルルはマゾエルさんの魔力の壁を殴り壊した。
俺とイリアが余波に当てられただけで立ち上がれなくなる程のマゾエルさんの魔圧の中、グルルは怯むどころかマゾエルさんを一瞬とはいえ圧倒していたのだ。
あれが万が一マゾエルさんではなく他の誰かだったら…以前リードイスト王と話していた時に見せた咆哮を誰かに向けて撃ってしまったら…そう考えたら俺は怖くなった。
「グルルの力は一歩間違えば人を殺してしまう可能性があるくらいに強いと思う。だから、力の使い方をグルルにちゃんと学んで欲しい。あの力をグルルがちゃんと自分で制御出来るようになれば人を傷付ける心配も傷付けられる心配も減るかなって」
俺の考えを伝えると、母さんは納得と疑問の表情を浮かべていた。
その2つの理由も、目の前にいる俺にはもちろん聴こえている。
母さんから伝わって来た心声は、俺の考えがここまで決まっているのに、何を私に相談する事があるの?という疑問だ。
「母さんの意見も聞きたいとは思ってたけど、相談はクラス替えの事なんだ。俺はMSSレベル3だからAクラスのままなんだけどグルルはレベル2。週末にあるテストが終わってからクラス替えをするって話だったから、多分テストの点数もクラス替えの基準になると思うんだ。でもグルルは勉強なんてした事ないから…」
そう、俺の悩みはグルルに戦闘訓練をさせるかどうかではなく、グルルのクラスをなんとかAクラスのままに出来ないだろうかという相談だ。
テストの採点でクラス分けをされるとは限らないが、タイミング的にはその可能性も大いにあるし、それに戦闘訓練うんぬんは別として、グルルと離れて学園生活を送るのはまだかなり不安がある。
「そういう事なら心配ないわよ。実は今日サラちゃんが職場に来てね、グルちゃんをAクラスに残したいって言ってきたのよ。来週から戦闘訓練が始まって、AクラスとBクラスは他のクラスよりも大変になると思うけどグルル君はシャイナス君と一緒に居た方が安心するだろうからって言ってたわ」
「え?サラ先生がわざわざそれを言うために母さんの所に行ったのか?で、母さんは何て返事したんだ?」
「グルちゃんの事を私だけでは決められないから帰ったら2人の考えも聞いてみるわねって答えといたわよ。それから、残業なんかしたら話す時間がとれなくなっちゃうなぁ〜 サラちゃんから私の上司に圧かけといてくれればサクッと帰ってチャチャっと話しが出来るんだけどなぁ〜って言ったわね。そしたら本当に早く帰れちゃった、ラッキー」
「そっか、サラ先生もグルルの事を気に掛けてくれてるんだな。……それに母さんも、ありがとうな」
グルルと違うクラスになる事に不安があった俺だったが、サラ先生の気遣いのおかげで1番の不安が杞憂に終わった。
それに、母さんの心遣いも嬉しかった。
ちゃっかり仕事を早退するところは感心できないけど、母さんはいつも俺やグルルの意見を尊重してくれる。
母さんには母さんの意見や考えがあるのだろうが、いつもこっちの話を聞いてから自分の意見を述べて そこからちゃんと対等に話し合ってくれるのは、素直に尊敬出来る部分だ。
小さなグルルを正しく成長させてあげる為に俺も色々考えてはいるが、悔しいけどやっぱり俺もまだまだ子供で分からない事や迷う事ばかり…それでも、母さんやサラ先生のような大人が見守ってくれて、困った時や悩んだ時には手を差し伸べてくれる。
「守ってあげる事だけが、守ってあげる事じゃない。ーーータッ君はもう、しっかり良いお兄ちゃんね」
「そうあれるように、頑張るよ。とりあえずクラス替えの事がなんとかなってくれてて安心した。ーーーじゃあ俺は先に寝るね、おやすみ母さん」
「はぁい、おやすみなさぁーい」
母さんとの話しが終わった俺は二階にある自室へ向かったが、自室に入る前に 隣の部屋のドアを静かに開けて中を覗き込んだ。
「すぅー・・・スゥー・・・」
「ーーーおやすみ、グルル」
パタンーー
寝かしつけた時と同じ穏やかなグルルの寝顔に、小さくおやすみを言ってから 俺も自室へ戻り 眠りについた。
ーーーーー
翌朝、目を覚ました時にはすでに母さんは出勤しており、リビングのテーブルの上には手紙と2人分の朝食と弁当が置かれてあった。
手紙については語る必要も語りたくもないので割愛。(お察し下さい)
2人で一緒に朝食を食べ、弁当をそれぞれ鞄に入れて支度を済ませた俺達は 今日から本格的に二学期が始まる学園へと向かう為、外へと出た。
「良い天気だな」
「お外ちもちーね!はよガクエン行こー!パーパ、手つなごー!」
「・・・忘れてた。そういえば昨日から俺はパパになったんだっけ。ーーーまぁいいか、よしグルル。行こうか」
晴れ渡る空の下、俺とグルルは手を取り合って歩き出した。
待ち合わせをしているわけではないが、いつもイリアと合流する場所に向かってゆっくりと歩いていくと、合流地点にイリアとマキナが並んで立っているのが目に入ってきた。