【 全てはマーマの思惑通り? 】
「マーマ、マーマーッ」
ずびしっーずびしっーー
「…マリア、15歳」
ずびしっーずびしっーー
マゾエルが動きと魔力の放出を止めた事でようやく体に自由が戻ってきた俺とイリアは、急いでマリアとグルルの元へと駆け寄った。
俺達が近寄って行くと、マリアに受け入れて貰えないグルルが助けを求めるように俺に縋り付いてきた。
「たっくとー!マーマがずびしってするおー」
「そんな事より、いきなりどうしたんだよグルル!怪我は……ないみたいだな、よかった。でもマリアが止めてくれなかったら今頃大怪我してたかもしれないんだぞっ!」
マゾエルがどこまで本気だったのかは不明だが、最後に放とうとしていた魔力は到底防ぎ切れるような威力ではなさそうだった。
マゾエルが誰かに暴力を振るっている所など今まで一度も見た事がないので どれ程の威力があるのかはわからないが、近くに居るだけで立てなくなるような魔力を人に向けるなど危険以外の何物でもない。
サディスさんとは少し毛色が違うけど、やっぱりマゾエルさんも怖いな…
まぁ結果的には誰も怪我をする事なく無事だったから、それは今はいいとして…それよりもグルルだ。
大きなウサクラさんの背に跨がり、眠そうな目をしながらも生き生きとした様子でチョップを繰り出すマリアは いつもマキナを揶揄っている時と同じように見えるが、グルルはまるで母親に甘えたがっているのに構ってもらえずに駄々をこねる子供のように見えた。
「なぁイリア…これ、どういう状況かわかるか?」
「分からないよ…二人は知り合いなのかな?さっきからグルル君、マリアちゃんの事をママって言ってるみたいだけど…」
マリアがママ…?
さすがにそれは有り得ないだろ。
実年齢が15歳とはいえ見た目は5.6歳のグルルと大差ないマリアだぞ?
そんなマリアが子供を産んだとなると、なんか色々問題がありそうだし…
そもそもマリアの見た目が幼いのを度外視したとしても、まだマリアは15歳だ。
推定5.6歳のグルルがマリアの子供だとしたら産んだ時の年齢はーーーって俺は何を考えてるんだ。
やっぱり有り得ないだろ。
「なぁグルル、マリアとは知り合いなのか?グルルの言うマーマってどういう意味なんだ?」
「しらないおー、マーマはマーマだおー!」
だめだ、会話が成り立ってくれない…
「マリアはグルルの事を知ってるのか?グルルは基本的に人懐っこい性格だけど、ここまで必死に誰かに向かってアピールするなんて俺は初めて見たんだが…マーマってなにかわかるか?」
「…マーマは、おかあさん?」
いや、まぁ…俺もイリアも初めはそう思ったけど、その可能性はないから質問しているんだが…
しかし状況が理解出来ていないのはマリアも同じらしく、首を傾げながらグルルを見ていた。
マリアは5秒程グルルを観察していたが、考えても分からないと理解したのか 首を傾げるのをやめた。
「…おチビ、おいで」
そして俺の右脚にしがみ付いているグルルを手招きして呼んだ。
「おおー!」
呼ばれたグルルは嬉しそうにマリアに駆け寄ったが、飛び付くとチョップをされると学んだからか マリアの目の前でちゃんと足を止めた。
「…マリアが、マーマ?」
「そうだおー!」
背丈のほとんど変わらない子供達の会話。
どちらも言葉足らずな2人の会話だが、俺とイリアは黙って見守った。
「…パーパは、だれ?」
「いないおー!」
パーパ?
マーマからのパーパで会話が成り立っている?
それならマーマはやはり母親って意味なのか?
「…タクトが、パーパ?」
「ちがうおー!たっくとはたっくとだおー!」
いやいやいや、当たり前だろっ!
何訳の分からない質問してんだよマリアはっ!?
「…タクトが、パーパ?」
「ちがうおー?たっくとはたっくとだおー」
ん?違うと言われたばかりなのに、なんでマリアはまた同じ事を・・・
「…タクトが、パーパ?」
「ちがうおー、たっくとはたっーーー」
ずびしっー
「…タクトが、パーパ?」
「ちがーーー」
ずびしっーずびしっーー
「…タクトが、パーパ?」
「・・・痛いお」
なんだこれ・・・YESと言わないかぎりチョップと質問がループするやつか?
これはもはや会話ではなく誘導尋問だろ。
「ふふっ、いいんじゃないタクト?パパになってあげれば。グルル君はマリアちゃんをママだと思ってるみたいだし、マリアちゃんはタクトがパパならグルル君にママって呼ばれてもいいって言っているように見えるよ」
「いや、でも俺はグルルの兄であって父親では…」
確かにグルルとマリアのやり取りを見る感じだと、イリアの言ってる事が正解だと思うが…
ずびしっーずびしっーー
ずびしっー!
「・・・・・」
ずびしっーずびしっーー
ずびしっー!
・・だぁぁぁぁっ、わかったよっ!
「グルルッ、今日から俺がグルルのパーパになってやる!マリア、それでいいんだろっ!?」
俺が葛藤している間にもマリアのチョップがグルルの頭を痛め付け続けていたので、見かねた俺は半ば投げやりな感じで叫ぶと マリアは怪しく目をキランッと光らせ 薄く笑いながらコクンと頭を縦に振った。
「…マリアが、ママ。…タクトが、パパ。…おチビ、いい?」
「おおー、ほほー!わかったおー、マーマ パーパ ありあとー!もひひーっ」
なんだろう…完全にマリアのペースに飲まれてしまった気がする。
だけど、まぁいいか。
兄から父に変わったところで何かが変わるわけじゃない。
それにーーー
「もひひーっ、マーマ、パーパ!イーリャ、シーロ!ウササ、アーカ!もひひーっ」
グルルも喜んでるからな。
それにしても、この学園でマゾエルさんの事を白って呼んだのは多分グルルが初だぞ。
まぁマゾエルさんはマリアに危害を加えようとしない限りは基本的には多分おそらくきっと温厚であるはずだから怒ったりはしないだろうけど、サディスさんを赤って呼ぶのは本当に命に関わるから後でやめさせないとな…
「ーーーん?」
赤?
なんで今、赤ってワードが出てくるんだ?
マリアとマゾエルさんが居て白って聞いたからマゾエルさんを連想した。その流れで赤って聞いたから自然とサディスさんを連想してしまったが…
サディスは今ここに居ない。
「んー、わからん。」
「ふふっ、分からなくてもいいじゃない。グルル君もマリアちゃんも喜んでるみたいなんだから……あっ、マゾエルさんが正気に戻ったみたい」
俺がグルルの発言に首を傾げていると、金縛りから復活したマゾエルが近寄って来た。
ゆっくりと歩み寄るマゾエルにはもう危険な雰囲気はなく、穏やかな表情でマリア達を見ていた。
「あらあらあら、もう仲良しになったのですね。先程はごめんなさいね。あまりにも強大な力を内に秘めている方がマリアちゃんに向かって来たので、驚いてしまったのです」
「いえ、こちらこそグルルが驚かせてしまってすみませんでした。ーーーあの、マゾエルさん。マゾエルさんはグルルとマリアの関係を知ってたりしませんか?」
「ごめんなさい、私にはわからないですね。ただ、お二人の共通点を挙げるとするならば……どちらも可愛いという事くらいでしょうか」
ふざけているのか真面目に言っているのかわからないが、どうやらマゾエルも2人の関係性は知らないようだ。
「ひとまずその子…グルルさんでしたか?マリアちゃんがグルルさんを受け入れたようですので、今後は私もサディちゃんもグルルさんに危害を加えるような事はしないとお約束しますね」
「は、はい。ありがとうございます…」
ーーー
それから少しだけみんなで談笑し、グルルにもマゾエルさんに謝罪をさせてから俺達3人は学園を出た。
少しだけ壊れてしまった噴水をどうしようかと考えていたのだが、マゾエルさんが『私が後で学園長さんに謝っておきますので、タクトさん達はお気になさらず』と言ってくれたのでマゾエルさんに任せる事にした。
色々大変だったが、帰りの寄り道でイリアが円源に行く許可を出してくれたので俺の疲れはラーメンのスープと共に胃袋の中へと消えていき、終わり円源なら全て良しという名言を生み出して満腹と満足を味わいながらグルルと家に帰る事ができた。
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ーーータクト達が居なくなった噴水付近では、いつもと同じように学生達が楽しそうに談笑していた。
先程まで欠けていた噴水は既に元どおりに修復され、マリアとマゾエルの姿は もうそこには無かった。
タクト達と別れたマリアはウサクラさんに乗ったまま学園寮の自室へ戻り、マゾエルは学園長室へと移動していった。