【 二学期の始まり 】
ザッハルテさんの告別式から6日が過ぎ、今日は9月3日。
土日が重なってくれたおかげで2日間得した気分を味わいつつも、名残惜しい気持ちは消えないまま夏休みが終わってしまった。
夏休みが終わったという事は当然、本日からアルバティル学園の2学期が始まるという事だ。
告別式が終わってから今日まで、俺はグルルと一緒に学園島を散歩したりルークやデュラン達にグルルを紹介したりして、雨で中々出歩く事が出来なかった分 急ぎ足で夏休みを楽しんだのだが、それももう終わりって事。
夏休みの大半を占める大雨のせいで物足りない気がしないでもないが、この6日間はセルやイリアも散歩や遊びに付き合ってくれたおかげで、グルルは一般常識も言葉も更に覚えていき、有意義な6日間だったなぁと俺は思っている。
とはいえ、グルルと四六時中一緒にいる事が出来る夏休みが終わってしまい、今日から俺は学園に通わなくてはならない。
賢くて良い子のグルルはしっかり留守番出来るとは思うのだが、母さんも仕事が忙しくて家にはほとんど居ないので正直俺はかなり不安だったのだがーーー
「たっくとー!ぐるるはお着替えおわたおー、はよガクエン行こー!」
「おっ、ネクタイも自分で出来たのか…ってグルル、まさかそのバスタオルを羽織って行くつもりか?恥ずかしいから置いていけよ」
「いやだおー!はよ行こー!」
そう。
なんとグルルも今日から学園に通う事になったのだ。
それもこれも3日前にサラ先生が突然俺の家に来て『先日学園に来た時に測定した結果、グルル君は魔力値も知能指数も非常に高い数値が出たとの報告を受けましたので、アルバティル学園に入学する事をお勧めします』と言ってきたのがキッカケだ。
入学の話しを聞いた俺は突然の提案に驚いていたのだが、当のグルルは大喜び。
しかも、学園に通うのなら俺と同じ場所に居たいというグルルの我が儘に対して サラ先生は表情1つ変えずに承諾し、グルルを俺と同じ1-Aクラスに入学させると言い出したのだ。
確かにグルルはMSSL V2と認定されたのでアルバティル学園に入る事が出来るのはわかるが、明らかに5、6歳のグルルがいきなり高等部。しかもLV3感染者と優秀な生徒しか居ない特別クラスと言われているAクラスに来るなんて想像もしていなかった。
もうこれは転入でも編入でもなく、前代未聞の変入だ。
とはいえ、グルルを一人で留守番させなければいけないと思っていた俺からしてみれば願っても無い話しであったのも事実。
俺的には有難い話ではあったが 俺とグルルだけで決めていい話しではない為、その日の夜遅くに帰って来た母さんにもその事を話してどうするか決めようとしたのだが、既に母さんにはサラ先生から話がいっていたらしく 快諾したとも言っていたので めでたくグルルも学園生になった訳だ。
ーーーーー
ーーー
ー
着替えと朝食を済ませた俺とグルルは家を出て学園へと向かって歩いて行く。
道中でイリアと合流して3人で並んで登校したのだが、楽しそうに笑うグルルやイリアとは違い 俺は多少緊張していた。
「(何事もないといいけどな……不安だ。)」
基本的には良い子のグルルだが、時折見せる豹変や常識外な行動が完全に無くなった訳ではない為、俺は不安5割 楽しみ5割の微妙な高揚感を味わいながら学園へと向かった。
ーーー
学園に着くと、イリアは先に教室へ行き 俺とグルルは職員室のある校舎へと足を運んだ。
コンコンッ
「失礼します。高等部1-Aのタクト・シャイナスです。サラ先生は居ますか?」
職員室の扉を開けて、誰かにというわけではなく声を出してサラ先生の所在を確認すると、1人の教師が立ち上がってこちらへ歩み寄って来た。
「おっすタクトッ、久し振りだなぁ!おぉ、その子がタクトの弟になったって子かっ、セルスに聞いてた通り可愛い顔した子じゃないか!ーーーそれにしても…2人とも全然日焼けしてないじゃないかっ!夏は海やプールで水着ギャルを見ないと俺みたいなイイ大人になれないぞっ」
「おはようフレド兄さん・・・じゃなくて、おはようございます、フレド先生。そんな事よりサラ先生は居ないんですか?」
「学園でもフレド兄さんでいいっていつも言ってるだろ、相変わらずタクトはカッチカチだなっ!仕方ない、そんなお堅いタクトには今度俺の秘蔵の○○本を貸してやるっ!それ見て、少しは俺みたいにハッスルしろよっ」
「いや、いらないから。それにその秘蔵のなんとか本のせいで、セルがいつも流血騒ぎ起こしてるんですよ…」
声を掛けて来たのは、こんがり日焼けしたフレド・シエート先生。
名前で分かる通り、セルの兄さんだ。
セルよりも身長が高くて、少しだけ体格も良いフレド兄さんは運動部の統括顧問と中等部でマキナ達のクラスの担任を受け持っている教師。
顔はセルと良く似ていてカッコイイ部類なのだが、似ているのは顔だけではなく残念な所も似ているため、結局は残念な人。
兄弟揃ってエロ脳なので、もうこれは遺伝なのかもしれない。
コツッ コツッ コツッ
「あ、サラ先生 おはようございます。グルル連れて来ましたけど、本当に良いんですか?」
フレド兄さんと下らないいつもの挨拶をしていると、聞き慣れた規則正しい足音を立てながらサラ先生がやって来た。
「おはようございます。もちろんです、よく来てくれました。もうすぐホームルームも始まりますので一緒に教室へ行きましょう。教室に着いたら簡単に挨拶をしてもらいますが、初めてで戸惑う事があるかもしれませんのでシャイナス君もグルル君と一緒に居てあげて下さい」
「わかりました。じゃあフレド兄さん、俺達はもう行きますね。フレド兄さんもホームルーム遅刻しないようにな」
サラ先生と合流出来たので フレド兄さんに挨拶を告げて職員室を出て、俺達は1-Aへと向かった。
職員室を出る直前でサラ先生が鋭い視線をフレド兄さんに向けて『生徒に不道徳な事を勧めるのはやめて下さい』と注意していたのだが、フレド兄さんは何故か嬉しそうな顔をしていた……さすがセルの兄さんだな。
ーーー
職員室がある中央校舎を出て、正門から見て左側に建てられている双子校舎の左の校舎へ進む俺達。
一般校舎は正門から見て右側にある巨大な校舎だが、俺達が通っているのは双子校舎と呼ばれているAクラス専用の校舎だ。
双子校舎とは誰が付けたかは不明だが見た通りの名称で、同じ建物が2つ並んで建っているからそう呼ばれている。
双子校舎の左側が兄棟と呼ばれる高等部専用校舎で、右側が弟棟と呼ばれている初等部と中等部専用の校舎。
俺は今年から兄棟に通っているが、昨年までは弟棟に通っていた。
なぜ一般校舎から離れた場所に双子校舎があり、Aクラスしか通っていないかというと……お察しの通りAクラスにはレベル3感染者がいるからだ。
アルバティル学園の生徒の殆どはMSS感染者だが、中には非感染者の生徒もいる。
MSS育成機関として知られるアルバティル学園に非感染者が入学するのは相当難しいと聞いた事があるが、例外はある。
マキナのように姉が感染者であったりする場合は例外に入る。
それとララもマキナとは別の例外で、レベル3感染者であるルークの強い推薦で入学している。
まぁ細かい事は今はいいとして、アルバティル学園にはMSS感染者だけが居る訳ではないというのが、レベル3感染者が離れた校舎に通っている大きな理由だ。
クラス分けの基準を詳しく知っているわけではないが、MSSLV3感染者だけは 魔力もアイデンも成績も関係なく問答無用でAクラスに分類され、この双子校舎で学業を学ぶ事になる。
ガラガラガラッーー
以前に一度学園内を多少ではあるが案内してあげた事があるため、道中でグルルから質問責めをされる事なく1-Aに到着した。
「みなさんおはようございます。HRを始めますので自分の席に着いて下さい」
1学期の頃から変わらないサラ先生の言葉に、少しの懐かしさを感じながら 俺とグルルはサラ先生の後ろに着いて教室へと入っていった。