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光のタクト  作者: セカンド
魂の軌跡
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【 さようなら、ザッハルテさん 】



2時間前に訪れた告別式会場内に再び入場した俺とグルルは、参列者の列に並び 少しずつザッハルテさんの眠る棺桶に近付いていった。



「トルテ様、前見た時より綺麗な顔だったな」

【長生きの秘訣ってなんだろうなぁ、俺もあれくらい長生き・・・は、無理だよなぁ】


「前は日焼けか汚れか知らないけど真っ黒だったからな。最後の、なんだっけ?死化粧だっけ、あれはファンデさんやモーテルさんも手伝ったって聞いたぞ。さすが偉人は違うよな」

【ジース持ちって羨ましいなぁ。俺はジースなんてないけど死んだ後、あんな美人で腕の良い人達に死化粧して・・・は、もらえないよなぁ】



「ザッハルテ様、大往生でしたねぇ。最期の最期まで皆の為に…ようやってくれましたなぁ」

【あの歳になってまで人々の為に頑張って下さるなんて、本当に素晴らしいお方でしたなぁ】



2時間前とは違い、一般参列者で溢れる会場内からは人々の会話や心声が止む事なく聴こえ続けているが、思いの外 悲しみに溢れたものではなかった。


聴こえてくるのは感謝や羨望が多く、悲しむ声は全くと言っていいほど聴こえて来ない。

リードイスト王の様に辛そうな表情をしている人も見当たらず、葬式独特の暗い雰囲気はカケラもなかった。


「まぁ、そうだよな…」


身内や友達、好きなアイドルや恩師などの葬式であれば大泣きする人もいるだろうが、ここに集まっている殆どの人は ザッハルテさんとそこまで深い関係ではないのは一目瞭然。


ザッハルテさんが天涯孤独の身であるのは有名な話ってのも理由の1つだが、一般入場する前に会場に入った時 各国の重役っぽい人達しかいなかったので身内どころか親しい友人などもいなかったのではないだろうか…


「ーーーーー」


関係が深ければ悲しみも深くなり、関係が浅ければ悲しみが薄いのは当たり前だ。


それに加え、リードイスト王が言った通りザッハルテさんが殺された事は一般の人には知られていないので、寿命を全うしたと思われているザッハルテさんの死を悲しむ人がいないのも理解は出来るが……やるせないな。


「ーーーーー」


ザッハルテさんのおかげで空は晴れ渡っているのに、やるせない気持ちが俺の胸に小さな暗雲を作り出してしまった。



知らない事が罪だとは言わない。

だが、知らない奴らが憎い。


悲しまない事が悪だとは言わない。

だが、笑っている奴らが憎い。



やり場の無い憤りは徐々に膨らみ、聞こえる声や音が全て汚い嘲笑の様に纏わりついてくる気がして俺は…俺は……



ゴロゴロゴロゴローーーー



〝うわぁぁぁっ!なんだ、いきなり雲がっ〟


〝雷っ!?おいっ、みんな危ないぞっ!」


〝ザッハルテ様のイタズラかっ!?死んでもイタズラするのかよ、あの人はっ〟



ドス黒い感情に飲み込まれそうになっている俺の耳に、先程までとは違う声と音が聞こえてきた。


逃げ惑う人々の視線の先、晴れ渡る空の遥か下に さっきまでは無かった小さな雷雲がポツンと浮かびながらゴロゴロと威嚇音を鳴らしていた。


「あれは、ザッハルテさんの雷雲……」



見間違う筈がない。


つい先程、リードイスト王に話した時 鮮明に思い出したザッハルテさんの雷雲と全く同じ雲だ。


ゴロゴロゴロゴローーー


あの時と同じだ…

いつ雷を落とそうか機を伺うようにソワソワしている。


懐かしくもあり、ついさっき振りでもあり、見たのはこれが数回目の筈なのに やけに慣れ親しんだ感じのする雷雲を見た俺は



「ーーーははっ」


自然と笑いが込み上げてきた。


ゴロゴロと音を鳴らしながらソワソワしている雷雲を見ていると、ザッハルテさんに「何を変な顔しとるんじゃ小僧、お主も笑っとりゃええんじゃ!」と、言われている気がしたからだ。


根拠はないし、あり得ない事だとは思う。


でも、俺はそう感じたんだ。


俺が周りの人達に憎しみの感情を抱いていたのを、宥めに来てくれたのかな?


もし、そうだと言うのなら…いや、きっとそうだ。



そうですよね、ザッハルテさん。




「ふぅーーっ!よしっ、もう大丈夫」




大きく息を吐き出し さっきまで感じていたドス黒い感情も一緒に吐き出した俺は、ゴロゴロしながらソワソワしている雷雲に笑顔を向けて心の中で「ありがとうザッハルテさん、もう大丈夫です」と伝えた。


俺の心の声が伝わったかはわからないが、俺がそう伝えた直後 雷雲は徐々に薄れていき、雷を落とす事なく消滅していった。




ーーーーー



雷雲が消えた後はまたスムーズに参拝が進んで行ったが、こころなしか雷雲騒動以前よりもみんなちゃんとお祈りしているみたいだった。


さっきまでの俺のなら多分その事にすら腹を立てていたかもしれないが、今は驚くほど穏やかな心境になっていた。


冷静に考えれば、俺だってリードイスト王に呼ばれなければここにいる人達と同じ様な感情で同じ様に笑いながら参拝していたはずなのに、何をイライラしてたんだよって感じだ。


それに皆んなだってわざわざここにザッハルテさんを笑いに来たわけではなく、ちゃんと冥福を祈る為に来てくれているし感謝だってしてくれている。それなのに俺が怒る方がおかしい。



「おおー、つぎのつぎのつぎだおー!はよおハナどぞーしたいおー」


穏やかになった気持ちのまま列に並んでいると、もうすぐ俺達の順番が回ってくるところまで来ていた。


「凄い数の花だな…」


目視できる棺桶には案の定、溢れに溢れた供花が供えられている。


関係が浅いか深いかは、関係ない。

この花の数だけの繋がりが、ザッハルテさんにはあったんだな。



「たっくとー、おハナどぞしよー!」


「あぁ」


グルルに手を引かれ、俺は再びザッハルテさんの亡骸の前に立った。


「ーーーーー」


当たり前だが、さっきと変わらない穏やかな表情のザッハルテさんが棺桶の中で眠っている。

さっきと違う所は、顔以外が花で埋め尽くされているところくらいだ。


前の人と同じように俺とグルルも棺桶の中に供花を入れてから短い黙祷を捧げた後、俺はもう一度 ザッハルテさんの顔を見た。



「なに幸せそうな顔して眠ってるんですか、ザッハルテさん…」


死んだ人間に話し掛けるのが無意味だと思う人もいるだろう。


「さっきは、ありがとうございました。ーーー相変わらずの雷雲でしたね」


でも、俺はもう知っている。


イリアのお見舞いをした時から。


「こんな事になるまで会えなかったのが、残念です」


声は…想いは必ず届くと、知っている。


「もっと、話したかったです。もっと、ザッハルテさんを知りたかったです」


それでも、もうザッハルテさんの声を聞く事は出来ない。

あの変な笑い声も、最期にタクトと言ってくれた理由も、聞く事は出来ない。


「1回しかちゃんと話した事なかったけど、もう絶対 忘れたりなんかしませんから。またいつか会える時まで、さようなら…ザッハルテさん」


1回しか話していないのは事実だが、思い出話をしたせいか、ずっと一緒にいたような気さえする。


「よし、じゃあ行こうか」


「おおー!カラッポばばーい!」


ザッハルテさんに最期の別れを告げて、俺とグルルは棺桶に背を向けて階段を降り始めた。


【りゃはっはっはっ またのぉ、タクト。ーーー気を付けるんじゃぞ】


「えっ、今のは…」


個人へ向けての心声のようにハッキリと聴こえたザッハルテさんの声ーーー


「・・・気のせい…だよな」


風のいたずらだとしても驚いたな…でも、それ以上に嬉しかった。






ザッハルテさんの長い人生の軌跡に俺が存在していたのかはわからないが、俺の心にはザッハルテさんの存在が確実に刻み込まれた。


もう忘れる事はないだろう。


俺だけではなく この世界に住む人達の中の何人かでもいい。カンカンに照りつける太陽を見上げた時にザッハルテさんを思い出してくれたらいいなと、俺は思う。



ーーーーー



ザッハルテ・トルテ

享年159歳


ウェザーコントロールというジーニアススキルを持ち、世界中の天恵不足に手を差し伸べて人々の暮らしに恵みを与え続けてくれた偉人の生涯は、ここで幕を閉じた。


一部の人以外は老衰だと聞き、その事に疑問すら抱く事なく 穏やかな顔で眠る偉人に別れを告げていった。


159歳という年齢の為 ザッハルテ・トルテの出生を知る者は誰もおらず、生い立ちや経歴などもほとんどが謎に包まれているが、最期の雨雲削除は人々の記憶に深く刻み込まれたであろう。



タクト達がザッハルテに別れを告げて会場を去った後も参列者は途切れる事無く花を供え続け、会場に収まりきらない程の人で溢れ返った告別式は深夜まで続いた。


途中、まだ日の高い夕刻にはリードイスト王からの追悼の言葉があったが、悲しい別れではなく笑顔で見送ろうと民達に告げると人々はそれに賛同し、大いに盛り上がる告別式へと変わっていった。


振舞われる料理はどれも最高級、告別式を盛り上げる為に現れた魔劇団、ザッハルテの魂を天界へ導く歌を捧げるコーラス隊。


奇人変人と言われた偉人の告別式は、雲1つ無い空の下 多くの笑い声と感謝の言葉で終始した。




ーーーーー



ザッハルテさんに別れを告げた俺とグルルは早々に会場を後にし、中心街をブラブラ散歩していた。



特に目的地はなかったが、グルルに学園島以外の場所も見せたかったからだ。


学園の任務などで俺はちょくちょく来ているので懐かしさは感じないが、グルルと歩くセントクルスはなんだか新鮮に感じた。



ーー暫く2人で綺麗な街を歩き、歩きながら食べられる物を買うなどして楽しい時間を過ごしたが、結局 セルからの連絡は来なかった。


セルは生徒会で忙しいのは知っているので、まぁ仕方ないかと思い、日が落ち始めたのをきっかけに俺達は学園島に帰る事にした。




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