【 咆哮とグッドラック 】
「ーーこんなところです。ちゃんと話したのは本当に最初に会った一回だけで、それからはありません。11年も前の事ですし、やっぱり俺の名前を呼んだとは思えないですよ」
当時の事を鮮明に思い出し、一通り話し終えた俺の結論は、話し始める前と変わらなかった。
「いや、やはりザッハルテが呟いたタクトとは君で間違いなかったようだ。私は立場柄ザッハルテとの交流は他の誰よりも多かったと自負しているが、ザッハルテが人の名前を口にしているところを見た事がなかった・・・死に際に君の名前を口にするまではね」
「ーーーーー」
ザッハルテさんとの過去を思い出してみると、リードイスト王が言っている事も理解出来なくはなかった。
ザッハルテさんなら、きっと誰に対しても小僧って呼んでそうだしな…
「ところで、話しに出て来た君の能力《共存》とは一体どういう能力なのかな?差し支えなければ教えてくれないだろうか」
「あ、はい。俺の共存は名称通り、他人の身体に俺の意識を共存させる能力です。共存した相手の身体を自分の身体の様に動かす事が出来ます。もう一つの使い道は心の中に入って潜在意識レベルでの対話が出来ますが…こっちは普段は使いません」
「ーーーなるほど、共存か」
ざっくりと自分のアイデンの説明をすると、リードイスト王は右手で下唇を触りながら何かを考える仕草をしていた。
「その能力は、誰にでも入る事が可能なのかな?」
「ーー?今のところ入れなかった人はいません。でも入った後に押し出されそうになった事は何回もあるので、入る前から拒む気持ちを持たれたら入れないかもしれないです……あと、魔獣や魔物や動物には入れません。人間だけです」
「なるほど・・・」
また考える仕草をし始めたリードイスト王だが、今度はすぐに顔を上げた。
パチンッーー
顔を上げたリードイスト王は、おもむろに一度指を鳴らすと
「タクト・シャイナス君。私にそのアイデンを使ってみてくれないかな?」
と、突拍子も無い提案をしてきた。
「いや、あの、自分の能力を悪く言うのもなんですけど…身体に入られるってのは多分そんなに気分の良い物ではないと思いますよ……なぁセル?」
リードイスト王が何を思ったのかは不明だが、さすがに共存を使うのはなぁ、と困ってしまった俺は、いつも俺の共存の被害に遭っているセルに助けを求めた。
「んー、どうだろね?俺はお仕置きでやられてばっかだから良い思いはしてないけど、もしかしたら王様には癖になる感覚かもしんないよ?たはっ」
こんのクソ親友めっ。
絶対俺が困ってるのを見て面白がってやがるっ、たはっとか言って笑ってやがるしっ。
「すみません…さすがに王様に共存を使うのは気が引けるんで、セルに使うところを見せる…ではダメですか?」
「あぁ、構わないよ」
「いやいや、俺が構いますって・・・ちょ、タクト?やめて、そんな目で俺を見ないでぇぇぇ」
リードイスト王の許可が出たので、俺は遠慮なくセルに照準を合わせて
「いくぞセル、共ぞーーっ!?」
共存を発動しようとした途端
「がるるっーーぐるるっーーだあぁぁぁぁぁっ」
ドッゴォォォッァァァンッッッッ
「キャッーー」
それまで大人しく紅茶を飲んでいたグルルが突然 咆哮を上げながら口から魔力のような物を放出し、天井で綺麗な光を揺らすシャンデリアごと天井を破壊してしまった。
「はぁぁぁぁっ!」
その行動にすぐさま反応したのはベルーガ総隊長だった。
天井から降ってくる破片から全員を守る為に左手で大きな盾の様な物を魔力で作って破片を防ぎ、右手で腰から剣を抜いてグルルへと向けた。
「ベルーガッ、剣を収めろっ!」
「ーーはっ」
ほんの一瞬の出来事だった。
俺には今どういう状況なのかの理解すら出来ずに、崩壊した天井の破片からグルルを守る為 庇うように抱き着く事しか出来なかった。
「君達、怪我はないか?」
天井の崩壊が落ち着くと、リードイスト王は俺達に歩み寄り 手を差し出しながら気遣ってくれた。
「は、はい。ありがとうございます。って、これは…」
「うわぁ〜・・・」
俺とセルは同じ光景を見て、おそらく同じ事を思っただろう。
天井にぶら下がっていた高級そうなシャンデリアはカケラしか残っておらず、フカフカだった椅子はバキバキに折れ、高価そうなティーカップはもはやどこに行ったか分からない状態だった。
建物全体に結界が展開されているからか突き抜ける事はなかったが、天井には大きな穴が空いてしまっている。
この惨状を生み出したのは
「もひひー!ぐるるすごー?ぐるるえらー?」
無邪気に笑うグルルだ。
「王様、すみませんでした!ーーーぐるるっ!なんでこんな事したんだっ!」
「あうぅっ・・たっくと…?どして、こわいカオすの?」
どうして、だと?
何故怒られているかすら、わかっていないのか?
これは…俺が悪いのか?
一緒に暮らすようになって、一般常識はもちろん良い事と悪い事の区別など沢山の事を教えてきたつもりだったが…俺の教え方が悪かったのか?
いや、俺の教え方が悪かったとしても頭の良いグルルは、それをちゃんと理解していたはずだ。
「物を壊したら?」
「だめだお」
「人に迷惑をかけるのは?」
「だめだお」
ほら、わかってるじゃないか。
なのに何故怒られてる理由がわからない?
「じゃあグルル、今グルルがやった事は?」
「いいことー!ぐるる、たっくとまもたー!ぐるるはたっくとすーき、たっくとにイジワルするのきらーい」
・・・だめだ、グルルの言ってる意味がわからない。
というかこれ弁償だよな…どうしよう。
俺が弟の無邪気な笑顔と今後のシャイナス家の貧困生活に頭を抱えていると、リードイスト王が破壊された天井を見上げながら口を開いた。
「いや、その少年の判断は正しかったかもしれない。どうやら何者かが侵入したようだ。ベルーガ、タクト君達を式場まで連れて行ってあげてくれ」
「はっ」
リードイスト王がそう言うと、ベルーガ総隊長は即座に転移魔法を展開した。
「タクト・シャイナス君。今日は君と話せて良かったよ。壊れた物の事は気にしなくていい、全て私の責任だ。それよりも、その少年を大切にしてあげる事だ。ここを破壊した事も私の顔に免じて怒らないであげてくれ。ーーーまた君達とは会う事になるだろう、その時に君達の心が正しく在る事を願っている」
優しくも真剣な眼差しで語るリードイスト王の言葉の意味を理解する事は、俺には出来なかった。
だから、俺が思った事は『助かったぁぁ』だった。
リードイスト王の懐の深さに最大級の感謝を込めて頭を下げ お礼を告げてから転移魔法の中に入る直前、リードイスト王は微笑みながら俺達に向けて「幸運を」と言ってくれた。