【 神をも凌ぐ可能性 】
『こちらセントクルス緊急通信センターです。まもなく削除作業が開始されます。只今の時間より作業終了までの間 空への干渉全てを禁止とさせていただきますので、ご協力お願い致します』
2日前と同じ無機質な声は、周りから聞こえる心声を押し退けるように脳内に響いきたのでMSSレベル3の俺にもハッキリと聞くことが出来た。
『各国の準備が整い次第ザッハルテ様による雨雲削除を行います。ーーーでは、各員準備に掛かって下さい』
念話は俺達一般人にも聞こえているが後半は作業の関係者に向けての合図だったようで、言葉が途切れた瞬間 空を覆う雲に向けて沢山の光が打ち上げられた。
光を打ち上げたのは先程セルが見つけた魔導服を着た人達で、打ち上げられた光は雲に触れると大きな魔法陣へと姿を変えていった。
大きな魔法陣といっても空を覆い尽くす雲を隠す程ではなく、灰色の雲に点々とマダラ模様を付ける程度だが、遥か遠くの空でも同じ様に魔法陣が出来ているのが見える。
「なぁセル、あれは何をやってるんだ?魔法陣のように見えるけど…雲には全く変化がないよな?」
魔法陣が点々と貼り付いてはいるが、雨を吐き出す雲は消える気配も弱まる気配もなく、セルに質問をしてみた。
「さっきタクトも『いくらジース持ちでもこの規模は無理じゃないのか?』って言ってたっしょ?実際ザッハルテ爺さんの力だけだと世界規模の天候を操作するのはさすがに無理らしいんだよ。だからザッハルテ爺さんの力を威力を保ったまま拡散させる為の魔法陣を101ヶ国で展開させるんだってよ」
「101ヶ国!?確か国って西以外の全大陸合わせて111ヶ国だったよな?ほぼ全部の国で同じ事をやってるのか・・・」
確かに今の世の中は大陸や国でいがみ合ったりはしていないが…
「凄いよなぁ。こうやって世界の問題を文字通り世界の問題として一丸になって対処するのって 俺達が考えるよりずっと難しい事だと思うけど、それを実現しちゃってんだもんなぁ」
ーーーセルの言う通りだと、俺も思った。
口で『世界平和』や『一丸となって』と言うのは簡単だが、実際には不可能と言ってもいいほど難しい事のはずだ。
世界には多くの国があり、国の数だけ王がいる。
しかし王の数が多ければ争いが起きるのも必然だ。
自分の国より広い領土、豊富な資源、他国からの融資の優劣、教育や価値観の違い、数えだしたらキリがない程に争いの理由は多いだろう。
そんな中、過去にも世界平和を口にした王様も何人かいたらしいが、世界平和を口にするのが俺達と同じ人間である以上、その人にとっての『世界』とは結局 その人やその人の住む国や大陸が最優先に考えられるのは仕方がない事であり当然の事だと思う。
全大陸全国の事を言ったとしても、遠くなったり関わりが少ない場所はやはり疎かになるのも当然だ。
しかし疎かにされた国の住民に言わせれば『俺達の事は何も見てないくせに何が世界だ』となるだろう。
そして、その小さな反論はやがて大きな波紋を生み、争いになる。
その為、世界が一丸となってなど夢物語なのだと、まだ成人すら迎えていない俺にでも理解出来る。
だが、その夢物語が今目の前で現実に起きている。
「まぁそれもこれもセントクルスのイケメンキング、リードイスト王のおかげだよなぁ」
そうだ。
他のどんな偉い人間が『世界』を語ったとしても、さっき俺が思った様な事になってしまい国同士で争いが起きてしまうが、リードイスト王だけは別だった。
リードイスト王が言う『世界』とは文字通り、この世界全ての事。
リードイスト王が王になった時に宣言した通り、全大陸全人類を対象に正しく生きる人にとっては最高とも言える改革が次々と行われ、改新された今の争いの無い平和な世界。
そこへMSS法が加わり 更に治安も良くなったおかげで、人と人は拳を向け合うのではなく手を取り合う事が出来るようになったんだ。
数多く存在する王達だけであったのならば、世界統一など実現出来はしなかっただろう。
大陸統一ですら困難の一言では語れないくらいの茨の道のはずだ。
だが、リードイスト王はそれをやってのけた。
タイミングが良かったと言えばそれまでだが、北のエルスノウでも現女王が北大陸で絶大な力を持っており一枚岩とまではいかないが それに近い程の統治をしていたのも、リードイストが世界を纏める助けになった。
天も運もリードイストに味方したとしか言えないような状況ではあるが、フレイク魔教団壊滅とMSS騒動のおかげで世界は共通の難題に立ち向かう為に手を取り合う事が出来、そこでもやはりリードイストが群を抜いた手腕を見せつけた事で、数多く居る王達がリードイストの事を世界の王として認めた。
リードイストが世界の王と呼ばれる様になった事で、数多くいる王達は自分の『王』という立場を『自国を守る役職』として認識する者が増えていき、無用な他国との争いは劇的に無くなり、世界はほぼ完全に統治されたと言っていいだろう。
人は1人よりも2人、2人よりも5人の方が出来る事が増える。
そして、リードイスト王によって繋がった人達の数は言うまでもなく計り知れない。
出来る事の可能性はーーー無限大だ。
〝おぉぉぉぉっ、なんだあの光はっ〟
〝雨雲がーーー輝いてるっ〟
リードイスト王が先頭に立ち、纏め上げた世界。
争うのではなく協力し合う事で、人はさらに強くなる。
その集大成と言えるであろう光景が、今 目の前で起こっている。
ーーー無数に展開された魔法陣をなぞるように光が雲の中を迸り、薄暗かった街を明るく照らしていき、それから数秒後 パァーッと一際明るく輝いた。
〝綺麗っ、光の雨が降ってるみたい〟
〝久方ぶりにお天道様を見た気がするのぉ〟
見える範囲の仄暗い雲全てに光が通ると、方角的にセントクルスの方から雲が微塵切りにされた様に崩壊していき、崩れ落ちる雲は金色に輝く雨へと姿を変えて学園島に降り注いだ。
「す、すごいな…」
「あーーーうーーーあーーーうーーー」
「なにこれっ、ちょっとロマンチックじゃん!なんで隣がタクトなんだよっ」
奥の方から金色の雨が降り、雲が無くなった上空では最近サボり続けていた太陽が力強く陽の光を撒き散らしている。
雨も風も太陽も神からの恵みだと子供の頃に聞いた事があるが、数え切れない程の人の力が集まれば、神の恵みすら退ける力を発揮する事が出来るのか・・・
「あーーーうーーーあーーーうーーー」
まぁなんにしても、これでようやく雨が止んだ。
晴れたらグルルを連れて行ってあげたい所が沢山あったから、明日からはまた忙しくなりそうだ。
まずはルークやマキナにグルルを紹介しないとな。
『ザザッーー』
俺を含めた野次馬達が、人類の偉業に歓声を上げていると 念話通信を知らせる雑音が再び聞こえてきた。
『こちらセントクルス緊急通信センターです。雨雲削除作業は無事終了致しました。後程、今回の最高功労者であるザッハルテさーーーーザザッ』
ーーん?なんだ?
作業終了の念話通信が言葉の途中で途切れてしまった。
「あれ?なんかあったんかな?タクトも通信切れてる?」
「あぁ、どうしたんだろうな」
どうやら通信が切れたのは俺だけではなく全員のようで、周りの人達も不思議そうな顔をしている。
よくわからない状況が数分続いたが、頭の中にまた雑音が響き 念話通信が再開されたので、ちゃんと説明されるだろうと思い 意識を念話に集中させた。
『ザザッーー、失礼致しました。作業は全て終了になります。これで念話通信を終了致します』
淡々とした口調ではあったが、どこか駆け足のように念話通信を終了させられてしまい、説明も何も聞けなかった俺達は先程と同じ様に頭にハテナマークを浮かべる羽目になってしまったがーーーとりあえずこれで終了らしい。
「・・・・」
「なんだったんだろうな?まぁいいか。ーーそれよりセル、今からどうする?折角晴れたんだ、どこかで一緒に飯でも……って、どうしたんだ?」
念話通信に疑問は残ったが気にしてもどうなる訳でもないので、俺は気持ちを切り替えて ようやくいつも通りの明るい学園島に戻った事を喜ぼうと決め、どこかでご飯でも食べようかとセルに提案しようとしたが、セルは柄にもなく真剣な顔をしながら何かに集中しているようであった。
「ーーえっ!?」
「うわっ、なんだよいきなり!さっきからおかしいぞセル、どうしたんだよ?」
俺の言葉を無視していたセルがいきなり大きな声で驚いた事に俺は驚いてしまったが、セルは俺の質問に答えようとせずにまた真剣な顔をしたまま黙り込んでしまった。
意味がわからないが、セルが真剣な顔をしている時は大体なにか起きている時だと長い付き合いで知っているので、暫く待っているとーーー
目の前に突然、転移空間が出現した。
「げっ、せっかち過ぎるでしょティーレさん!まだ念話繋がったまま『うるさい、おそい、行くよ』ーーータクトすまぁーん、後で連ら」
「・・・・・」
あっという間の出来事だったが、うん…なんとなく把握した。
恐らくセルはティーレさんから念話通信を受けていて、呼び出しをくらったのだろう。
途中で驚いた声を上げた事から、前から決まっていた召集ではなく急遽集まれと言われたはずだ。
そして、多分セルが「わかりました、今から行きます」みたいな事を言ったか、召集の理由を聞いている最中に 時間の無駄が大嫌いなティーレさんが迎えに来たーーーってところだろう。
それにしても、いくら軍や警察と同じ権限を持つ生徒会役員だからって、こんなに大勢が集まってる場所に転移してくるなんて…危な過ぎるだろ。
まぁティーレさんに限って転移で人を巻き込むようなミスはしないとは思うけど…
なんにしても、セルもいなくなってしまったし今日は大人しく帰るとするかな。
でも、グルルがどこかへ行きたいって言ったら付き合うのもありか。
「グルル、今からどうする?どこか行きたい場所とかあるか?」
ギュッーー
今からどうするかをグルルに決めて貰おうと思い、隣でずっと晴れ渡る空を見上げいたグルルに俺が声を掛けると、グルルは俺の右脚にしがみつく様に抱き付いてきた。
「重っ!ど、どうしたんだグルル?」
ガッシリ右脚に張り付いてしまったグルルは顔を俺の腰に押し付けたまま、首をブンブンと横振りした。
「ぐるる、たっくとといっしょにいたいお。カゾクもナカマも、ぐるるはすーき!すーきなんだおー!あーーうーーあーー」
俺の質問の仕方が悪かったのか、グルルは今からの事ではなく今後の事で駄々をこねているようだが・・・そうだとしても、様子がおかしい。
「お、おいグルル!どうしたんだっ!?大丈夫、大丈夫だから。俺はグルルとずっと一緒に居るっ。ほら、触れるだろ?居なくなったりしないから、な?だから落ち着いてくれ」
その後も暫くグルルは駄々をこねる子供の様にあーうー言いながら俺の右脚にしがみ付いていた。
「ーーーーー」
初めは全く意味がわからなかったが、俺も冷静になって考えてみたら なんとなく理由がわかった気がした。
恐らくではあるが、転移でセルが目の前から消えたのを見たから 俺もグルルの前から消えてしまうのではないかと不安に思ってしまったのではないだろうか…
俺の中では既に一緒にいるのが当たり前になっていたし、もちろん今後もずっと一緒に居ると決めている。
だが、グルルからしてみれば それは不確定な未来なのだろう。
それどころか、一度は親と離れる経験をしているグルルにとっては、親しい人は居なくなるのが当たり前だと思ってしまっている可能性だってある。
ーー少しずつ、当たり前を当たり前に思えるようにしていってあげないとな。
暫く頭を撫でてあげると、グルルは泣き疲れた子供のように眠ってしまった。
実際に涙を流していたわけではないが、感情が高まって疲れてしまったのだろう。
今日はもうどこかへ行くのは中止にして帰ろうと決めた俺は、眠っていてもやっぱり重いグルルを背負い、自強化魔法で身体能力を少し上げて帰宅した。