【 島民らしく 】
ーー全人類へ宛てられた念話通信から2日が過ぎ、今日は多くの人が待ち望んだ雨雲削除の日。
念話通信では削除作業は正午に行うので作業終了までは外出を控えるようにしてくれと言っていたが、それを守る人はおそらく少ないだろう。
別に作業の邪魔をしようとかを考えている訳ではなく、滅多にお目にかかる事の出来ない光景を見てみたいという好奇心が働くのは、人間だから仕方がない。
かく言う俺も現在、グルルを連れて 橋に集まる野次馬達の中に紛れ込んでいるわけだが……
「たっくとー、ヒトいぱーい!おおー、うまそなクンクンするおー!あっちあっちー!」
ここまで多くの野次馬が集まるとは思ってもいなかった。
それだけではなく、逸れてしまわないように手を繋いでいるグルルが指を差す方向を見てみると屋台まで出ている始末…まるでお祭り騒ぎだ。
この前カカカ祭りで燃え尽きたばかりのはずなのに、この島の連中は本当に祭り好きばっかだな…
今いる橋の上でセルと待ち合わせをしているのだが、この混雑では目視でセルを見つけるのは骨が折れそうなので携帯で連絡を取ろうとしたのだが
「さぁさぁ雨が上がるお祝いに、おいしい吸盤ソフトクリームはいかがですかぁ!今日は特別にタコ足キャンディもおまけで付けますよぉ」
興味を惹かれる言葉を発する聞き覚えのある声が近くの屋台から聞こえてきた事で連絡を取ることを中断した。
「ーーーって、あの屋台…ネジリー店長!?奥さんと赤ちゃんまで・・・なんていうか、あの家族すごいな」
と、苦笑いしつつも顔見知りの出店を見つけた俺はネジリー店長の所へと向かい、グルルも食べたそうにしているし俺も吸盤ソフトクリームとやらが一体どんな味なのか気になってしまったので挨拶がてら購入する事にした。
「へいらっしゃっいーーおっ、タクト君じゃないか、それにバスタオルの坊やも!はははっ 2人とも野次馬か?君らもしっかり島民気質が染み付いてるなっ」
大きな声で笑うネジリー店長の横では、メアリーを抱くフローラさんが手際良くソフトクリームを巻き上げながら俺達に会釈してくれた。
「そういえば昨日、この前タクト君が連れて来た世紀末ファッションの兄ちゃんが店に来てくれたよ!確かにまた来るとは言ってたけど、まさか本当に来てくれるとは思わなかったから なんだか嬉しくってね」
「メシクレが?へぇ〜・・あいつ、口と態度と見た目と前歴は最悪だけど、律儀なところもあるんですね」
この橋の上で行き倒れしていたメシクレをネジリー店長の店に連れて行った日、食事を終えて一人で先に店を出て行ったメシクレは捨て台詞のような言葉を吐き捨てていたが、どうやら律儀にその言葉を守ったらしい。
「おおー!たっくと、こーうまうまだおー!」
「どれどれ…んっ本当だ!タコの吸盤が予想外に柔らかくてマシュマログミみたいだな、それに少しだけ効いた塩味がバニラソフトの甘さをより引き立ててる」
俺がネジリー店長と会話をしている隣で吸盤ソフトクリームを食べていたグルルが、フローラさんから受け取ったもう一つの吸盤ソフトクリームを手渡してきたので俺も食べてみたが……予想以上に美味かった。
ネジリー店長のソフトクリームという事もあり、オクトパスペシャルのようにタコ全開のソフトクリームが出て来るかと思ったが全然違った。
フワッとした食感なのだろうと見ただけでわかるふっくらした白いアイスに、小さくて赤いタコの吸盤で綺麗にデコレーションされた吸盤ソフトクリームは、女子ウケしそうな見た目と万人受けするであろう味を兼ね揃えた極上のソフトクリームだった。
しかもタコ足キャンディもおまけで貰えて200円!さすがネジリー店長、気前の良さも味付けの腕も超一流だなーーーと、俺が本来の目的を忘れて感動していると
「うぉい!なに待ち合わせすっぽかして2人で仲良くソフトクリームぺろぺろしてんだよっ!俺と合流してから一緒に食べようって発想はなかったんですかねぇ?」
本来の目的であったはずのセルが現れた。
「あっ悪い、あまりにも美味くてセルの事なんかすっかり忘れてた」
「おぅおぅおぅおぅタクトさんよぉ!素直に謝罪が来るとは思ってなかったけど今のはさすがの俺もちょっぴり傷付いたよ?ハイナやララだけじゃなくてタクトまでSの道を歩み始めたのか?ーー知らないよ、俺がなにかに覚醒しちゃっても知らないからなぁ」
「おおー!せるるおそいおー、こーあまうまだおー!せるるもどぞー」
俺とセルが茶番的な挨拶を交わしていると、隣にいたグルルがセルに食べかけのソフトクリームを差し出した。
「おっ、くれるのか?んじゃ遠慮なくーーーうまっ!」
吸盤ソフトクリームを一口食べたセルも、俺と同じ様に絶賛していた。
ーーー
ネジリー店長達に挨拶を済ませた俺達はタコ足キャンディを舐めながら橋の端へと行き、もうすぐ見納めになる雲を一望出来る場所を見つけたので足を止めて空を見上げた。
「もう少しだな。でもどうやって雲を消すんだろうな。セルは何か知ってるか?」
「もうちょいでわかるってのにタクトはせっかちさんだなぁ。ふふふ…知りたい?セルス君に教えて欲しい?」
何年か前に学園島で大きな雷雲が発生した事があり 街に多少の被害が出た時にその雷雲を消す作業を遠くから見たことあるが、その時はアルバティル学園の教師の誰かが雲を吸い取ったらしいのだが・・・
今回は規模が違う。
世界中を覆っていると言っても過言ではない程に広がる雨雲を一斉に削除すると言っていたが、どうやるのかまでは伝えられていなかったので俺はやり方が気になり 知っているかもしれないセルに聞いてみると、セルはニヤッと笑いながら知っている雰囲気を醸し出した。
「タクトもセントクルス出身ならザッハルテって爺さんは知ってるよな?天候を操る《ウェザーコントロール》ってジースを持ってる爺さんなんだけど、あの爺さんが今回の実行者らしいよ」
ザッハルテ・トルテ。
ザッハルテは俺がまだセントクルスに住んでいた子供の時からずっと爺さんであり、髪は白髪だが肌が真っ黒の痩せこけた老人で地元では有名なジース持ちの変わり者だ。
「ザッハルテさんは知ってるけど、いくらジース持ちでもこの規模は無理じゃないのか?」
極少数の限られた人だけが発現できると言われているジースが普通では考えられない力を発揮するのは知っているが、この雨雲を全部消す程の力があるはずがない。
もしもそんな事が出来てしまうのであれば、それはもう人間ではなく神の所業だ。
「周り見てみ。至る所に魔導服着た人とセントクルス兵が居るのが見えるっしょ?」
セルが視線を橋の下や川向こうへと移動させるのを見た俺も、同じ様に見渡してみると確かに学園島では見かける事がない服装の人と軍服を着た人が至る所に数名ずつ固まって立っていた。
「あぁ、見えたけど…あの人達は?」
『ザザッーー』
魔導服を着た人達を見ながらセルに説明の続きを聞こうとしたタイミングで、2日前と同じ雑音が脳内に響いてきた。
「おっ、始まるみたいだな!後の説明はプロに任せるとして、俺達は黙って人類の偉業の目撃者になるとしますかっ」
セルはそう言うと説明を中断して空を見上げ始めたので、俺も同じ様に空を見上げた。