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光のタクト  作者: セカンド
魂の軌跡
109/165

【 使命 】


大図書館内では慌ただしく警備兵達が走り回っていた。


三階フロアに配属されているMSSレベル3の職員がトニックの心声を聴き、意識を集中させて確認しようとしたところ 既にトニックの心声が聴こえなくなってしまっていた為、その事を警備兵に伝えたのを切っ掛けに 大図書館内は異常なほど騒がしくなった。



「第二北口だっ、急げっ!」


「心声でトニックさんの怒鳴り声が聞こえたらしい!ジンさんとは連絡が付かない!」


「すぐに状況を確認し、ヒスバリー王城に連絡を取れっ!館外へ向かう者はMSS持ちを含む癒攻補補のフォーマンセルで行動し単独行動は絶対にするな!」



ここまで緊迫した雰囲気になってしまったのは、2日続けての異常事態により 前日の行方不明が事件である可能性が急激に高まったてしまったからである。


ジンが言っていたボイコットの話しは大袈裟だとしても、ほとんどの人が事件かどうかは疑問に思っていたのも事実であった。


というのも、多勢ではないにしろ図書館勤務を快く思っていない軍人は確かに居り、消えた人達の中には普段から愚痴を言っていた者もいたので、そういった人達が話を合わせて一斉にサボった可能性はゼロではないと思っていたからである。

さらには元戦闘兵のビルやシャンディまでもが消えた事で犯罪者にどうこう出来る事ではないと思っていたからだ。


しかし、その事があった翌日…つまり今日、普段は穏やかな大図書館でまた異変が起こった事で昨日の行方不明がサボりではなく事件の可能性が濃厚になってしまった。


そして、事件であった場合 当然ではあるが犯人がいるという事になり、その犯人は誰にも気付かれずに戦闘に特化した軍人を含む78人を消し去る事が出来る人物だという事を、この場にいる全ての人間が理解した結果が、この混乱にも似た今の館内の状況だ。





警備兵の内ジンたちと同じ様に軍から派遣されている者達はスムーズに四人一組になり図書館の外へと出て行き、ただの警備兵や職員達は図書館内で不審者が来ないか見回りをしつつヒスバリー王城への緊急連絡を行なっていった。



ーーーーー




「おい…なんだよ、あの雲は…」


第二北口に到着した数組の兵達は、険しい表情をしたまま上空を見上げていた。



「真っ黒ですね…もしかしてこの前セントクルス王国から伝達があった黒い雲って、あれの事ではないですか?魔獣でも出たりして…」


「バカな事言うなよ、こんな場所に魔獣が出るわけないだろ。それよりトニックさんはどこだ?それにジンさんも居ないみたいだし」



他の雨雲とは異質の不気味な黒い雲を見上げていた兵達は、元々この場所の警備をしていたはずのトニックとジンを探す為、周りを警戒しながら黒い雲へと近付いて行った。


油断する事なく一歩一歩ゆっくりと前に進み、大図書館に展開されている結界を出て少し進むと、黒い雲から降り落ちる黒い雨の目と鼻の先までやって来た。



「な、なんですかこの雨。水飛沫も上げずに地面に吸い込まれるみたいに消えていってますよ…気味悪いですね」


フォーマンセルの補助を担当する兵の1人が、黒い雨の色以外の違和感に顔をしかめながら 後ろを歩く治癒担当の兵へと顔を向けるとーーー


「ーーっ!?おい下がれっ!ボケっとするなっ、早く下がれぇぇ」


「なんですーーーえ?」


〝がぶっーーガルルルルッ、グルルルルルッ〟


治癒兵の叫びも虚しく、補助兵は突如現れた牙狼により腹部を食い破られたが、突然の事で何が起きたか分からないといった顔をしていた。


そしてその直後、黒い雨の降っていた場所から複数の牙狼が現れ 補助兵は一瞬でバラバラに噛み千切られて絶命した。



「モブルットォォォォッ!ーーーくそっ、牙狼群かっ。この数は…逃すと厄介だな。前の五組はここで時間を稼ぎ、後ろの二組は後退しろっ!MSS持ちを守りながら館内へ退却し、王城へ救援要請を出して来いっ」


「「了解っ」」



先頭にいた兵士が指示を出した事で四人一組のチーム2組が後退し、残りの5組で牙狼の足止めを開始した。



「無理に攻める必要はない、援軍が来るまで奴等がここから動かない様にする事が最優先だ。各班一定の距離を保ち防御優先で牙狼を囲むぞ!」



未だ降り止まない黒い雨のせいでハッキリとはわからないが、パッと見で牙狼の数は7匹。

討伐しようと思えば可能な数だが、牙狼は連携を得意とするタイプの魔獣なので確実に被害が出る。

なにより、1匹でも逃してしまえば静かに暮らす街人達にも被害が出る可能性が出てしまうので、この兵士の指示は正解と言えるだろう。



兵達は指示通り牙狼が固まっている黒い雨を囲み、防御魔法を展開しながらジッと待機した。



「よしっ、陣形はこれでいいだろう。牙狼に動きがあればビリル系の魔法で威嚇だけしてその場で動きを封じる。魔法は牙狼に当てるなよ、威嚇だけして刺激はするな」


ピピッーー


牙狼の動きを封じる為の陣形が出来上がったタイミングで、指示を出していた兵士の通信魔具が音を鳴らした。



「こちら第二北口のペンドルトン。何かあったのか?」


「すみーーませんっーーこっーー魔ーがーーうぎゃーーーザザザッーー」


「おいっ、どうした!?何があったんだっ・・・くそっ」


通信をしてきたのは南口に向かったペンドルトンの部下である兵士からであった。


激しい戦闘音のせいで何を言っているのかわからなかったが、聞き取れた言葉でわかった事は第二北口以外でも魔獣が出たという事と、可愛がっていた部下はおそらくもう・・・という事。



通信が切れ、ペンドルトンは選択に迫られていた。


このままここで硬直状態を続けるか、犠牲覚悟で牙狼を討伐し他の援護に向かうか…


「ーーーーー」


悩んだ時間はおそらく数秒くらい。


だが、その数秒で事態は急速に悪化へと向かう事になる。



〝ガルルルルッーーゴブッーーグルルルルルッ〟



「ペンドルトンさんっ!牙狼の中にゴブリンが混ざってますっーーーそれに、牙狼の数がっうわぁぁっビリルーサッ、ビリルーサッ!」


「まずいっ!ゴブリンも二匹いますっ、我々だけでは無理でーーーぐぇっ」



たった数秒ーーペンドルトンが判断に迷っている間に、1組の兵が全滅し 包囲網は崩壊した。


ペンドルトンが視線を牙狼の群に向けると、黒い雨は止んでおり黒い雲も消えていたが、代わりにゴブリン二匹と牙狼が五匹増えていた。



「くっ、迷わずに仕留めとくべきだった!総員、魔獣を討伐せよっ!1匹ずつ確実に仕留めるんだっ」


「「うおぉぉぉぉぉぉっ」」


〝ゴブブブバァァッーーガルルルルッ〟



ーーペンドルトン達のいる北口と同じく、大図書館の各入り口で魔獣と兵士の戦闘が繰り広げられ、すでに多くの犠牲者が出てしまっていた。




ーーーーー



その頃、館外で魔獣が出たと報告を受けた大図書館内1.2.3階フロアに居た人達の殆どが2階フロアに避難していた。

その為、1階と3階はもぬけの殻になっていたが、誰もそれを責める事は出来ないだろう。


それとは別になるが、4階と5階は図書館内でも特別なフロアになっており、館内で何が起ころうとも関与しないのが決まりになっている為、誰も降りて来ないだけではなく死に直面している下の職員達が逃げ込む事も出来ない。



ーー本の保護と管理が最優先の司書と、有事の際には命を賭して他を守る事が仕事である軍人の警護兵以外の職員と警備兵達は、魔獣の脅威に怯えながら2階フロアで騒ぎが収まるのをただ待っていた。


我が身の心配以外出来る状態ではない職員達には、誰が居て誰が居ないかなど把握できていなかったが、この時すでに館内にいる60名以上の職員がこの世から消え去っていた。



子供の頃からこの大図書館で働くのが夢で、ようやく願いが叶って今年から働き始めた者。

ただ本が好きで、本に囲まれて働きたくて勤務していた者。

生まれ育ったのがヒスバリー国だったからという理由でなんとなく就職した者。

可愛い司書さんにお近付きになりたいという不純な純愛の末ここに勤める事にした者。


一人一人に歴史があり、思い出があり、物語があった。



それぞれがこれまでの人生で描いてきた色鮮やかな魂の軌跡…その全てが、この混乱の中でたった1人の少年と出逢ってしまった不運により、儚く・・・いや…無惨に、食され跡形も無く消滅してしまった。






目的地に行く過程でたまたますれ違った人々を、一人残らず無慈悲に食殺した少年ガルルは現在 誰もいない3階フロアで本を読んでいた。



パラパラーーーペラペラーー


「にんげん・どうぶつ・まもの・まじゅう…」


パラパラーーーペラペラーー


「せんそう・あいでん・じーす・まじん…」


パラパラーーーペラペラーー


「あくって・なんだ?えいゆうって・なんだ?」


パラパラーーーペラペラーー


パラパラーーーペラペラーー


パラパラーーーペラペラーー



「わからない・わからない・わからない……ぼきは・なんだ?」



ーーーーー


ーーー




大図書館前に魔獣が出たとヒスバリー王城に連絡が入ってから2時間後、多くの犠牲者を出してしまった魔獣騒動はようやく幕を閉じた。


ヒスバリー城から討伐隊が援軍に来てからは、低級魔獣しかいなかった事もあり比較的スムーズに討伐していく事が出来たが、魔獣達は広大な大図書館を囲むように現れていた為 多少の時間が掛かったのは仕方の無い事であった。



援軍の指揮を取っていたのは大柄な女性軍人スピリタス中将であり、魔獣を1番多く葬ったのもスピリタスであった。


肩に掛からない程の長さを保っている艶のない金髪にはお洒落ではなく天然のパーマが緩く掛かっており、鍛え抜かれた筋肉は紫外線対策とは無縁の焦げ茶色をしており 鋼のような光沢を放っている。


男勝りというよりは男圧勝のスピリタスはヒスバリー国軍の中将であり、大図書館街を担当する軍人の統括を任されている為、ジンやトニック達の直接の上官である事から おそらくは四十歳を超えていると思われるが 実年齢を知っている者はほとんど居ない。


部下達からは絶大な信頼と同時に畏怖を抱かれているスピリタスに対して、気軽に年齢の事を聞けるのはヒスバリー広しといえどジンくらいであったが、そのジンでさえも軽口を叩いた次の日は全身包帯だらけにさせられていた。




ーーそんなスピリタスであったが、魔獣を殲滅し終え 図書館内にも安堵の声が響いている中、1人深刻な顔をしたまま魔獣の居なくなった館外で防雨結界も張らずに雨に打たれていた。



「・・・おかしいねぇ」


子供が見たら泣き出してしまうのではないかと思われる程の険しい表情を浮かべるスピリタス。


そこへ、ペンドルトンがやって来た。



「スピリタス中将、指示通り増員した警備兵の配置は完了致しました。ーーーどうかされたのですか?」


「ペンドルトンか、ご苦労さん。それより行方不明者の手掛かりは何もないのかい?」



スピリタスの指示に従い 軍から連れて来た兵士達を館内外に配置し終えたペンドルトンにスピリタスは行方不明者について質問を投げかけたが、ペンドルトンはよく分からないと言った顔をしていた。



「手掛かり、といいますと?あまり口に出して言いたくはありませんが、現時点で連絡のつかない者達はおそらく・・・魔獣に……捕食された、と思われます」



辛辣な面持ちでそう答えるペンドルトンだが、スピリタスはゆっくりと首を振ってその考えを否定した。



「それはないね。行方不明の原因が魔獣だとするなら、その魔獣はどこにいるんだい?それに、昨日消えた連中もそうだが今日はジンとトニックまで消えたんだ。牙狼とゴブリンにあの2人を倒す事なんて出来ると思うかい?あいつらなら寝込みを襲われたって返り討ちに出来るくらいの実力があるのはペンドルトンも知っているだろう?」



「た、確かに……ですが、報告した黒い雲と魔獣以外の異常は見当たっておりませんので……」



「ーーーそうかい。とりあえず明日 軍の連中に探させるしかないね。問題が解決するまでは休みはとれないよ。ペンドルトンも今日は他の連中に任せて早めに寝ちまいな」


「はっ!」



慣れた動作で敬礼をしてから図書館へと戻るペンドルトンを見送ったスピリタスは、しばらくの間その場から動かずに考え事をしていた。



ーーーーー


ーーー











大図書館での騒動がひと段落してから6時間程過ぎた頃ーー




「ーーー起きたでぶぅぅぅっ、でゅふふぅ おニューのシオンたんグッズに見守られながら覚醒する朝は格別でぶねぇ。でゅふふふっ、それに今日は夢の中でシオンたんがボキに抱き付いてくれたんでぶ。まさに至福っ!いっそあのまま夢の中で暮らしたかったっ」


無駄に正確な体内時計を持つデブディモが目を覚ました。


「おっとしまった、ボキとしたことがシオンたんに目と心を奪われてしまってガルル少年におはようを言うのを忘れていたでぶ。ガルル少年おは・・・って、あれ?いないでぶね」


目が覚めてすぐに、前日の夜に並べた歌姫グッズの数々にうっとりした顔を向けるデブディモであったが、思い出したように隣の布団で眠っているはずのガルルに声を掛けようとしたが、そこにガルルの姿はなかった。



「トイレでぶかねぇ?まぁいいでぶ、ガルル少年が戻ってくるまでにボキは帰る支度を済ませておくとするでぶーーーってガルル少年!なんでボキの布団の中にいるでぶかっ!?」


目覚めはしたが立ち上がる事はせずに自分の布団の上で座ったままでいたデブディモであったが、帰り支度をする為に布団から出ようと掛け布団を捲ると、そこには隣で寝ていたはずのガルルが居り デブディモの腰に抱き着きながら眠っていた。



「ん〜、でぶでぃ…」


「あぁごめんでぶ、起こしちゃったでぶね。それにしてもガルル少年は甘えん坊でぶねぇ、まるで夢の中のシオンたんみたいでぶよっーーーあっ、もしかしてボキが良い夢見れたのはガルル少年がくっついてたから!?でゅふふふっ…そうだとしたらガルル少年の素晴らしい働きに勲章を贈りたい気分でぶよっ。まぁなんにしても、おはようガルル少年」


デブディモに起こされたガルルは大きな欠伸を1度すると、目をゴシゴシ擦りながら身体を起こした。



「おはようって・なんだ?」


「おはようは目を覚ました時にする挨拶でぶよ。ほらガルル少年も元気におはようをするでぶっ!ガルル少年、おはようっ」


朝から無駄に元気なデブディモの挨拶を見たガルルは大きな目をパチクリさせた後、にっこり笑って「でぶでぃ、おはよう」と言った。



ーーその後2人は前日の残りのピザを食べてから帰り支度を整えて部屋を出た。


支払いは前払いだったのでそのまま帰ってもよかったのだが、お世話になった老主人に挨拶をしようと思ったデブディモはロビーを一回りして老主人を探したが見当たらず、仕方がないのでお礼を書いた手紙を残して宿を出る事にした。




ーーーーー



相変わらずの雨の中、デブディモとガルルは仲良く並んで歩きながら大図書館街へと向かっていた。


道中はガルルのこれはなんだ?なんだ?遊びにデブディモが真面目と偏見を織り交ぜながら答えていくといったやり取りが繰り返されていたが、そんな事をワイワイとやっているといつの間にか目的の街へと辿り着いていた。



街に辿り着いたデブディモは、決して大きくはない目をキラキラさせながら鼻息を荒くさせていた。


ゴブリンが聞けば「なんだ、俺たちの仲間か」と間違えてしまうのではないかと思える程に下品な鼻息を漏らすデブディモの目に映るのは、街の奥にそびえ立つヒスバリー城・・・ではなく、ヒスバリー城よりも巨大なこの街の名前にもなっている大図書館・・・の少し奥に設置されている時計塔である。



「ぶひひゃぁぁっ!!!超特大シオンたんキタコレェェ、マジ萌えぇぇぇっっ!下から見上げても絶妙にパンチラしないところが最高にたまらんでぶぅぅぅっ」




デブディモはしばらくの間 時計塔で踊るムーブペイントのシオンと同じ踊りを繰り広げた。


しかし数分経った頃 ふと違和感に気付き周りを見渡す。



「静かでぶね…ボキが見た『歌姫巡り決定版』では、大図書館街は年中賑わってるって書いてあったのに。やっぱりこの雨のせいでぶかねぇ?」



デブディモが気になったのは街の異様な静けさだった。


数多くある家には人の気配はあるが外に出ている人は見当たらず、デブディモが黙るとザァァッという雨音だけが木霊していた。



行方不明事件が起きた事はなんとなく知っているが それだけで街中がこれほど静かになるとは思えず疑問を抱いていたデブディモであったが、少しすると誰かが雨を踏みつけながら走ってくる音が近付いて来た。


パシャパシャと音のする方へと視線を移すと、ヒスバリー王国の紋様が刻印されている軍服を着た兵士3名がデブディモの方へと一直線に走り寄ってきて、目の前で足を止めた。



「突然失礼。奇声が聞こえましたが、何かありましたか?」


腰に剣を携えた3人の兵士のうち、1人だけ胸に勲章を1つぶら下げた男がデブディモに穏やかな口調で話し掛けてきたが、他の2人は剣に手を添えて警戒した様子でデブディモを見ている。



「ななななんでぶっ!?ボキはただシオンたんを見てブヒってただけでぶよっ!そんな恐い顔で見ないでほしいでぶぅぅ」



「申し訳ありません。ーーおい、お前達。相手は子連れだ、警戒を解け」



穏やかに話し掛けてきた兵士は、後ろに控える兵士達の表情に怯えるデブディモを見ると謝罪をして 兵士達に警戒を解くように命じた。



「部下達の無礼をどうか許して頂きたい。実は先日ちょっとした事件がありましてね。貴方達を疑っているわけではないのですが、一応規則なので差し支えなければ身分証と所持品を拝見してもよろしいでしょうか?」



「わ、わかったでぶよ。でも見せるだけでぶよっ、絶対触ったらダメでぶよっ!あっ、身分証は好きなだけ触っていいでぶよ」


3人の中で1番立場が上であろう兵士は穏やかな表情で話してはいるが、拒否は認めないといった雰囲気が漂っており、デブディモは渋々リュックの中を見せた。



「御協力感謝します。ーーーデブディモ・ベツニエイヤンさん…住所はシーガルルメルですか。大雨の中、この街には観光で?そちらの子はお子さんですか?他には誰と来られたのですか?着替えが何着か入っていますが、この街には何日前に来られたのですか?」


「うぅ…、そ、そんなにいっぺんに聞かれても…」



デブディモは警察や軍人が苦手であった。


ただ歩いているだけで職務質問をされたり、やってもいないのに万引きしたと疑われたり、おどおどした口調が怪しいと言われて警察署まで連行されたりした経験が両手の指では数え切れない程あり、本当に助けて欲しい時には助けてもらえなかった過去がデブディモを警軍嫌いにさせてしまった。


MSSが世間に定着してからは冤罪で連行されたりする事は少なくなったが、自分より年上で高圧的な人に対してのトラウマは消える事なく心に残っており、強く責められると凝縮してしまい何も言えなくなってしまう。



「ペンドルトンさん。今確認しましたが、その人物には前科もMSSもないようです。今回の件とはおそらく関係はないか思われますが、一応レベル3の方に来てもらいますか?」


デブディモに聞こえないように小声で話す部下に、ペンドルトンは小さく首を振った。


「いや、その必要はないだろう。ーーーデブディモさん、お引き止めして申し訳ありませんでした。先程も申し上げましたが先日事件がありまして、わざわざシーガルからお越し頂きたのに恐縮ですが、今は子供を連れて出歩くのは控えていただけると助かります。この雨が止むまでには必ずや平和な街に戻しますので、その時はまた是非 大図書館街へお越し下さい。では、我々はこれで」



ペンドルトンはデブディモを白と判断し、軽く頭を下げた後その場を立ち去った。


デブディモはなにがなんだかわからないまま、ふぅっと息を吐いて緊張を吐き出し 隣でデブディモのシャツの裾をギュッと握るガルルに目を向けると、ガルルは感情の見えない黒い瞳で立ち去った兵士達を見ていた。



「ガルル少年、なにをそんなに恐い顔をしてるでぶか?もう大丈夫でぶよ……あっ、ガルル少年の事を聞くの忘れてたでぶっ・・・でも、ガルル少年を見ても何も言わなかったって事は兵士さん達はガルル少年の事を知らないって事でぶよね」


「ーーーーー」


デブディモの発言にも特に何も反応を見せないガルル。

本来なら街でぶらぶらしている人にガルルの事を聞こうと思っていたが、外に人がいないので早くも手詰まりになってしまった。


「う〜ん・・・」


警察に行くのも有効な手なのは間違いないが、元々そういった場所に行くのには抵抗があったデブディモは先程の兵士とのやりとりで警察や軍は完全にノーサンキューな気分になってしまい、どうしようかと数秒間だけ悩んだあと



「ガルル少年は、これからどうしたいでぶか?」


と、質問をした。



ガルルを知っている人がいれば保護してもらおうと思っていたが街人が外にいなければ探す事も出来ず、さらにはデブディモの個人的な理由で警察には行きたくないという状況。


そこでデブディモは今後どうするかをガルルに任せようと決めた。


誰かを探したいと言えば見つかるまで付き合い、ここに残りたいと言えば手持ちのお金を渡すつもりであったが もしも一緒に来たいと言ってくれるのであれば、デブディモはガルルと一緒にシーガルルメルで住むのもアリだと思っていた。



「ーーーぼきは・もっとしあわせ・わかりたい。でぶでぃは・にくいやしねとちがうこと・しってる。ぼきは・でぶでぃとしあわせをわかりたい」



「・・・それは、ボキと一緒にシーガルルメルに行くって事でぶか?本当に…それでいいんでぶ?」


デブディモは内心とても嬉しかったが、真っ直ぐな瞳でデブディモを見つめながら幸せを渇望する小さな少年の期待に応えられる自信などなかった。


それでも、小さな手でデブディモのシャツをしっかりと握りながら首を縦に振るガルルを見たデブディモは


「わかったでぶっ!ボキがガルル少年に幸せを教えてあげるでぶよっ!それじゃあ一緒にシーガルのボキの家に帰るとしますかっ」


と言い、ガルルの手を引いて転タク乗り場へと向かう事にした。


その場の勢いだろと言われれば、それもあったかもしれない。


しけし、デブディモはガルルの瞳を見た時に決心したのだ。


おそらくは幸せと反対側の生活を強いられてきたであろうガルルに、この世は闇ばかりではなく光も確かにあるのだと教えたいと思い、それを教えていく事が歌姫シオンに魅了された自分の使命だとさえ感じていた。




そして2人は暗い雰囲気の充満する大図書館街を陽気に闊歩し、転タク乗り場で転タクを呼ぶと デブディモの家があるシーガルルメル港町へと帰っていった。



黒い雲と雨が、後に『消滅の大雨』と呼ばれるようになるキッカケの1つ、大図書館行方不明事件。


真の犯人は魔獣ではなくガルルであったが、大図書館内でガルルの姿を見た者は全て食殺されている為 その真実を知る者は生き残っておらず、

この日から深黒の少年ガルルと、何も知らないデブディモの愉快な共同生活がシーガルルメル港町にあるデブディモ家で始まった。


2人は騒がしくも楽しい生活を送っていたが

10日後 セントクルス大陸の南にあるディミド小国で中級魔獣が出現した事件を皮切りに世界は第二の変革期を迎え、この2人もその渦中に飲み込まれる事になっていく。


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