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光のタクト  作者: セカンド
魂の軌跡
105/165

【 もう1つの出会い 】

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓



8月●●日

ーーセントクルス大陸北部ヒスバリー国




ザァーーーーーー・・・・


この日、セントクルス北部にあるヒスバリー国の大図書館街で事件が起きた。


望んだわけではなく、その件に関わる事になってしまう不運な男を紹介しよう。





男の名前はデブディモ・ベツニエイヤン。

31歳独身、MSSなし、彼女いない歴31年、趣味は歌姫シオンの追っかけ。


この非常に残念な男デブディモは見た目も典型的なオタクで、身長はそれほど高くないが横幅が広く 簡単な言葉で言えばデブオタである。


熱意ある不運なオタクはセントクルス大陸の最西にある港街シーガルルメルという街に住んでいるのだが、この度 幸運な事に買い逃してしまった歌姫グッズが転売されるという情報を見つけ出し、わざわざ遠征してセントクルス北部にあるヒスバリー国の中にあるパンプポップ村まで訪れていた。



「でゅふふっ…まさかこんな場所にシオンたんのグッズが流れてくるなんて…こここ、これを見つけ出したボキの愛は宇宙すぎっ!シオンたんラヴすぎぃぃぃ」


デブディモは昔からこのような人物であった為、MSSの有る無しは関係なしにいじめられっ子であった。


その為、これだけ強い個性を持ちながら、身に付いたアイデンは防御に特化した《タフネス》という強化系。


戦争を経験している世代であれば珍しくもないし、強化能力が身に付いた事をステータスとして感じる人も多くいたが、平和になったこの世界で、ましてやイジメから身を守る為に身に付いてしまったアイデンは残念としか言いようがないのも事実であったが、このデブディモという男はすこぶるポジティブであった為、「いつかボキにお嫁たんが出来た時は、タフネスなボキは子沢山でぶぅーでゅふふ」と考えていた。


ちなみにーーデブディモの想像するお嫁たんとは歌姫シオンの事ではなく、歌姫シオンを好きなデブディモを好きになってくれる 歌姫シオンのファンである女性の事である。更に言うなら、歌姫シオンを好きなデブディモにヤキモチを焼きつつも、そんなデブディモも大好きと言ってくれる美少女を想像しているらしい。



それはさておき、デブディモは聞いての通り歌姫シオンのグッズを買いにこのパンプポップ村まで訪れていた。


そしてわざわざ遠征した甲斐もあり、お目当ての品とついでに買ってしまった大量の品をリュックに詰め込み、ぎこちないスキップをしながら昨晩からお世話になっている宿へと向かっていた。


ザァーーーーー・・・・


「んん〜、それにしても止まないでぶねぇ。もしもボキが防御魔法得意じゃなかったらシオンたんグッズが濡れ濡れになってしまうところであるぞ・・・そぉか!ボキが防御魔法を得意になったのはこの日の為だったんでぶね!?でゅふふっ、身を守る為に覚えまくった防御魔法がシオンたんを守る・・・人生に無駄な日などはないって事が今この瞬間に証明されたでありますなぁぁぁ!」


ザァーーーーー・・・・


「・・・ボキは幸せの絶頂であるが、グッズ屋のおじさんは暗い顔だったでぶねぇ。おじさんが言うには昨日、隣の街で行方不明者が沢山でたらしいでぶよ。こんなに平和な世の中でも、怖い事が起きてるんでぶね・・・でも大丈夫っ、シオンたんはボキが命に代えても守り抜くからねっ、キリッ!」


デブディモは遠征の戦利品であるグッズの1つ、シオンのぬいぐるみに話しかけ、熱い決意を表明していた。


そんな残念なデブディモの独り言は、妄言ではなく実際の出来事であった。


デブディモが訪れたここはパンプポップ村といい、この村から数キロ離れた場所には世界が誇る大図書館がある大きな街がある。


そして昨晩、その大図書館街で数十人が忽然と姿を消す事件が起きた。



大図書館街もこのパンプポップ村もヒスバリー国の領土である為、大図書館街で起きた事件はパンプポップ村の人々にとっても他人事ではなく、グッズ屋の店主が暗い顔をしていたのも当然の事であった。



ザァーーーーー・・・・


グッズ屋の店主の暗い表情を思い出し、少しだけ気分が落ちてしまったデブディモであったが、大好きなシオンのぬいぐるみに話し掛ける事で気分を上向きに塗り替え、ぼてぼてと歩きながら宿に向かっていた。


ザァーーーーー・・・・


「んんー?あれはなんでぶか?漆黒の雲…悪の気配がするでぶねぇ。だがしかしっ、今日のボキは地上最強の勇者でぶ!女神シオンたんを守る為、暗黒の雲にも勇敢に立ち向かうでぶよぉ、突撃ぃぃぃー!」


黒い雲。

この時はまだメディアでも多くは取り上げられておらず、シオンの情報以外は基本的にスルーしてしまう生粋の歌姫オタクであるデブディモは案の定 黒い雲の危険性を知らなかった。


その為、興味半分にその黒い雲に近付いてしまった。


「不思議な雲でぶねぇ。あの暗黒の雲から降る雨も真っ黒でぶよ?まだ昼間なのに、この雲の下だけ夜みたいに真っ暗じゃないでぶか・・・」



この時、時刻は13時になったばかりで、空一面に雨雲がかかっていても雲の上から太陽が多少の光を与えてくれているので、周りは真っ暗ではなく薄暗い程度であった。


しかし、デブディモが近付いていった場所は、その空間だけ夜になったかのように暗く、不気味な黒い雨が降り注いでいた。


「ーーーーー」


近くまでは来てみたものの 得体の知れない黒い雨の中に入る勇気は出ず、あと一歩という所で足を止めて黒い雨を観察していた。




ザァーーーーー・・・・


〝ガルルルルッーーー〟


暗くて良く見えない空間に意識を向けていると、降り頻る雨の音に混ざり 何か別の音がデブディモの耳に聞こえたような気がした。



「んんん??なんかこの闇の中から変な音が聞こえた気がするでぶよ?でも、さすがにここに入る勇気は・・・あぁ違うでぶ、違うでぶよ!?ボキだけならいいけど、純白女神シオンたんのグッズがこの黒い雨がでダークネスに染められてしまったらっ嫌だなぁって思っただけでぶよ!?ボキには君が1番大事でちゅからねぇチュッチュー」



奇妙な音が気にはなっているが、暗闇に足を踏み入れる勇気が出ないデブディモはぬいぐるみに言い訳をしながら足踏みしていた。


そしてそのままクルッと向きを変えてその場を離れ、宿へ戻ろうとしたのだがーー


〝ガルルルルッーーグルルルルッーー〟


「っ!?やっぱり何か聞こえるでぶっ!なんでぶか今の音は!?野犬でもいるでぶか?」



来た道を戻ろうとしたデブディモであったが、確実に聞こえた唸り声に足を止め、再度暗闇に目を向けた。


すると、暗闇の中で怪しく煌めく黄色の光が複数現れ、その光は複数から無数へと数を増やしていった。


その光は、まるで獲物を狙う野獣の目のようにデブディモを見据えていた。



「なななななんでぶかっ!?怖っ!怖っっっ!」


突然現れた無数の目のような物に腰を抜かしたデブディモは、尻餅をつきながら後退った。


今すぐに逃げ出したいが腰が抜けて立ち上がれないデブディモは、あの視線のような光から目を逸らしてはダメだという思いが強く心を支配し、どんどん増えていく怪しい光から目を逸らさずに少しずつ後退っていく。


すると、怪しい光達が暗闇からゆっくりとデブディモの方へと近付き、その全貌を晒した。



「んなっ!?ままま…魔獣!?なんでここここんな所にっ」


暗闇から姿を現したのは、牙狼とよばれる魔獣の群れだった。


その数は50を超えている。


魔獣の中では弱いと言われている牙狼であるが、群れの場合はその限りでは無い。


しかし、デブディモの場合は数の問題ではなく、たとえ牙狼が1匹だったとしても勝つ事はおろか逃げ切る事も不可能な実力差があった。



〝ガルルルルッーーーグルルルルッーー〟


蛇に睨まれたカエルのように後退る事も出来なくなってしまったデブディモ。


彼の頭の中は真っ白になっていた。


ただ大好きなシオンのグッズを買いに来ただけ。

ただちょっと調子に乗って変な雲を見に来ただけ。

たったそれだけなのに……


後悔というよりは何故という疑問が頭に浮かんでいたデブディモであったが、その疑問に意味などないという事は理解していた。


ーーーそして、目の前で涎を垂らし威嚇する牙狼の群れが、デブディモに飛び掛かりーー


「ーーあ、おわたでぶ」


デブディモは自分の死を悟った。


死の訪れる直前、恐怖のあまり強く握り過ぎて潰してしまったシオンのぬいぐるみに「ごめんね、潰れた顔も萌え萌えキュンでぶよ」と心の中で呟き、目を閉じーーーそのまま意識を失った。





ーーーーー


ーーー






ザァーーーーー・・・


「ざぁーーーーざぁーーーー」




デブディモが意識を失ってから数分が過ぎた。


先程まであった黒い雲はすでに無くなっており、いつもと同じ雨だけが降り続いている。


そして、牙狼の群れに襲われたデブディモは変わり果てた無惨な姿ーーー


「ーーぶほっ!ケントうらやましすっ・・・って あれ?ボキはさっき、魔獣に……ああアあぁァッッ!!シオンたんのぬいぐるみがぁぁぁぁっ」


ではなく、無傷のまま目を覚ました。


しかし大事に抱きしめていた歌姫のぬいぐるみは、デブディモと地面の間に挟まれていた為 ペチャンコのドロドロになってしまっており、デブディモは絶望の悲鳴を上げた。


「うぅ・・ごべぇんねシオンたん。ボキが守るって約束じだのにっ、ボキが君を押し潰しちゃうなんて…それより、さっきの魔獣はどこに行ったんでぶか?いや、でもボキが生きてるって事は……夢だったのでぶか?」


「ーーーーー」


色々な事が一度に起きたせい(主にシオンのぬいぐるみが潰れたせい)で、何が現実かよくわからなくなっているデブディモ。


その様子をぱっちりとした黒い瞳で無表情に見つめる人物が近くにいる事に、デブディモは未だに気付いていない。


バシャーーバシャーーバシャーー


「・・・あれが夢じゃないなら、もしかしてシオンたんがボキを守ってくれたんでぶかっ!?でゅふふふっ、一方通行の愛でも構わないと思っていたのに、まさか君が僕にデレてくれるなんてっ!・・・でも普通に考えたらそれはないでぶね。やっぱり夢だったでぶか…まぁでも夢で良かったぁ、ほんとに」


泥だらけの潰れたぬいぐるみに話し掛けるデブディモ。


そのデブディモに小さな人影が歩み寄っていく。



「おまえ・なんだ?ぼきって・なんだ?」


「ぶひゃっー!?いきなり脅かさないでほしいでぶっ・・・って少年よ、何故に全裸なのですかな?」



混乱する頭を ぬいぐるみに話し掛ける事で整理しようとしていたデブディモに、更なる混乱が追加された。


突然話し掛けて来たのは、先程の雲よりも黒い瞳をした全裸の少年だった。


ぱっちりとした大きな瞳は、光を宿さないブラックホールのように深い黒。


絶望を宿したような真っ黒な瞳をデブディモに向けていた。


「ぶひゃって・なんだ?でれって・なんだ?」


「・・・・・」


無表情の少年はデブディモを真っ直ぐに見つめ、質問を続けた。


その全裸の少年の質問にデブディモは答えず、自分で背負っていたリュックをガサゴソと漁りだした。


パサッーー


「がるルッ!?ーーこれは・なんだ?おまえは・なんだ?」


デブディモはリュックから戦利品の1つである歌姫シオンのプリントがされたバスタオルを取り出し、全裸の少年に掛けてあげた。


タオルを掛けた時 一瞬だけ怒った形相をした少年に、デブディモは優しい笑顔を向けると、防雨結界で自分と少年を雨から守った。


「少年よっ、ボキは愛のオタク戦士デブディモであるぞ!君の真名を教えるでぶよっ」


「がるルっーー」


突然防雨結界に入れられた少年は、またデブディモを威嚇するような表情を見せたが、デブディモは全く気にした様子もなく うんうんと頷いた。


「少年の名前はガルルでぶねっ!良き真名であるなっ。お父上かお母上はどこにいるでぶ?どこかに行きたいならボキが連れて行ってあげるでぶよ!」


「ーーうぅ、なんだ?これ・なんだ?」


笑いながら話すデブディモに、少年ガルルは自分の胸をギュッと押さえながら戸惑った表情を見せた。


「ガルル少年・・・そっか、君もボキと同じ…」


その様子を見たデブディモは、ガルルが親に捨てられた子供なのだと 直感した。


ガバッーー


「ーーー!?」


そして、優しく力強くガルルを抱きしめた。


「大丈夫でぶよ。ボキは愛のオタク戦士でぶ。だから、もうそんな不安そうな顔をしなくてもいいんでぶよ」


ガルルは戸惑い、一瞬だけ身体をビクッと跳ねさせた。


「ーーーわからない・でも・にくいでも・ない」


しかし、デブディモに抱きしめられたガルルは力が抜けたように警戒を解き、少しずつデブディモに身を委ねていった。



漆黒の瞳と漆黒の髪を携えた小さな全身からは負の気配が充満しているようにデブディモは感じていた。

そしてそれは、自分も経験した事のある孤独をこの小さな少年も感じているのだと理解させるのに充分な負であった。


「ここで見捨ててはシオンたんに顔向けできないでぶっ!ーーーよしっ、ボキは決意したでぶ!ガルル少年っ、ボキと一緒に宿に戻って戦利品を拝むでぶよっ!さぁ行きますぞ、ガルル少年」


「でぶって・なんだ?やどって・なんだ?」




ガルルの瞳は相変わらず光が宿らない漆黒の闇のようであったが、最初に見せていたようなデブディモに対する警戒心も敵意もなくなっていた。


デブディモはガルルの手を引き、2人で防雨結界に守られながら宿へと向かい、降り頻る雨の中をゆっくりと歩いて行った。


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