【 繋がっていく繋がり 】
校庭に戻ると先程と同じ噴水のある正門付近でイリア達が待っていた。
しかし別れた時より人数が増えており、イリアとセルを合わせて4人になっている。
「あっ!」
増えた2人が誰なのか視認出来た俺は、早歩きから小走りに変えてセル達の元へと向かい 追加された人物に挨拶をした。
「お久しぶりですクローツ先輩!それにティーレさんも。この間は雨の中わざわざありがとうございました」
「やぁタクト君 久しぶりだね、君も元気になったようで安心したよ。あの時は病室で眠っていたイリア君より君の方が病人に見えたくらいだからね」
クローツ先輩とティーレさんはイリアが意識を失って入院している時に一度お見舞いに来てくれている。
その時にクローツ先輩に言われたのが「目の隈がティーレみたいになっているよ」だった。
確かにイリアが倒れてから数日間は碌に眠る事が出来ず、クローツ先輩達が来てくれた時は疲労のピークだったので隈も出来ていたと思うが、ティーレさん程の隈はさすがに出来ていなかった…はずだ。
「そっちの子が噂のグルル君だね?セルスから不思議な天才少年がタクト君の弟になったと聞いたけど・・・うん、確かに不思議な雰囲気の子だね」
「そう…ですか?確かに天才かもって思える事は多々ありましたけど、能力以外は至って普通の子供だと思いますよ?」
バスタオルに包まれているから不思議っ子に見えるだけなのでは?と思ったが、憧れの大先輩にそんな事を言えるはずもなく、俺は無難な返答をした。
「そうかい?それなら将来有望な少年に唾をつけておかないとね。ーーグルル君、初めまして。僕はクローツ、よろしくね」
「おおー、くろろ!ぐるるだおー、よろっくー!」
いつもの元気が戻ったグルルとクローツ先輩が挨拶の握手を交わしている少し後ろでは、相変わらず隈が酷く髪の毛もボサボサなティーレさんが栄養ドリンクのような物を咥えたまま 我関せずといった様子で忙しなく小型の端末を操作していた。
しかし、グルルとの握手を終えたクローツ先輩と少しだけ談笑し 時刻が13時を回ると、今まで会話に一切入って来なかったティーレさんがクローツ先輩に声を掛けた。
「クロさん、そろそろ準備しないと」
「あぁそうだね。ーーそれじゃあ僕達はミーティングの準備があるからこれで失礼するよ。セルスも時間には遅れないようにね」
「わかってますって!遅刻しなくてもハイナにしばかれるのに遅刻なんかしたら命に関わりますからね」
セルの発言にクローツ先輩は苦笑いしながら俺達に手を振ったあと歩き出し、俺とイリアは頭を軽く下げて見送った。
「ほらグルルもクローツ先輩達にさようならしないと……ん?どうしたんだ?」
俺の隣にいるグルルは、クローツ先輩と握手をした自分の右手を不思議そうな顔で見ていた。
すると突然何を思ったのか その右手をパクッと全部 口の中に入れてしまった。
「もひひー、くろろありあとー!ごっさまー!」
「なんだ、飴でも貰ってたのか…」
どうやらクローツ先輩にお菓子か何かを貰っていたようだ。
それにしても・・・
「ちゃんとお礼が言えたな。偉いぞグルル。何か貰ったらありがとうって言うのは当たり前だけど、その当たり前が大事だからな」
本当にグルルは良い子だな。
と、思うのは兄馬鹿なのだろうか?
いや、弟が正しい事をしたら嬉しくなるのは当然だよな?
それに、ほら。
グルルがちゃんとお礼を言ったのを見たクローツ先輩も驚いた顔をしている。
なんとなくクローツ先輩の表情に違和感はあったったが、こんなに小さい子がちゃんとお礼を言えた事に驚いたのだろう。
本当にグルルは良い子だ。
ーー俺も昔は何も気にせず素直にありがとうと言えていたはずだが 中等部の頃くらいからか、面と向かってありがとうと言う事に照れを感じるようになってしまった。
いきなり変わるのは無理かもしれないが、グルルの兄として 当たり前のことを当たり前に出来るような人間にならないとな。
ーーーーー
クローツ先輩達と別れた後、学園内をグルルに見せる為に少し散歩をする事にした。
どうせならマリアの顔でも見に行こうかという話になり、イリアの案内で学園寮にあるマリアの部屋に行ってみたのだが・・・不在だった。
「マリア達居なかったな。いつも学園に居るイメージだったんだけど。ーーーそれにしても、静かだな」
「静か?あぁ、タクト達からすればここは静かになるのか。色んな部屋から物音がするし、あちこちから会話も聞こえるから俺的には静かでもなんでもなく極々普通の環境なんだけど…やっぱレベル3は大変そうだねぇ」
学園寮にはMSS感染者しかおらず、物音などは聞こえるが余計な心の声が聞こえないので過ごしやすくはあるのだが、心の声が聞こえてくる環境に慣れ過ぎてしまった俺には多少落ち着かない空間だった。
「なんにしても、マリアが居ないならここに居ても仕方ないし、別の場所に行こうかーー」
マリアがいないのであれば、もう寮に用事はないので場所を移動しようとしているとーーー
「キャーーなにこの子!かっわいいー!」
「シオンちゃんのタオル巻いてるぅぅっ!」
「小っちゃーい!ねぇ抱っこさせてっ、ほらほらお姉さんの胸に飛び込んでいらっしゃい!」
通路を歩くグルルを見た女子達が、寄ってたかってグルルを囲みだしたのだ。
「おおー?おろ、おろろ!?」
「いやぁーん、オロオロしながらオロオロ言ってるぅ」
「ちょっ、俺までっ!やめっ、痛っ」
「わぁ髪の毛サラサラッ、ほっぺたぷにぷにぃ」
あっという間に人だかりが出来てしまい、グルルと手を繋いでいた俺まで揉みくちゃにされてしまった。
「タクトッ、グルル君!大丈夫っ!?ちょっとみんな落ち着いてっ!そんなに押したら怪我しちゃうよっ」
「くうぅ、タクトめっ!羨ましすぎるだろぉぉっ!!!」
近くて遠い人壁の向こうからセルとイリアの声が聞こえてくるが、女生徒達の壁により姿が見えない。
何か柔らかいモノに押し潰されて身動きも取れず、辛うじて離していないグルルの手が離れてしまわないようにするだけで精一杯だった。
「ぐはっーー」
ーー苦しい、俺は…このまま圧迫死してしまうのか…?
「騒がしいですわね!何事ですの!?いくら夏休みだからとはいえ、風紀の乱れた行いは許されませんですのよ」
「げっ、ハイナ!?」
キャッキャと騒ぐ女生徒達のせいで姿は見えないが、聞き慣れたきつめの口調の声が聞こえた。
「あら?イリアさんではありませんの。お身体はもうよろしいですの?ーーーそれよりもまずは…貴女達!通路で騒いでないで散会なさい。目に余る戯れは風紀委員として許しませですのよ」
〝ぎょぇっ!風紀委員のエステイムが来たわよっ〟
〝えぇー、私まだぷにぷにしてないのにぃ〟
〝うぅ、屋内なのに・・眩しすぎるっ。退散よっ!〟
ーーグルルの手を握ったまま床に押し倒されていた俺は呆気にとられていた。
俺やイリアの言葉は聞こえてすらいないようであった女生徒達が、ハイナさんの一言で一目散にその場から逃げ出して行ったからだ。
学園寮には中等部と高等部の生徒が生活しており、年下だけではなく先輩もいるのに…凄いな。
蜘蛛の子を散らすとはまさに今の様な時に使う言葉なのだろうな…などと下らない事を考えながら立ち上がり、グルルが怪我などしていないか見てみると、グルルは無傷で楽しそうに笑っていた。
「ありがとうハイナさん。助かったよ」
ガスッーガスッーガスッー
「タクトさん、ご機嫌よう。まさかタクトさんがあの中にいらっしゃるとは思いませんでしたわ。お怪我がないようでなによりですわ」
なんとか危機?を脱した俺はピンチを救ってくれたハイナさんにお礼を言うと、ハイナさんは穏やかな笑顔でそう言いながら 何故かセルの足を小刻みに何度も蹴っていた・・・
「たっくとー!わちゃわちゃおもろかたねー!」
「いや、俺は本気で死ぬかと思ったし楽しくなかったよ。そうだグルル、俺達の友達を紹介すーー」
「まぁー!なんて可愛らしいっ!黒真珠のような円らな瞳はまるでマリアお嬢たまのようではありませんですのっ!わたくしはハイナ・エステイムと申します。貴方のお名前を伺ってもよろしいかしら?」
先程の女生徒襲撃が楽しかったようで、グルルは俺の手をぶんぶん振りながらはしゃいでいたが、そんなグルルにハイナさんの事を紹介しようとすると、俺が紹介するよりも早くハイナさんがグルルに反応した。
ーー綺麗な黒眼は確かにマリアと同じかもしれないが、マリアはいつも眠そうな半目だし、つぶらな瞳が同じというのは語弊があると思うのだが…
「おおー!はーな、ぐるるだおー!よろっくー!」
「あぁーん、グルルお坊ちゃま!なんて愛らしいのかしら。このゴミクズにも少しは見習って欲しいものですわね」
ガスッーガスッーガスッー
頰を赤らめ緩んだ笑顔でグルルと会話をしながらも、ずっとセルの足を蹴り続けるハイナさん・・・
蹴られているセルは額に血管を浮かばせ、ピクピクと目尻をヒクつかせて怒りを必死に抑えているようだ。
「はーな!イジワルはだめだお!せるるはナカマなんだお、イジワルはトモダチなれないお!」
しかし、その様子を見たグルルがそう発言した事で、ハイナさんの蹴りがピタリと止まった。
少しだけばつが悪そうな表情で蹴りを止めたハイナさんに対して、セルは一瞬だけ勝ち誇った顔を見せた後 グルルに大袈裟な態度で抱き着いた。
「グルルゥゥゥ!お前はなんて良い奴なんだぁっ!そうだよなぁー、イジワル だめ 絶対、だよなぁー!まぁ当ったり前ですよねぇハイナさぁん?そんな事ばっかりしてるとぉ、グルルお坊ちゃまに嫌われちゃいますよぉー?俺達は仲間で友達なんだからぁ、蹴ったりしたらだめだおーですおー?ぷぎゃー!」
プチッーー
うわぁ……今、何かが切れる音がハイナさんの方から聞こえた気がしたが……大丈夫だろうか?
グルルという心強い味方を手に入れたセルがハイナさんに反逆の煽りを炸裂させたのだが、セルの煽り方は相当うざい。
なにより煽る時の顔が尋常じゃなくうざい顔をしており、近くで見ているだけの部外者の俺ですらイラッとするくらいの顔面攻撃だ。
理不尽に蹴り続けられて溜まったストレスを発散させたい気持ちも分からなくはないが……
「・・この世に残す最期の言葉は『ぷぎゃー』で宜しいのかしら?」
ーーあぁこれはやばい。
ハイナさんの口調は穏やかだが、完全にキレてる。
さっきまではおちょくりモード全開だったセルも冷や汗を垂らしながら逃げる準備をしている…
「ハ・ハイナ?ははは…軽いジョークだって。そんなに殺気出すのは…俺は良くないと思うなぁ。ははは・・・」
ジリジリと後ろに下がりながらセルがハイナさんを宥めようとしているが、全く効果は見込めなさそうだ。
「わたしくは別に怒ってなどいませんですのよ?ただ、最近は学園生の方々も優良生が多くてアイデンを使う機会がございませんでしたので、腕が落ちていないか心配しているだけですの。わたくしの大事なお仲間であるセルスでしたら学園の平和を守る為にも、もちろんわたくしのアイデンの腕が落ちていないか確かめるお手伝いをしてくださいますわよね?」
セルがハイナさんから離れた分だけハイナさんはセルに近づいていき、2人の距離は変わらなかったが
ドンッーー
後ろに下がるセルが壁に道を閉ざされた事により、2人の距離は一気に縮まってしまった。
「ねぇタクト…ハイナさんのアイデンは怒りながら使っていい力じゃないよ。もし何かあっても、私の花吹雪で治せるのは傷だけだし…」
「あぁ、わかってはいるけど…どうやって止めるんだ?俺がハイナさんかセルに共存を使って2人を離すか?どっちに入っても上手く引き剥がせる気がしないんだけど…」
俺とイリアは小さな声で話しながらセルを救出する策を考えたが良い案が出る事はなく、恐らくは救いの手を差し伸べてくれないであろう職務怠慢な神様にセルの無事を祈るしかなかった。
「ではチリになってくださいまし。【閻魔の断罪】ですの」
「ーーーっ!」
ハイナさんが優しくセルに触れた途端、セルは一瞬だけビクッと体を震わせ、その後は直立不動で固まってしまった。
目は開いているが、おそらく俺達の事はもう見えていない。
ーー閻魔の断罪。
ハイナさんはチリになれと言っていたが、ハイナさんのアイデンはそんな野蛮な力ではない。
俺は受けた事がないので実際に受けた時のダメージがどれほどのものかはわからないが、相当厄介な催眠系のアイデンだと聞いた事がある。
中等部だった頃に思春期のバカがふざけてハイナさんのスカートをめくった事件があったのだが、その時に閻魔の断罪を喰らった男子生徒は発狂しながら失禁してしまい、次の日から不登校になったのは有名な話しだ。
セルが失禁したとしても多分不登校になったりはしないだろうが、親友のそんな姿はなるべく見たくないのでなんとかしたいとは思っているのだが、既にセルは閻魔の断罪を喰らっている最中なので手の施しようが無い。
今のセルに共存で入ったら助けられるかもしれないが……ごめん。入りたくないです。
もしかしたら助けられるかもしれないが、下手したら2人して失禁するハメになるかもしれないのでリスクが高い…主に俺の。
まぁいくら怒っているといっても、ハイナさんは加減を知らない馬鹿ではないので 取り返しのつかないような事にはならないはずだ。
だからとりあえずハイナさんの気が済むまで耐え抜いてくれ、頑張れセル!
「おおー!せるるおもろそー、ぐるるもー!」
俺がセルの救出を半ば諦めながら傍観していると、セルとハイナさんのやり取りに興味を示したグルルがセルの元に駆け寄り、飛び付いたーー
「ーーうおっ、重っ!」
そしてグルルがセルに抱きつく様に飛び付くと、それまでは微動だにせず立っていたセルの硬直が一瞬で解けた。
「ーーっ!?まだ能力は解除していませんのにっ・・・久し振り過ぎて本当に加減の調整が甘かったようですわね」
「もひひー、ごっさまー!せるるもはーなもナカマー!」
ーーー???
よく分からないが、どうやらセルは閻魔の断罪から完全に解放されたようだ。
ハイナさん本人は解除していないと言っているので、もしかしたらグルルが飛び付いた事でハイナさんがアイデンの制御を乱したせいかもしれない。
なんにしても親友の無様な姿を見ずに済んで良かった…グルルグッジョブ!
ーーーーー
ーーー
ー
閻魔の断罪から解放されたセルがハイナさんに文句を言うと、ハイナさんもまたセルの足を蹴り始め、2人は視線をバチバチとぶつけ合っていた。
懲りない2人をグルルが再度注意しようとしていたが、俺とイリアが「あれは2人が仲の良い証拠。不器用な愛情表現で喧嘩じゃないから大丈夫だよ」と教えると、グルルは意味が分からないといった様子で首を傾げていたが、最終的には「ほほー!」と言って納得してくれた。
ピピピピピッーピピピピピッー
「おっ、もうこんな時間か。ハイナ、おふざけはこれくらいにして俺達はミーティング行かないと」
「あら、そうですわね。ーーイリアさん、タクトさん、それにグルルお坊ちゃま。大切なお時間を無駄にしてしまい申し訳ありませんでした。わたくし達はこれから生徒会の集まりがございますので、大変名残惜しくはありますがここで失礼させて頂きますわね」
ほんの数秒前までいがみ合っていたのに、セルの携帯のアラームがなった途端、2人は何事もなかったかのようにそう言ってきた。
そして簡単な挨拶を済ませて、2人で普通に会話をしながら並んで歩いて行ってしまった…。
ーーグルルじゃないけど、俺にもあの2人の関係は訳がわからない。
多分いつもあんな感じなのだろうけど…一緒にいるこっちが疲れる。
「ーーなんか疲れたな。帰ろうか」
「・・うん、そうだね」
「おおー!ぐるる、ハミガキいたまーすしたいおー!」
ーーーーー
左に俺、真ん中にグルル、右にイリア。
イリアも俺の家で晩御飯を一緒に作ってくれるという事になったので、3人で手を繋ぎながら歩いて帰宅。
全員自分で防雨結界を張る事が出来るが、今は俺の防雨結界だけで3人に降りかかる雨を防いでいる。
感謝されたい訳ではなく、使えるようになった防雨結界を活用したかっただけなのだが、イリアとグルルが笑顔でありがとうと言ってくれたのは素直に嬉しかった。
サラ先生の話では明後日にはこの大雨も止むらしい。
ずっと早く止んで欲しいと思っていた雨だったが、こうして3人で肩を寄せ合って歩けるのも雨のおかげだと思うと、少しだけ複雑な気持ちになった。