【 ナカマではないオトナ 】
一夜明けて今日は学園にグルルを連れて行く日。
カチャカチャーートントントンッーー
昼飯を俺の家で食べてから行く約束をしていたので、今作っているところだ。
「ねぇタクト、これはお醤油?ソース?」
「赤いキャップが醤油で青がソース。ーーーよしっ、チャーハンは出来たぞ。グルル、皿を4枚取ってくれるか?」
「おおー!」
リビングの奥にあるキッチンでイリアと一緒に昼食を作り、出来上がった物をグルルに並べてもらう。
おかず類はほとんどイリアに任せているが、チャーハンや野菜のカットなどは俺も手伝えるので手伝っている。
「ーーなにこの幸せ家族劇場……約束の時間よりちょっと早く来てグルルと遊ぼうと思ったのに、まさかリア充光線で大ダメージを受けるハメになるとは・・・」
そして、予定よりも早く着いたセルはリビングで1人 げんなりした顔をしながらソファーに倒れ込んでいた。
「訳の分からない事言ってないでセルもグルルと一緒に飲み物を並べるの手伝えよ」
「せるるー、これそっちもってくんだおー!」
「くっそぉー!そんな純粋な目で言われたら手伝うしかないじゃんかっ!ーーーよっしゃグルル、タクトのコップはどれだ?お茶にタバスコ入れてやろうぜっ!」
「おいセル、聞こえてるぞ。余計な事したら共存で仕返しするからな」
ーーーーー
予定より早く集まった事で、食事を始める前から騒がしくなってしまったが無事に準備が終わり、少し早い昼食会を始めた。
「っん、相変わらずイリアの野菜炒めは美味いな」
「おおー!しゃきしゃきうまうまー!」
「ほんとっ?ーー良かった。グルル君もちゃんとお野菜食べれてるね、偉いねグルル君」
今のところ食べ物に関して好き嫌いのないグルルは、イリアの作った野菜炒めも美味しそうに食べており、それを見たイリアは嬉しそうにグルルの頭を優しく撫でていた。
ーーそういえば、俺は昔 あまり野菜を食べていなかったけど、イリアが作ってくれたこの野菜炒めだけは いつも残さず食べていたな。
最初のうちは野菜に火が通っていなかったり油でギトギトだったりしたが、包丁で手を怪我したり軽い火傷をしながらも頑張って作ってくれていたので俺も頑張って食べていたが、日を重ねるごとにイリアの料理の腕前がどんどん上がっていき、そのうち俺もイリアが野菜炒めを作ってくれるのが楽しみになっていたな…まぁ最近では作ってもらう機会もなかったけど。
「昨日も思ったけど、グルルって行儀良いよなぁ。箸もちゃんと使えてるし米粒一つ残さずに綺麗に食べ切るし」
食事をしていると、行儀良く食べるグルルを見ながらセルがそう言った。
「俺と母さんでゆっくり食べるように言ってからは今みたいに大人しく食べるようになったけど、最初は凄かったんだぞ。食べ物以外の物でもなんでも食べようとするし、料理は食べるってより飲み込んでたし。まぁ今でも目を離すとすぐに歯磨き粉を食べようとするけどな」
「ははっ、歯磨き粉って!確かにおいしく感じるのはわかる気がするけどっ」
ーーーーー
ーーー
ー
日々成長するグルルを囲んでの昼食を終えて、俺達は昨日の話し合い通り 学園へと向かう事にした。
グルルには子供の頃俺が着ていた服を着せたのだが、やはりその上からお気に入りのバスタオルを羽織っていた。
今日も激しく雨が降り、ジメジメとした湿気のせいで嫌な暑さが立ち込めているが、セルとグルルは特に暑さを感じている様子もなく軽い足取りで外へと出ると、防雨結界を展開した。
「おおっ!タクトから聞いてたけど本当に防雨結界を使えるんだなっ。コピー系のアイデンだとしても結界をコピーってのは凄いなっ!」
「もひひー、まほーまほー!」
「タクトも防雨結界使えるようになったんだね。毎日練習した甲斐があったね」
「あぁ、これでやっとイリアやセルに頼らなくてもよくなったし、今度からは俺が誰かの役に立てる」
毎日コツコツ修練を積んでやっとモノにした防雨結界を一瞬で使えるようになったグルルを見た時は正直ちょっとショックを受けたのも事実だが、天才と凡人を比べても仕方ないし、俺もグルルも防雨結界が使えるという事は単純に良い事なので、気にするのはやめた。
それにいくらグルルが天才でも、まだ小さな子供だ。
正しい力の使い方を教えていくのは家族である俺の役目でもあるので、羨望している暇も余裕もない。
ーー
道中、グルルは覚えた物を指で差しながら名前を言っていき、初めて見る物は質問をして俺達が教えていった。
特に時間を決めてもいないので焦る事もなく ゆっくりと視界の悪い道を歩き、時計の針が両針とも真上を指した頃に俺達は学園へと辿り着いた。
常に開かれている学園の正門を抜けると、常設されている結界具により雨が消え、俺達は防雨結界を解除した。
「おおー!たっくと、こーは?こーは?」
「・・それは学園長の銅像。色んなところにあるけど、気にしなくていいからな」
「ほほー!おろ?おっきいオフロあるおー!たっくとはいろー!」
「いや、あれはお風呂じゃなくて噴水だから入る為の物じゃないんだ」
「ほほー!」
コツッ コツッ コツッ
初めて見る沢山の物に興味を示すグルルであったが、俺達学園生にとっては聞き慣れた足音が近付いて来た事で質問遊びは一旦中止となり、グルルはテクテクと噴水の方へと1人で歩いて行ってしまった。
「サラ先生、こんにちは。先日はお忙しい中わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございました」
イリアが足音の主へ頭を下げて挨拶とお礼を口にすると、足音の主サラ先生は俺達の前で立ち止まった。
「貴方達でしたか。イリアさんはその後問題はありませんでしたか?あまり無理をしないようにして下さいね」
イリアの身を案じる言葉を発するサラ先生の表情は相変わらず一切変化を見せる事はなく、その表情のまま今度は俺とセルに目を向けた。
「セルス君は生徒会の集まりがあるので分かりますが、シャイナス君とイリアさんまで学園に来たのは何か理由でもあるのですか?それに、あちらの子供は・・・なるほど、あちらの子がこの前シャイナス君が見つけた迷子ですか。シャイナス君の家名を受け取った事は聞いています。今日は私と学園長に顔を見せに来た、といったところでしょうか?」
さすがはサラ先生、察しが良いから話が早い。
「はい。それとMSSのレベルを調べてやってほしくて来ました。グルルから心の声は聞こえてこないから感染者なのは間違いないんですけど、レベルまでは俺達では分からないんで」
「そうですか」
ーーサラ先生はそう言うと 少しの間グルルを観察し、また俺の方に視線を戻した。
「では、彼…グルル君を少しお借りしてもいいですか?学園長室へ連れて行って調べてもらいます。シャイナス君達は少しだけここで待っていてあげて下さい」
「わかりました。じゃあ宜しくお願いします。ーーグルル、サラ先生に着いて行って検査しておいで」
サラ先生の了解も得たので、口を開けながら噴水を見上げているグルルに声を掛けるとサッと俺の隣に走り寄って来た。
「ではグルル君、一緒に来て下さい」
そしてサラ先生がグルルに呼び掛けると、グルルはーーー
「がるるるっーーぐるるるっーー」
ザッーーー
もの凄い形相でサラ先生を威嚇し、唸り声を上げ始めた。
まるで野生の獣のように歯をむき出しにし、灰色の髪を逆立てながらサラ先生を睨むグルル。
突然の事にセルとイリアは驚いた顔のまま固まってしまっており、威嚇を向けられたサラ先生は咄嗟に5メートル程後ろに飛び退き、その位置から動かずにグルルを静観していた。
「お、おいグルル?どうしたんだ…何をそんなに怒ってるんだ?」
いつもニコニコヘラヘラしていたグルルの初めて見せる表情に焦りと戸惑いを感じつつも、なんとか落ち着かせなくてはと思い グルルとサラ先生の間に入り、正面からグルルの両肩に手を乗せて声を掛けると、俺の顔を見たグルルは威嚇は解かなかったが少しだけ落ち着き
「がるるるっーー!イジワルなクンクンするお、イジワルはナカマとちがうお!」
と言った。
グルルの豹変を見て飛び退いたサラ先生は、少し様子を伺った後 いつもと同じ足取りでこっちまで戻ってきた。
そして、綺麗で長い脚を丁寧に折り曲げ、俺の背後…つまりは威嚇を解かないグルルの目の前で無防備に屈み、真っ直ぐにグルルを見て口を開いた。
「失礼しました。私はどうも愛想良くする事が苦手で、怖い思いをさせてしまったようですね。グルル君、私は貴方の敵ではありません。ですので、どうか警戒を解いてはくれないでしょうか?」
ーーそうか、俺達はサラ先生のキリッとした態度に慣れているから分からなかったが、サラ先生を知らないグルルから見れば「怖い大人」に見えてしまったのかもしれない。
母さんと会った時は笑っていたので油断してしまったが、大人っぽくない母さんが特別だっただけのかもしれない。
捨てられていた、もしくは既に両親を亡くしているグルルは大人に対して恐怖感を持っている可能性が高い……そんな大事な事を失念してしまっていた。
「がるるるるっーーぐるるるっーー」
やはりと言うべきか、グルルは警戒を解こうとしなかった。
今にもサラ先生に噛み付いてしまいそうな勢いだが、真ん中に俺がいるので辛うじて行動を抑えてくれているといった雰囲気だ。
「グルル、大丈夫だ。サラ先生はグルルを傷付けたりしない。サラ先生もグルルと友達になってくれるから」
「がるっ…ぐるっ……」
少しずつ、グルルの全身から緊張が抜けていくのがわかる。
「大丈夫…グルルは誰にもイジメられたりしない。俺が守るから。大丈夫だ」
「・・たっくとが、いうなら…ぐるるわかった」
逆立った髪も落ち着きを取り戻し、血走っていた目も綺麗な輝きに戻ると グルルはいつもと同じ笑顔を見せてくれた。
しかし、このままサラ先生と2人で行かせるのは不安だ…それに今から会うのは、免疫があっても警戒してしまうあの学園長だ。
「サラ先生すみません。学園長室には俺も一緒に行っていいですか?多分まだ知らない大人には警戒するかもしれないし、暫くは側に居た方が良い気がするので」
「わかりました。ですが、あまり大勢で入る場所でもないのでイリアさんとセルス君はここで待っていて下さい。では、行きましょう」
イリアとセルには待ってもらい、サラ先生の後ろをグルルと手を繋ぎながら付いて行き、学園長室へと向かった。