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一話 Spoil

ショート×ショート形式で進めていく予定です。


※この物語はフィクションです。実際の人物、団体には一切関係ありません。

エルフは頭に寄生生物を飼っている。

エルフ兼上司のペナさんがそう言うのだから間違いない。


「――エルフはね、元々ハゲてるの。なんでかっていうと、男にモテないためよ。いくら顔が可愛くてもハゲてたらイヤでしょう? そうすることによって性奴隷から解放される術を得たの。でもそんなのは昔の話。自由も人権も得た今じゃハゲは意味をなさないから、だからエルフはね、みんな頭にカミィヤガーィという寄生生物を飼ってるの。いわゆる生きたウィッグね。エルフにロングヘアーが多いのはそのためなの」

「なるほど」

俺は適当に相づちを打って再び業務に戻ろうとする。しかし、ペナさんは決してデスクから離れようとはせず、むしろ「むっ!」少しだけムカついたらしい。尖った耳が左右にぴょこぴょこ揺れていた。

「ちょっとちょっと健人くん。上司に対してそんな反応はないんじゃない? せっかく私がうんちくを語ってあげてるんだから少しは「ペナさんはハゲてもかわいいよ!」とか「結婚してくれ!」とかそういう、そういうのはないわけ!? あと、このあとご飯一緒に行こうよ!」

「さりげなく俺を飯に誘わんでください。ペナさんは一般人からしたらとても綺麗だと思いますよ。ただ年がね、言いづらいんですがアラサーというか。若干行き遅れというか。俺まだ十八なんで、女の子の可能性をもっと模索したいんです。なので結婚はできませんごめんなさい」

「なっ!?」

するとペナさんは懐から勢いよくメモ帳を取り出してなにやら書き込み始めた。

「これでプロポーズは73回目っと……ふふ、念願の101回目まであと28回……時間の問題だわ」

「なんでかな。俺はもしかしたら就職する会社を間違えたかもしれない……」

俺とペナさんが勤めるこの会社の名前は「アノルート」という異世界転生斡旋会社である。その名の通り異世界転生したい人を向こうに送るのが主な業務内容だ。

「今年中には結婚できそうね……!」

「うおおっ、身震いが!」 

従業員は俺たちだけ。だからその分自然と残業も多くなるが、給料は割高なため文句は言えないだろう。

オフィスは小さな町の、これまた小さなビルの中にあった。

見つけるのは至難の業である。

ホームページも海外経由でしか辿り着けないように設定してあるので、本当に心から異世界転生を考えている人しかやって来なかった。

顧客に対して説得や同情は無用である。

この仕事の一番良い点は死について徹底的に無責任になれるところだった。

「あ、誰か来ましたよ」

がちゃり。ドアが開いて、中から少女がつくしのようににゅっと顔を覗かせた。

「あの、ここで異世界転生をお願いできるって聞いたんですけど……」

「はいはいやってますよやってます!

さあさあお席へどうぞ! アノルートはあなたの要望にお応えします!」

ペナさんは若草色の瞳をギンギンに輝かせると瞬く間に少女にすり寄っていく。相変わらずたくましい人だ。

「健人くんお茶出してお茶! 別のを私に出してもいいから!」

別のってなんですか。と思わず聞き返しそうになったのを必死にこらえながら俺は冷蔵庫からペットボトルを一本取り出した。コップに注ぐなんて面倒なことはしない。

「持って帰ってもらっても構いませんから」

そう一言付け加えて机の上におく。

「あ、ありがとうございます」

少女は栗色の髪を後ろでひっつめていた。年齢は俺と同じかそれ以下といったところだろう。顔立ちは曲線が多く丸っこく、けれどそれは太っているわけではない。たれ目気味なペナさんとは対照的にきりりとした目付きが全体的にメリハリのある印象を見る者に与えた。

「お名前は?」

「新島花です。よろしくお願いします」

「新島さんね。私はペナ・シュシュッティ。この会社の社長です。んで、こっちは部下の健人くん。今日のご用件は異世界転生でよろしいですか?」

「は、はい。そのために来ましたから。一応お金も用意してあります」

「では早速ご契約の内容についてお話していきましょうか。転生する異世界に何か希望はありますか?」

「ええと……その……」

すると花さんはまるで茹でダコみたいに頬を赤らめて言った。

「じ、実はファンタジーみたいな世界に行ってみたくて……そこで逆ハーレムできたらいいなって思ってまして……私、今まで男の人にモテたことないから……」

「そうですか……それで……」

「はい……。もちろん、こんな理由で転生したいって私バカだなとか正直思いますけど、でもやっぱり現実は辛いから……逃げてしまいたいんです。別の場所で人生をやり直したいんです。それは可能でしょうか……?」

「ええ、当然。私たちは全力であなたをサポートします。だから必ず良い結果になると思いますよ心配しないでください。じゃ、健人くん。新島さんに転生の仕方を説明してあげて。私は向こうと手続きしてくるから」

「わかりました。任せてください」

お願いね。と俺の肩を軽く叩いてからペナさんは足早に自分のデスクに向かう。

その後ろ姿を見届けて、俺は「荻野健人です」と改めて自己紹介した。

「転生の仕方は理論としてはとても簡単です。それぞれが行きたい世界、新島さんならファンタジーですよね? ファンタジーに対応した死に方を実践すれば転生することができます」

「ええと……対応した死に方、っていうのは?」

「例えば交通事故に遭うとか、上から物が落ちてくるとか、そんなんです。要は神さまがこれはファンタジーだっていうシチュエーションで死ぬことができれば転生できるんです。しかし、それは一般人にはとても判断が難しいですよね? しかも、もし転生できたとしても自分の望み通りの結果になるとは限らない。そこで、我々の出番というわけなんです。我々は神さまを騙すハウツーを独自に持っています。ペナさんを見てください」

俺は目の前にいる顧客の視線を指で誘導する。

「あなたにはあの人が人間に見えますか?」

「えっ? それはどういう意味ですか?」

「言葉のままですよ。ペナさんは一見人間ですが、よく見てください。耳が大きくて先が尖っています。髪色も草原を覆う春の雪みたいに真っ白です。背も二メートル近くあって、対の瞳は若草色。……もう一度聞きます。あなたにはあの人が人間に見えますか?」

「っ!?」

新島さんはひどくショックを受けたのか目を大きく見開いて、首をぶんぶん横に振った。どうやら魔法を解くことに成功したようだ。

「ぺ、ペナさんってエルフだったんですか!? どうりでとんでもなく綺麗な人だなって……え!? で、でもエルフなんてこの世界にいるはず……」

「そこなんですよ。そこが我々独自のハウツーと繋がってくるんですね。新島さんのお察し通りペナさんはエルフです。人間ではありません。さらに言うなら俺は人間ですが、正確にはこの世界の人間ではありません。つまり、我々は別の世界からやって来たということです。俺たちは異世界転生して今この世界にいます」

「そうだったんですか……。だから、荻野さんたちは他の方にも異世界転生を斡旋できるというわけなんですね。その……自分たちが経験されたので」

「はい。安全性が保証されなければこんな商売はできませんからね。我々は魔法の使用によってどんな死に方でも演出することができます。試しにシミュレーションしてみましょうか?」

「ぜひお願いします!」

俺はペン立てから二、三本のボールペンを取り出して、キャップの縁をリズムよくとんとんと指で叩いた。するとポールペンの側面からまるでナナフシみたいに細い手足がにょきにょき生えてくる。

これで簡単なマジックドールの完成だ。

「こいつらの体構造はペン先を除いてほとんど人間と同じです。内臓もあるし、骨も筋肉もある。向こうでは医療技術の進歩にとても役立っています。では、早速実験してみましょう!」

マジックドールは所定の位置に付いた。


ケース1 ~修羅場~

 

A「なによその女! 私を裏切ったのね!」

B「ち、違うんだこの人は……!」

C「お願いだから話を聞いてください!」

A「うるさいっ! この泥棒猫! 私はこの目でちゃんと見たんだから! あなたが私の夫と一緒にラブホテルにはいっていくところをね!」

B「一線は越えていない!」

C「そうです! 私たちは清いお付き合いをして……!」

A「ラブホ入ってんのに清いもあるかクソボケええええ!!!! 私がこの手で引導を渡しちゃるわあああああ!!!」

 

B・C「ギャー!」

 

シャー芯をズブズブと突き刺されマジックドールから鮮血が噴出する。机の上には鮮血が飛び散り、そこはまるで凄惨な死体現場のよう。

俺はコホンと一つ咳払いした。

「……という感じですね。いかがですか?」

「なんだかすごい既視感があるような……。実際の人物や団体には一切関係ありませんよね?」

「もちろんです。ただのシミュレーションですから、こんなことができるよっていう紹介です。ちなみに、この死に方をお選びになると一生色恋沙汰に縁のない世界に転生することになります。新島さんのご要望とはちょっとかけ離れてますね」

「はい、真逆ですね。他の死に方ってどんなのがあるんですか?」

「そうですね……ペナさんならもっとレパートリーが多いんですが……」


ケース2 ~飲み会~


A・B・C「…………」

 

A(どうしよう。場が白けてる……誰か何か話題振ってくんないかな……)

B(ああ~早く帰りてえなあ。こんなんだったら一人でカラオケ行く方がまだましだぜ)

C(退屈を紛らすにはあれしかないか……)

 

C「一気します!!!」

A・B「ウェーイ!」

C「うっ!!!???」

C「……」

A「おいC! しっかりしろC!」

B「誰か救急車を! 救急車を呼んでください!」

A・B「Cィイイイイイイ!!!!」

それからAとBは一生Cの影が付いて回る暗い人生を送るはめになった……。


「……という感じですね。いかがですか?」

「なんだかすごく身近で気を付けなければならない事例のような……。お酒は一気じゃなく適度に、よく味わって飲むべきですよね」

「ですが、なかなかそうはいかない社会の仕組みになっているようですよ。ちなみにこの死に方をお選びになると、娯楽もなにもない塗り絵のような世界に転生することになります。新島さんのご要望とはちょっとかけ離れてますね」

「はい、斜め上の方向に飛んじゃってます」

「ではシミュレーションはここまでにして……」

俺が合図するとマジックドールたちはまるで光源に集まる羽虫のみたいに倒れただのボールペンに戻っていく。

「あ……」

その光景を見た新島さんの瞳は少しだけ切なそうに揺れていた。案外、感受性が強い人なのかもしれない。

「ご予算はおいくらですか?」

「二百万円ほどです」

「結構持ってきましたね」

「いえ。恥ずかしい話……これで全財産ですから。少ないと思います」

「実のところ、異世界転生にかかる代金はどんな死に方でも一律十五万円です。だから余ったご予算を向こうに送信することも可能ですが、いかがなさいますか?」

「結構です。この世界のことはもう思い出したくもありませんから」

「わかりました。次に、新島さんの死に方について進めていきましょうか。新島さんのご要望に添える転生、死に方ですと魔法での孤独死ですね。体感では三日間ほど暗い部屋に閉じ籠っていただくだけで転生が可能です。ドアを開ければあっという間に向こうの世界になります。現地での過ごし方はアノルート専属の案内人が説明してくれますので何も心配ありません。このプランはどうでしょう?」

「その……とても言いにくいんですが、三日間も暗い部屋で過ごすのはちょっと……。私、暗いところが子どもの頃から苦手なので……」

「なら魔法で降らせた雪で凍死という方法もあります。普通の雪よりも殺傷力が非常に高いので二時間ほどで転生できますよ。しかし、そうなると向こうに行ったときに雪が降ると発狂してしまう恐れがあります。そこは新島さんの精神力によりますが……どうです? このプランにされますか?」

「うーん。とても魅力的ですけど、耐えられる精神力は私にはなさそうです……他のプランはありますか?」

「うーん。他のプランになってしまうと、どんどん苦痛が増していってしまうんですよね。大勢の人の前で全裸になって「愛が欲しい!」と叫んで切腹するのもなかなか難しいでしょうし……。もう少しお時間いただければペナさんとプランを練ることも可能なんですが……」

「じゃあそれでお願いします。まだ時間ならたくさんありますから、どこかで一泊してもう一度出直したいと思います。それで構いませんか?」

「はい。そうしたらこちらから折り返しお電話をさせていただきます。電話番号を教えていただいてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ。汚い字ですけど」

「ありがとうございます。ではお見送りさせていただきますね」

俺たちは席を立って外に出た。道路に人気はなく、日はすでに傾いて橙色の光が辺りを包んでいる。

新島さんは俺に向かってペコリとお辞儀した。

「今日はありがとうございました。色々と参考になるお話を聞けて嬉しかったです」

「いえ、こちらこそ。わざわざ手間を踏んで我々に会いに来てくださってありがとうございます。異世界転生、必ず成功させましょう!」

「はい!」

と、新島さんが立ち去ろうとしたその時だった。

「え……?」

突然クジラみたいな白い生物がパクっと。新島さんの頭から爪先まで丸飲みしてしまった。

もごもごと咀嚼を繰り返す白い生き物。その表面は細やかな毛で覆われており無数にも及ぶ何本もの平行線で構成されていた。

「エルフは頭に寄生生物を飼っている」

白い生き物はパラパラ解けていき、中から宿主の姿を露出させる。若草色の瞳に、尖った耳先と二メートルほどの背丈。夕日に生える立ち姿は彼女のものに違いなかった。

ペナ・シュシュッティ。

「うふ」

ペナさんは二百万を団扇代わりにしながら俺に向かって妖艶に微笑んでみせた。

「ま、この期に及んでうだうだ言う顧客にはこれが一番よね。たぶんすっごく痛かっただろうけど、ちゃんと新島さんが望んだ形に異世界転生させてあげたわ。……それにしても、健人くんも人が悪いわね。なにが「神さまを騙すハウツー」よ。神さまは他の誰でもない、あなた自身じゃない」

「あくまで次の神さま候補なだけですけどね。嘘は言ってません。だけどペナさんもペナさんですよ。せっかく今回は長い時間をかけてプランを考えようと思ったのに台無しにされてしまいました。どう責任とってくれるんです?」

「仕方ないなあ。じゃあ私の……その、婿にくるのとか……どうかな……?」

「いや、そういうのはいいですから。メシ奢ってくれるだけでいいですよ。……このあと一緒にメシ、行くんでしょう?」

「……!」

若草色の瞳にキラキラと星が煌めく。俺は決してそれに吸い込まれないよう気を付けつつ、一日の業務の終わりを肌で感じたのだった。


もしかしたら既出のネタかもしれませんが、一度、異世界転生斡旋会社で物語を描いてみたかったんです。ごめんなさい! 楽しく読んでいただけたらなによりです!読了、ありがとうございました!

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